噴き出した東京五輪パラリンピック大会開催中止論 世論調査で開催反対が80% 菅政権と組織委幹部の開催推進姿勢に海外から懸念も

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 新型コロナウイルス感染症による世界の死者が200万人を超え、日本でも二度目の緊急事態宣言が2月7日まで首都圏の1都3県を皮切りに大阪、愛知、京都、兵庫、福岡など計11都府県に出され、医療崩壊の懸念も出ている中、延期された東京五輪・パラリンピック大会の開催を危ぶむ見方が国際的にも広がってきた。

 国際オリンピック委員会(IOC)のディック・パウンド委員(カナダ)が、新型コロナウイルスの影響で今夏の東京五輪が開催されるか保証はないとの見解を示した、と英BBC放送(電子版)が1月7日、伝えた。IOCで最古参委員のパウンド氏は「私は確信が持てない。誰も語りたがらないがウイルスの急増は進行中だ」と述べた。これを受けて米紙ニューヨーク・タイムズと米ブルームバーグ通信が1月15日、五輪が第2次大戦後で初めて中止に追い込まれる可能性があると悲観的な論調で伝えた。

64年五輪とは「皮肉なコントラスト」と海外メディア

 また、コロナの感染拡大を受け、河野太郎行政改革担当相が日本の閣僚で初めて五輪開催中止の可能性に言及した、と1月16日までに海外メディアが報じた。ロイター通信が河野氏の「(無観客の可能性を含めて)五輪に備えて最善を尽くす必要があるが、どちらに転ぶかは分からない」との発言を紹介し、フランス紙フィガロ(電子版)も「日本の閣僚、五輪が開催されない可能性に言及」と伝えている。

 この河野太郎行革担当相の発言は、「ロイターネクスト」会合でのインタビューでおこなったもので、今年夏の東京五輪については行われない可能性も含め先行き不透明だとしつつ、「現時点では五輪に備えてわれわれは最善を尽くす必要があるが、どちらに転ぶかは分からない」と指摘。「あらゆる可能性があるが、五輪の主催国としてできることは何でもする必要がある。そのため、開催するとなれば良いオリンピック大会にすることができる」と述べた。河野氏は同時に「オリンピック委員会はプランBやプランCも検討しなければならず、生易しい状況ではない」と警鐘を鳴らしている。

 共同通信が五輪の開催について1月9、10日に全国電話調査した結果、「中止すべきだ」の35・3%と「再延期すべきだ」の44・8%を合わせると、反対意見は80・1%。昨年12月の前回調査の同61・2%から激増した。

 カナダ放送局CBC(電子版)は「熱狂の1964年の五輪とは対照的な支持の減退。57年前の東京五輪は、第二次世界大戦の灰の中からの再生を象徴していた。今年7月に延期された五輪とはあまりに違い、皮肉なコントラストとなっている」と報道している。

IOCバッハ会長「日本の対策に全幅の信頼」

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は1月7日、新型コロナウイルスの感染急拡大に伴って日本政府が東京五輪の競技会場がある首都圏1都3県に緊急事態宣言を再発令したことを受け「日本の当局とその対策に全幅の信頼を寄せている。日本のパートナーとともに今夏の東京五輪・パラリンピックを安全かつ成功裏に開催するため、引き続き全力で集中して取り組んでいく」との談話を出した。

 バッハ会長は1月1日、2021年の年明けに際して公式サイトでメッセージを寄せ、コロナの影響で今夏に延期された東京五輪について、「日本のパートナーや友人たちの素晴らしい貢献に感謝しているし、それは安心、安全に運営し、コロナ後の世界に適した大会を創造するというわれわれの決意と完全に一致している」と述べており、開催方針を崩さず大会の再延期や中止を否定し続けている。

 さらにバッハ会長は2020年を振り返り、「全員にとって極めてまれな経験になり、多くの課題に直面した」と総括。社会におけるスポーツの役割は強まったとし、東京五輪に向けて「(大会は)トンネルの終わりの光になるし、連帯や多様な人類の団結、回復力を祝うものになるだろう」とした。

