「大国の責任」とは一バイデン非難の大合唱で忘れられた「アフガンの反省」このまま米国は失敗を繰り返すのか

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 米国は史上最長20年におよぶアフガニスタン戦争で敗北した。バイデン大統領は「戦う価値がなかった」と米軍撤退の決断を下し、国民の大多数が支持した。もし米国がベトナム戦争に学んでいれば、この失敗はなかっただろう。二つの戦争の失敗の理由は同じように、相手国の歴史や民族を知らなくても米国の軍事力は何でもできると過信していたからだ。だが、バイデン大統領の「拙速撤退」を非難する大合唱が起こった。20年戦争の最後の一コマでしかない撤退の混乱が、議論すべき主題を覆い隠して分断をさらに進めた。これでは米国は同じ失敗また繰り返すことになるだろう。

敗戦に「格好いい撤退」はない

 米軍撤退が迫ると、反米・反政権勢力のタリバンが勢いづく。米軍なしでも自立できるように育成したはずの現地政府・軍は浮足立って崩壊が始まり、パニックを呼び起こし、最後はあっという間だ。タリバンが首都カブールに無血入城して全土制圧。(筆者が直接取材に当たった)ベトナム戦争もカンボジア戦争も、最後は同じだった。

 米占領軍に協力したアフガン人が国外脱出を図って空港に殺到し、撤退する米軍人を載せて飛び立つ輸送機にぶら下がるという悲惨な映像がメディアをパニック報道に走らせた効果はあったと思われる。「大国」がこのような屈辱的な「撤退」をまたも見せつれられたのだから。

 米兵13人を含めて170人超の死者を出した「イスラム国」のアフガン組織(ISISーK)の自爆テロが混乱をさらに広げたが、これが起きたのは撤退6日目である。

 米主要メディアの中には、戦争で負けたのだから「格好いい撤退」はありえないと冷静を呼びかけ、撤退期限内に米軍に協力したアフガン人ら12万4、000人を国外に退避させたのは成功と評価するする報道もあったが、目立たなかった。

本音は「撤退反対」か

 バイデン大統領の「拙速撤退」はなぜ、これほどの非難、攻撃を執拗に受けているか。トランプ氏や共和党は世論調査で高い支持率を維持するバイデン氏を攻めあぐねていたので、この時とばかり辞任要求まで持ち出す攻撃に出たのは当然だろう。

 「9・11テロ」の首謀者の根拠地になっていたアフガニスタンに軍事侵攻して「対テロ戦争」を始めたうえ、すぐに「勝てない戦争」と分かった後も、それを隠し続けたのが共和党ブッシュ大統領。そろばん勘定が合わないと「撤退」を初めに言い出して合意を結んだのはトランプ大統領(当時:「Watchdog 21」8月20日参照))。こうした弱みを「バイデン攻撃」の中に埋没させたい。トランプ氏の撤退合意に反対できなかった同党タカ派は、撤退反対の本音を言い出し、トランプ氏もいまでは「撤退合意」には知らん顔である。

 しかし「拙速撤退」が混乱を引き起こしたとする厳しい批判は、バイデン支持だったジャーナリストや外交専門家からも突き付けられた。イスラム過激派であるタリバン政権が復帰するのを目の当たりにして、彼らの中から米軍撤退そのものへの反対の声も上がるようになっている。

大誤算―タリバンの急進撃

 タリバンはトランプ氏との合意「5月撤退」に合わせて全土制圧へ向けた攻勢に取り掛かったに違いない。バイデン政権に代り、撤退期限が「9・11テロ」から20年の9月1日に、その後8月31日に繰り上げられた。撤退準備がそれだけ整ったことを示すと見ておかしくない。「拙速撤退」にはつながらない。タリバンにとっては、期限の先延ばしで余裕もできた。このころにはタリバンは既に、全土の半分を支配下におさめていた。

 バイデン大統領の撤退期限設定に対して、米メディアは「安全な撤退」はできるのかと質問を繰り返していた。バイデン氏はこれに米軍撤退後、アフガン政府と軍は「少なくとも1年半」は体制を維持できると同じ答えを繰り返し、「ベトナムのようにはならない」とまで言い切ったこともあった。報道によれば、情報機関やアフガン問題専門家も、最悪でも年内は大丈夫とみていた(どちらにしても米軍撤退後、いずれはタリバンが政権に復帰するのは容認していたことになる)。

