「次は菅さんにまかせたい」。任期途中で潰瘍性大腸炎再発を理由に辞任を表明した8月28日、安倍晋三首相は周辺にこう漏らしていた。さらに「自分が言わなくても、菅さんの出馬を求める声が出るだろう」とも付け加えたという。9月4日、時事通信が報じた。この報道だと、安倍氏はすでに後継者を菅義偉官房長官に決めていたことになる。安倍氏は二階俊博自民党幹事長に総裁選について一任していた。だからこの後の流れは、安倍氏の意向を受けた二階氏の独壇場となった。茶番劇の始まりだった。
8月28日午後5時からの安倍氏の記者会見。メディアの予測では、なぜか、8月17日、24日と続いた慶応大学病院での診断や検査結果を基にした「病状説明で辞任はないだろう」との報道が大勢を占めていた(辞任は五分五分とのジャーナリスト田崎史郎氏の観測もあった)。安倍氏の病状については、7月6日、首相執務室で軽いめまいを覚えた安倍氏は嘔吐し、吐瀉物の中に血が混じっていたことを写真週刊誌が報じた。その後も日に日に顔色が悪くなって、メディアでも持病の潰瘍性大腸炎の再発かと騒がれていた。実は8月12日に「『もう辞めようかと思う』と甘利明税調会長に漏らすほど心身の不調がピークに達していた」(選択9月号)。
茶番劇にメディアの「リーク垂れ流し報道」が加担
会見3時間前の28日午後2時すぎ、NHKが「安倍辞任」を速報して事態は急変した。首相お気に入りの岩田明子解説委員の〃特ダネ〃と言われている。翌29日夜には、報道陣を避けて、東京・赤坂の議員宿舎の一室で、菅氏は二階氏、森山裕国会対策委員長と向き合っていた。二階氏が「(次の首相は)あんたしかいない」というと、菅氏は「継続性はそうですね」とあいまいに答えた。二階氏はこの言葉を立候補への意欲と受け止めた。朝日新聞9月4日付朝刊の検証記事は1面トップでこう報じている。
この会談については、翌30日朝、テレビ東京が「菅官房長官 総裁選への出馬意向を二階氏らに伝える」と報じた。この報道を皮切りに二階派の林幹雄幹事長代理が各社の番記者に「菅氏の出馬の意向を聞いた」との情報を流し、菅氏は裏取りに来た記者に否定したものの、31日付朝刊各紙はこぞって菅氏の出馬を取り上げた。30日、二階派はいち早く「菅氏支持」を決めた(週刊文春9月10日号)。これが大きな流れとなって岸田派や石破派を除く各主要な派閥が雪崩を打つように菅支持を表明し、総裁選挙もやらない前に事実上、「菅政権」が決まったようなメディアの報道ぶりだった。
二階派が菅支持を打ち出した30日夜、菅氏は周囲にこう漏らしたという。
「俺がやらざるを得ない。これで出なかったら、逃げたといわれちゃうよ」(朝日新聞9月4日朝刊)。メディアの「リーク垂れ流し報道」がこれに加担した。
石破氏排除の安倍氏の意向を反映
メディア各社の報道を総合すると、奇妙な茶番劇のいきさつは、こういうことらしい。首相の辞任表明からわずか数日で一気に国のトップが簡略化した党内手続きによって選ばれることが決まった(その後、自民党の各県連の多くが予備選方式をとることになったが、枠は1県3人なので結果は同じだ)。自民党総裁選は、公職選挙法に基づく国政選挙ではないが、事実上、日本のトップを選ぶ大事な手続きである。新総裁の正当性を担保するためにも、党員投票を実施するのが筋である。総裁選は、9月8日に告示、14日投開票され、新首相の指名選挙は16日の臨時国会で行われる。約150人もの自民の若手国会議員らが要求した党員投票は「政治的空白を作らない」との理由で行わず、両院の国会議員と各都道府県3人の党員代表だけの簡易型選挙が二階氏の判断で初めから決まっていた。国民的に人気のある石破茂元幹事長だけは「排除する」との安倍氏の意向を強く反映したものだった。
