<ガザ情勢>無差別に民間人の生命奪うイスラエルの攻撃 ハマスもネタニヤフ首相も否定の「二国家共存」へ戻れるか 非人道戦争押し通す首相の進退が焦点、戦争では解決できないパレスチナ紛争

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 戦闘員か非戦闘員か、男か女性か子どもかの区別なく、クリスマスも新年も休むことなく無差別に民間人の生命と生活を地域ごと破壊し続ける異常な戦争。2024年に入り3カ月を経過しところでイスラエル政府・軍はようやく、パレスチナ自治区ガザでの作戦の再編成・縮小による長期戦に切り替えるとしながら多数の住民に犠牲をもたらす無差別攻撃を継続。さらにガザを実行支配するイスラム組織ハマスの友党でレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラとの本格的な戦闘にも乗り出そうとしている。イスラエルのネタニヤフ政権はなぜ、後ろ盾である米国も含めた国際世論の厳しい批判を浴びながらもこの非人道的戦争をあくまで押し通そうとしているのだろうか。その表と裏を探った。

過剰報復・集団制裁

 3カ月間で双方が被った被害の比較から始める(いずれも戦闘開始以来3カ月後の1月6日現在)。

 ▽イスラエル
 戦闘開始の引き金となったのは、昨年10月6日にハマスがイスラエル市民に対し奇襲攻撃をしたことだった。住民約1200人以上が殺害され、240人(外国人を含む)が人質に取られた。イスラエル農村共同体の市民の大量虐殺を目的に、ユダヤ教の祝日を選んで多数の聴衆が集まるコンサート会場も加えていた点で、その非人道性には戦慄させられる。

 ▽ガザ
 住民の被害:人口222万6000人のうち死者は2万2722人(1月8日には2万3000人を超えた)。内訳は女性6830人、子ども9730人(合わせると死者の73%が女性と子ども)、負傷者5万8000人以上、行方不明7000人以上。避難民190万人(人口の85%)。
 住宅など建物の被害:28万7000棟のうち41〜51%が破壊。破壊状況を地域別にみると、北部67〜80%、同ガザ市69〜81%、中部23〜31%、南部ハンユニス33〜43%、同ラファ15〜22%。

 病院:36ある病院のうち機能しているのは13病院。

 学校:建物に被害のあった学校69%、教育を受けられなくなった生徒62万5000人。

(国連人道問題調整室の発表および米オレゴン州立大学とニューヨーク市立大学の地球観測衛星データ分析から。エルサレム共同電)。

第2の「ナクバ」

 ガザはパレスチナの一角、東西10キロ、南北20キロ、西側は地中海に面し、住民の多くは4次に及ぶ中東戦争で難民となったパレスチナ人。6カ所に難民キャンプが設けられている。人口は222万6000と人口密度が極めて高い。イスラエルがハマスに対する報復攻撃を始めると、軍の空爆やミサイル攻撃で多数の市民が巻き添えになる。米国や国連などが早くから「人道危機」を引き起こさないよう、イスラエルに警告を発してきた理由だ。

 だが、ネタニヤフ首相は民間人に被害が及んだのは彼らを盾に使っているハマスが悪いとすべての責任を押し付けてきた。イスラエル軍当局によれば、ガザ側の死者のうち8000人はハマスの戦闘員だという。そうだとしても、ハマス戦闘員1人を殺すためにその倍の子どもと女性を含めたガザ住民2人を殺害したことになる。

 これだけでも過剰報復だし、過剰な「集団責任追及」にも通じる。そのために住宅の半分近くをがれきの山に変え、230万近い住民の85%を難民化させた。イスラエルの独立戦争でパレスチナ人70万人が難民となった「ナクバ」(大惨事)の再来である。これはジェノサイド(集団殺害)だとする南アフリカ政府の告発を受けて、国際司法裁判所が審理を始めた。

「作戦縮小」は偽装、無差別爆撃続行

 米政府はイスラエルのハマス殲滅攻撃を支持しながらも、民間人の犠牲を極小化するために破壊力の大きな爆弾や各種ミサイルで住宅地域を攻撃することはやめて、地下トンネルなどに潜むハマス指導部を精密誘導兵器で攻撃する作戦に切り替えるよう求めてきた。