 こうした中で、菅義偉首相は1月12日、米マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏と電話会談し、コロナ対策で意見を交換。「(五輪を)必ずやり切る」と意気込みを表し、五輪開催には発展途上国にもワクチンを供給できることが重要との認識で一致した。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長、武藤敏郎事務総長も1月12日、同組織委員会の職員に対する年頭のあいさつを行い、森会長は「私がここで考え込んだり、迷ったりすれば、すべてに影響する。あくまで進めていく。これが私の最後の仕事。天命」と予定通りの開催を強調して怪気炎を上げた。
武藤事務総長は、「東京五輪の開催可否が、2月の国際オリンピック委員会(IOC)と組織委員会のミーティングで決まるとの報道が一部であったが、これを見たIOCのクリストフ・デュビ五輪統括部長が問い合わせてきた」ことを紹介。「事実に基づかないフェイクニュースで、その他の媒体が続報していることはない」とデュビ氏に報告したことを明らかにした。デュビ氏から「東京五輪開催についてはIOCもその通りだ。日本は次々と対策を取っている」と返答をもらったとし、開催実現への意欲を強調した。

五輪開催実現への強いこだわりの背景

 このようなIOC と日本政府、組織委員会幹部の開催実現への強いこだわりの背景には何があるのか、昨年秋からの一連の流れを振り返ってみよう。

 IOCのバッハ会長が昨年11月15日来日し、翌16日に菅首相と会談して、新型コロナウイルス感染拡大で来夏に延期された東京五輪・パラリンピックの安全な開催実現に向け緊密に協力していくことで一致した。菅首相は「観客の参加を想定した様々な検討を進めている」と説明し、バッハ会長は来日する選手や関係者へのワクチン接種を呼び掛け、IOCが接種費用を負担する意向を表明した。菅首相は「人類がコロナウイルスに打ち勝った証しとして、また東日本大震災から復興した姿を世界に発信する大会として開催を実現する決意だ」と表明、コロナ対策として海外選手の特例入国制度や防疫措置の検討を進めていることも伝えた。

 バッハ会長は記者会見で、「東京大会を来年実行するとの決意を十分共有する。コロナ後の世界で人類の連帯と結束力を表すシンボルにするつもりだ」と語った。また会見後、記者団に「スタジアムに観客を入れることへの確信を持つことができた」とまで述べた。観客をどの程度入れるかは「満席が喜ばしいが、安全が最優先。大会時に妥当な数字にする」と述べるにとどめ、判断時期も明言しなかった。

 コロナ対策について政府、東京都、大会組織委は12月2日の調整会議で、中間整理案をまとめた。選手村(中央区晴海)に滞在する選手らに4~5日間隔でPCR検査か抗原検査を実施し、陽性反応が出た場合は「偽陽性」を防ぐため直ちに再検査を行う方針を提示。来春のテスト大会を経て来年6月に具体策を固め、観客数を減らすかどうかは来春までに判断するとした。

 2013年にロゲIOC会長(当時)が東京大会の決定を発表した当時、経済波及効果は東京都の試算で2兆9600億円、約15万人分の雇用拡大につながると見込んでいた。SMBC日興証券の試算では、経済効果は4兆2000億円と分析した。

 東京大会には三つの基本コンセプトがある。「すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)」、「一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)」、「そして、未来につなげよう(未来への継承)」、史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会にするということだ。

 東京大会は33競技、339種目で、前回2016年リオ大会の28競技、306種目を超えて史上最多。選手は予選の状況等含めて最大見積もって207カ国・地域から約1万1000人が参加する。パラリンピックは22競技、592種目。五輪は競技運営やメディア取材の技術革新とイノベーションを競う機会でもある。東京五輪ではAIやITの新技術が導入され、「テクノロジー五輪」あるいは「AI五輪」になるのではないかと言われている。

