ウクライナ時間で2月24日(木)午前5時6分(日本時間午後0時6分)、「タス通信によると、ロシアのプーチン大統領はウクライナ東部ドンバス地域を守るため、軍事作戦の実行を決断したと表明した」との共同通信のフラッシュ(至急報)が全国へ流れた。それから1週間、約19万人とみられるロシア軍は各方面から隣国ウクライナへ全面侵攻し、首都キエフを大軍で包囲する構えを強化している。
プーチン大統領はこれに先立つ21日に、親ロシア派武装勢力が実効支配するウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する大統領令に署名、両地域に軍を派遣し平和維持に当たるよう命じていた。だが24日の全面的な侵攻は、かねてから紛争地帯だった東部国境だけにとどまらず、主権国家ウクライナを武力占領し、ゼレンスキー内閣を力づくで屈服させようとする乱暴なやり方で世界に衝撃を与えている。停戦交渉が始まってはいるが、ロシア側はウクライナの非武装化、中立化、クリミア半島のロシア併合承認などを強硬に要求。全面攻撃準備への時間稼ぎの様相を呈している。
北京五輪閉幕からパラ開幕までの短期決戦狙ったか
1日にはキエフのテレビ塔がミサイルで攻撃され、住民を恐怖に陥れた。ロシア軍部隊は首都の北西、北東から「近づいている」(キエフのクリチコ市長)という。ロシアの大軍による首都包囲網はいずれ完成し、第2次世界大戦でのナチス・ドイツ軍による残酷なレニングラード(現サンクトペテルブルク)包囲戦を想起させる深刻な事態が懸念されている。
だが、こうした戦局展開がプーチン大統領の期待を裏切るものなのは明らかだ。盟友である中国の習近平国家主席の顔を立て、北京オリンピックの閉幕(2月20日)から、北京パラリンピックの開幕(3月4日)までの短期決戦で勝負を付けるのをもくろんでいたのは想像に難くない。
ロシア軍にじりじりと攻め込まれてはいるものの、兵力や装備で劣るウクライナ軍が予想外に善戦し、戦車部隊の進軍を遅らせている。旧ソ連邦から独立宣言(1991年)後のウクライナは政治混乱が続き、2019年の大統領選で勝利したコメディアン出身のゼレンスキー大統領の政治手腕に心もとない面もあったが、「許し難いロシアの侵略行為にウクライナ人が初めて一つにまとまった」と言われる。
それを象徴するのが、ロシア軍の戦闘車両を取り囲み、前進を妨害しようとするウクライナの民衆を伝えるSNSの動画だ。ロシア兵にしてみれば、「ネオナチ支配からの解放軍」として民衆に歓迎されるかと思いきや、「侵略軍」として罵られるのでは戦意も萎えてくるのではと思う。
この戦争はSNSが情報戦の武器として大きな役割を果たした初めてのケースと言えるだろう。情報戦はウクライナ側が圧勝している。ウクライナ側はロシア兵の捕虜の尋問のもようや、戦死した兵士がスマホでロシアの母親に送っていたメッセージの画像まで流している。ロシア国内では、政府発表と異なる反戦的な報道を厳しく統制しているが、西側やウクライナ発のSNSを完全に締め出すことはできないとみられ、それがプーチン政権の足元を揺るがし、ウクライナからの軍撤退に追い込んでいく可能性を信じたい。
民間人2千人が死亡、国外避難民は100万人超える
ウクライナ非常事態庁は2日、ロシアの攻撃でこれまでに民間人2千人以上が死亡したと発表。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウクライナからの避難民は100万人を超えた。
人口総数は4373万人(2020年推定)なので、国民の2%以上が隣接するポーランドなど国外に逃れたことになる。
一方、軍人の死者数についてロシア国防省は2日、これまでにロシア軍の498人が死亡、1597人が負傷したと初めて死者数を発表した。また、ウクライナ軍の死者は2870人以上、負傷者が約3700人と推定した。
これまでのロシア軍の制圧地域を見るとキエフ攻防戦と並んで、東部ドンバス地域からクリミア半島(2014年に併合)をつなぐ回廊を帯状に築き上げようとする意図が明白だ。その中間にあるアゾフ海に面した港湾都市、マリウポリが親ロ派武装勢力の手に落ちるかどうかが当面の焦点になっている。