 イスラエル軍の総動員体制縮小・長期戦への移行はこの米国の忠告をようやく受け入れたようにも見えた。しかし、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト両紙など米主要メディアは、ネタニヤフ政権を引き回す強硬派閣僚(極右および宗教政党)が「ガザ戦争」を通して「米国離れ」の自信を深めていると報じている。ニューヨーク・タイムズ紙(1月11日付電子版)は戦闘縮小が国際社会や米国の批判をかわすための偽装とする詳細な記事を掲載した。

「大イスラエル主義」対「パレスチナの大義」

 ネタニヤフ首相はガザ攻撃の目的はハマスによる市民狙い撃ち虐殺に対する単なる報復ではなく、ユダヤ人国家(イスラエル)の存在を認めず破壊を目指すハマスの殲滅にあると公言してきた。ハマスと対立するパレスチナ自治政府(オスロ合意によって設立)は「二国家共存」による紛争解決に踏み切っている。ハマスはなおも「パレスチナにユダヤ国家を許さない」とする「パレスチナの大義」に忠実な危険な敵だ。そのハマスはガザ住民の間では過半数を超える支持を得ている。

 イスラエル史上最も保守・右寄りで宗教政党が中枢を占めネタニヤフ政権のハマス殲滅作戦では、報復の名のもとに指導部や戦闘員とともにハマス支持派の住民も初めから攻撃目標にされていたと見ていいだろう。彼らには「ハマス支持」がもたらした大きな実害と恐怖心を植え付けた。これはハマス無力化につながる。

 だが、「二国家共存」拒否ではネタニヤフ氏もハマスと同じだ。イスラエル側にはパレスチナの地はユダヤ民族が神から授かったとする「大イスラエル」主義勢力がある。イスラエル保守派リクード党を率いるネタニヤフ首相はその勢力のリーダーとして政権を託されているのだ。

 双方の「原理主義」勢力の背景にあるのが民族、信仰、歴史の複雑な交錯である。パレスチナの中心には3千年前にユダヤ民族の二つの王国があった。パレスチナ人は同じころからこの地域に民族の痕跡を残している。

 紀元入りのころにはユダヤ教、次いでキリスト教がこの地で生まれ、7世紀にはイスラム教始祖ムハンマドはここから昇天した。三つの有力宗教は同じ神を信じていて、パレスチナの中心に位置するエルサレムは3宗教が聖地としている。ユダヤ人の王国はローマ帝国によって滅ぼされ、多くのユダヤ人が欧州やアフリカに離散(ディアスポラ)した。その後はイスラム帝国の版図に組み込まれたり、キリスト教徒の聖地奪還戦争「十字軍遠征」の戦場にもなったりした。第1次大戦後に英国の信託統治を経て現在に至っている。

互いに譲歩し成立した「オスロ合意」

 イスラエル対パレスチナの対立の中で、この双方の「原理主義」勢力、ネタニヤフ政権対ハマスの構図ができたのは2009年だった。以来4半世紀、この対決は行くつくところに行き着いたというのがこの大衝突だったといっていいだろう。

 イスラエル、パレスチナ両勢力は譲歩し合って、「二国家共存」という原点に向かって協力することで合意したこともあった。1993年初めのオスロ合意だった。両者はこれに基づいて交渉を続けて1994年4月、クリントン米大統領の立ち会いのもとホワイトハウスで、ラビン・イスラエル首相とアラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長がパレスチナ暫定自治協定に調印した。

 その内容はパレスチナ国家に割り振られたヨルダン川西岸地方、ガザ地区および東エルサレムなどの領土のうち、4次に及ぶ中東戦争のうち国連総会決議採択で始まった1948年の戦争、3回目の1967年の戦争でイスラエルが軍事占領した部分を原則的に3段階に分けて順次、パレスチナ自治政府の管轄下に移すというのが柱。パレスチナ分割を決めた国連総会決議と軍事力による領土の拡大は認めないとする国際法を基礎にこの合意が成立した。

