南海トラフ地震にさらなる難題 一部区域発生時の対応困難 1週間で警戒終了発信可能か

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 初めての「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発せられて1週間後の8月15日、気象庁は「17時をもって発表に伴う政府としての特別な注意の呼びかけは終了した」と発表した。おそらく同庁としては十分想定していた一連の対応と思われる。翌16日早朝のあるラジオ番組でコメンテーターが「1週間で予約客のキャンセルが相次いだ宿泊施設もある。経済損失は日本全体でどのくらいに上るか」という問題提起をしていた。しかし、南海トラフ地震臨時情報に関しては、より厄介な問題が残されているように思える。

2種類ある地震臨時情報 

 2019年5月から提供の仕組みが始まった南海トラフ地震臨時情報には、「巨大地震注意」と「巨大地震警戒」の2種類がある。今回、発せられたのは南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の方だ。南海トラフ想定震源域と、隣接する南海トラフ海溝軸外側50キロの範囲内でマグニチュード(M)7.0を超す地震が発生した場合が対象となる。

 ではもう一つの南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒は、どのような場合に発せられるのか。「南海トラフ地震臨時情報等の提供開始について」20190531_nteq_name.pdf (jma.go.jp)と題する気象庁の報道発表(2019年5月30日)によると、次のように記されている。「想定震源域内のプレート境界において、M8.0以上の地震が発生したと評価した場合」に発せられ、「世界の事例ではM8.0以上の地震発生後に隣接領域で、M8クラス以上の地震が7日以内に発生する頻度は十数回に1回程度となる」といった情報が盛り込まれる。

 問題は巨大地震注意と巨大地震警戒のいずれも、次の地震発生について最も警戒する期間としては、最初の地震発生後「1週間」を基本とする、としていることだ。15日の気象庁発表もこの考え方に沿っている。今回情報が発せられて1週間の間には岸田首相の中央アジア3国訪問中止といった相当な決断を伴ったとみられる出来事もあったが、おおむね特に大きな混乱もなく社会は受け止めたようだ。しかし、今後、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒が必要になった場合も、情報発信の1週間後に「特別な警戒の呼びかけは終了した」という今回同様の発表がすんなり発せられるものだろうか。こちらはすでに南海トラフ地震想定域の半分ほどの区域でM8.0以上の地震、つまり相当深刻な被害が発生してしまっているという今回とは大きな違いもある。

南海トラフ地震の起き方多様 

 フィリピン海プレートが日本列島の西半分が載ったユーラシアプレートの下に潜り込んで、陸側のプレートにはひずみが蓄積し続けている。そんな両プレートの境界である南海トラフでは、駿河湾から四国沖にかけてこれまで繰り返し巨大地震が起きている。確認されているだけでも684年の白鳳(天武)地震から、1944年の「東南海地震」と1946年の「南海地震」(相次いで起きた一続きの地震とみなされている)まで9回もの巨大地震が繰り返し起きている。地震の間隔は一番短くて90年、長くて265年、平均すると160年弱ということになる。

 厄介なのは、これら9回の地震の起き方が一様ではないことだ。南海トラフ地震臨時情報という仕組みが導入されるまでの政府の検討結果の一つに、2018年12月に中央防災会議が公表した「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について」という報告書南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について(報告) (bousai.go.jp)がある。「防災対策実行会議南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」(主査:福和伸夫名古屋大学減災連携研究センター長・教授=当時、現名古屋大学名誉教授)がまとめたものだ。

 この中で提言している南海トラフ地震対応として、想定震源域内でM7.0以上、8.0未満の地震が発生した「一部割れケース」と、想定震源域内のプレート境界でM8.0以上の地震が起きた「半割れケース」が想定されている。今回の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」は前者であり、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)は、1944年の東南海地震が起き、1946年に南海地震が起きたような後者のケースに対応するものだ。

