「黒川検事長の訓告処分」官邸の責任とメディアの責任 何となく漂う‟幕引き空気”でいいのか

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   週刊文春のスクープで始まった黒川弘務前東京高検検事長と産経新聞記者2人、朝日新聞元記者との賭けマージャン問題。黒川氏が懲戒処分でなく、法務省内規に基づく訓告という軽い処分だったことから、安倍政権による身びいきの甘すぎる処分との批判が相次いでいる。問題の発覚から3日足らずの調査で、大急ぎで出された処分は、「甘すぎる」というよりは、安倍官邸が早々の幕引きを図るために、ろくな調べもせずに結論を出した完全なデュープロセス(適正手続き)違反の処分ではないのか。

 一方、朝日新聞は5月29日、元社会部検察担当記者を停職1か月の処分にし、上司の執行役員経営企画室長をけん責とした。賭けマージャンの場所を提供した産経新聞の社会部記者と元司法クラブキャップについて、まだ、産経の処分は出ていない。産経は朝日の元記者の処分を報じる中で「当該記者2人は編集局付として記者活動を停止させて調査を進めている」(29日の電子版)としている。

記者ら3人をなぜ匿名に

 誰がみても政権の身びいきにしか見えない定年延長問題で、記者や元記者が渦中にいる黒川氏と賭けマージャンをしていたことが週刊誌報道により発覚したという重大事態にも関わらず、産経、朝日両社とも3人を匿名で報道した。記者たちの人権を配慮したのだろうが、ことは「当局と記者との距離」や「取材源の秘匿」というジャーナリズムの在り方の根幹に関わる問題であり、日常的に事件報道で実名を原則とするメディアにインターネットメディアなどから強い批判が出ているのは当然のことである。

 記者の不祥事は、たとえ刑事事件にならなくとも、実名報道が原則である。さらに、週刊文春に産経や朝日だけでなく、司法記者クラブの他社の記者もこの賭けマージャンに参加していた可能性を指摘されているにも関わらず、メディア各社が内部での検証をしている形跡はいまのところ見当たらない。弁護士らが黒川氏と記者3人に対して5月25日、常習賭博の疑いで東京地検に告発状を出した。さらに、翌26日には新聞労連が「権力者と一緒になって違法行為を重ねていたことは、権力者を監視し、事実を社会に伝えていくというジャーナリズムの使命や精神に反するもので、許しがたい行為」との声明を出した。このような状況下にありながら、新聞を中心としたメディアの危機感は薄いのではないか。メディアは国民の信頼を取り戻すために徹底した事実調査と原因究明、再発防止策を打ち出してほしい。そのために、新聞協会レベルで第三者委員会を立ち上げることも検討すべきだと考える。

 問われているのは、「余人をもって代えがたい」として、法律の解釈を変えてまで黒川氏の定年延長を強行した官邸と、どのような理由をつけようとも新聞記者が国民には理解しがたい賭けマージャンという法律に違反する可能性のある行為を取材対象の検察高官としていたことは、国民に弁解のきかない新聞の責任である。メディア側も何かやましいところがあるのだろうか。安倍政権だけでなく、メディア側にも幕引きの空気すら漂いはじめていると感じる。本当にこれでいいのか。改めてその問題点を考えてみたい。

法律家として許されない法務省のずさんな調査

   問題を整理してみよう。「甘すぎる」といわれる黒川氏の処分の経緯をみてみる。5月20日に文春オンラインで、黒川氏と3人の記者たちの賭けマージャン報道があった。文春側は17日に初めて黒川氏にこの問題を突きつけている。この問題の第2報に当たる週刊文春6月4日号によると、黒川氏は文春の取材を受けた後、その日のうちに辻裕教法務事務次官に報告。辻氏は即座に稲田伸夫検事総長に伝える一方で、森雅子法相にはなぜか報告していなかったという。あくまでも私の推理だが、辻氏は官邸とのパイプ役であり、このとき、辻氏は官邸にもこのことを知らせたのではないか。そうなると、当然、この日に安倍首相にも伝わったとみるのが自然だろう。文春によると、辻氏が黒川氏への調査を始めたのは19日のこと。20日に文春オンラインの報道。この日、法務省は黒川氏に面談し、電話でも事情聴取した。21日、黒川氏の辞表提出、この後に、検事総長が懲戒処分ではなく、法務省内規に基づく「訓告処分」という流れだ。そして、22日に持ち回り閣議で黒川氏の辞職を承認した。この日、法務省は調査結果を公表した。この流れをみると、法務省はわずか3日間しか調査をしておらず、結果ありきの拙速で不十分な調査で処分が決まったことが分かる。不祥事があった際の危機管理対応としても落第である。

