首相はなぜ「コロナ特措法」改正にこだわるのか 後手後手の対策批判かわす狙い

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  安倍晋三首相は、政府の専門家会議が2月24日に「コロナの感染拡大は 1-2週間が瀬戸際」との見解を公表して以来、これまでメディアや野党など からの「対策が後手後手」との批判をかわすためか、「官邸主導」どころか、 ほとんど“独断”の形で次から次へと「政治決断」している。25日に、政府 の対策の「基本方針」を発表したあと、26日には、大規模イベントの自粛要請、27日には、小中高などへの全国一斉休校要請といういずれもその必要性 について疑問符がつく施策を表明した。そして3月5日には、中国の習近平主席の訪日延期というタイミングで、中国と韓国からの入国制限を強化する措置 を発表した。この措置には、首相の超保守的支持層への配慮があったとされる。これまでの水際対策が不十分だったことを事実上認めるもので、「やるな らもっと早くに。いまさらながら・・・」との世論の厳しい批判を招いてい る。

野党の”抱き込み作戦”

 その中で首相が唐突に打ち出した「新型インフルエンザ等対策特別措置法」 の改正問題。首相は4日に野党党首と会談、法改正を強く要請した。その際、 それぞれニュアンスはやや異なるものの、野党党首からは「現行法を適用すべ きだ」との声が相次いだ。首相はその際、かたくなに現行法適用ではなく、あ くまでも「改正」に固執した。政府は10日には改正案を国会提出し、13日 の成立を目指す。首相はなぜ特措法改正にそこまでこだわるのか・・・。

 「インフルエンザ等特措法」は 、2009年の新型インフルエンザの流行 をきっかけに旧民主党政権が検討を進め、12年4月、民主党と野党だった公明党の賛成で成立した。このとき、特措法には、首相が「緊急事態」を宣言すれば、大幅に私権制限ができる条文が入っていることなどから、共産党と社民党は反対。自民党は大臣の問責決議後の審議拒否中に委員会採決が行われたこ とを理由に欠席した。特措法は自民党の政権復帰の後の13年4月に施行され たが、実際に緊急事態が宣言されたことはない。

  首相による野党の“抱き込み作戦”ともいえる4日の首相と野党党首との 会談。立憲民主党の枝野幸男代表は「現行の特措法で新型コロナに対応でき る」とし、国民民主党の玉木雄一郎代表も「現行のままで運用可能」。共産党 の志位和夫委員長は「政府はすでに、現行の特措法に基づいてマスクなどの問題に対応している。法改正の立法事由がない」と述べ、社民党の福島瑞穂党首 も「現行の特措法を使うべきだ」と発言した。維新の片山虎之助共同代表は 「立法措置は遅きに失したが、前向きに評価する」とした。結果的に維新を除 く野党4党の党首は「現行の特措法の適用」を主張したわけだ。

 これに対し て、安倍首相は「新型コロナウイルスは、原因となる病原体が特定されている ことなどから、現行法に適用させることは困難だ」と主張した。つまり両者の 議論は平行線をたどったわけだ。ただ、立憲民主の枝野代表は「審議を急ぐこ との協力はしたい」としている。  

 もともとコロナウイルスの感染者は拡大し「こんな時期に異論を挟むことは おかしい」との“同調圧力”が国民の中で強まっている。「措置法」は旧民主党が成立させた経緯もあり、立憲や国民は正面から反対しにくい、というのが 現実だ。その意味で野党の妥協を狙った“抱き込み作戦”は成功する可能性も ある。

「疾病原因は知られている」が根拠に

  首相が「特措法を改正しなければ、コロナに適用できない」としている根拠は、おそらく厚労省出身の“官邸官僚”が考えたのだろうが、こういうことだー。  
 少し細かい議論となるが、現行特措法では、対象となる疾病として①新型イ ンフルエンザ②再興型インフルエンザ③新感染症ーの3つがある。さらに、 「感染症予防法」では、①一類感染症②二類感染症③三類感染症④四類感染症 ⑤五類感染症⑥「新型インフルエンザ等感染症、そして「指定感染症」および 「新感染症」に区分されている。このうち現行特措法にある「新感染症」は 「すでに知られている感染性の疾病とその病状または治療の結果が明らかに異 なるもの」と定義されている。一方、「指定感染症」は「すでに知られている 感染症の疾病(①から丸数字⑥を除く)」だとされ、政府はことし1月28日 に、新型コロナウイルスを「指定感染症」とする政令を閣議決定している。  

 要するに「すでにその原因が知られているか」「知られていないか」の違い なのだが、昨年暮れに中国の武漢で疾病が発生した段階では「まだ確かな原因が知られていなかった」のだから、そのときは現行特措法にある「新感染症」 だったのだろう。ちなみに世界保健機構(WHO)が新型コロナウイルス感染症の正式名称を「COVID-19」と発表したのは、2月11日のことであ り、政府の「指定感染症」の閣議決定より遅い。

首相の言葉を信用できるのか

  東京高検検事長の定年問題では、検察庁法では、定年延長できないのに無理筋に国家公務員法の解釈変更を閣議決定によって、「勤務延長できる」と強弁した。今度は「私権制限もある大切な法律だからきちんと改正して」と言い張 る。現行の「措置法」を適用する際の「新感染症」であるかどうかは、所詮、 本質の問題ではなく、疾病が広がる中での、どの段階を基準にとるか、という それこそ解釈の問題に過ぎないのではないか。新型インフルエンザだけでな く、「新感染症」を加えた「特措法」の立法趣旨を考えれば、結論は自ずから 明らかであろう。

 安倍首相があくまでも「改正」にこだわるのは、「いまさら(現行特措法 を)適用するとはいえない。なぜもっと早く適用しなかった、と批判されるから」(公明党ベテラン)=3月5日付朝日新聞朝刊=との声もある。しかし、野党党首から意見を聞いたあとに引っ込めたが、改正案を2月に遡り適用するとの当初提案に示されるように、場当たり的に打ち出した対応策の後付けでの法律的 容認の意味もある。最近、首相に顕著な動きである何か“やってる感” 、さらに首相自身がこれまで強調してきた「悪夢のような民主党」が作った法律への嫌悪感もあるのだろう。

改憲への道筋をつける思惑も

 そして何よりも大きいのは、在任中に何としてもレガシー として残したい「憲法改正」。その中でも9条改正とともに首相が重視する 「緊急事態条項」導入の道筋をつける思惑もあると考える。

  現行の特措法でも首相が「緊急事態宣言」を出せば、都道府県知事が不要不急の外出自粛や人が集まる施設の使用制限などの人権が制限される。期間は 最大で2年。確かに感染は広がっており、油断はできない状況である。新型コ ロナウイルス肺炎のケースで、そもそも人権を制限する「緊急事態宣言」は本当 に必要なのか。必要にならないことを心から願う。首相は「すぐに宣言を出す わけではない」というが、異論に耳を傾けず乱暴な政権運営を続けてきた首相 のこの言葉を全面的に信用できる人がどれだけいるのだろうか・・・。