専門家会議の航路は正しいのか? 自縄自縛の安倍政権

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 新型コロナウイルスの対策を検討する政府の専門家会議(座長・脇田隆字・国立感染研究所長)が5月1日に開かれ、全国的な外出自粛がなお必要とする提言を出した。政府はこれを受けて緊急事態宣言をさらに全国で5月末まで延長した。感染のまん延を何とか抑え込み、経済活動の再開に徐々に向かう他国が増えてくる中で、政府から何ら明確な見通しを示されないままに「自粛」だけを強いられ、「新しい生活様式」というお題目を聞かされることに、さすがに国民の不満や怒りが高まってきた。しばらく発表されなかった「実効再生産数」(1人の感染者がうつす平均人数を表す)が突然に再び発表され、全国が2・0(3月25日時点)から0・7(4月10日時点)に下がったとされたのは、やや明るい数字だが、その根拠となる基礎データが明確に示されていないので、国民の不安感を拭い去るには程遠い。安倍政権が金科玉条のごとく尊重する専門家会議の診断書は果たして、どこまで正しいのだろうか? そして、この「国難」の時に、国民の心に響くメッセージを何ら発せられない安倍晋三という指導者に、いつまで国の舵取りを託しておけるのか?

発端は指定感染症への指定

 安倍政権のコロナ対応が後手後手に回った日本独自の背景として①習近平国家主席の国賓としての来日(4月を予定)②東京オリンピック、パラリンピックの開催(7~8月)―の二つがあったことは割り引いて考えるとしても、あまりにも対応が遅すぎた。また、世界的なまん延の状況の進行、未知のコロナウイルスの特性判明に応じて機敏に対策を変更していく柔軟性に欠けていた。

 その発端となったのは、この病気を1月末に指定感染症に指定したことだと指摘する識者(上昌広・医療ガバナンス研究所理事長)らの声がある。日本の感染症法では症状の重さや感染力などから、感染症を1類~5類の感染症と指定感染症、新感染症、新型インフルエンザ等感染症の計8種類に分類している。指定感染症に指定されると、無症状の感染者や軽症患者も含めて入院隔離措置が取られることになる。

 若者を中心に、自分が感染していることにも気が付かない無症状のキャリアーがこれほど多い厄介な感染症だということが1月末の時点では、よく分からなかったのかもしれない。だが、この特性が判明したら最初の指定を見直し、「陽性イコール入院隔離」という単線系ではない複数の対処方法(ホテルなどへの隔離収容、自宅待機など)を柔軟かつ機敏に政府は打ち出すべきだった。

 北海道医療大学の朝香正博学長は3月10日に日本医事新報社のサイトに「いつの日か、本感染症を指定感染症から解除する時がやってくると思われるが、そうなってくれると通常のインフルエンザと同様に軽症の場合は自宅待機を勧めることが可能になり、医療における混乱が生じる可能性は減少する」と投稿していた。

PCR検査が増えない闇の事情

 だが、事態は硬直した発想の下で混迷した。<感染者を見つけ出す決め手であるPCR検査を増やすと、陽性者を次から次へと隔離入院させなければならず、感染症に対する現在の日本の限られた医療資源では医療崩壊が起きる。だから、PCR検査を重症一歩手前の患者にできるだけ絞ろう>

 厚生労働省の対策担当者の腹の内は平たく言うと、こういうものだったことが次第に明らかになってきている。そこから生じたのが、かの悪名高い「4日ルール」だ。基礎疾患を持たない人の場合、37・5度以上の発熱が4日以上連続する場合に初めて都道府県の「帰国者・接触者相談センター」(保健所のことだが、とうとう、このお役所的な名前を変えずに押し通した)の相談、PCR検査の対象になるというものだ。その例外として①高齢者②糖尿病、呼吸器疾患(COPD)など基礎疾患があったり、透析治療を受けている者③抗がん剤治療などを受けている者④妊婦――に相当する場合は、連続2日以上を相談目安とした。

 保健所への相談電話もなかなかつながらず、37・5度以上の発熱が4日以上連続というのは相当につらい症状で、もし、その人が陽性患者だった場合は急速に症状が悪化する恐れがあるとの批判が高まった。それを受けて厚労省は途中から、担当医が総合的に判断してPCR検査の必要性ありと判断した場合は認めると表向きには方針転換したが、実際にはこの「4日ルール」が根強く残り、PCR検査の増加を阻んでいることが報告されている。

