「大統領、それは間違いです」訂正迫られ答えに窮するトランプ氏 保守系の米テレビ局が異例のインタビュー

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 「大統領、それは間違いです」と何回もトランプ米大統領に訂正を迫る米テレビ局のインタビューがメディア界で話題を呼んでいる。相手が大統領でも間違った発言を指摘するのはジャーナリストなら当たり前だ。それが注目されているのはトランプ政権の広報機関ではないかとの批判のあるFOXニュース売り物番組「FOXサンデー」だからだ。トランプ氏は答えに窮して逃げ回り、反論が反論にならなかったり、かえって突っ込まれたりと、インタビューの怖さを初めて体験させられた。質疑応答のテーマはすべて大統領選の主要な争点。いつもと違うトランプ氏の姿を初めて見た支持者や、揺れていた中間層の大統領選挙の票に微妙な影響が出るかもしれない。

コロナ死亡率で一番低いのは米国?

 トランプ氏は自分に都合の悪いニュースはすべて「でっち上げ」とか「悪ふざけ」などと決めつけ、自分がツイッターで一方的に流したり、しゃべったりしたことと、FOXニュースや一部のトランプ支持メディアの報道しか事実と認めてこなかった。この番組のインタビューは2017年の就任後に次いで2回目、ホストも同じクリス・ウォーレス氏。選挙戦向けのいいPRにしようと思っていたに違いない。

 ホワイトハウスのテラスで行われたインタビューは7月19日、放映された。いま米国で最大のテーマは感染者数でも死者数でも世界最悪となったコロナ禍。トランプ氏は「フェイクニュース」はいろいろ言っているが、感染者数が増えたのはテスト数が増えたからで、死亡率は世界でもっとも低いと自慢すると、ウォーレス氏は「それは誤りです」と裏付けを求めた。トランプ氏は傍らの報道官に資料を持ってくるよう求めたが、1時間の会見中には出てこなかった。

 トランプ氏は終始、米国のコロナ禍を過小評価し、感染者が多いというが、そのうちの多くは感染とはいえない程度のものだと言い、コロナはある日消えてなくなるとの問題発言をまた繰り返し、「私の言うことは正しい」と断言した。

 話は大統領選挙の相手、民主党のバイデン氏に。トランプ氏は「バイデン氏は警察予算を取り上げ、警察を廃止すると主張している」と非難。ウォーレス氏がバイデン氏は予算の使い道を改めるといっているが「警察廃止とはいっていない、廃止といっている証拠はありますか」と質問した。トランプ氏は裏付け資料を出すとしたものの、これも出てこなかった。

大統領の適性

 トランプ氏は最近(実際は2018年)、認知機能テスト(筆者注:日本では高齢者の自動車免許証更改の際の痴呆症兆候のテストに使われている)を受けたところ「最高の成績だった」と紹介し、「バイデン氏に受けさせたい、彼はほとんど答えられないだろう」と発言した。

 ウォーレス氏は自分も受けたことがあり、「そんな難しいテストではない」と指摘。トランプ氏は、初めはやさしいが最後の5問はすごく難しいと固執した。ウォーレス氏は(その5問の中に)「100引く7はという質問があります、答えは7です」と皮肉っぽく、無表情で答えを言った。トランプ氏はそれでも「バイデン氏には絶対答えられないと保証する」とこだわった。

(ワシントン・ポスト紙電子版のコメント:FOXニュースがこの日公表した世論調査に、トランプ、バイデン両氏に大統領の適性があるか,ないかを問う項目があり、バイデン氏は「ある」が「ない」を8ポイント上回ったが、トランプ氏は逆に「ない」が「ある」を8ポイント上回っていた。これが認知機能テストでのトランプ氏のこだわりの背景になっていたとみられる)

 (トランプ氏が民主党と過激な左翼は米国を憎んでいて、それが学校教育にも持ち込まれていると主張していることについて)ウォーレス氏が「どこの学校でそうしたヘイト教育を見たのか」と質問。トランプ氏は直接は答えられず、「1492年にコロンブスが米国を発見したと学校で教わった、彼らはそれをニューヨーク・タイムズ紙の1619年プロジェクトで変えようとしている」と主張した(筆者注:NYT紙の「1619年プロジェクト」は、米国に最初の奴隷船が到着してから400年後の2019年、NYTマガジン誌で米国の奴隷制度の歴史を振り返る特集記事を連載し,現在も続いている企画のこと。保守派は「歴史の書き換え」をもくろむものだと反発している)

 ウォーレス氏が「それは奴隷制度の問題、建国の歴史を見直すものではない」と指摘すると、トラップ氏は「彼らがそう言っているだけだ、彼らは歴史を変えたいのだ」と言い張った。

 奴隷制度廃止に反対して南北戦争で敗れた南部連合の指導者の記念像や南軍旗など奴隷制度の象徴を取り除く問題について、トランプ氏は自分の考えを直接語ることはしなかった。しかし、南軍の旗を誇らしげに振ったとして人種差別を語っているわけではないと語った。「旗を振るのは攻撃的(な行動)ではないか」との問いには、「彼らは旗を愛している、南部を代表するものだから」と答えた。トランプ氏はさらに、こう述べた。南軍旗を振るのも「黒人の命は大切」の旗を振るのも、同じ「言論・表現の自由」である。

統領選挙の敗北を受け入れるか?

 大統領選挙戦でトランプ氏がバイデン氏に敗れたとしても、トランプ氏はその敗北を受け入れず、大きな混乱が起こるのではないだろうか。民主主義国では普通は考えられない心配が広がっている。トランプ氏は敗北した場合は潔く(大統領選挙のいつもの光景)「勝者を祝福する」かと、ウォーレス氏が2回にわたって聞いたのに対して、コロナ禍の中の選挙で「郵便投票」が併用される状況について「不正が横行する」と自分の言いたいことを発言したうえで、「(状況を)見なければ」と述べ、いずれにも答えなかった。

 ウォーレス氏は1947年生まれ。75年NBC放送の記者となり、ホワイトハウス取材班キャップ、ニュース番組「ナイトリー・ニュース」アンカー、インタビュー番組「ミート・ザ・プレス」ホストを務めたのち、89年ABCニュースに移籍、湾岸戦争など内外の重大ニュースの取材に当たるとともに、インタビュー番組「ナイトライン」のホストも。2003年FOXニュースに移り、以来「FOXニュース・サンデー」ホストを務めている。

 ニュース専門のFOXニュースは1996年、リベラルが支配的な米国メディアに対抗する保守系メディアとして新聞王マードック氏が開局した。同氏はオーストラリアから英国に進出、ロンドン・タイムズ紙やスカイ・テレビなどを買収し、次に米国に乗り込んだ。FOXニュースは開局直後の湾岸戦争での「愛国主義」報道で保守派の視聴者を獲得し、3大ネットのABC、NBC、CBSやニュース専門局CNNとの間でニュース番組で激しい競争を勝ち抜き、視聴率トップを続けている。

 ウォーレス氏はFOXニュースの中では独立派とされ、2016年大統領選挙では候補者同士のテレビ討論の最終回の司会者に選ばれた。政治的立場は持っていてもジャーナリストとしての仕事はそれに影響されてはならないことを信条にしている。

 こうした背景からウォーレス氏のFOX移籍にはジャーナリストの間に複雑な反応が起きた。今回のインタビューについても、トランプ氏を厳しく追い込んだ点はさすがと一様に高く評価されているが、FOXニュース批判をごまかす「イチジクの葉」の役目を演じたとのコメントもある。(7月26日記)