昨年末に放送されたNHKのBS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」で五輪反対デモの参加者がお金をもらっていたとするテロップが流された問題。NHKはこのところ、記者会見での説明を訂正・撤回し、映画製作の島田角栄監督に謝罪するなどの〝迷走〟が続いている。
NHKは1月24日、松坂千尋専務理事を責任者とする「調査チーム」をやっと立ち上げた。1月9日の謝罪以来、すでに2週間以上が経過している。このチームの調査により「番組関係者などに対する調査をさらに進め、厳正に対処するとともに、再発防止に向けた取り組みを徹底する」としている。しかし、NHKはこれまで起きた不祥事でも、そのすべてではないものの、結局、自浄作用はあまり働かず、「第3者委員会」やNHKと民放連によって設立された放送倫理・番組向上機構(BPO)の調査や審査にゆだねる結果になっている。NHKは、身内に甘い局内の調査チームでお茶を濁すつもりではないだろうが、これまでのNHKの〝迷走ぶり〟をみていると、残念ながら、今回も同様の道をたどる可能性はある。視聴者からの「信頼性」を取り戻すためにも、「なぜ事実関係の確認が不十分のままテロップが付けられたのか」や「この番組が作られた経緯」なども含めて、NHKは一刻も早く中立的な「第3者委員会」を立ち上げて、徹底調査をすべきではないか。
「根はもっと深い可能性」との指摘も
香港での当局によるデモ弾圧を見ても、その重要性が理解できるように、デモは民主主義社会にとって、尊重されなければならない表現手段のひとつであることはいうまでもない。「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」との番組のテロップは、五輪反対デモの参加者から「デモを敵視するもの」との強い批判を招いている。1月28日にNHKは、東京五輪に反対してきた市民団体から「デモの主催者や参加者に謝罪を」との抗議文を突きつけられた。まずは、テロップ問題の一番の被害者であるこの人たちの要求に応じるのが筋であろう。
NHKは9日、大阪放送局のHPで「映画製作などの関係者のみなさま、そして視聴者のみなさまにおわびいたします」などと謝罪した。謝罪先がまず「視聴者」ならば、話は分かるが、謝罪先のⅠ番目はなぜか「映画製作などの関係者」だ。もちろん、「関係者」には、被害を受けたデモ参加者らは含まれていないのだろう。HPでは、さらに「番組の取材と制作はすべてNHKの責任で行っており、公式記録映画とは内容が異なります。河瀬さん(総監督)や映画監督の島田角栄さんに責任はありません」とわざわざ断りを入れている。この問題に対する、NHK側のスタンスがみえみえの謝罪内容となっている。まだ、調査を始めたばかりで、事実関係が必ずしも、はっきりしない段階から、東京五輪公式記録映画の総監督の河瀬直美氏ら映画製作者側に、まず視聴者より優先して謝罪するという姿勢は、視聴者のお金で成り立つ「公共放送の在り方」として強い違和感を抱いたのは私だけではないだろう。NHKは、ここでなぜ、河瀬氏らへの謝罪を優先したのだろう。
そもそも、テロップと同様、河瀬氏がNHK番組の冒頭部分で「日本に国際社会からオリンピックを7年前に招致したのは私たち」「(開催が決まって)喜んだし、ここ数年の状況をみんなは喜んだはず」「これはいまの日本の問題でもある。だからあなたも私も問われる話。私はそういうふうに(映画で)描く」などと〃宣言〃するシーンがあり、こちらも、ネットで「招致したのは私たちではない」との批判を招いた。昨年の五輪開催前に、政府分科会の尾身茂会長が感染症の専門家の立場から国会で、コロナが猛威を振るう中での五輪開催について「普通はない」と言い切ったことに、共感していたので、河瀬氏のこの〃宣言〃ともいえる強い言葉に私も「何か違うのでは」との強い違和感を抱いた。
東京新聞は29日付朝刊社説で「根はもっと深い可能性がある。昨年4月、NHKは聖火リレーのネット中継での沿道からの『五輪反対』の声を消したことがある。共同通信の翌5月の世論調査で『五輪中止』を求める声が約60%に上っていた。NHKの姿勢には国民の反対意見を隠す意図さえ感じられ、批判も起きた。組織を挙げての『五輪推進』の空気が今回の問題につながっていないか」と書いた。東京新聞社説が指摘しているように「五輪反対デモテロップ問題」は「根がもっと深い可能性」があるのだ。