明暗分けた石田純一さんと岡江久美子さん

 経済協力開発機構(OECD)は4月28日、加盟国36か国を対象に、人口1000人当たりのPCR検査数を示すグラフを発表した。それによると日本の検査数は1000人当たり、わずか1・8人で下から2番目。最下位のメキシコ(0・4人)と、34位のギリシャ(5・8人)に挟まれている。トップはアイスランドで135人。加盟国平均は23・1人で、これと比べると日本は1桁以上少ない。

 多くの感染者が出ている欧米諸国を見てみると、イタリア(29・7人)、ドイツ(25・1人)、米国(16・4人)、英国(9・9人)、フランス(9・1人)と、日本の少なさが明らかだ。隣の韓国(11・7人)でも日本の6・5倍も検査している。

 PCR検査がなかなか受けられない中で、明暗を分けた形となったのが俳優の石田純一さん(66)と女優の岡江久美子さん(63)のケースだ。石田さんは4月10日に沖縄を訪れ、翌日に倦怠感があり、13日に帰京。14日に入院しPCR検査を受け、15日に感染が確認された。新型インフルエンザの治療薬で、コロナの重症化阻止にも効用があると言われるアビガンを投与したおかげか、快方に向かっている。PCR検査に早期にたどり着いた幸運なケースと言える。

 ドラマや情報番組の司会で知られる岡江さんの突然の死は多くの人を驚かせた。所属事務所によると4月3日に発熱。4~5日様子を見るよう病院で言われ自宅療養していたが6日朝に容体が急変し、都内の病院に入院してPCR検査で陽性と判明し、23日にコロナウイルス感染による肺炎のため死去した。昨年末に初期の乳がんの手術をして、今年2月まで放射線治療を受けていた。もっと早く入院できていればと、夫の大和田獏さんら家族には悔しい思いが残ったことだろう。

「国のやる気」が問題だ

 発熱して自宅にいるうちに容体が急変して、新型肺炎で亡くなる例が出ている。PCR検査が韓国のように迅速に受けられれば、救えるはずの命が日々失われているのだ。 

 平日午前8時から放映されるテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」は感染症の専門家の岡田晴恵医学博士を連日、ゲストに招き、コロナ対策について深掘りした報道や政府への提言、批判を続けてきたことで知られる。番組が当初から提言してきたのがPCR検査の抜本的な拡充であり、岡田さんが合わせて提言していたのが「発熱外来」を病院とは分けて設置することだった。PCR検査拡充のこのキャンペーンはもう2カ月近く続いており、安倍首相も「PCR検査能力を1日当たり2万件にまで増やす」と大見えを切ったが、実態は今でも平日で平均約7000件にとどまっているという。

 5月3日の「モーニングショー」にテレビ電話で出演した宇都宮市の病院長の倉持仁氏は「PCR検査は例えるならば、ご飯に必ず、お箸が付いてくるようなもの(なのに、付いてこない)。PCR検査は全国の医科大学の大学院生を訓練すれば、相当に検査数を増やせる。国がやる気になっていない」と怒りを込めて話した。

 政権与党の自民党に人材がいないわけではない。だが、「森友学園」「加計学園」問題や「桜を見る会」で象徴的に示された安倍一強体制による忖度の横行からか、まっとうな判断力と識見を持つリーダーを要所要所の責任者に据えて仕切らせることが、ほとんどできていないように見える。

 私は夜7時半からの対談番組であるBS・TBSの「報道1930」と、8時からのBSフジの「プライムニュース」もウオッチしているが、そこで今回見直したのが時折、ゲストに呼ばれる自民党の佐藤正久参院議員だ。元陸上自衛官で、イラクへの派遣部隊の初代司令官として「ヒゲの隊長」の異名をとった人物だ。もちろん思想、信条的に相いれないところも多いが、厚労省のフットワークの悪さなどを率直に番組で批判していた。

 それは佐藤氏が陸自で生物、化学、核兵器防御を任務とする化学科隊員だったことと無関係ではなかろう。日本は感染症対策を安全保障の重要な一環として位置付ける発想が乏しいと言われるが、佐藤氏はその出自から、こうした風潮に切歯扼腕していたようだ。

