菅義偉政権発足から2カ月が経過した。加藤勝信官房長官は11月16日の記者会見で、2カ月を迎えた感想を問われ「国民目線で、当たり前のことを当たり前にできるようスピード感を持って取り組んだ」と振り返った。確かに世論調査での支持率は、発足当初は7割を超えるものもあったが、このところ、5割から6割と下がってきた。まだ高支持率が続く。この2カ月で菅政権の正体が少しずつはっきりしてきた。日本学術会議問題を巡る野党の追及に対する答弁は、しどろもどろのひどい内容だった。「たたき上げ」という自負から出てくるのだろうか、強引人事の正当化や、政策のごり押し、身びいきや、報道への圧力、そしてすり替え。政治家としての公平さや民主的手続きなどを全くすっ飛ばして、国民においしいところだけをアピールする姿が浮かび上がった。
新型コロナウイルスの第3波がきているというのに、新政権発足後、国民の最大の関心事であるコロナ問題で正面から国民に記者会見して自分の言葉で方針を示すこともなかった。官房長官時代から推進してきた「GoToキャンペーン」に固執し、専門家から見直しの声が上がっているにも関わらず、頑固に応じようとしない。感染者が全国で初めて2千人を超えた翌日の19日、さすがに記者団のぶら下がりに応じ、発した言葉が何と「静かなマスク会食」だった。早速、私もやってみたが、うまくいかない。国民に優しいはずの〃令和おじいさん〃は、まぼろしにすぎず、その正体は、「国民目線」とはほど遠い、異論は許さない単なる権力主義的なゴリゴリのポピュリストのように見える。
新聞、週刊誌やネット報道から拾った記事などから「菅氏とは何者か」を「答弁」「報道圧力」「身びいき」のキーワードについて考えてみたい。「首相になってからかなり人が変わった」という“菅ウオッチャー“もいるので、これはあくまで菅氏の一面だと考えてほしい。
【答弁能力の欠如】予算委での頼りなさ
11月2日から4日間行われた衆参両院予算委員会での菅氏の答弁はひどいものだった。首相としては、一問一答形式の審議は初めてだったので仕方がなかった、との反論もありうる。しかし、4日間のやりとりをテレビで見たが、ひとことで言うと、失礼ながらまともに官僚や秘書官の手を借りないと答弁できない「答弁能力の欠如」が目立った。その肝になるもようを毎日新聞デジタル11月16日「『頼りない』菅首相答弁」から引用する。
「後ろから秘書官が身を乗り出して座席の菅首相に紙を渡し、ペンで読むべき箇所を指し示す。衆参両院の予算委員会で何度も目にした光景だ。答弁が苦手な閣僚の時に似たようなことはあるが、少なくとも安倍晋三前首相にはあまりなかった姿だ」
「6日の参院予算委は、日本学術会議の会員候補の推薦に関し、政府との間で事前調整があったという5日の首相答弁を巡って紛糾。共産党の小池晃書記局長に『どういう調整をしたのか』などと立て続けに質問されて答弁に窮し、何度もやり取りが止まった。不安げな表情で秘書官が指し示す紙を受け取り、『人事に関わるプロセスについてはお答えを差し控える』と、ぼそぼそと読み上げる姿に野党議員からは『自分のことは自分で』『自助、自助』などとヤジが飛んだ。菅首相が目指すべき社会を『自助・共助・公助』『まず自助』と繰り返し述べているためだ」
菅氏は7年8カ月もの長い内閣官房長官生活で毎日2回の記者会見をこなしてきたはずである。その経験があるにもかかわらず、まともな答弁ができない。どういうことなのか。これは官房長官時代、「全く問題ない」「その指摘には当たらない」「お答えを差し控える」の三つの常套句を許してきた内閣記者会にも問題があるのではないのか。予算委の一問一答では、どうしても、最初の質問に関連して二の矢、三の矢の厳しい質問が野党から飛ぶ。
官房長官会見では、記者が遠慮して、あるいは忖度して「更問い」しなかった(東京新聞社会部の望月衣塑子記者は別)。だから、長官会見の経験は生かされなかった、という訳か。結果的に日本学術会議問題で6人を拒否したことに関する国民への説明を首相側としても十分にすることができなかったのではないか。その「理由」を明らかにすれば学術会議法や憲法違反になるおそれもあり、明らかにしない方が学者への威嚇効果もあるので、絶対に言わないのではないか。
