国際的な批判に耐えきれなくなったバイデン米大統領がやっと、イスラエル軍の住宅密集地域への無差別攻撃によって「イスラエルは世界の支持を失いつつある」とネタニヤフ首相に警告を発して作戦規模の縮小を求めた(12日)。バイデン氏は自身の「ネタニヤフ融和策」の失敗を公に認めたのだ。だが、ネタニヤフ氏は戦争目的達成にはなお数カ月以上かかるとして「世界が何と言おうと私を止めることはできない」と頑な姿勢を変えていない。ネタニヤフ氏は加えてバイデン氏が紛争解決への唯一の道としてきた「二国家共存」を受け入れるつもりはないと発言した。米国大統領の批判を浴びた衝撃でイスラエルが内に秘めてきた「本心」を口走ったのかもしれない。
米国は長年その虚構を知りつつイスラエル支援政策を続けてきた。だが、このネタニヤフ発言があってもなくてもパレスチナ紛争は暴力では解決しないことがこの戦争で明らかになったとして、バイデン政権も国際世論も「二国家共存」交渉開始へ向けて動き出そうとしている。
ネタニヤフ批判を禁止
「ガザ戦争」勃発を受けたバイデン大統領はホワイトハウス外交担当や国務省に対して「ネタニヤフを直接批判することは避けるようにと次のように指示した。「ネタニヤフは米国から批判されると支持を失ったとパニックになり暴走する恐れがあるから、彼のことは十数年の付き合いの自分に任せるように」(ワシントン・ポスト紙電子版)。
バイデン氏はこれを自ら演じて見せた。危険を冒して現地に飛び、ネタニヤフ氏と抱き合った。米国の断固たるイスラエル支持は揺るがないという映像が世界に流れた(パレスチナやアラブ諸国には不信感をかき立てた)。それからバイデン氏は米国が2001年9月11日に起きた米中枢同時テロ(イスラム過激派が旅客機を乗っ取りニューヨークの超高層ビルや国防総省ビルを自爆攻撃、計約3千人が死亡した)に激怒して過剰な報復攻撃に出た過ち(アフガニスタンとイラクの戦争)を例に挙げて、民間人を巻き添えにしてはならないと国際人権法の順守を求めた。バイデン氏はその後も民間人への被害を最小限にとどめる努力を繰り返し求めてきたが、これをネタニヤフ政権が受けとめていた形跡はない。
最近のワシントン・ポスト紙電子版によると、イスラエル軍がこれまでに空爆に使用した爆弾29,000発を米情報当局が調べた結果、目標を絞った精密誘導爆弾は55〜60%しかなく、40〜45%は一定の区域のどこかに着弾し多数の市民に被害が及ぶ可能性の高い通常爆弾だったことが明らかになったという。
外交当局からも反対
イスラエルの強硬策に対する国際的な批判は日を追って広がり、ネタニヤフ政権を抑制できないまま容認を続けるバイデン政権にも向けられてきた。大統領批判は米政権内部のホワイトハウス・スタッフおよび国務省とその傘下にある米広報文化交流局(USIS)や米国際開発局(USAID)にまで広がり、スタッフの集会に首脳部が呼び出されて議論が交わされる事態も起きた。国務省の対外兵器支援担当部門のトップは、自分たちが送った支援の爆弾がガザ住民に対して投下されることに耐えられないと辞任した。
グテレス国連事務総長は戦闘再開で次の「人道的大惨事」が迫っていると危機感を深め、即時停戦を求める緊急決議を国連安保理事会に要請した。この決議案には日本、フランスなど13国が賛成したものの英国が棄権、米国がまたも拒否権を発動して葬り去った(8日、ガザ情勢をめぐる最近の米国の拒否権行使は2回目)。
解禁で一斉批判
ネタニヤフ氏は米国の拒否権行使に感謝の意を伝えたと報じられた。しかし、再度の拒否権行使は一方で、以下のようにバイデン政権高官や欧州主導者のネタニヤフ批判を強めさせることになった。
▽ブリッケン米国務長官(市民の死傷者を最小限にする努力が)「まだ十分ではない」と不満を突き付けた(バイデン大統領に代わってネタニヤフ首相への注文を伝達する役割)。
▽ハリス副大統領「パレスチナ人があまりにも多く殺された」(これまでイスラエル発言は控えてきた)。
▽オースチン米国防長官「個人的に市民の死傷者を出さないようにイスラエルの指導者に訴えてきた。そうしないと戦術的勝利は戦略的敗北に転じてしまうからだ」(その直接のイスラエル批判が伝えられたのは初めて)。