 「半割れケース」は、これら1940年代の地震の一つ前に起きた1854年の安政地震でも見られた。南海トラフの東半分で「安政東海地震」が起きた後に西半分で「安政南海地震」が起き、結果的に駿河湾から四国沖にかけての南海トラフ全域がずれ動く結果となった。問題は両地震の間隔は32時間と、1940年代の東南海地震と南海地震の発生間隔2年と14日とは大きな違いがあることだ。仮に安政地震のようなケースで南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が出たら2番目の地震被害の大幅な軽減があり得るだろう。しかし、次の地震が起きたのが2年と14日後といったケースでは、効果よりも社会的な負担あるいは混乱の方が深刻ということも十分考えられる。そもそも地震情報(巨大地震警戒)を出して1週間何も起こらなかったような場合、その時点で「特別な警戒の呼びかけは終了した」という追加情報などすんなり出せるものだろうか。

住民感情考慮した1週間 

 「1週間」という期間は、南海トラフ地震防災対策推進地域となっている29都府県、707市町村を対象に2018年3月に実施されたアンケートの結果に基づいたものだ。避難勧告などを発令し続けた場合、「避難生活のストレス」や「住民感情(長期避難に対する不満)」といった大きな影響が出るまでの期間は、「3日程度」、「1週間程度」という回答が多かった。大規模地震発生の可能性と社会的な受忍の限度に加え、社会の状況を加味し、南海トラフ地震情報を出した場合、特別な注意や警戒を呼び掛ける期間は最初の地震発生後1週間を基本とする、と報告書に書き込まれた経緯がある。

 南海トラフで起きた巨大地震歴を見ると、「半割れケース」のほかに、南海トラフの一部区域の地震だけで終わったケースさらに南海トラフ全域あるいはほぼ全域で一斉に発生したケースがある。安政地震の一つ前、1707年に起きた宝永地震が一斉に発生したケースの一つ。地震発生の7週後にフィリピン海プレートが陸側のプレートの下に潜り込む場所、つまり南海トラフの延長上のプレート境界上に位置する富士山が噴火(宝永噴火)したこともよく知られる。

全域一斉発生願う地震学者も 

 「半割れケース」の方が、宝永地震のような南海トラフ地震想定域全体で一斉に発生した場合より、対応ははるかに難しいとみる地震学者もいることを紹介したい。

 2011年3月に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を機に科学技術振興機構が阿部博之元東北大学総長を座長とする「『日本社会の安全保障と科学技術』に関する検討委員会」を設け、詳細な検討結果と提言をまとめ2012年4月に公表している。地震、感染症、天然資源、食糧、サイバー攻撃、地球環境、新たな金融危機などさまざまなリスクが実際の危機や変災に結びつく緊急事態に備えて日本社会が十分な防御態勢をとる必要とそのための根本的な対策を提言している。

 この報告書の特徴は、検討過程で検討委員のほか多岐にわたる専門家から聞いた主張・見解を詳しく採録した関連資料集「日本社会の安全保障と科学技術」関連資料 (jst.go.jp)を併せて公表していることだ。11人の専門家のうち地震防災について詳しく述べているのが土岐憲三立命館大学教授・歴史都市防災研究センター長(当時)。京都大学や立命館大学での大学での地震防災研究の実績に加え、中央防災会議「東南海、南海地震等に関する専門調査会」座長を務めた経験も持つ。

 その土岐氏が、次に起きる南海トラフ地震に対し「宝永地震のように一斉に起きる地震の方がありがたい」とまで関連資料集の中で言い切っている。南海トラフの半分の区域で地震が起き、残り半分の地域の地震発生に備え、東名高速道路、R東海、大企業などの操業・業務を要請したら、いつ操業・業務を再開してよいなどとだれも言えないというわけだ。確かに巨大地震注意や巨大地震警戒という臨時情報に国民が耐えられるのは1週間程度というのはわかるような気がする。しかし、「特別な警戒の呼びかけは終了した」という追加情報を出すのが南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)発表の1週間後というのは情報を出す側にとって簡単な話とは思えない。

 土岐氏のような主張を気象庁や地震情報の在り方に関与している地震学者などはどう受け止めるのだろうか。

                       (了)