組織委員会は徹底した感染防止策を強調

 国、東京都、大会組織委、JOC、JPC、感染症専門家が参加する新型コロナウイルス感染症対策調整会議の中間整理案が12月初めに出された。それによると、まず主役であるアスリートについては、最優先で検討を実施することになっている。アスリートが安全・安心な環境の下、万全のコンディションでプレーするため、入国からホストタウン、大会への参加などを経て出国まで、それぞれの場面ごとの感染症対策を行い、トータルでの環境整備・ルール作りを実施。アスリートとの接触は必要最小限とし、接触する相手方も検査などにより防疫措置を講じる。国外のアスリートらについて、必要な防疫上の措置を講じた上で、入国を認め、入国後14日間の待機期間中の活動(練習や大会参加など)を可能とする仕組みを整備する。

 競技会場や選手村等におけるアスリートらの感染症対策については、基本的な感染防止策の徹底とともに、アスリートらが行動できる範囲や移動方法を限定するなどのアスリートらの行動ルールを策定・徹底。出入国時の検査のほか、入国後もホストタウン・選手村などを安全・安心な環境とするため、アスリートらに対して、スクリーニング検査や試合前の検査など必要な検査を実施。このため、選手村内に検体採取センターや検査分析設備を整備する。

 さらに、徹底した感染防止策を行った上でも、アスリートらに感染者・疑い例が発生した場合を想定し、アスリートらの感染症に係る迅速な初動対応と関係部門の情報共有、保健衛生上の各種対応に一元的に取り組める機能を構築するため、組織委員会感染症対策センター(仮称)の設置、保健衛生の拠点機能の構築などを実施。感染疑いのあるアスリートらに対し迅速に医療・療養の機会を提供するため、選手村総合診療所内の発熱外来などの設置、入院先医療機関、宿泊療養先の確保などを実施する。

 一方、メディア、大会スタッフらの大会関係者については、海外関係者の出入国や行動ルール、移動などの点に関して、大会運営との関わりの度合い、業務内容、アスリートとの接触の多寡などに応じこれから対応を決定する。外国人観客の取り扱いについては、14日間の完全隔離や公共交通機関の使用不可は事実上困難なため、具体的防止措置は専門家の意見を聞きながら来春までに決める。

具体的対策は先送り

 要するに、アスリートらの検査の実施方針、組織委員会感染症対策センター(仮称)の具体化、陽性者の入院・宿泊療養体制の確保、陽性者発生時の競技運営の在り方、大会関係者や観客の取り扱いに係る具体的な措置、マラソン・競歩など、公道等で行われる競技における観客の感染症対策、聖火リレーにおいて混雑・密集を避けるための対策、開閉会式におけるアスリーらの感染症対策など、ほとんどの具体的な対策が先送りされている。

 新型コロナ対策では、医師や看護師をどう確保するかが重要な問題だ。大会では複数の民間、都立病院などを「指定病院」とし、入院が必要な選手を受け入れてもらう計画だが、第3波と言われる感染拡大で都内の入院患者が急増して医療崩壊が起きかねない状況で、果たして受け入れ体制が来年春までにできるかどうか。計画では、9都道県の43競技会場と選手村に130カ所超の医務室を設け、選手用・観客用それぞれに医師・看護師が常駐、ボランティアを含め1万人以上の医療スタッフが必要になる。

 今後の流れだが、2021年3月にテストイベント開始、3月25日に聖火リレーが始まる。春までに観客を入れるかどうか最終判断。6月をめどに各種マニュアルを整備、7月23日に五輪開幕、8月24日にパラリンピックが開幕する。

コロナ対策の追加経費は2940億円

 五輪経費は、延期に伴う費用や新型コロナウイルス対策にかかる追加経費が2940億円となり、大会経費は現時点で総額1兆6440億円に達する見通しになった。追加経費の内訳は、延期に伴う人件費などの経費が1980億円、コロナ対策費が960億円、負担額は都が1200億円、組織委が1030億円、国が710億円となる。経費の総額で見ると、都が7170億円、組織委が7060億円、国が2210億円を分担する。