▽マクロン仏大統領「イスラエル首脳は最終目的が何か明確にすべきだ。ハマスを完全に破壊することが可能と誰が思っているのだろうか。もし可能としても十年はかかる」(フランスは先進諸国の中ではユダヤ系住民が多く、イスラエル支持を通してきたが、強硬策一辺倒で批判に転じた)。
▽英国防省発表「イスラエルとガザをカバーする東地中海で偵察飛行を行い、ハマスが人質をどこに隠しているかを探り、イスラエルの人質救出作戦を支援する」(大量破壊の無差別爆撃への批判とイスラエルへの支援は揺るがないとの意思表明)。
米政権の副大統領や国防長官らが公にネタニヤフ政権批判に転じたのは、バイデン氏が「かん口令」の撤回ないし緩和に踏み切ったことを示している。だが、この判断は遅きに過ぎた感がある。
タブー恐れない若い世代
米国ではイスラエル批判に対してはイスラエル支持勢力=アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)や議会の支持派=が敏感に反応して「反ユダヤ主義」と批判を浴びることも少なくない。このためイスラエル批判はタブー視されたり、及び腰になりがちといわれる。だが「戦争開始」直後からイスラエル批判、およびイスラルを批判しないバイデン政権への批判がこれまでにない速さで浮上し、じわじわと広がっていた。何度となく繰り返されてきたイスラエル対ハマスの衝突だが、今度のものは突然これまでにない大規模な「戦争」と「人道危機」を引き起こしたからだ。
加えてイスラエルの後ろ盾という米国の役割に慣れきっていた世代に代わる若い「LGBTQ」世代が発言力を強めていたことも新しい要因だろう。ワシントン・ポスト紙電子版には、バイデン大統領の対イスラエル政策は、イラク・アフガニスタン戦争を引き起こしたブッシュ(息子)大統領と並べて近年の米外交の大失策と非難する論説(P・ベイコンJr.記者)も掲載されている。
この時代の流れの中で、かつてはイスラエル支持で固まっていた民主党もリベラル・左派がイスラエル批判に傾斜、イスラエル政治の主流がリベラルな労働党から保守のリクード党に移行してネタニヤフ氏が長期に政権を掌握してきたことに対応する形で、共和党が親イスラエルの立場を強めてきた。全米各地でイスラエル支持・ハマス非難のデモに対抗するイスラエル批判・パレスチナ支持デモが競い合うように行われ、米メディアの報道では大学キャンパスではパレスチナ支持デモが優勢だという。
下院の多数を占める共和党はパレスチナ支持派が有力な3大学(ペンシルべニア、ハーバード、MIT)の学長を呼んで聴聞会を開き、学生のイスラエル批判はテロ組織ハマスを支持する反ユダヤ主義ではないかと追及した。これでハーバー大学長(黒人女性)が辞任に追い込まれたが、学校や学生が反対して辞意を撤回するなどの混乱も起きている。
原点は「二国家共存」
バイデン氏はイスラエルの自衛権を「断固支持」と表明しながらも、パレスチナ問題の唯一の解決の道はパレスチナの地でユダヤ人国家(1948年建国のイスラエル)とパレスチナ人の国家の「二国家共存」しかないとして、そのための交渉に入るよう呼び掛けている。これは国連総会決議の内容に沿ったもので、米国を含めて国際的に合意されている「大義」でもある。
しかし、パレスチナはユダヤ教、キリスト教、イスラム教という有力3宗教の聖地エルサレムがある歴史的な地域だ。その中で最も古い歴史を持つユダヤ民族の帝国は紀元歴が始まった前後にローマ帝国によって滅ぼされ、多くが世界に離散(ディアスポラ)した。19世紀後半にユダヤ民族の発祥の地パレスチナに帰還して自分たちの国を造ろうというシオニズム運動が起きた。第2次世界大戦終結後間もない1947年に国連総会がパレスチナを分割してユダヤ国家とパレスチナ国家を創設するという決議案を賛成多数で採択した。
双方の歴史が重なり合っている一つの土地に二つの民族が納得する国境線を引いて二つの国を造るというのは大変な難作業だった。国連が描いた分割案をユダヤ側は賛成し、アラブ側(パレスチナを含む)は反対した。以来75年、その対立が解決できないまま続いてきた。何が問題で解決できないのか。75年の争いの歴史と「ガザ戦争」を経て、次はどこへ行こうとしているのだろう。
(注:11月11日付に「『ガザ戦争』とパレスチナ紛争(上)」を寄稿したあとの目まぐるしい情勢展開からやっとひと区切りがついたところです。今後はニュースの進行に応じて随時リポートしたいと考えています)
12月18日記