「河井前法相夫妻の公選法違反」事件の〃本丸〃はやはり不問に 捜査幕引きで勝者は「官邸」か

投稿者:

 「総理案件」に関わる事件の捜査は、いつもなぜか不発か中途半端で終わる。安倍昭恵夫人の名前が出た森友学園問題での国有地払い下げや、それに伴う公文書改ざんは財務省幹部ら全員が不起訴となった。そしてまた今度、捜査の進展次第では、官邸か自民党本部の関与も疑われた河井克行前法相、案里夫妻の公職選挙法違反(買収)事件の〃本丸〃であるはずの「1億5千万円問題」も検察は、未解明だったのか、あるいは手を触れなかったのかも明らかにしないまま、不問にされようとしている。

 そもそも、「今度こそは」と「検察の正義」などに期待したことが愚かだったのだろうか。政権の理不尽な黒川弘務前東京高検検事長の定年問題で盛り上がった世論は一体、何だったのか。予期せぬ検事長の賭けマージャン問題の発覚により、問題は清算されたとでもいうのか。戦後の検察の歴史をたどると、「特捜検察」という存在は、必ずしも「巨悪を裁く」機関という側面だけでなく、時の政治権力に迎合しながら、目立つ悪い政治家がいたら、お灸を据える程度の存在だったことが浮かび上がる。今回、自民党本部だけでなく、筆頭秘書ら5人もの秘書を広島に派遣した首相のお膝元の山口の事務所にすら検察の家宅捜索が入ることはなかった。稲田伸夫検事総長は7月中に退任し、後任は林真琴東京高検検事長が就任する人事が固まった。稲田氏にとっては、思い通りの人事となった。特捜検察〃エース中のエース〃とメディアが呼ぶ森本宏東京地検特捜部長は地方の検事正に栄転するという。これは事件の幕引きということだろう。

 次期総長人事をめぐる稲田検事総長と官邸とのバトルは、一応、形だけは稲田氏側の勝利で終わったということになるのだろう。しかし、河井事件の火の粉が自分にふりかかるのではないか、とその行方を心配していた人々にとって、捜査が一応、幕引きしたことで胸をなで下ろしているのは間違いない。その意味で勝者はやはり「官邸」なのだろう。検察には「その独立制を侵すものは許せない」というタテマエと、時の政権とも「なあなあの関係」でいきたいという官僚としてのホンネがある。そんなバランスを取り続ける検察はやはり信用できない。

1億5千万円が買収に使われたのか 自民党内にも波紋

   東京地検特捜部は2019年7月の参院選をめぐり、広島県内の地元議員ら百人に計2900万円を渡したとして勾留満期の7月8日に公選法違反で前法相の河井克行衆院議員と妻の案里参院議員を起訴した。買収総額は逮捕容疑から6人分、約330万円を増やした。このうち、300万円を受け取ったのは元衆院議員の亀井静香氏の秘書だったとしている(週刊朝日7月14日号)。

 2人の起訴内容は①案里議員は19年参院選の候補者、克行議員は案里議員の配偶者で、選挙運動の「総括主宰者」②案里議員と克行議員は共謀して19年3月下旬~6月中旬、地方議員5人に自らへの投票や票の取りまとめを依頼し、報酬として計170万円を提供③克行議員は参院選公示前の3月下旬~7月上旬、地方議員ら95人に112回にわたり計約2436万円を提供 ④克行議員は公示後の7月上旬~8月上旬、8人に11回にわたり計約295万円を提供した。

   自民党本部は過去最大級といわれる1億5千万円を選挙資金などとして案里議員側に支出していた。案里議員、克行議員の党支部の口座にそれぞれ 7500万円ずつ入金。このうち、1億2千万円は税金が原資の政党助成金だった。また、広島県選管によると、選挙資金の上限は4700万円だった。

