「米大統領選」トランプ氏、敗北受け入れ拒否か まさかの「恐れ」が浮上

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 トランプ米大統領の言動がますます強硬さを加えてきた。新型コロナウイルス対策の失策が重なり、低落する人気に回復の兆しが見えないまま、再選のかかる大統領選挙まで5カ月。敵をつくっては攻撃を加え、危機を演出して支持固めをはかるという政治手法を今さら変えることはできない。トランプ氏はどこまで突っ走るのだろうか。「コロナ禍」のもとで大統領選挙は実施できるのだろうか。実施にこぎつけてバイデン氏が勝っても、トランプ氏は「不正選挙の陰謀があった」と叫んで敗北を受け入れないのではないか―議会制民主主義のリーダー国で、まさかと思われるこんな「怖れ」が広がっている。

コロナ禍で選挙は郵便投票に

 トランプ政権の下で米国は世界最悪の新型コロナ感染国。トランプ氏は5月に入ると「非常事態宣言」を強引に解除して、「経済社会活動再開」を押し進めている。感染者がなお日々、増え続ける上に大統領選挙が重くのしかかってきた(5月末現在、感染者数177万余、死者10万4千人)。

 トランプ氏に挑戦する民主党大統領候補を選出する同党予備選挙はコロナ禍のために日程半ば、バイデン氏(オバマ政権副大統領)が指名を確実にしたところで事実上打ち切りとなった。両党は8月に党大会を開いてそれぞれ、両氏を正式に党候補に指名、9月に入ると選挙戦が公に開始される日程になっている。

 しかし、コロナ封じ込めが終わらないまま、通常通りの選挙を実施することは困難とみられている。両党は予備選挙で(共和党も予備選挙は行っている)、多くの州選挙委員会が直接投票を避けて、不在者投票に使われている郵便投票を利用した。大統領選挙でも直接投票が困難な場合は郵便投票を使うという自然の成り行きになり、多くの州では既にその準備が進行してきた。

トランプ氏が猛反対

 トランプ氏はかねて郵便投票に反対をちらつかせていたが、5月26日のツイートで「郵便投票は欺瞞に近い、郵便箱が奪われ、投票用紙は偽造されコピーされ、偽の署名が使われる」などと反対を宣言した。しかし、予備選で郵便投票を使った両党選挙関係者や学者は、郵便投票で不正が起こる可能性は普通の投票と変わらないか、より少ないと考えている。

 ツイッター社はこうした事実関係を知る必要があると判断して、トランプ氏のツイッター投稿を見る条件として「事実を知ること」という警告を付した。トランプ氏は激怒した(トランプ氏がツイッターやフェイスブックなどの規制強化のための大統領命令を出したことは日本のメディアで広く報道されている)。

黒人やヒスパニック票が増える

 トランプ氏の本当の反対理由は、郵便投票だと民主党の投票率が高まり、自分が不利になると考えているからとみられる。共和党はオバマ政権時代、連邦議会の上下両院の多数を奪取したほか、保守的な中西部や南部で「反オバマ・キャンペーン」を展開して知事選や州議会選挙を制した。

 これらの州では、民主党支持が多い黒人やヒスパニックの選挙登録に様々な条件を付けて事実上、登録を諦めさせるとか、選挙当日にはあの手この手の嫌がらせで彼らが投票所に行きにくくするといった選挙妨害は当たりまえともいわれる。郵便投票ではバイデン支持の少数派の票が増えるというわけである。

 だが、投票率が上がるのは共和党も同じで、どちらに有利かは決められないとの見方もある。トランプ氏はここまで追い込まれているということだろう。

 米国大統領選挙は各州選挙委員会が実施の権限を担っている。トランプ氏が反対の大声をあげたので、共和党は地方組織も含めてその言いなりになるほかなさそうだ。各州で共和、民主両党が選挙の仕方をめぐって対立して、どんな事態が起こるのか見当がつかない。直接投票と郵便投票が入り混じるといった異常な選挙になるのか。選挙ができるだけでもいいのかも知れない。

バイデン陣営捜査、非常事態宣言も

 B・クラース・ロンドン大学助教授(1986年生まれの米国人)は5月15日のワシントン・ポスト紙電子版への寄稿で、トランプ氏は潔く落選を受け入れて相手に祝福を送るような人物ではない、と言い切っている。

 トランプ氏が「郵便投票は欺瞞」とツイートした同じ日のニューヨーク・タイムズ紙は、2020年に入ると民主党選挙関係者と共和党の一部反トランプ派、学者・法律家の間で、大統領選挙でトランプ氏は落選しても政権を引き渡そうとしないとの見方が浮かび上がり、密かにどう対応するか検討してきたと報じた。

 同記事はいくつかの可能性を紹介している。選挙の行方を握る中西部や南部の激戦州では、投票方法をめぐって対立が先鋭化する。司法長官がバイデン陣営の「違法行為」の捜査に乗り出し、騒乱状態に陥る。トランプ大統領が非常事態を宣言、国防軍(非常時に招集する州兵)を動員し、選挙は延期される。あるいは選挙は実施されたとしても、投票方法がバラバラなので開票には時間がかかり、混乱が続く。司法長官が乗り出し、「陰謀」が仕組まれていたとして、トランプ氏が選挙結果を無効と宣言する。

誰が止められるのか

 冷戦最盛期の1970年代にニクソン大統領が「ウォーターゲート事件」で弾劾裁判にかけられることになり、酒浸りになった。キッシンジャー国務長官とシュレンシンジャー国防長官は、軍首脳にニクソンから重要指令がきたら直ちに2人に連絡するよう命令した。軍最高司令官のニクソン氏が泥酔して核戦争を引き起こすことを阻止するためだった。

 トランプ氏は主要閣僚を散々、入れ替えてきた末に、今の政権は「忠臣」で固めている。大統領権限を全能と思い込んでいるトランプ氏の暴走を止める方法はあるのだろうか。米民主主義の底力を信じたい。