 日本のコロナ対応の初期段階で中心だったクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」での感染まん延への対応は、接岸した横浜ふ頭で厚労省、自衛隊など各省庁、神奈川県、横浜市などの混成部隊で慌ただしく進められた。その際、現地対策本部が作成した組織図には当初、自衛隊の部隊は書き入れられてもいなかったと、佐藤氏は現物をテレビで見せながら、悔しがっていた。クルーズ船という感染防除のゾーニングが極めて難しい環境下では、訓練され装備も優秀な自衛隊部隊を活用するのは自明の理と思われるが、必ずしもそうではなかったようだ。

 佐藤氏はまた、湖北省に限定せず、中国全土を日本への渡航禁止国にもっと早く指定すべきだと早くから直言していた。韓国のドライブスルーによるPCR検査方式も高く評価するなど、自民党内では異色の存在だと言えよう。

 また、田村憲久衆院議員も元厚生労働相として、現在のコロナ対策の問題点を熟知していることが出演している民放番組での発言から、うかがえる。安倍首相が目をかけているといわれる加藤勝信・厚労相が全く精彩がないのとは大違いだ。だが、安倍首相が田村氏を起用することはない。田村氏は安倍首相が毛嫌いする石破派の事務総長だからだ。

厚労省クラスター対策班の功罪

 政府の専門家会議が日本のコロナ対策の決め手として打ち出したのは「クラスター対策班」による感染者の追跡調査で、まん延を阻止する戦略だった。これは感染者の多くが周囲の人にほとんど感染させていないのに、一部の地域で患者クラスター(集団)が発生し、特定の人から多くの人に感染が拡大していることが判明したとして

(1)  患者クラスター発生の発見

(2)  感染源・感染経路の探索

(3)  感染拡大防止対策の実施(濃厚接触者の健康観察、外出自粛の要請、関係施設の休業、イベントの自粛要請)

によって、患者クラスターが次のクラスターを生み出すのを阻止するというもの。

 「NHKスペシャル」は3月22日と4月11日の2回にわたり、クラスター対策班の活動のもようを放映、その中心人物である東北大学大学院の押谷仁教授とのインタビューを伝えている。押谷教授は3月の番組「パンデミックとの闘い~感染拡大は封じ込められるか」では「クラスターさえ見つけていれば、ある程度、制御ができる」と自らの戦略に自信を示し、「むしろPCR検査を抑えていることが(医療機関への殺到と、それによる院内感染を防止し)日本が踏みとどまっている大きな理由だ」と明言していた。

 ところが、4月のNスぺ「新型コロナウイルス瀬戸際の攻防~感染拡大阻止最前線からの報告」では、NHKの男女キャスターからPCR検査がなかなか受けられない現状について2回にわたって質問を浴び、「現在、感染者が急増している状況の中でPCR検査が増えていかないことは明らかに大きな問題です」と方向転換を口にした。

 東京都内での屋形船、あるいは大阪市内のライブハウスなど新たな感染者の流れをある程度追えた時期には、クラスター班に功績もあったと言えよう。だが、市中感染がどんどん進行した後にも、全国の保健所員の限られた人的資源を成果の乏しく、疲れるクラスター追跡調査に投入させ、その反動としてPCR検査を求める必死の電話への応対を阻害したとすれば、それは許されないことだ。

 安倍首相や加藤厚労相は「PCR検査を増やせば医療崩壊が起きる」という厚労省官僚の説明をうのみにして、専門家会議に対策を丸投げにしたとしか思えない。PCR検査を徹底し、症状に応じて複数の収容隔離を推進していけば、国民も一定の安心感と結束が得られるだろう。だが安倍政権の方針は出口戦略に乏しい「自粛」「休業」「ステイホーム」の無理強いであり、自縄自縛に陥っている。<これまでの感染症戦略に重大な誤りがあったので、根本的な転換を図る>――という潔さとはおよそ無縁の政権なので、ここは何とか一日も早く退陣を願い、自分の言葉で率直に今の危機克服を国民に語り掛けられる新たな指導者を救国内閣の首班として迎えるしかない。