その後のNHK側の対応
「 ウオッチドッグ21」で私がこのテーマを取り上げるのは、1月16日の「これで〃幕引き〃ではない」以来だが、その後のNHK側の対応を記者会見の記事からまとめて見ると(朝日新聞、東京新聞、大阪放送局HPから)・・・。
【1月19日、NHK放送総局長会見】=ディレクターは島田監督から確認
「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」との 問題の2つのテロップ は、試写段階から入っていた。プロデューサーはテロップの事実関係を確認するよう指示。しかし、ディレクターは、この男性から一緒に話を聞いた映画製作側の島田角栄監督に「デモに行く予定がある」という話を聞いたことを確認した。ただ男性本人への確認はしなかった。ディレクターはこの確認だけで「確認した」とプロデューに報告し、プロデューサーは「お金をもらって動員」という点も確認したと誤信した、という。
【1月20日、島田監督がNHKに訂正求める】=「事前確認なかった」と島田監督
これに対して、島田監督は、「自分が取材した事実と異なる。放送前にディレクターからの事前確認はなかった」とNHKに抗議した。
【1月24日、NHK記者会見】=島田監督への確認は「誤り」
制作過程で島田監督に連絡を取ることはあったが、事実確認はしておらず、19日記者会見でのNHKの説明は「誤解を与えるものだった」と訂正。NHKは22日に島田監督に謝罪した、という。この日の会見では、放送前にテロップのシーンも含めた内容をみせているのではないか、という(おそらく視聴者からの)問い合わせを受けた。放送前の編集段階で、局内関係者以外が番組の試写に立ち会うことは厳に禁じており、今回もそのようなことはない。また、番組内で島田さんが河瀬さんに自身の素材映像を見せている場面があるが、この素材映像には(問題の)男性は含まれていないと認識している。
要するに、2つのテロップは、試写段階から入っており、上司のプロデューサーは、ディレクターに事実関係の確認を求めた。しかし、ディレクターは事実関係を確認していなかった。NHKは、問い合わせなどが相次いだため、この男性から話を聞き、「五輪と関係のないデモに参加し、お金を受け取った」「五輪反対デモに参加する意向がある」と話していただけだったことが判明した、としている。
なぜ島田監督はこの男性を取材対象としたのか・・・
NHKがこれまでに明らかにした事実関係も重要だが、この問題の解明に当たって、この前提となるのは「なぜ島田監督がこの男性を取材対象としたのか 」の問題の方がさらに、重要である。NHKのディレクターが「なぜ誤ったテロップを出してしまった」のか、その原因解明の手がかりになるからだ。
東京新聞WEBは28日の記事で、島田監督は、男性を取材した経緯について、これまでに公表したコメントの中で①取材対象を探す中で出会った方で、その場で取材を申し込み、後日、公園でインタビューした②五輪デモに参加したという趣旨の発言はなかったーと言及しているが、なぜか、島田氏から詳しい説明はなされていない。そもそも、島田氏はなぜ、記者会見をしないのだろう。東京新聞のこの記事では、インタビューした公園は「日雇い労働者が多い台東区の山谷地区で撮影された」としている。
東京新聞によると、28日、NHKに抗議文を出した市民団体の「オリンピック災害おことわり連絡会」は河瀬氏と島田氏に対しても①問題の男性を取材した理由②実際に男性に取材した内容 ③番組放送後すぐにNHKに抗議しなかった理由ーなどについてただす質問状を送ったことを明らかにしている。
私はこの問題の背後にあるもっと大きなテーマとして「コロナ禍での五輪開催に国民に強い忌避感がある中で、NHKはなぜ、この密着番組を作ったのか」もあると考えている。また、制作は大阪放送局だ。河瀬氏が奈良県に住んでいるからなのだろうか。「東京五輪」がテーマなのだから、なぜ東京で作らなかったのか。この辺のいきさつも視聴者の1人として知りたい。
河瀬総監督の公式記録映画「東京2020オリンピック」は東宝配給で6月に公開される。河瀬氏にとっては、テロップ問題は降ってわいた「災難」にすぎないのかもしれない。ただ、いくつもの「なぜ」の解明は、河瀬氏にとっても、完成した記録映画にとっても非常に大切なことなのではないか。