<米大統領選>異例の短期決戦勝利へハリス副大統領が体制固め 旋風吹き始め注目の民主党大会 罵倒で攻撃するトランプ前大統領 混迷する共和党

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 トランプ前米大統領は7月13日、米東部ペンシルヴェニア州バトラーで開いた選挙集会で演説中に、凶弾を受けて耳に傷を負ったが、こぶしを振り上げ「ファイト」と絶叫して支持者を感動させた。これでバイデン氏との支持率の差を広げて「もしトラ」は「ほぼトラ」へと進む勢いになった。だが、1週間後にはバイデン大統領が民主党内外の「高齢不安」に追い詰められて突然、後継にハリス副大統領を推して選挙戦から撤退し、ハリス氏は翌日から大統領選のカギを握るとされる激戦州のキャンペーンに駆け出した。この2年半、バイデン氏からの政権奪還戦略を着々と練り上げてきたその相手が突然姿を消して、トランプ氏は呆然の態。その隙にハリス旋風が吹き始め、バラバラになっていた民主党は結集した。トランプ優位の世論調査の数値も消え、ハリス氏がリードを奪取した。投票日まであと80日余り。民主党は19日からの党大会でハリス体制を固め、一気に投票(11月5日)に持ち込もうとしている。

選挙に強いハリス氏

 ハリス氏の突然の登場がこの結果を生むとはだれも予測しなかった。しかし、ハリス氏の経歴を見ると、本人は自信があったと思われる。ドミニカ系の父、インド系の母のもとでカリフォルニアに生まれて黒人社会で育ち、黒人系の大学(ハワード大学)を出てからカフォルニア大学で法律を学んで検察官の道を歩んだ。2010年にはこの最大州の司法長官に当選、2017年連邦議会上院選に当選。選挙には元々強かった。

 ハリス氏は59歳、エネルギッシュな歯切れのいいスピーチ。遠慮のない大笑いを絶やさない。世論調査の支持率でトップに出ていたトランプを追いかけ追いつき、3週間で追い越した。トランプ陣営はハリス氏への個人攻撃でその勢いをくじこうとした。

トランプ氏は黒人ジャーナリストのインタビューで「ハリス氏をインド人と聞いていたが白人と思っていた、いつ黒人になったのか」と発言。ハリス氏は「いつもの古臭い人種差別ショーだが、実に非礼」と軽くいなした。だが、ハリス氏は都合によって人種を使い分けるというトゲを含ませた人種差別発言と、世論の批判を浴びた。

 トランプ氏が副大統領候補に選んだ若手上院議員J・D・バンス氏(39)はハリス攻撃の一翼を担っている。3年前に保守系FOXニュースで、ハリス氏らを「子どものいないみじめな変わり者で子猫をかわいがっている」と揶揄(やゆ)していたことがメディアに取り上げられて出鼻がくじかれた。だが、トランプ・コピー型の極右でこれに怯んだ気配はない。

「女性差別」

 トランプ氏のハリス氏への個人攻撃は、「無能」「狂っている」「ばか」「精神異常」などと罵倒の限りを尽くしながら、危険な極左・共産主義者と決めつけてきた。トランプ氏は取材の記者に「彼女を個人攻撃する権利がある」と主張しているという。たまりかねた共和党選挙担当や予備選を戦ったヘイリー元国連大使らトランプ政権で有力ポストを担った党幹部や友人たちに、FOXニュースのホストも加わって、ハリス攻撃だけでは選挙は勝てない、政策や政治論を広く訴えるよう助言しているが、まったく聞く耳は持たないといった状態。バンス副大統領候補だけは「トランプ氏がやりたいようにやらせるのがいいのだ」と忠誠をつくしているという(ワシントン・ポスト紙電子版など)。

 こうしたトランプ氏の「ハリス攻撃」の裏にあるものは何か。米メディアはいろんな見方を伝えている。その根底にあるのはトランプ氏の根深い女性差別主義。足掛け4年をかけてようやくバイデン氏を抑えて「当選確実」に持ち込んだ努力が、その女性によって数週間でひっくり返されそうになっている。これに怒り狂って冷静さを失っているとの見方はごく一般的だ。2016年の大統領選で、やはり女性の対立候補だったクリントン氏に対する執拗な個人攻撃を続けたことを並べることができそうだ。

 そこにはトランプ氏のすさまじいまでの自己顕示欲が絡んでいるとの指摘もある。トランプ氏も選挙キャンペーンに飛び回っているのだが、ハリス氏のキャンペーンでは会場が多数の支持者が詰めかけて熱気にあふれていると大々的に報じられ、支持率でたちまち追い付き追い越されてしまった。以来、どの集会でもトランプ氏の関心は何を話すかではなく、支持者が何人集まったかというその数字だという(ワシントン・ポスト紙電子版)。自分の集会の参加者はハリス氏のそれに負けてはならないのだ。

「多数コンプレックス」

 ハリス氏と副大統領候補に指名したT・ウォルズ・ミネソタ州知事が7日、デトロイト市近郊の空港で開いた集会は15,000人の支持者が集まり、写真付きで大きく報道された。4日後の11日、トランプ氏は誰もいない同空港の写真をつけてハリス氏の集会には実は誰も参加しなかった、報道された写真はAIで偽造されたものだとネットに投稿した(日本の新聞でも報じられた)。これについてニューヨ-ク・タイム紙のコラムニストM・ダウド氏は13日のコラムで、トランプ氏には「多数コンプレックス」ともいえる、性癖があるとコメントした。勝負事は何でも負けない、それを示す数字が大切なのだ。