2007年9月の第1次政権投げ出しに続き、自分の健康の都合で辞めるのに、後継者には、自分を批判する嫌いな人物を排除する。安倍氏の持病については、個人的には同情を禁じ得ない。しかし、この背景には、好き嫌いだけでなく、安倍氏に、森友、加計学園、「桜を見る会」などの問題を国民的に人気の高い石破氏が選ばれて、蒸し返されたら大変だとの強い警戒心があるのは間違いない。今年に入って一時的には、首相と菅氏の距離がメディアで伝えられた。しかし、どのような政治力学が働いたのかは不明だが、このところ、その関係は修復したとされる。安倍氏にとって、菅氏ならば、7年8カ月もの間、苦楽をともにし、秘密も共有してきた〃同志〃なので安心ということなのだろう。
これには、安倍氏が二階氏に依頼したという報道はない。二階氏側の首相への忖度(むしろ恩を売った)があったかもしれないが、結果として安倍氏自ら〃疑惑隠し〃をしたことにならないか。私には、安倍氏は次の政権すら〃私物化〃しようとしているように見えるが、どうだろうか。
このことを国民はあまり怒っていないようだ。朝日新聞が9月2日と3日に実施した世論調査。「立候補した3氏の中で次の首相にふさわしいのは」との問いに、菅氏38%、石破氏25%、岸田文雄党政調会長5%。ほとんどのメディアでは、これまでの調査は「石破氏が首相にふさわしい」との結果が他の候補より大幅に上回っていた。朝日の調査では、それが完全に逆転した。この結果をみて、自民党の派閥だけでなく、国民までが「勝ち馬」に乗るのかという思いと日本の民主主義は大丈夫かとの危機感を強くしている。
官房長官の権力の源泉
その菅氏だが、これまで7年8カ月の間、安倍政権を支え、黒子に徹しながらも事務能力の高さから「陰の総理」「稀代の仕事師」とも言われてきた。第1次安倍政権作りに協力、12年9月の野党時代の自民党総裁選で、積極的に安倍氏に総裁出馬をくどき、同年12月の第2次安倍政権の成立の「立役者」といわれた。菅氏は周辺には「自分が安倍内閣を作った」と漏らしているという。第1次では総務大臣。第2次では、内閣発足時から官房長官として君臨した。
官房長官の力の源泉は、①内閣官房機密費(日本共産党の19年の情報公開請求で判明した官房長官が使った「政策推進費」は年間約11億円)②正副官房長官会議③内閣人事局ーを牛耳ることができることだと私は考えている。これに、毎日、土日祝日を除いて午前と午後の2回行われる記者会見も付け加えておく。菅氏は番記者からも評判がいいといわれる。オフレコ懇談会(オフ懇)というのもあり、菅氏はここではざっくばらんな話をするようだ。菅氏はこれらも官邸のメディアコントロールに使っているたではないか、というのが私の見立てだ。
田崎氏の書いた「安倍官邸の正体」(講談社現代新書)によると、②の「正副官房長官会議」というのは、新聞の「首相動静」には載らないが、毎日のように首相執務室で開かれる会議。首相、官房長官のほか3人の官房副長官(2人は与党政治家、1人は警察官僚出身の杉田和博氏)と首席秘書官の今井尚哉(たかや)氏(経済産業省出身)の計6人が出席する。田崎氏は「時間はたいてい10分か15分だが、重要な政治判断はここで行っている。ほぼ毎日顔を合わせるので互いの考え方に理解が深まり、誤解を防ぐことができる」と書いている。
このうち、官房長官と杉田氏、今井氏(首相補佐官兼務)は第2次内閣発足以降変わっていない。③の「内閣人事局」は縦割り行政を廃する目的で14年5月に発足。局長は第3代目の杉田氏が17年8月以降、副長官と兼務している。約600人の官僚キャリアの人事を一手に握る。官僚を操る「官邸支配」の要である。あくまでも政策の最終判断は首相が担うが、日常的にキャリア官僚の人事を握り、実際に采配を振るうのは官房長官だ。菅氏はこの仕組みを存分に行使したといわれる。菅氏が提唱した「ふるさと納税」の拡充策で「金持ち優遇となる」と異論を唱えた総務省の担当局長が左遷されたことなどはその著しい例だ。官僚による政治支配から脱する「政治主導」は時代の趨勢だ。とはいえ、使い方次第では、実際に政策を動かす官僚が左遷や冷遇を恐れてものが言えなくなる。これでは、いいアイデアは上がってこないし、政権に都合の悪い情報も上がってこない。官僚に政治への忖度がはびこることになる。これでは本末転倒ではないのか。これが、安倍政権末期の「公文書改ざん」など相次いだ官僚の不祥事の背景のひとつであることは間違いない。