 タリバンは8月に入ると全土制圧の仕上げ作戦を開始、タリバン幹部は「2、3週間で首都を占領する」と宣言した(カブール発共同)。その早い方の2週間の15日、タリバンはカブールを占領した。バイデン氏の見通しは大きく誤った。元は米情報機関や軍の判断の誤りだが、その通り信じた大統領の責任であることは間違いない。米メディアが大統領の「誤算」に厳しい非難をぶつけた背景には、「あれほど警告したのに」という思いもあったのではないだろうか。

「対テロ戦争」の大誤算も

 バイデン大統領はカブール政権と軍部に対して、米国が巨額の援助をつぎ込み、軍・警察に対しても十分な装備、兵器、訓練を与えてきたのに、「自ら国を守ろうとする意思がない。その政権のために米将兵の命を賭けることはできない」と繰り返して不信感をあらわにしてきた。これが彼らの反感を買い、ますます士気を失わせて崩壊を促進したとの批判も出ている。

 バイデン大統領はブッシュ大統領のアフガン侵攻を当時、支持した。しかし、タリバン政権を崩壊させた後、米国が好む政権つくりを進めると反対に回った。ブッシュ大統領はアフガン侵攻に続いて、イスラエルにとって最大の脅威になっているイラクが核兵器開発を進めている(後に事実なしとわかる)として軍事侵攻、これがイスラム過激派テロを拡散させて「イスラム国」の登場からシリア内戦へと中東動乱の拡大につながった。世論調査によれば、米国民の多くが世界はより危険になったと考えている。

 こうした「対テロ戦争」20年の大誤算を目の当たりにしたバイデン氏は、アフガニスタンからの撤退を主張する理由として、米国および民主主義に対する脅威に対して軍事力を行使することは厭わないが、米国の価値観に基づく政権をつくることはしないし、それは軍事力によってはできないと主張し、これを外交戦略の基本にすえている。

「孤立主義」と超大国の「責任」

 このバイデン戦略には共和、民主両党、外交・軍事にかかわる学者、ジャーナリストらの間で、大なり小なり不安と反対がある。米国は外交で失敗もした。しかし、依然として超大国として世界に対して責任を背負っている。米国が内向きになって国際的な役割を担うことに消極的になってはいけない。バイデン戦略にはそうした孤立主義につながっていくのではないか。こう見るからである。それがバイデン氏に向けた「拙速撤退」批判が広がった背景になっていると思う。

 タリバン支配の下に戻ったアフガニスタンが、再びイスラム・テロ勢力の温床になるのではないかというのが、国際的な懸念だ。米国が去った後の空白に入り込もうと、ロシアと中国が動き出していることも気になる。バイデン大統領はアフガニスタン周辺の友好国に米軍の対テロ戦争基地を設け、無人機爆撃で継続するとしている。これには空爆だけでテロリスト勢力を掃討することはできないとの批判が出ている。

 そのさなかにISISーKの自爆テロに対する報復とする米軍無人機爆撃が、米民間支援団体職員で米国移住を希望していたアフガン人と家族など子供を含む10 人を犠牲にする誤爆だったことが分かった。バイデン大統領にはまた一つ、大きなつまずきだ。

 無人機攻撃を対テロ戦争に多用するのはブッシュ大統領からだが、初めから誤爆や巻き添えで多くの民間人が犠牲になった。オバマ大統領は民間人の犠牲を最小限とどめる命令は出したが、結果が大きく変わったとは思えない。それでもバイデン大統領が無人機攻撃に頼るのは、対テロ戦争にはほかにいい方法が見つからないからだ。

 ISISーKの自爆テロで大混乱となった中で、米ニューヨーク・タイムズ紙に「どう撤退するかは問題ではない」という見出しの長文記事が載った。その最後の一節しか紹介できないのは残念だし、筆者(E.クライン記者)には許しを請いたいが、次の一節だ。

 「われわれ(米国)が直面している選択は孤立主義か軍国主義かではない。われわれは達成不可能なことを達成するほどの力は持っていない。しかし、われわれが今やっていることよりはるかに悪くなくて、はるかにいいことをするには十分な力を持っている」

(9 月19 日記)