 開会式の簡素化はどうなるのか。組織委は、五輪開会式の入場行進参加者を従来より75%減らす案を検討、IOC側はなんとか希望する選手は全員参加させたい強い意向を示している。過去の大会では選手、役員で1万人前後参加していた。入場行進前に選手が待機する場所がトンネルで密になりやすい。ソーシャルディスタンスで2メートル離れて行進すると、従来の2時間の行進時間を維持するには参加者を75%削減する必要があるとしている。

各競技の予選実施問題も深刻

 東京五輪開催へのカギとなるのが各競技の予選実施だ。IOCによると、約1万1千の出場枠のうち確定しているのは57%にすぎない。コロナ感染が再拡大し、バッハ会長は「(予選に)参加を希望するすべての選手がアクセスできる場所が地球上のどこにも見つからない」と問題の深刻さを認めている。残り43%の選出に不安が出ている。

 IOCが気をもむのは、放映権料とともに財源の両輪を成すスポンサー収入への影響だ。東京五輪の約半年後の2022年2月には北京冬季五輪が控える。世界経済が停滞する中、市場規模の大きい中国企業の存在感が高まるとみられているが、東京五輪が開催出来なければ、感染リスクが高まる冬季五輪開催は一層不透明感が増し、スポンサーが離れていく恐れもある。

 五輪の課題はまず肥大化・巨大化で、莫大な開催経費によって開催国が限定される。ドーピング問題も深刻。サイバーテロの標的になる危険性も高まっている。地球温暖化による夏の酷暑や冬の降雪減少の問題、スポーツと政治、人権と男女平等、ジェンダーギャップの解消も課題だ。

 ロシアの組織的なドーピング問題で、スポーツ仲裁裁判所は12月17日、ロシア側の異議申し立てを棄却し、今後2年間、ロシア選手団は主な国際大会に出場出来ないとの裁定を下した。これでロシア選手団は来夏の東京五輪と2022年の北京冬季五輪に出場できる可能性はなくなった。

バイデン政権の判断も大きなカギ

 米製薬大手ファイザー製のワクチン接種が英米で始まり、日本でもワクチンの認可に向けた動きがある。しかし、PCR検査だけでも対象者の線引きをどうするのか。1万人を超える選手にコーチ、競技団体関係者が加わり、膨大な数の濃厚接触者が生じる可能性がある。「安全・安心」の確保はかなり難し いのではないかとの声が出ている。バイデン新政権が東京五輪についてどういう方針を打ち出すのかも大きなカギだ。また、米オリンピック委員会がどう判断するか。仮に多くの米国選手が参加しないことになれば、多大な放映権料を支払う米テレビ局に与える影響は大きく、大会が開けなくなる可能性もある。

 国内の東京五輪開催熱が冷え込んできたのは12月からだ。12月16日発表されたNHKの世論調査では「中止すべき」が31%で、「開催すべき」の27%を初めて上回った。「さらに延期すべき」は31%。10月に同じ質問をした際には、「開催すべき」40%、「中止すべき」23%、「さらに延期すべき」25%だった。

開催実現の可否はワクチン接種の広がりに

 このままコロナ感染者数が増加し続ければ、東京五輪中止の可能性も現実味を帯びてくる。関西大学の宮本勝浩名誉教授は、観客の収容人数を当初計画の50%で開催した場合、失われる経済効果は約1兆3898億円だと試算。中止になった場合の経済的損失は約4兆5151億円に上るという試算もある。

 東京五輪開催への道のりには、まだまだ多くの困難と乗り越えるべき課題がある。アスリートが主役の五輪がウィズコロナでの〝祝祭〟になれるか、人類がコロナ禍を乗り越えた証しとして開催できるか。米国や欧州、そして日本でも新型コロナウイルスの第3波の脅威が増している。東京五輪の開催実現の可否は、ワクチンの接種がどこまで広がり成功するか、今年春までの世界の動きによって左右される。

 IOCは1月27日に理事会、2月には組織委員会と大会の準備状況を確認する事務折衝を予定しており、開幕まで200日を切った五輪への対応が注目される。