これらが官房長官の権力の源泉である。当然のことだが、在任期間が長いほどその権力は強まる。
官邸内で目立つ警察官僚の跋扈
また、官邸の中でも目立つのは、警察官僚の跋扈である。杉田氏だけでなく、「日本のアイヒマン」といわれる国家安全保障局長の北村滋氏(民主党政権の野田内閣で内閣情報官)、内閣情報調査室(内調)を束ねる内閣情報官の瀧沢裕昭氏らだ。内調は以前は防諜や左翼対策が主だったが、今や官僚や政治家らの「身体検査」も日常的に行っているといわれる。菅氏はあまりにも長く官房長官をやったため、これらの官邸官僚はすべて菅氏の手の内にあると考えられる。この辺の菅氏の手腕は怖ろしいほど見事である。太平洋戦争のときの東條英機内閣は憲兵を政治家の動向調査・監視などに使い「憲兵政治」といわれた。まさか、民主主義の時代に菅氏が首相となって、そのようなことをするとは思えない。しかし、菅氏が政治家や官僚のスキャンダル情報が入手でき、それを政治に使うこともできる立場にあまりにも長い間いたことに注目しておきたい。
前記の週刊文春の記事では、加計学園問題で前川喜平元文科事務次官への「総理に代わって言う」と発言したとされ、その後、女性官僚とのコネクティングルームの週刊文春の報道で有名になった首相補佐官の和泉洋人氏(旧建設省、国土交通省出身)と杉田氏(いずれも菅氏との関係が親密)は、すでに菅氏から居残りを頼まれているという。主な「官邸官僚」はそのほとんどが〃居抜き〃となりそうである。週刊文春9月10日号によると、安倍氏の側近ナンバーワンの今井氏は、官邸内で菅氏とは対立関係が続いていたといわれる。安倍氏は退陣表明直前に今井氏について、引き続き要職で起用するように頼み、菅氏は了解したとの情報がささやかれていると報じている。この報道が事実だとしたら、安倍氏はやはり自分に尽くした人や〃お友達〃にはあくまでも面倒をみる「情の人」ということなのだろう。
もう一度思い出してみよう。ことし1月末に黒川弘務東京高検検事長の定年が閣議決定により延長された問題。「官邸の守護神」と呼ばれた黒川氏の定年を延長させて検事総長にして、安倍政権に「不都合な真実」である森友、加計学園、桜を見る会問題の捜査を回避させようとしたとして世論の厳しい批判を浴びた。元検事総長も含む検察OBもこの「検察の危機」に抗議した。5月に黒川氏の新聞記者との賭けマージャン問題が週刊文春の報道で暴露され、一応、問題は決着した。しかし、黒川氏と本当に近い存在だったのは、安倍氏ではなく、官邸実務を担う菅氏であるといわれる。また、昨年7月の参院選での元法相河井克行、案里両議員の前代未聞の公選法違反(買収)事件を見ても、確かに安倍氏が、同時に立候補した自民党の溝手顕正氏を嫌っていたのは事実のようだが、自分に近い河井氏を法相へ推薦したのは菅氏だとされる。また1億5千万円という法外な選挙資金を供与した責任者は、菅氏に総裁立候補を促した二階氏だといわれている。菅氏と二階氏は以前から盟友だった。「観光立国政策」やカジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法を強力に推進し、コロナ禍がまだ収まらないのに「GoTo トラベル」を推し進めてきたのも菅氏と二階氏である。いずれも利権が絡む問題であることを明記しておきたい。
菅氏は9月2日の総裁立候補の記者会見で、高校卒業後に秋田県から上京し、働きながら大学に通った「たたき上げ」であるとして「世襲」ではないという庶民性を強調した。以前は高校卒だが、HPで「集団就職」といっていた時代もあったようだ。同じ雪国出身の「今太閤」と呼ばれた田中角栄元首相にあやかろうとしたのかもしれないが、2人の国民への目線はかなり異なるのではないか。