   法務省が発表した報告書の事実認定によると、①記者A、B=以上産経記者、C=朝日元記者は黒川氏を取材対象とする旧知の間柄②黒川氏はA記者宅で5月1日と13日に賭けマージャンをし、両日とも、千点100円換算の「点ピンレート」で1万円から2万円程度の現金のやりとりがなされた。黒川氏はB記者が帰宅するハイヤーに同乗した③約3年前から黒川氏は3人と月1、2回程度、点ピンレートのマージャンをし、記者が帰宅するハイヤーに同乗したが、具体的な日付を特定しての事実認定には至らなかったーとの内容だ。

 週刊文春6月4日号では、黒川氏は10年以上前から虎ノ門や新橋、渋谷などの雀荘に足繁く通い、産経の2人の記者とも賭けマージャンを続けていた、と報じている。29日に発表した朝日調査では、C元記者は5月の2回だけでなく、4月13日と20日にも同じメンバーで産経記者の自宅で賭けマージャンをしたことを認めている。黒川氏から事情を聞いた法務省幹部はいずれも検察官。処分も「大甘」だが、調査も事実認定もずさんとしか言いようがない。これでプロの法律家の取調官といえるのか。安倍政権は「再調査」はしないという。国家を揺るがすこのような重大事案でこのようなずさん極まりない調査で幕引きすることが許されるのか。

甘すぎる「処分」は誰がしたのか

 「黒川氏訓告 官邸が決定 法務省判断は懲戒」。5月25日付東京新聞朝刊に共同通信の配信記事が1面に大きく掲載された。翌26日、朝日新聞が朝刊で「法務省『黒川氏は懲戒相当』」と追いかけた。21日に検事総長が出した懲戒処分でない、法務省内規による「訓告」処分をめぐり、国会でひともめする。当初、森法相は処分が公表された22日、黒川氏が「訓告」となった経緯について「最終的には任命権者である内閣において決定された。内閣で決定されたものを、私が検事総長に『こういった処分が相当であるのではないか』と申し上げた」と述べた。ところが安倍首相は25日の記者会見で「法務省から検察庁に訓告が相当と考える旨を伝え、検事総長も訓告が相当と判断して処分した」と法相とは矛盾する発言をした。この後、森法相は首相発言に合わせるように見解を修正する。確か、1月31日の黒川氏の定年延長を認めた問題でも同じようなことがあった。

 黒川氏は東京高検検事長だった。検察官のうち、検事総長と次長検事、全国8人の検事長は、人事に天皇の認証を必要とする「認証官」だ。事務次官ですら認証官ではない。その任命権者は森法相の言うとおり内閣である。任命権者がまず処分をどうするのかの判断がなければ、法務省や検察庁はどうすることもできない。段取りとして、まず、内閣の「懲戒処分にはしない」との判断があって、初めて、法務省や検察庁が法務省内規を使った処分をする、というのが常識だろう。共同通信や朝日記事にあるように、官邸側とは、当然、事前に調整をし、法務・検察側は「懲戒相当」との意見を出していたが、官邸側が押し切ったということになる。官邸と検察のバトルがあったのだろう。週刊文春6月4日号には「杉田和博官房副長官は『懲戒処分なんてできるはずない』などと黒川氏をかばっていました(官邸担当記者)」と書いている。停職や戒告などの「懲戒処分」と、自主退職に当たる「訓告」では退職金が大きく異なるということもありそうだが、「余人をもって代えがたい」として無理筋に行った定年延長の責任を回避するためにした官邸の常套手段とみていいだろう。調査もずさんなら、官邸と法相との答弁などのすり合わせすらできなくなっている「政権末期」の姿をみせつける結果となった。

  「点ピンレート」は一般的に行われており、私もずいぶん前にはこのレートでやっていたことがある。確かに一般人のこのレートでの摘発例はほとんどないようである。だからといって、公務員の場合は別である。人事院の「懲戒処分指針」では、①賭博は減給か戒告②常習賭博は停職ーとなっている。その上で、「管理や監督とその地位が高いときや内外に及ぼす影響が特に大きいときは、一般の処分よりも重いものにすることが考えられる」としている。2017年3月、自衛隊員9人が駐屯地内で今回と同じ「点ピンレート」で賭けマージャンをした事案で「停職」の懲戒処分を受けている(5月30日、東京新聞)。このケースや黒川氏が検察のナンバー2の地位にあったこと、人事院の規定に従えば、黒川氏の処分はどのように考えても軽すぎるといえるだろう。「懲戒処分」が妥当だった。公平性を考えても、「再調査」するしかない。そうしなければ、ここでもまた、政権は身びいきしたことになる。

