「汚職事件とコロナ禍に揺れるカジノ構想」(2)投資余力落ち、V字回復望めず

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 松井一郎大阪市長は、大阪・夢洲でのIRカジノの全面開業時期が予定よりも1、2年遅れると述べた6月4日の記者会見で、開業が遅れる理由の一つとして「(コロナ禍で)事業者の投資余力は落ちている」と述べた。この「予定」自体、今年3月27日に変更したばかりのもので、当初は2025年開催予定の大阪万博の前の一部開業を見込んでいた。延期の理由は、新型コロナウイルスのパンデミックで事業を目論んでいる米国の事業者が来日できなくなったというものだったが、松井市長が言う「投資余力」の実態について、IRカジノ事業を研究している鳥畑与一静岡大学教授は「カジノの高収益性がコロナ禍で根本的に変化した。V字回復は怪しい」と指摘する。

今年1〜3月期決算は軒並み大幅赤字

 トランプ米大統領に近く、日本進出の最有力候補とみられていた米国のラスベガス・サンズ(LVS)が5月12日、進出断念を発表し、各方面にショックを与えた。LVSは撤退の理由として、日本の規制が厳しいことを挙げていたが、実態は経営苦境だろう。

 日本進出を表明している各IRカジノ業者の2020年第1四半期(1~3月)決算が出揃ったのを受け、鳥畑教授が各事業者の決算報告を調べたところ、各事業者ともコロナ・パンデミックを受け、業績が急激に悪化。横浜や大阪でのIRカジノ建設に必要な1兆円ともいわれる投資に耐えられるのか疑問符がついた。

 鳥畑教授によると、IRカジノ最大手LVSの今年第1四半期売上は昨年同期に比べ51・1%減少した。同社はラスベガスの他、有名になったマリーナベイ・サンズなどシンガポールやマカオに巨大カジノを運営しているが、2月に入ってマカオのカジノが閉鎖されてから業績が悪化。さらにシンガポールもコロナウイルス感染爆発で3月半ばから全カジノが閉鎖されたままであり、落ち込みが激しくなったという。同じようにマカオで幅広くIRカジノを展開している米ウィン・リゾーツは同42・3%減、香港のメルコ・リゾーツ&エンタテインメントは同41・4%とともに大幅に落ち込んだ。

 大阪進出を表明している米MGMリゾーツ・インターナショナルは同29・1%減だったが、ラスベガスなど全米のカジノ閉鎖は3月半ば以降のため、米国勢の業績は第2四半期以降急速に悪化しているとみられている。鳥畑教授によると、MGMは昨年末、カジノ施設を売却するとともに借入を増やして、昨年末に23億ドルだった手持ち資金を期末には60億ドルに増やして純利益を計上した。しかし4月以降も増え続ける赤字の充当に充てられているとされる。

ラスベガスのカジノはやっと再開したが……

 各事業者の第2四半期(4~6月)決算はまだだが、4、5月はマカオの一部を除く世界のカジノが閉鎖状態で、ラスベガスのカジノもようやく6月4日に再開された状況だ。テレビなどではギャンブル依存症とおぼしき人たちが入場しようと並んでいる風景が映し出されたが、第2四半期の決算はさらに悪化していることは間違いない。ラスベガスでは主体となっているスロットマシンも「3密」対策で量を減らされているため、コロナ前の業績に戻すのは困難だろう。

 カジノ関係のウェブニュース「iag JAPAN」によると、メルコのローレンス・ホー会長兼CEOはLVS撤退表明を受けても、横浜でのIRカジノ開発に向けて「全速前進」すると表明している。しかし、カジノ企業の自己資本はいずれも約3割、残る7割はファンドなどからの投資資金で賄っている。コロナ・パンデミックはファンドにも多大な影響を与えている。iag JAPANによると、メルコのウィンクラー社長は「銀行が負債の5割を超える融資を行うことに二の足を踏んでいる」とも表明。先行きは不透明だ。

 IRカジノはそもそも賭博で負ける人から多額の金を取って初めて成り立つ事業である。「きらびやかなショーや贅沢な食事、ラグジュアリーなホテル」などはカジノに誘い込む仕掛けのようなものである。そのほとんどが日銭で動く。日銭が入らないと機能しなくなる。日本にも「第5軍」と揶揄されるチームが来日して演技を行うサーカスの「シルク・ド・ソレイユ」も1軍はラスベガスのLVSで公演している。しかしIRが閉鎖されたため90%の人員カットに踏み切り、破産法の申請かといわれている。

規制も強化、カジノ業者の「余力」いつまで

 従ってIRカジノ業者は一日でも早く営業を再開し、日銭を稼ぎたいところだが、業者にとって不吉な情報が入っている。6月8日付けのiag JAPANが伝えたもので、米ブルームバーグ通信によると、米司法省がLVS子会社マリーナベイ・サンズの元コンプライアンス責任者に対して召喚状を送り、VIPプレイヤーの口座に関する書類および、その他全ての情報を提出するよう求めた、というもの。同じ8日には、中国当局がマカオに中国人ギャンブラーを送り込む犯罪組織を取り締まったという記事も出ている。

 マカオやシンガポールでのカジノ・ビジネス「成長」の背景には中国人VIP客のマネーローンダリングがあると指摘されていると、桜田照雄・阪南大学教授は言う(「『カジノで地域経済再生』の幻想」、自治体研究社)。カジノのゲームはスロットマシンやルーレットなど「スロット」と分類される賭博と、より投機性の強いバカラに代表される「テーブル」ゲームとに分類される。

 ラスベガスなど米国のカジノの主力がスロットに移っているのに対し、マカオやシンガポールはテーブル中心。特に「VIPテーブル」という高額の金銭をやり取りするテーブルが主体で、桜田教授によると「バカラ賭博、それもVIP客によるバカラ賭博の収益がマカオ全体での賭博収益の3分の2を占めている」。さらにシンガポールのカジノ収入のうち、何と80%はVIP客によるという。しかしVIP市場の約半数を占める中国人VIP客は年々減り続けているとされ、コロナ禍がなくても経営に影響が出ていた。

 そこに降ってきた規制当局の動きである。VIP客である中国人の金持ちギャンブラーのマネーローンダリングに対し、習近平指導部は最近対処を厳しくしているといわれる。またトランプ米大統領が仕掛けた米中「冷戦」を受けて、中国人の対外渡航にも厳しい規制がかかったまま。ラスベガスに出掛けてまで、賭博にいそしむだろうか。米国資本にせよ、香港やマレーシア資本にせよ、IRカジノ業者の「余力」がどこまで持つかという状況が続きそうだ。(続)