 克行議員は、特捜部の調べに「党本部からの資金は事件とは無関係」と主張。克行議員は元首相補佐官であり、法相に抜擢された側近の一人だった。参院広島選挙区の溝手顕正前参院議員が以前、安倍首相のことを「過去の人」などといったことから、このことを根に持った安倍首相が無理に案里氏を擁立したという経緯が報道されている。案里氏の擁立は「安倍案件」とされていた。この問題について、安倍首相は8日の起訴について「国民の皆様に党として、説明責任を果たしていかなければならない」というだけで、詳細な説明はなされていない。ただ、安倍首相は盟友の橋下徹氏の6月20日夜のインターネットテレビ局「Abema TV」の「NEWS BAR橋下」に出演して、橋下氏の質問に答える形でこう話している。

  「当然、、党勢を拡張していく上において、思い切った額の政治資金を投入することはある。党本部としては、支部の銀行口座に振り込むので問題はないし、政党助成金は税金なので相当厳しくやっている。公認会計士を入れて、どういうことに使ったか事後的にもチェックする。これについても、党の機関紙を相当多くの方に複数回配布したことから明らかになっていると党では説明している」。この程度のことですら、記者会見では、きちんと説明していない。その内容もまるで他人事のような弁明である。

   溝手氏や他の候補者には、1500万円が配られた。「党本部から案里氏に1億5千万円」との報道は1月下旬、テレビや新聞で報じられた。このとき、首相に近い下村博文選挙対策委員長ですら「想像できない金額だ。党本部からということであれば、幹事長あるいは総裁の判断ということになる」と語っている。起訴前の6月30日の自民党総務会でもこの問題で「首相がちゃんと説明して責任取ってけじめを付けないと、党員獲得なんかできない」などの総裁ら執行部に説明を求める意見が噴出した(朝日新聞7月1日付朝刊)。

「金に色は付いていない」で済ます気か

 買収資金の原資の提供も捜査の対象となり、資金の提供者は少なくとも「選挙運動者」である克行議員本人に提供された分については「交付罪」が成立することになる、との特捜部OBの指摘もあり、検察が自民党本部から振り込まれた1億5千万円をどのように解明するかがこの事件の”本丸”ともいわれていた。しかし、東京地検特捜部はこの問題でどこまで捜査が進んでいるかは起訴時にも明らかにしていない。ただ、7月8日の毎日新聞「デジタル毎日」によると、同じく党公認で広島県連が推した溝手氏の10倍の規模で党の資金を出していることから「買収に使われた」との見方も検察部内にはあったという。政党支部は、資金の使途を今秋に公開される19年分の政治資金収支報告書に記載しなければならない。特捜部は1億5千万円は買収資金ではなく、党の広報紙の配布費をはじめとする通常の政治活動に充てられたとみているもようだ。それでも1億5千万円により陣営の資金に余裕が生まれたことは否定できず、検察当局も買収の背景にあるとみる。

   一方、朝日新聞7月9日付朝刊は「ある検察幹部は『金に色は付いていないので、一度口座に入ってしまえば、その先の解明はなかなか難しい』」と書いている。確かに金に買収の印があるわけではない。だからこそ、克行議員から検察が押収したパソコンやスマホなどから、デジタルフォレンジック(犯罪捜査や法的紛争などで、コンピュータなどの電子機器に残る記録を収集・分析し、その法的な証拠性を明らかにする手段や技術)を使って金の動きを追跡したはずである。さらに、捜索はしていないもようだが、党本部や山口県の安倍事務所から任意での関係資料の提出はあったのか。それらを総合した上で「金に色は付いていない」といっているのか。国民が知りたいことはやまほどある。逃げる方にとっては、国会を閉会にした理由は、野党からこれらの問題を追及されるのが嫌だったのだろう。

「安倍案件」だった数々の証言

   確かに、党本部からの1億5千万円が買収資金に使われた具体的な証拠はこれまでの報道では出ていない。しかし、自民党広島県連関係者は「案里氏擁立」について党本部からその理由を「これは総理案件だから」と説明を受けたという。さらに、河井氏から買収を受けた側や関係者からの「安倍案件」だったことを示すメディアへの証言はいくつか出ている。

