日本の医学界はどこまで倫理を高めることができるか 731部隊、ハンセン病、優生保護法など積み重なった負の歴史 4年ぶりの医学界総会に思うこと

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 第31回日本医学界総会が4月21日東京国際フォーラムで始まり、開会式には天皇・皇后両陛下が出席して、未来の医学、医療への期待などを述べられた(総会は23日まで)。「コロナの時代」を挟んだ4年ぶりの総会とあって、様々な発表が行われるようだが、ここでは総会に合わせて発表された日本医学会創立120周年記念事業『未来への提言』(以下『提言』)に注目したい(『提言』の全文は末尾にPDF文書で掲載)。

反省の文章示さない医学会

 決して明るいものだけではなかった日本の医学・医療の歩みの中でも、731部隊に代表される15年戦争中の外国人に対する生体実験、幾多の批判を浴びながらも1996年まで改正されなかった非人道的な旧優生保護法など、医学・医療の倫理を糾弾する声は枚挙に暇がなかったが、これまで医学会は自らきちんと反省した文章を示したことがなかったと記憶している。それだけに『提言』がどんな総括をしたのか注目されるところだ。

 ところが、100ページ以上に及ぶ『提言』の中で、医学・医療倫理の反省を記載しているところがなかなか見つからない。長年にわたって731部隊などに代表される「戦争医学犯罪」を追及している滋賀医科大学の西山勝夫名誉教授のメールでようやく「発見」した次第だ(末尾に掲載している『提言』のPDFも氏のメールから転送している)。その全文は以下の通りだが、1ページの半分程度でしかない。それでも総括しただけ、マシともいえる。その文章は、『提言』第4章「医療倫理・研究倫理の深化1)120年間の振り返り1.1)医学の発展と生命倫理」という項目の中にあった。

 「わが国も、これまで医学・医療の名において、人々に大きな犠牲を強いた過去を持つ。戦時中に石井機関と731部隊で中国人やロシア人等を対象とした非人道的な人体実験が広範に行われ、この研究には当時の日本の医学界をリードしていた大学教授たちが多く参加していた事実がある。その後も、ハンセン病患者に対する強制隔離や優生手術を行った事件や薬害エイズ事件等の重大な事例、さらには「旧優生保護法」に象徴される生命倫理原則や基本的人権、インフォームド・コンセントの蹂躙が起こった。私たちは、こうした過去の過ちに学び、将来にわたって非倫理的な状況が再び起こることのないよう、私たち自身の倫理を確固たるものとし、時には流れに抗うことも医学に携わる者の責務であると改めて認識する」

 一見すると、簡潔にまとめたともいえそうだが、作家・森村誠一氏が『悪魔の飽食』で731部隊の悪行を明らかにし、その後も次々と所業が暴露されてきたのに対し、最初は「大学教授」たちの参加を否定、その後もあいまいな対応に終始してきた医学界だけに、どこまで真剣なのか、今後の推移を注視していく必要がありそうだ。

731部隊の戦争犯罪は1行のみ

 そもそも「戦争医学犯罪」という言葉は、戦後、ナチ医学に対してつけられたものである。ナチに匹敵するほど、歴史的にもまれに見る大規模な人体実験である731部隊の戦争犯罪をたった1行で片付けてしまっていいのか。石井四郎隊長を筆頭とする731部隊幹部、およびその所業が免責されたのは戦後の米ソ対立を見越した米国による隠蔽によるものだった。結果、参加した多くの大学教授たちは何らの戦争犯罪に問われることなく、大学などに復帰した。

 小俣和一郎医師の『検証 人体実験―731部隊・ナチ医学』(2003年、第三文明社刊)はナチス・ドイツと731部隊の人体実験を比較しながら、戦争医学犯罪を告発した書物だが、その中にも戦後「復帰」した731部隊幹部の実名が出てくる。その他でも、今も精力的に731部隊を追及している研究者は少なくない。しかし日本医学会だけでなく、最も多くの部隊員を提供したと言われる京都大学も、この問題でシンポジウムなどを行う様子は見られない。

 小俣氏の先の著書の中に、興味深い写真が掲載されている。東大安田講堂前での1942年(昭和17)の日本医学会総会の集合写真だが、「帝大教授クラスの細菌学者たちの中に石井四郎(初代731部隊長)と北野政次(2代目731部隊長)の姿が見える」というもの。

 1902年に発足した日本医学会にとって、40周年にあたる1942年の総会は記念すべきものだったに違いない。だから、その存在を秘匿していたはずの731部隊の隊長を2人も招いて盛大に祝ったのだろう。

未来にかけた総括を

 しかし『提言』によれば、それからわずか5年後、1947年に開催した戦後初の医学会総会で会頭代行の佐谷有吉は「かつて日本の医学は進歩した欧米に勝るとも劣らないと自負していたのは全くの自惚れに過ぎない蓮花一朝の夢でしかなかった」(旧字は新字に)と述懐したという。ただ、その際も、きちんと総括ができていたのか。日本医学会創立120周年にあたり、通り一遍の文章ではなく、未来にかけた総括が求められる。

『未来への提言』のPDFは以下の通り

https://jams.med.or.jp/jams120th/images/teigen_jams120th.pdf

(了)