ネタをとるために記者は法律を犯していいのか

   私が現役記者だったころの話は5月26日の「検事長と新聞記者の賭けマージャンが提起した問題」で書いた。ジャーナリスト岩上安身氏のインターネット報道メディア「IWC」は、5月25日、「黒川弘務東京高検検事長辞任で明らかになった記者クラブメディアと官庁のズブズブの関係 常習賭博による収賄への関与に口を閉ざす大手メディア 書かれるのは〃ヨイショ記事ばかり〃」との記事をネットにアップした。

   同記事は3人の記者、元記者が匿名だったことと、産経、朝日以外に賭けマージャンに加担していた記者はいなかったのか、記者クラブメディアと官庁とはズブズブの関係の中、官庁側に都合のいい記事だけを報じているのではないかーなどと記者クラブ報道の在り方に疑問を投げかけている。その上で「黒川氏とともに記者クラブも捜査されるべきではないのか」とまで言い切っている。

 40年以上前のこととはいえ、私は5年間も司法記者クラブに所属していた。現役の皆さんがここまで言われるのかと思うと、やはり胸が痛い。残念ながら、私のいたころと異なり、今は、安倍政権をめぐり、記者が属する会社の姿勢がメディア各社の記者のスタンスにまで影響している時代である。〃ヨイショ記事〃を書く官庁ズブズブのメディアや記者もいるだろうし、そうでないメディアや記者もいるはずである。

 しかし、その方向性は違っても、当局が隠している事実、それもメディアが報道しなければ、決して、世の中に明らかにならない事実をすっぱ抜くことは記者の醍醐味であり、生きがいであるはずである。だから、記者は朝から晩まで、ネタを求めて一日中、はいずり回ることになる。事件官庁の取材は公務員法(国公法、地公法)の「守秘義務の壁」との戦いでもある。そういう意味で、公務員法違反すれすれのことをやらねばならないこともあるだろう。だからといって、矛盾するようだが、ネタを取るために、一線を超え法律違反をしてはならない。今回のことで、これまで以上に「検察取材の壁」は厚くなると思う。「壁への挑戦」はあきらめてはならないが、「権力監視」に賭けマージャンは通用しない。

消えない違和感

   文春第2報の記事で気になる部分がある。5月31日の東京新聞の月刊「創」編集長の篠田博之氏のコラム「黒川前検事長を巡る文春報道」でも指摘している点だ。週刊文春は「ここで先週号で報じなかった新事実を明かしておきたい」と前置き。5月1日、黒川氏は午後7時半にA記者宅に入るが、その前に新潮社の男性編集者X氏と会っていたというのだ。X氏は「検察情報にめっぽう強いとされる人で、黒川氏とはしょっちゅう会っている」(新潮関係者)という。また、X氏は週刊文春が昨年報じた木嶋佳苗死刑囚と結婚した週刊新潮のデスクだった人で現在、ウェブのデイリー新潮にいるという。

   文春オンラインが黒川氏の賭けマージャンを報道する前日の5月19日午後5時、デイリー新潮は「『検察庁法改正案』を安倍首相が諦めたホントの理由」との記事を流した。記事は関係者の話とした上で「緊急事態宣言下の5月1日にも、(黒川氏は)新聞記者ら3人と卓を囲んでいたようです。これをかぎつけたメディアが黒川氏に、〃記者とカケマージャンをしていた?〃と取材をかけたということです。黒川氏はもちろん官邸には伝えています」と書いている。さらに、関係者はこの記事で「今井(尚哉)さんが安倍さんに、検察庁法改正案の延期を進言したのはその報告の前のこと」と検察庁法改正案の今国会見送りは〃文春砲〃が原因ではないと、暗に述べている。

 文春オンラインの報道前に新潮が5月1日の賭けマージャンのことを知っていたことになる。X氏は黒川氏と親しい関係にあるせいか、この部分を中心に記事を書いているわけではない。これだけ具体的な事実を知りながら、なぜ新潮はきちんと賭けマージャンの事実を報道しなかったのか。その理由として、文春は「黒川さんのダメージを少しでも軽減させたいと息巻いていた」という新潮関係者のコメントを載せている。文春によると、X氏は「5月1日」の日にちまで知っていた。そして、その日に黒川氏に会っている。〃陰謀論〃めいてくるので、何とも言えないが、官邸は17日に文春が黒川氏に記者たちとの賭けマージャンの事実をあてる前からこのことを知っていたのではないか、との疑いが出てくる。やはり、この問題について、私の違和感は消えない。