イスラエルとハマス双方の「合意」つぶし

 双方の「原理主義」勢力はこの合意を受け入れなかった。合意成立から3年後の1995年にはラビン首相がユダヤ教過激派青年の銃撃を受けて死去。1996年初の首相公選で保守リクード党ネタニヤフ党首が勝利して右派やユダヤ教勢力との連立政権が成立。1999年の首相公選でバラク労働党首が政権を奪還した。米民主党政権を握ったクリントン大統領がバラク首相、アラファト議長をワシントンに招いて「二国家共存」へ詰めの会談を仲介するが、最終合意はならなかった。2009年にネタニヤフ保守・右派連立政権が復活、以後12年間の長期にわたってネタニヤフ首相の長期政権が続いた。

 この間にガザではエジプトの穏健派イスラム組織、イスラム同胞団のガザ支部としてハマスが生まれた。ハマスはパレスチナ解放機構(PLO)の傘下に入っていたが、「二国家共存」から離れて「パレスチナの大義」に傾斜、PLOと対立、2007年にクーデター的にガザを支配下に治めた。多額の運動資金をネタニヤフ政権がひそかに提供した、とのメディア報道もある。

 イスラエルとパレスチナ双方の「オスロ合意」反対勢力が「合意つぶし」と、それぞれの陣営の中で「二国家共存」勢力にとって代わるという共通の目的のために、そしてイスラエルにとっては「合意つぶし」の責任を自分だけが問われることを避ける狙いもあった。

パレスチナ自治協定による自治区域の段階的拡大は第3次計画まで進んだところで頓挫したままになっている。イスラエルはこの間に占領地域での入植地建設を継続し、トランプ米政権によるエルサレムの主権承認にも乗じて占領地の領土化への既成事実作りに励むとともに、周辺のアラブ穏健派諸国との関係改善―国交樹立を目指す外交に乗り出していた。

危機抱いたハマスの賭けとの見方支配的

 ハマスとの間で、あるいは西岸占領地の入植地では多数の死傷者(多くはハマス側)をだす武力衝突が起こっていたが、パレスチナ側は明らかにジリ貧状態に追い込まれていた。イスラエルや米国の一部ではパレスチナ紛争はこのまま忘れられていくのではないかとの見方も出ていた。今度の「ガザ戦争」はこれに危機感を抱いたハマスの一発挽回、ないしは大混乱引き起こしを狙った賭けとの見方が支配的だ。

バイデン当選にはハマス殲滅とネタニヤフ失脚が必要と見る米メディア

 バイデン米大統領は当初からイスラエルの報復を「断固支持」しながらも「人道危機」を最小限にとどめるようイスラエルに繰り返し警告し、パレスチナ紛争解決の道は「二国家共存」しかないことを当事者および国際社会に訴えてきた。それを事実上無視して無差別砲爆撃を強行してきたイスラエルは国際社会の厳しい批判にさらされている。その批判はイスラエルを抑えきれない(本気で抑えようとしない?)米国にも向けられている。これまでイスラエル支持でほぼ固まってきた米世論も、今度は真っ二つに分断されている。

 しかし「二国家共存」へかじを切らせるにはハマス殲滅は米国にとっても好ましい。イスラエルの「暴走」が米国および国際世論の袋叩きを受けていること、そして収賄罪で起訴され退陣を迫られているネタニヤフ首相の政権の停戦後の失脚へとつがるとすれば、バイデン政権にとっては都合がいい。これがバイデン大統領の胸にあるシナリオかどうかはわからない。だが、状況はそこに来ていると思う。これに成功しないと11月大統領選挙は勝てないというのが米メディアの大方の見方だ。

戦争継続で権力にしがみつくネタニヤフ

 ネタニヤフ首相はガザ戦闘の縮小の一方で、レバノン・ヒズボラとの戦争拡大を狙っているように見える。戦争が続いている間は、首相更迭は難しい。ネタニヤフ氏は、今は少しでも長く権力にしがみつくほかはない立場に置かれている。
                                (1月11日記)