人種差別との闘いで先頭に立つソマリア生まれの元難民の女性下院議員 「自分の国に帰れ」と敵意むき出しの米大統領

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トランプ大統領と闘う米下院民主党の非白人女性下院議員の一人のイルハン・オマール下院議員(BBC国際電子版から転載)

 「自分の国に帰れ」などと人種差別発言をするトランプ米大統領と闘う米民主党の非白人下院下院議員4人。その先頭に立つのはアフリカのソマリア生まれで元難民のイスラム教徒、イルハン・オマル氏だ。

現職破り当選した新世代の注目議員

 初のソマリア生まれのオマル氏は、最初の女性イスラム教徒の米国人議員2人のうちの一人。2018年の中間選挙で下院議員選挙に民主党候補としてミネソタ州の選挙区から立候補。選挙戦を通じて、トランプ氏を「人種差別主義者、女性差別主義者、本当に共感能力のない男」と批判し続けて当選した。若い新世代の議員の一人として、民主党、共和党の議席が接近している米議会の中で注目された。

 オマル氏は1981年、アフリカ中部のソマリアの首都モガデシュで7人きょうだいの末っ子として生まれた。2歳の時に母親が亡くなり、父親や祖父の手で育てられた。一家は90年代のソマリア内戦を逃れ、隣国ケニアの難民キャンプで4年間を過ごし、95年、米国に移住した。アフリカ中部のインド洋に突き出した「アフリカの角」と呼ばれる地域にあるソマリアは、インド洋への紅海の出口に面している。その向こう側は中東のサウジアラビア、イエメン。このような軍事戦略上きわめて重要な位置に面していることから、ソマリア内戦にアメリカが軍事介入した。一家はミネソタ州に定着、アフリカ生まれの現地国民としては初めて米国籍を与えられた。同州で大学まで進み、卒業後、教職員を経て市議会議員、米下院議員の秘書などの経験を順調に重ねた。2016年の州議会選挙で現職を破って当選した。

発端はトランプ氏のツイッター

 発端は、トランプ氏の2019年7月のツイッターだった。民主党の非白人系の女性議員らを念頭に「彼女らは文句しか言わない」「彼女らは米国を嫌悪する人々だ」「彼女たちは世界最悪で一番腐敗し、無能な国からやって来た」とツイートした。そして「(文句があるなら)彼女たちがやって来た、完全に破綻した犯罪が蔓延する国に帰って、その国をなんとかしたらどうか」などと書き込んだ。この時点では、特定の議員名を名指した発言ではなかったが、オマル氏は、母親がプエルトルコ出身のアレクサンドリア・オカシオコルテス、マサチューセッツ州で初の非白人系女性議員となったアヤンナ・プレスリー、米議会初のパレスチナ系女性議員となったラシダ・タリーブの3氏とともに記者会見を開き、トランプ大統領の発言について批判した。民主党も猛反発し、下院は16日にトランプ氏の発言を非難する決議を可決していた。

 18年の中間選挙では、上下両院(計535人)の女性議員の人数が過去最多の127人となり、女性の政界進出は歴史的な節目を迎えた。中でも史上初となる先住民(インディアン)の女性議員のデブ・ハーランド氏や、オマル氏ら非白人の女性4人が当選し、多様性が高まった。

 トランプ氏はツイッターでの書き込みに続き、19年7月にノースカロライナ州で開いた集会で、オマル氏に触れると支持者が「送還を」と一斉に叫んでも、支持者の制止を促さず、満足そうな表情を浮かべながら壇上で掛け声が終わるのを待っていたのだ。

 トランプ氏はその翌日、自身の支持者が集会で、外国出身の女性議員について「(祖国に)送還を」との掛け声を繰り返したことに関して「楽しくなかった」と語った。「国に帰ったらどうか」と女性議員に促していたトランプ氏に支持者が呼応した形だが、トランプ氏は「人種差別的」とのイメージが広がることを懸念して支持者と距離をとったようだ。

オマル氏への執拗な攻撃

 インターネット百科事典「ウィキペディア(英語版)」は、トランプ氏の有色女性議員に対する人種差別的な発言やツイートを詳述している。それによると、トランプ氏は、ノースカロライナ州の共和党選挙集会で、「しゃべることはあまりない。私が言うことは『彼女が(米国が)嫌いなら、追い返してやれ』というだけだ」と発言。別の機会には、何度もオマル氏について全く虚偽の非難を繰り返した。さらに「彼女はアルカイダを褒めている」と何回も攻撃。そして、イラク、シリアで残虐な内戦を繰り広げ、支配を拡げた「IS(イスラム国)に対して優しい」とオマル氏を非難したという。

 またトランプ氏はミネソタ州での選挙集会では、1993年10月の「記憶」までも持ち出した。国連軍の一部として米軍はソマリア内戦に介入し、首都モガデシュで起きた戦闘で、多数の市民と米兵が死傷して、当時のクリントン大統領が撤退を決定した。これは、米国にとっては「不名誉な記憶」となっている。その記憶を持ち出して、ソマリア生まれのオマル氏を攻撃したのだ。

 米国平等雇用機会委員会(法に基づく政府機関)は「やってきた場所に帰れ」との発言を「出身国によるハラスメント」の一例だと非難した(英語版ウィキペディアはオマル氏に関し、本文12ページにわたり、文献索引6ページの資料集を付けて詳述している)。

 オマル氏の選挙区のミネソタ州では今年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドさん=当時(46)=が警官に首を圧迫され、殺害された。トランプ氏は警官の行為を非難せず、たちまち激しい抗議デモが全米に広がった。オマル氏は、この警官による殺害事件に激しく抗議した。人種差別に立ち向かうオマル氏らの闘いは、新たな段階を迎えている。