予算委での首相答弁について、東京新聞11月11日付の「こちら特報部」では、識者の話として「求められる自分の言葉」「後ろ向きな慎重さ」「意志表示不足」「語尾が不明瞭」などを挙げている。この分析に何となく納得してしまう。菅氏の答弁べたについては、与党からもその資質を問う声が上がっているという。
【報道への圧力】みなさまのNHKで起きたこと
「説明できることと、できないことってあるんじゃないでしょうか」。菅首相は、国会で所信表明演説をした10月26日夜にNHKの「ニュースウオッチ9」に生出演して有馬嘉男キャスターの「国民への説明が必要ではないか」との質問にキレたようにこう述べた。週刊現代11月14日・21日号は「NHKが騒然となった クレーム電話の主は官邸の『紅一点』」という記事で「キャスターをにらみ付ける菅総理に、現場のスタッフは息をのんだ」と書いた。その意味は、菅氏はそもそも、この番組で学術会議の問題で有馬キャスターから何度も質問されるとは考えていなかったかららしい。学術会議問題は単なる公務員の人事問題とは異なる。憲法にもかかわる大きな問題である。首相の言葉は、「説明責任の生命線」である。菅氏は首相として、思わず、絶対に口に出してはいけない言葉を言ってしまったのではないか。
週刊現代によると、放送の翌日(10月27日)NHK報道局に、内閣広報官の山田真貴子氏から電話がかかり「総理、怒ってますよ。あんなに突っ込むなんて、事前の打ち合わせと違う。どうかと思います」といったという。山田氏からお叱りを受けたのは、官邸との「窓口役」といわれる原聖樹政治部長だったという。そして、NHK幹部職員は「この件は理事の間でも問題となり、局内は騒然となりました。総理が国会初日に生出演するだけでも十分、異例。その上、(政権が)内容にまで堂々と口を出すとは、安倍政権の時より強烈です」と内情を暴露している。山田広報官は13年に安倍首相の広報担当秘書官に抜擢され、15年まで務め、今回菅内閣で菅氏から指名された。総務省出身の菅氏の〃秘蔵っ子〃ともいわれる。
菅首相は10月26日の所信表明で、学術会議問題にひとことも触れなかった。山田広報官はNHKと事前打ち合わせをしたことを認めているわけだから、菅氏ははじめからNHKのこの番組を使って学術会議問題の説明を自分の都合の良い方向で説明するつもりだったのか。あるいは、もともと説明するつもりはなかったが、なりゆきでそうなってしまったのか。おそらく、なりゆきでこのようなことになったのだろう。少なくとも、このことは、菅氏にとって、学術会議問題が国民に「説明できない」ような問題であることを認めたことにはなる。
NHKへの圧力といえば、集団的自衛権容認をめぐる「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスター降板を思い出す。有馬キャスターもこの件では、かなり菅氏ににらまれた可能性がある。菅内閣になってからNHK受信料値下げを総務大臣が公言するなどきな臭い。学術会議の次のターゲットはNHKとの週刊文春報道もある。国民が菅内閣の動向をきちんと見守る必要がある。
菅氏はキレやすいと言われるが、週刊現代の同じ号には、「ウオッチドッグ21」11月3日の記事「日本学術会議任命拒否から1カ月」で紹介した共同通信OBの芥川賞作家、辺見庸氏の「この国はどこへ コロナの時代に」と題するインタビュー(毎日新聞10月28日付夕刊)についても菅氏は「首相の〃特高顔〃が怖い」との記事に大いに怒ったそうである。週刊現代によると、「なんだこの見出しは・・・」菅が内閣官房の職員を呼びつけ「この記事を読んでみろ」と怒鳴った、と書かれている。年寄りは一般的にキレやすいといわれる。私も70歳を超えてから、キレることが時々ある。自戒したい。
【身びいき】文化功労者