 ①「安倍さんからです」 広島県府中町の繁正秀子町議(78)は6月25日、報道各社の取材に応じ、克行議員から昨年5月に現金30万円を受け取ったことを明らかにした。広島市内の案里氏の事務所に行った際に「安倍(晋三)さんからです」といわれ、現金が入った封筒を手渡された。首相の名前を出されたため断り切れなかったという。(朝日新聞6月22日付)

 ②「現金提供先を首相秘書が訪問」 克行議員が広島県議のスタッフに現金を渡した後の昨年5月、安倍首相の秘書がこの県議を訪ね、案里氏への支援を求めていたことが分かった。案里議員は自民党本部の後押しで昨年3月に公認された。その後、複数の首相秘書が案里議員の陣営スタッフと一緒に地元議員を回っており、この県議も訪ねたとみられる。克行議員は案里議員の陣営が立ち上げたLINEのグループで首相秘書の回り先を細かく指示しており、現金の提供先を意識し、選定した可能性がある。(共同通信7月6日) 

  ③「克行議員、首相向けに資料作成」 克行議員が昨年5月、安倍首相との面会資料として、案里氏の陣営内の予算や、案里氏を支援するために、広島入りした首相秘書団の活動を報告する文書を作成したことが7月9日、関係者の取材で分かった。党本部は昨年4月から6月、河井夫妻側に破格の1億5千万円を入金。全面支援を受ける中、首相との情報共有を意識していたとみられる。(共同通信7月9日)  

  ④「安倍総理大臣秘書と表現してください」 昨年5月12日、案里議員の陣営が使っていたLINEで、克行議員のアカウント名「あらいぐま」から、安倍首相の山口県事務所からベテラン秘書ら5人が応援に来る予定だとし、「全員表に出て拍手で迎えるように。明日、あさってから応援に来られるのは『安倍事務所の秘書さん』ではなく、『安倍総理大臣秘書』と表現してくださいよ」という指示が出ていたという。(毎日新聞6月18日付)

   いずれも、安倍首相や山口県の安倍事務所の秘書団との関係性を示す報道ではあるが、決定的な「状況証拠」であるとも言いがたい。関係者を徹底的に洗う調査報道の限界を示すものともいえよう。

なぜ検察は、受領側の処分を見送ったのか

   東京地検特捜部は8日、河井夫妻から現金を受け取ったとされる地元議員ら百人について、刑事処分を見送った。その理由について検察側は「夫妻から強引に現金を渡されていた面を重視した」(東京新聞7月12日付)という。これは克行議員が多くの現金提供を認めた上で「買収目的ではなかった」と、案里議員も「違法な行為をした覚えはない」とそれぞれ否認していることが背景にあるようだ。

 元々、検察が選挙運動期間中ではない、選挙の公示よりかなり前の時期の現金受渡まで公選法違反の「票の取りまとめ行為」だったとして買収容疑を広くとらえて議員を逮捕・起訴したことは異例のことだ。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は「従ってこれまでは、選挙に向けての政治活動としての『地盤培養行為』には買収罪の適用は難しいとされてきた」という(河井夫妻事件、現金受領者〃不処分〃の背後に「検察の策略」ブロゴス7月9日)。郷原氏によると、そのような中で河井夫妻が「票のとりまとめ」という趣旨を否認している。ここでこの現金受渡が「政治活動」なのか「選挙活動」なのかが問題になる。克行氏側は「政治活動だった」ことを主張している訳で、現金受領側の地方議員らが捜査段階で「選挙活動だった」と認めた証言を法廷で覆せば、検察側の立証はかなり難しくなるという。

 検察側は現金受領者の起訴は「現時点では予定していない」といっているが、受領者側にとっては「本来は起訴されるべき自らの犯罪について恩恵が与えているのと同じだ」とする。このことで票のとりまとめを依頼されたとの趣旨を認める検察官調書通りの証言をさせるのが検察のもくろみではないか、という。だから、この検察のやり方は「ヤミ司法取引以上に悪辣だ」と郷原氏は言い切っている。 要するに、公選法違反は「司法取引」の対象ではないのに、検察は無理に「司法取引的手段」を使ったということになるだろう。デュープロセス(適正手続き)上も問題であるし、裁判が始まればこの問題は大きなテーマになるだろう。