 2017年1月のトランプ氏の大統領就任式に集まった人数はオバマ氏の就任式と比べて大分少なかったと報道されたとき、トランプ新大統領は悪意の「虚報」だと怒り、自分の方が多かったと主張した。いくつかの新聞が記事の正確さの証明に二つの就任式の空中写真を並べて報道したが、トランプ氏は主張を譲らなかったことを思い出した。

 こうしたストーリーは、ハリス氏のキャンペーンが新聞、テレビで盛んに報じられるようになるにつれて、自分の言動がメディアに大きく取り上げられることが少なくなっている状況に不快感、あるいは怒りを抱いていることを示している。トランプ氏は2016年大統領選挙に出馬してから現在まで、その特異な言動で米国政治に関するニュースの主役の座を占めてきた。これをハリス氏にとって代わられることは己顕示欲の強いトランプ氏には耐え難い屈辱のようだ。

「虚偽」「妄想」

 このハリス氏が空港で開いた集会というでっち上げSNS寄稿のほかにも、米国主要メディアの報道にはトランプ氏らの「虚偽」あるいは「妄想ないし幻想」と思われる発言が目立っている。トランプ氏の「高齢化」も影響しているのではないかとの見方も出ている。そのいくつか紹介する。

▽ハリス氏は黒人ではないと信じている(黒人に負けることは受け入れたくない?)。
▽バイデン氏が「高齢」を理由に大統領選挙候補から撤退したのは、実はクーデターでハリス氏に「盗まれた」もので、バイデン氏は党大会で巻き返しを策している。
▽トランプ氏に対する暗殺未遂事件はバイデン氏およびその背後にいる「影の政府」の陰謀の一つに過ぎない(この陰謀悦はトランプ支持者の間ではかなり広く信じられている)。
▽バイデン政権が入国許可なしに受け入れている移民(いわゆる不法移民)の中にはベネズエラなどから送り込まれた殺人犯などの囚人や危険人物が含まれている(だから米国で犯罪が増えているといっている。ベネズエラでは最近の選挙で野党候補が勝ったのに大統領が居座っているとして混乱が起きている)。
▽知り合いのロサンゼルスのブラウン市長とヘリコプターに同乗して墜落しそうになり、緊急着陸したことがある。同氏はハリス氏を引き立てた人物で、このときにハリスをひどく非難する話を聞いた(ブラウン元市長はトランプ氏とヘリに同乗したことはないと否定。ブラウン氏と別の人物が危ない思いをした同乗者は私と名乗り出た。ハリス氏非難にも無関係)。

ハリス氏支持の背景

 多くの世論調査機関の調査結果を並べて見ると、ハリス氏支持が一気にトランプ氏をとらえたのはバイデン撤退―ハリス登場という思わぬ急展開による一時的な現象ではないことがわかる。もちろん大統領であり実績を持つ党長老の重しが外された解放感がそのきっかけであることは確かだ。民主党支持をためらってきた一部党員や無党派層(黒人・ヒスパニックなどの少数派や若者など)がハリス支持ヘと動いた。しかし、ハリス支持票は個々の政策の支持率アップにも回っている。

 バイデン氏がトランプ氏に、大まかに7対3から6対4で支持の差をつけられてきたのは、経済、犯罪、移民の3問題だった。これらの政策についてどう対応するのか、そんな暇もないままハリス氏は遊説に飛び出した。しかし、3問題のいずれでもハリス氏への支持はバイデン氏のそれより2〜3%伸びてトランプ氏に迫り、追いつこうとしていた。

 これはバイデン氏の高齢不安は個々の問題の不支持にも跳ね返っていたことを示している。だからバイデン氏の撤退でハリス支持がバイデン氏支持を上回れば、自動的に個別の問題に対するハリス支持もバイデン氏のそれを上回った(所管当局が最近明らかにした調査報告よると、これらの3問題はそろって改善に向かい始めているという)。

「ハリスの米国」の夜明け

 ハリス氏と民主党は19〜22日の民主党大会へ向けて、3問題を含めて政治、経済、社会、外交の各分野にわたる(当選した場合の)ハリス政権の基本政策をまとめてきた。副大統領であるハリス氏の基本政策だから、現バイデン政権の政策から大きく変わるものではありえないが、内政面では低所得層の支援を手厚くして豊かな中産階級を育成するという基本路線は堅持することは間違いない。しかし、党内では左派のハリス氏は大統領としては穏健派、保守派との協調、そのための妥協も必要になる。

 外交でも米国が国際社会の平和と安定を主導する責任を担うという基本は変わらないだろうが、世論を揺るがしている対イスラエル・中東政策、対ロシア・中国政策などは議論を呼ぶことになるだろう。特にこれまで批判は難しかった無条件に近いイスラエル支持政策の扱いは難問の一つになりそうだ。

 米大統領選は実に長くかかる。前年の秋から冬にかけて立候補者が出そろい、年明けには民主、共和両党が州ごとの予備選挙を開始、候補者数を数人に絞ってから7月ないし8月の党大会で大統領および副大統領を正式に選出。9月に入ると本選挙キャンペーン開始、11月はじめの投票でやっと終わる。

 立候補者にとっては丸々1年半にも及ぶ長期選挙となる。ハリス民主党にとっては実質2カ月半の異例の短期決戦。2022年中間選挙(連邦議会、州議会、同知事選など)で挫折を味わい、その直後から丸々2年間という、例年の長期戦の中でも異例の長期戦になって疲労がたまっているトランプ共和党より有利のようにも、不利なようにも見える。

 米メディアには早くも「ハリスの米国」の夜明けになるかーといった見出しも現れている。民主党大会にはかつてない注目が集まっている。(8月17日記)