菅氏は「既得権益」を嫌う。11月2日の衆院予算委でも、学術会議任命拒否の理由として、菅氏は任命の仕組みが「閉鎖的な既得権益」だと指摘した。しかし、首相が自分の親しい人を「文化功労者」にしたのではないか、との疑惑を招くこと自体が問題である。ただし、この問題で菅氏が直接指示した証拠はない。従って、「既得権益」だとも言えない。だが、その結果を見ると、あくまでも間接的だが、不自然・不透明な部分があることも事実だ。
文化功労者は、文化人にとって、文化勲章につぐ名誉である。毎年、文化審議会文化功労者選考分科会により「文化の向上発達に関し、特に功績のあった顕著な者」として、文化、学術、スポーツの分野から選ばれる。年額350万円の年金がが支給される。今年は10月27日、20人が発表された。元文科省事務次官の前川喜平氏によると、特に文化の分野で言えば、文学、美術、音楽、演劇、大衆芸能などで優れた創造活動をしてきた人たちが選ばれてきた。「ところが、このところ、自らは創造活動をしない経済人が選ばれるようになったことには、強い違和感を覚えた」(東京新聞11月8日付朝刊「本音のコラム」と書いている。
前川氏は事務次官時代の16年8月、選考分科会の委員候補者の名簿を官邸にもっていき、学術会議任命拒否のキーパーソン、杉田和博官房副長官から「この人とこの人は、はずしなさいと具体的な名前を言われた」と候補者2人の差し替えを求められたことをTBSの「報道特集」(10月17日)で証言している。杉田氏から「これまで政府の方針に批判的なことを言ってる人物じゃないか。こういう人物をいれてはいかん」と言われたという。この時、前川氏は「こんなことまで(官邸が)チェックするのか」と思ったという。こういう経緯もあるので「強い違和感」という表現になるのだろう。
前川氏は「本音のコラム」でさらにこう書く。
「去年は、日本財団の会長や芸能プロダクションの創業者が含まれている。今年はIT企業創業者や菅首相と親密だと言われるグルメサイト創業者が含まれている。こうした人選には違和感だけでなく、疑惑すら抱かずにはいられない」
文化功労者でも不可解な選定に関与する杉田氏
この問題については、11月4日の衆院予算委でも取り上げられた。立憲民主党の本多平直氏は「ここ2,3年、大手食品会社やグルメサイト会社も入っている。最近選ばれた人は首相と知り合いだ」と指摘。「杉田和博さんが(文化功労者を)選ぶ人を選んでいる」とその関係を追及した。
このグルメサイト創業者というのは、「ぐるなび」の創業者で現会長の滝久雄氏である。ネットメディアのリテラ(11月3日)によると、「ぐるなび」の滝会長は菅首相の長年にわたるパトロンで、菅首相が主導した「Go To イート」キャンペーンによって大きな恩恵を受けていることが問題になっている人物である。
実際、滝会長と菅首相の関係はただならぬものだ。「週刊文春」(文藝春秋)9月24日号は菅首相と滝会長の関係について「菅氏が困った時に頼るのが滝氏」という証言を掲載していたが、菅氏が初当選した1996年から2012年にかけて、滝氏が会長を務める電車の中吊りなどを扱う広告代理店「NKB」や同社の子会社が、菅氏の政治団体に多額の寄付をおこなってきた。
さらに決定的なのは、菅氏が滝会長に、ジャーナリスト・山口敬之氏への資金援助をさせていたという問題だ。
山口氏はジャーナリストの伊藤詩織氏への性暴力事件で告発を受け、逮捕状が出されたが、当時の警視庁刑事部長・中村格氏(現・警察庁次長)によって直前でストップがかけられ、事件が握りつぶされてしまったことが明らかになっている。この中村氏は菅氏の秘書官も務めていた最側近の警察官僚で、逮捕状ストップも菅氏の意向があったのではないかといわれている。
「モリ・カケ・サクラ」同様、疑惑の解明を
ところが、その山口氏に対して、菅首相と親しい「ぐるなび」滝会長の経営する広告代理店「NKB」が「顧問料月額42万円」や「交通費その他の経費」等を支払っていたことが明らかになっている、とリテラは指摘する。
これら一連の疑惑は、安倍政権の森友、加計学園問題、桜を見る会の問題と同様、メディアによるさらなる調査報道での解明が必要だろう。