菅氏は2日の会見後にNHKの「ニュースウオッチ9」に出演。「どんな国にしたいか」と問われて、「自助、共助、公助」と書いた紙を掲げてこう答えた。
「まず自分でできることは自分でやる。自分でできなくなったら、家族や地域で支えてもらう。それでもだめなら、国が責任を持って守る」
これは「公助」よりも「自助」を重視する新自由主義だ。菅氏は合理主義者であり、自分が努力して上り詰めた「成功体験」からか、弱者に冷たいといわれる。田中氏はロッキード事件で失脚したとはいえ、庶民への目配りを常に忘れなかった政治家だったと思う。菅氏の具体的な国家観や経済政策などがよくわからない。伝記本では歴史認識は安倍氏とは異なるらしい。「集団就職」という言葉に象徴される菅氏の持つ〃庶民性〃に期待する人たちが今回の不思議な「菅人気」を醸し出しているのではないか。
立候補会見では「負の遺産」にまともに答えず
国会内の会議室で9月2日午後5時から開かれた記者会見は45分間。動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」で会見のもようを見ることができる。官房長官の会見はいつもはコロナ禍にあるので1社1人に限られていたが、この日は制限をせず、フリーの記者を含めて200人以上の記者が参加した。
会見では「安倍政権が進めてきた改革の歩みを止めるわけにはいかない」として「安倍路線」を継承する考えを強調した。また、「負の遺産」である森友学園問題などでは、TBS報道特集の膳場貴子キャスターが「森友・加計学園、桜を見る会については国民が納得していない事案であって、再調査を求める声が出ている。これに対してどう対応するのか」と質問。菅氏は「森友問題は、財務省処分も行われ、検察の結論も出ている。だから、現在のまま。加計は法令に則りオープンなプロセスで検討が進められてきた。桜を見る会については、国会でさまざまなご指摘があり、今年は中止している。これからの在り方を全面的に見直すことにしている」といずれも木で鼻をくくったような誠意の全くない回答だった。
途中で司会者の坂井学衆院議員が「まだ手が上がっておりますが、時間の関係があるので」と言うと、記者から「フリーランスにも質問させてください」。そこで司会者が「あと3問程度」というと、記者から「こんな会見、出来レースではないですか」という声が上がる場面もあった。このあと、東京新聞社会部の望月衣塑子記者が質問。冒頭「長官の会見の状況をみて、これまでとかなり違って、いろんな記者さんを指されているなと感じました」と前置きした。その上で「首相に就任した場合は会見時間を十分確保するか」と質問した。菅氏は会見について「限られた時間の中でルールに基づいて行っている。(質問の)結論を早く言ってもらえれば、それだけ時間が多くなる」と皮肉ともとれる回答をした。
テレビの情報番組中心に続く〃翼賛報道〃
会見時間は当初予定の30分を超え、45分。質問した記者も18人に上った。安倍政権の「負の遺産」について 反省や総括の言葉もなく、まっとうな答えもなかった。とても評価できる内容ではない。公平を期して言えば、あくまで比較論だが、いつもの「まったく問題はない」「そうした指摘は当たらない」などの定例会見でのしれっとした常套句は使われず、一応、「立候補会見」なので無難にこなしたといえなくもない。
当たり前のことだが、菅氏はまだ「自民党総裁」に決まったわけではなく、首相になったわけでもない。それにもかかわらず3日のフジテレビの報道番組で「衆院解散は状況次第」などと答えている。憲法上問題はあるものの、衆院の解散は首相の権限とされる。これを不思議と思わないメディアも、菅氏について「首相にふさわしい」とたちどころに心変わりする面々も何かがおかしい。その後も民放テレビの情報番組を中心に菅氏の〃翼賛報道〃が続く。