「米民主主義が危ない」トランプの勢いに陰り―党内から「盗まれた選挙」批判が公然化、選挙戦に波紋 注目されるバイデン年頭教書内容

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 大統領選挙を「盗まれた」という虚偽の世界に共和党を取り込んで政権奪還を狙うトランプ前大統領の勢いに、急に陰りが生じている。トランプのゴリ押しに党本流から公然とした批判が突き付けられた。その背後には、議事堂襲撃事件の捜査が進み、トランプをじわじわと追い詰めてきたことがある。民主党支持票抑圧を狙うトランプ攻勢と党内の足並みの乱れで苦闘してきたバイデン政権にとっては、形勢立て直しのチャンスである。バイデン大統領が3月1日の年頭教書で国民に何を訴えるのか、注目される。

最高裁、トランプ免責を却下

 議事堂襲撃事件では約700人が逮捕・訴追されているが、大半は暴力行為や建造物侵入などを問われたものだった。しかし司法省は1月半ばまでに、事件に加わった極右団体「オースキーパー」指導者など19人を騒乱陰謀および議会審議妨害の罪で起訴した。これはトランプ自身の訴追の可能性につながる。

 続いてトランプ大統領(当時)が3判事を送り込んだことによって保守派が圧倒的多数(6対3)を確立した最高裁が同19日、トランプの期待を裏切る判決を下した。トランプは下院の同事件調査特別委員会の捜査に対して大統領特権を盾に協力を拒否、バイデン政権が退任後の大統領には免責特権はない主張して争っていた裁判で、最高裁はトランプの主張を却下した。

 これによってトランプ本人およびホワイトハウスや省庁の高官たちの議事堂襲撃事件にかかわる書類、電話やメール記録などが保管先の国立公文書館からそっくり引き渡されることになった。

有罪には「最大デモ」

 トランプは追い詰められて開き直った。同29日テキサス州の支持者集会での演説で、中間選挙で議会の多数を奪還しようと呼びかけた後、次のように反撃に出た。

 「(2024 年大統領選挙で)自分が大統領に戻ったら、議事堂事件で無実の罪に問われ、非道な目にあわされた人たちをすべて恩赦する」  

 「自分に対する捜査で有罪にするならば、数時間のうちに(議事堂襲撃事件、不動産ビジネス関連の不正疑惑、ジョージア州幹部への「盗まれた選挙」支持強要の3つの捜査が進行中の都市の名前を挙げて)ワシントンDC、ニューヨーク、アトランタ、その他いたるところで、私の支持者たちの歴史上最大の街頭抗議行動が始まるだろう」

 「選挙を盗まれた」とする虚偽戦略をあくまで貫くという挑戦的発言だった。これには表立ってはトランプに反対できないでいた共和党有力者の間からも強い批判が出る。これに反応してトランプはさらに強硬発言を続ける。30日発表された声明は、議事堂襲撃の標的になった上下両院合同会議で議長を務めたペンス副大統領は大統領当選者を(バイデンではなくトランプだと)決める権限を持っていたのにそれを行使しなかった、と怒りの矛先をペンスにも向けた。

「クーデター」認める

 同会議で「トランプ当選」に持ち込もうとしたトランプおよび側近たちが描いた「陰謀」のシナリオと当日の状況は、下院特別委の捜査やメディアの調査報道によってほとんど明らかになっている(『Watchdog21』2021年10月22日「トランプ『大嘘』と大統領選挙制度(上)」拙稿)。焦点は証拠がつかめるかに絞られていた。トランプ発言は議事堂襲撃が選挙結果を覆すための「クーデター」(騒乱陰謀)だったと自ら認めるようなものだった。

 ペンスは黙って済ませるわけにいかなくなった。2月4日同党の長年の支持団体であるフェデラリスト・ソサイエティの南部フロリダ州での会合に出て、上下両院合同会議の議長としてトランプの意を受けてバイデン当選をひっくり返したとすれば「反米国」の行動であり、それはできなかったと公に発言した。トランプの「盗まれた選挙」を掲げる虚偽戦略との決別宣言だった。

党トップらが厳しい批判

 ペンス発言と同じ日、西部ユタ州で開かれた共和党全国委員会は、議事堂襲撃事件を捜査する下院特別調査委員会委員に加わっているチェイニー、キンジンガー両議員を非難する決議を採択、中間選挙では再選を目指すチェイニー議員に代えてトランプが支持する別の候補を党候補とすることも決めた(キンジンガー議員は今期限りで引退)。決議は議事堂襲撃事件を「普通の市民」の「正当な政治対話」と呼び、捜査の対象にすることを不当と攻撃していた。 

 トランプ派支配の党全国委が議事堂襲撃を「正当な政治対話」としたことに、党有力者から批判が相次ぎ、全国委は釈明に追われた。議会共和党トップのマコネル上院総務は、議事堂襲撃は選挙結果が合法的に認証されたにもかかわらず、次の政権への平和的移行を暴力で阻止しようとしたものだーとトランプ戦略の正当性を真正面から否定した。

 マコネルは数十年にわたって保守化の道をたどってきた共和党の中で、この15年党の上院トップに君臨してきた。議事堂襲撃については初めから遠慮なく批判し、上院の弾劾裁判評決で有罪を主張して、共和党から6人が従った。弾劾裁判設置を決めた下院では共和党議員10人が賛成に回った。

 だが、大統領退任後も党支配を握りしめるトランプの「盗まれた選挙」や議事堂襲撃に対して、表立って反対を言えない議員や党幹部は少なくないとみられている。マコネルらが公然とトランプ批判に踏み切ったことが、こうした党内の「声なき声」の背中を押す効果を生む可能性がある。

トランプ支持、じり貧?

 11月8日の中間選挙の党候補者を決める各州の予備選挙は3月に入ると順次始まる。実際にはすでにトランプが後押しする候補と、マコネルを含めた党本流派が推す候補がせめぎ合っている州もある。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト両紙など米主要メディアは、選挙戦緒戦の運動資金集めでトランプ候補が党本流の推す候補に後れを取っていると報じている。

 ABCニュースが1月末に公表した世論調査によると、共和党員および無党派層にトランプ支持の第一の理由を聞いたところ、共和党だから56%、トランプの党だから36%だった。2021年1月の議事堂襲撃事件が起きた後の調査では同じ質問に対してはどちらも46%とタイ。2020年11月大統領選挙直前の調査の同じ質問では、トランプの党だから54%、共和党だから38%だった。「共和党よりトランプ」という党を超えたトランプ支持が1年ごとに「54→46→36」と減っていたのである。

 この数字は選挙資金集めでトランプ候補がトランプ批判派候補に苦戦していることと重なっているように見える。投票日まで8カ月余り。この間に何が起こるかわからないが、今ひとつの新しい状況に入ったということはできそうだ。(敬称略、2月18日記)