混乱修復を担う新米大統領と旧大統領の冷めない恐怖感  経済秩序の再構築急げ 失われた4年で済むのか

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 トランプ米大統領の経済運営は、国民の支持をつなぎ止めるためのバラマキ財政とゼロ金利政策、対外的にはどう喝と取引に終始した4年間だった。経済政策以前のドタバタ対応の結果、新型コロナウイルス禍も加わって、リーマンショック時を上回る景気後退や財政赤字、また異常な株高の下での所得格差拡大があらわになった。対外的には米中経済関係の対立が激化する一方で、同盟国との間でも負担を巡りぎくしゃくした関係に陥り、世界経済は瀕死の状態が続くのが現状だ。当選を確実にした民主党のバイデン前副大統領が担うのは、多方面にわたる大混乱の修復の役回りだ。失われた4年間を取り戻すのは容易ではないが、一刻も早く国内経済の正常化と国際協調の再構築に着手してほしい。

パリ協定再加盟へ

 バイデン氏が選挙戦で強調したのは、対立から国際協調への転換だ。トランプ氏が次々と離脱した国際的な枠組みへ復帰が課題となる。一刻の猶予も許されないのが温室効果ガスの排出削減である。バイデン氏は早速、就任直後にパリ協定に再加盟すると公約した。中国と並ぶ温暖化ガス排出大国の責務として、再びパリ協定実行の主導的役割を果たしてほしい。

 オバマ前政権が主導して創設した環太平洋連携協定(TPP)の復帰も、国際協調へ向かう象徴となろう。米国とカナダ、メキシコとの間の北米自由貿易協定(NAFTA)は、トランプ政権で強引に米国が有利の内容に改定したが、この新NAFTAもカナダ、メキシコの出方次第では白紙に戻る可能性もある。

対中強硬路線は継続

 国際協調への巻き戻しは期待できるが、一筋縄でいかないのが米中関係だ。強制的な技術移転や国家的産業保護という中国の政策に対し、トランプ政権は力ずくの制裁関税で対応、中国の報復を呼んだ。直近では中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に対する米国の半導体輸出規制に対抗して、中国も安全保障関連の輸出規制を強化するなど最先端技術での攻防が激化する一方だ。「米国の対中強硬路線は党派を超えて一致している」(経済産業省)ため、バイデン次期民主党政権も堅持は確実で、しかもトランプ政権と比べると、より整然と強硬な陣立てで交渉に臨むものとみられ、中国は早くも身構える。

 ただ、世界貿易を収縮させた制裁関税によるどう喝交渉には、終止符が打たれるのは確実だ。通信技術関連の貿易は、デジタル化する国家の安全保障に関わるだけに両大国の攻防は簡単には終息はしないだろうが、貿易ルールに基づいた交渉に転換すれば、摩擦のリスクも減殺されることを期待したい。

所得再配分どこまで

 国内経済は、支持率優先で進めた大規模減税にコロナ対策での歳出急増が加わり、2020会計年度(19年10月~20年9月)の財政赤字はリーマンショック後の2倍を超える過去最大になった。民主党は大規模なコロナ追加支援策を検討しており、財政の立て直しは容易ではない。国民の所得格差も、コロナ禍と株高で拡大、根深い社会分断の要因になっている。

 バイデン氏は法人税や富裕層の増税と最低賃金の引き上げを表明したが、新政権のこうした所得再配分の強化策が実現できるかどうかの鍵を握るのは議会だ。今回の大統領選と同時に行われた上下院の選挙の結果、下院は民主党が多数を維持できる見込みだが、上院の多数派が決定するのは来年1月に持ち越される。いずれにしろ、深手を負った国民経済を回復に向かわせるためには、所得再分配で細った中間層を立て直すのが民主党新政権の大きな課題であるのは間違いないだろう。

暴走するデマゴーグ

 方向感を喪失した対応による国際秩序の揺らぎや、コロナ感染拡大の放置など、「モンスター」が国内外にもたらしたカオス(混沌)は、バイデン新政権で収束に向かうことは期待できよう。しかし残念ながら、それで「トランプ劇場」が幕引きとはならない。安堵するのは禁物だ。ざわざわとした危機感の正体がくっきりと輪郭を表しているからだ。大統領選でトランプ氏が集めた票は7千万を超え、4年前の大統領選時より約1千万票上回る。バイデン氏の勝利判明後も1万人以上の熱狂的なトランプ支持者がワシントンの大通りを埋め尽くし「選挙に不正があった。勝ったのはトランプだ」と大統領の妄言を鵜呑みにして雄叫びを上げた。トランプ氏は自らの意に沿う新たなメディアの立ち上げを模索、4年後の大統領選に再挑戦する姿勢を示唆している。

 「トランプ大統領になって仕事が増えた」との支持者の声があるのは事実だが、米国経済は対中、対欧との高関税の応酬が国内景気に影を落とし、株式市場の好調をよそに、景気全般はコロナ禍以前から失速していたのも明白だ。それにもかかわらず、前回より1千万票も上積みできたのは、「過去最高の景気拡大だ」、「バイデンは社会主義者だ」、「米国は陰の政府に操られている」などと嘘にまみれた存在感の誇示や、恐怖を煽ったり、陰謀論に荷担したりするトランプ氏の演説に加えて、SNSで同氏が発信するフェイク情報の拡散が、集票アップに大きく加担したからであるのは明らかだろう。さらにこれからも、新たな不特定多数向けのメディアも武器にして、大衆を煽り続けることに狂奔するトランプ氏は希代のデマゴーグそのものだ。

既視感の恐怖に厳しい対処を

 トランプ氏の立ち居振る舞いに、歴史的悪夢が重なって見える。百年前に「アーリア人第一」を掲げたヒトラーの反ユダヤのゆがんだ妄想は、自らのカリスマ的演説に加えて、映像を駆使したプロパガンダ戦略で、ワイマール体制下や世界恐慌で経済苦境にあった大衆を熱狂に巻き込んで、わずか10年で極限まで膨張し、世界を大惨事に追い込んだ。経済のグローバル化に取り残された白人の苦境に取り入る「米国第一」を標榜し、内外の「敵」を攻撃するトランプ政権があと4年続いたら世界はどうなったのだろうか。おぞましい既視感に捕らわれ、身震いするのを禁じ得ない。

 トランプ旋風から米国の分断の深刻さを指摘する向きは多い。社会の分断を是正するためには豊かさの象徴である中間層を分厚くする政策が不可欠ではあるが、長期的な取り組みが必要だ。それ以前に見過ごしてならない大事な視点は、フェイク情報のシャワーを社会に振りまくデマゴーグが、大衆の負のエネルギーを暴走させた果てに行き着く恐怖の世界だ。歴史的悲劇を再来させないよう、民主主義システムやメディアはいまこそ、フェイクにまぶされたトランプ流プロパガンダに対し、メディアが始めた警告表示にとどまらず、最大限の厳しい姿勢で臨むことが急務なのではないか。