米大統領選挙の投票まであと2カ月。再選を狙う共和党トランプ大統領と政権奪回を目指す民主党バイデン候補(オバマ政権副大統領)との攻防戦が険悪な様相を呈してきた。民主党が後押しする「黒人の命は大切」(BLM)運動に対抗してトランプ支持の保守派や極左白人至上主義勢力が動員をかけ、これに一部の極左勢力も介入して衝突事件が発生、死傷者が出る事態が続いている。この間も黒人が警官の暴力的取り締まりによって死亡したり、重傷を負ったりする事件が後を絶たない。トランプ氏は選挙結果を受け入れるかとのメディアの質問に依然、回答を拒否している。米国の民主主義はどこへ行こうとしているのだろうか。
社会混乱広がれば再選に有利
トランプ氏は民主党穏健派バイデン氏、BLM運動、極左組織、無政府主義者、略奪者をひとくくりにして「過激な左翼勢力」と非難する一方、ライフル銃で武装し、ピックアップ・トラックの車列を組んでBLM抗議デモの現場に乗り込む白人至上主義勢力を「愛国者」と呼んで称賛している。これが米国の「銃を持つ民主主義」(松尾文夫氏)というのだろうか。
トランプ氏に最も近い側近であるケリーアン・コンウエー顧問は、社会的混乱が広がればそれだけ安全への不安が高まり、「法と秩序」を掲げるトランプ氏への支持が広がって再選の可能性が高まると発言した。
コロナ感染者・死者は世界最悪、全米に広がるBLM 運動に対してはひたすら警察擁護に回って孤立し、支持率でバイデン氏に10 ポイント前後の大差―苦境に追い込まれたトランプ氏が、苦し紛れに描いた再選戦略が今まさに実行に移されているのだ(拙稿『トランプ、苦し紛れの強硬策』、季刊『現代の理論』93号2020年7月)。
2017年のトランプ大統領の大統領就任式に集まったのがオバマ大統領就任式の180万人の3分の1と報道され、プライドを傷つけられたトランプ氏が史上最大の人数が集まったと言い張ってメディアに追及された。その時、コンウェー顧問は、大統領がいうのは「もう一つの事実だ」と言い切って名をあげた。先月末、母親として子供との生活にもどるとの理由で辞任すると発表した。その気のゆるみからつい本音を漏らしたのかもしれない。
トランプ氏は「有毒」
バイデン候補はコロナ感染防止のために、選挙運動は自宅からのテレビを通しての演説に抑えてきたが、いよいよ本番に入って激戦州などへの遊説を開始した。バイデン氏はいなる暴力にも反対する立場を鮮明にするとともに、トランプ氏は米国にとって「有毒」な存在であり、極左・白人至上主義を扇動して混乱を引き起こしているはトランプ氏であると攻勢に出ている。
民主党指導部やBLMリーダーは、抗議行動の一部が暴徒化したり、白人至上主義組織との衝突を引き起こしたりすれば、トランプ氏につけ込まれると十分に警戒して、抗議行動を「平和デモ」に徹する努力をしてきた。しかし、極右、極左の様々な組織が政治的意図をもって介入すれば、これを完全に封じることも難しい現実がある。
有権者の反応は
人種差別反対の抗議運動に混乱を引き起こして選挙を有利に持っていこうというトランプ作戦を世論にどう受け止めているのだろうか。7月から8月にかけて支持率でバイデン氏が10ポイント前後の差をつけて、これが定着すればトランプ再選は困難とみられた。8月から9月に入ってこの差が5〜10ポイントに狭まったとの世論調査が出た。しかし、両者の支持率の差はほとんど動いていないとの世論調査も出ている。
ワシントン・ポスト紙電子版3日の報道によると、8月中旬から下旬にかけてそれぞれ開催された民主、共和両党大会の直前と直後に実施した同紙支持率調査で、バイデン51%、トランプ42%とまったく変化はなかった。
同電子版は翌4日にはCNNニュースがBLMデモについて実施した二つの世論調査の結果を報じた。
ひとつはCNN自身の調査で、トランプ氏の対応は事態をさらに悪化させたが58%、事態をよくしたが33%だった。
もう一つはABCテレビと調査会社イプソスの世論調査。同じように、BLM運動に対してトランプ氏とバイデン氏がどう対応するかについての判断を、いくつかの質問を設定して聞き、以下のような回答を得た。
(1)トランプ氏は事態をさらに悪くしている55%、事態は変わらない29%、よくしたが13% (2) この国をより安全にするのはバイデン59%、トランプ42% (3) 人種差別に抗議する行動によりうまく対応するのはバイデン59%、トランプ39% (4) この国を分断ではなく団結させるのはバイデン64%、トランプ33% (5)暴力を少なくするのはバイデン59%、トランプ39%。
トランプ作戦逆効果か
これらの世論調査を見る限り、人種差別反対運動を混乱に持ち込み、社会不安を煽って支持票を得ようとするトランプ作戦は狙った効果はあげていない。むしろバイデン氏への期待を高める逆効果を招いていると言えそうだ。
人種差別・警察改革問題がこの後どう展開し、世論がそれをどう受け止めるのか。これがコロナ最悪感染問題とともに大統領選挙の行方を大きく左右することは間違いない。
(9月6日記)