クリミア半島は水不足で以前はウクライナ本土から運河で給水を受けていたが、ウクライナ側はロシアによる奪取後、この給水を止めている。クリミア半島から出撃した駐留ロシア軍はこの水資源確保も目的とした。さらに、黒海沿岸の西方に位置する港湾都市のオデッサから、隣国モルドバのドニエストル川東岸地域で多数派のロシア系住民が1990年に分離独立を宣言した「沿ドニエストル・モルドバ共和国」に至る回廊の設置までもくろんでいるのではないかという見方も出ている。こうした事態になれば、ウクライナは黒海沿岸から小麦などの輸出ルートを断たれることになる。
首都キエフは人口296万人。日本で言えば京都のような存在であり、9世紀末にキエフ公国が成立した古都である。988年にキリスト教(正教)を国教として受け入れた公国は13世紀にモンゴルの侵入で崩壊し、その後、東スラブ人はロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人に分化していく。世界遺産に登録されている聖ソフィア大聖堂など歴史的建築が多い。
したがって、ロシア人にとって自らのルーツでもあるキエフを攻撃することには痛みを伴うはずなのだが、思うに任せない戦局にいら立ちを募らせているとみられるプーチン大統領が大規模な砲撃や空爆などに踏み切るのではないかと懸念されている。
キエフ入りして生々しいリポートを送っていた日本の報道陣の多くも、どうやらロシア軍の包囲網完成前に首都を脱出。ポーランド国境に近い西部のリビウに取材拠点を移したようだ。共同通信は24日までキエフ発の出稿が確認できたが、その後はリビウ発で出稿されている。
核使用の事態もと威嚇
ロシアのショイグ国防相は2月28日、プーチン大統領に対し、ロシア軍の戦略核兵器部隊が戦闘警戒態勢に入ったことを報告。ウクライナの戦況次第では核使用も辞さないとの威嚇として、全世界から強い批判を呼んだ。こうした中でプーチン大統領の精神状態を疑問視する声が米国のルビオ上院議員(情報特別委員会委員)や、ブッシュ(子)政権で国務長官を務めたライス氏ら有力者から出始めた。トランプ前政権で大統領補佐官を務めたマクマスター氏も、プーチン大統領がテーブルで落ち着きなく指を動かすしぐさなど、いらだちから理性的な判断ができなくなっている可能性を推測している。
不思議な映像が、侵攻の前段階となったドンバス地域2州の「人民共和国」の独立承認、ロシアの「平和維持軍」派遣を決めた2月21日の安全保障会議の模様として流れた。議長役のプーチン大統領が部下1人1人に、独立承認への意見を求めた様子が放映されたが、側近のナルイシキン対外情報局(SVR)長官がしどろもどろになったのだ。独立承認を「ロシア編入(併合)」と取り違え、プーチン大統領から「そんな話はしていない」と苦言を浴びる一幕も。普通ならば、こんな「閣内不統一」を国民に露呈する都合の悪い映像は検閲でチェックされるはずだが、そのまま流れたのはなぜか? 「強い指導者」としてプーチン大統領の独裁色を印象付けたのか、それとも「シロビキ」(軍、治安機関の高官)内部の意見分裂の序曲なのか。
不人気のプーチン大統領とは対照的に、SNSなどを駆使してウクライナ国民に徹底抗戦を雄弁に呼び掛けるゼレンスキー大統領の人気は急上昇している。1日には欧州連合(EU)の欧州議会でビデオ演説し、「我々は自由のために闘っている。我々を見放さず、皆さんが真の欧州人であることを証明してください」と述べ「ウクライナに栄光あれ」で締めくくり、会場から総立ちの拍手を浴びた。
そうした中で、フィンランドやスウェーデンという中立的傾向の強い国からもウクライナへ武器供与の申し出があった。また、これまで武器供与に消極的だったドイツも侵攻開始後に方針を転換し、対戦車砲1000門、携行式地対空ミサイル500発を提供すると発表した。
目立つロシアの孤立
国連総会(加盟193カ国)はウクライナ危機をめぐる2日の緊急特別会合で、ロシアを非難し軍の完全撤退などを求める決議案を141カ国の賛成で採択した。反対はロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5カ国だけ。中国やインドのほか、ロシアに同調するのではとみられたニカラグア、キューバも棄権(35カ国)に回った。いずれの態度も示さなかった12カ国にはロシアに近いベネズエラも含まれ、ロシアの圧倒的な孤立ぶりが露呈した。
2014年のクリミア半島の併合を認めないとした決議案(賛成100、反対11、棄権58)と比べると、大きな違いが分かる。国際的な経済制裁も、ロシアの一部銀行を「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から排除する強い措置が実現し、ロシアへのボディブローになりつつある。