法務省はなぜ設問の変更を 選択的夫婦別姓賛成は減少? 家族の法制に関する世論調査 男女共同参画担当相が批判

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 ウクライナ情勢から目が離せないので、マスコミの扱いがこの程度でも仕方ないか。野田聖子男女共同参画担当相が3月25日に記者団に調査手法を批判し、古川禎久法相が29日の記者会見で反論した「家族の法制に関する世論調査」(3月25日内閣府公表)について、こんな思いを抱いていた。しかし、法務省といえば、前例を重視する姿勢がひときわ強そうな役所ではないのか。その法務省が、今回、前4回の調査で続けていた選択的夫婦別姓制度に関する設問と選択肢の記述を大幅に変えたのはなぜか。相当な理由があるとみるのが妥当だろう。

42.5%から28.9%に低下

 今回、野田男女共同参画担当相が批判したのは調査全体ではなく「選択的夫婦別姓制度」に関する設問だ。野田氏は、明白な賛成派、反対派が存在する自民党の中で最も熱心に選択的夫婦別姓制度の導入を主張する一人。制度導入を求める人が28.9%と、前回,2017年の42.5%から大幅に減ったとする今回の調査結果は、設問を変えたのが大きな理由とみての批判であるのは間違いない。

 一定の間隔で繰り返し実施されてきた世論調査で、設問の記述を大幅に変えることがどのような意味を持つのか、あるいはどのような意図によるのか。こんな視点に立った論考を探していたら、大いに参考になる記事を、朝日新聞社の言論サイト「論座」で見つけた。「選択的夫婦別姓反対派はなぜ「世論調査」を読み誤るのか – 井田奈穂|論座 – 朝日新聞社の言論サイト (asahi.com)」(井田奈穂「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長)だ。

 記事の掲載日付の3月7日といえば、内閣府が「家族の法制に関する世論調査」の結果を発表する半月以上前。さらにこの記事で詳しく紹介されている日本記者クラブ主催の記者会見が行われたのはさらにそれより前の1月25日だ。この記者会見での講師と会場からの質問者とのやりとりも日本記者クラブの動画サイト(134) 「選択的夫婦別姓 1996年答申の意義」小池信行・元法務省民事局参事官、弁護士 2022.1.25 – YouTubeで見た結果、次のようなことが分かった。現行の夫婦同姓制度を堅持したいと考え、これまでの「家族の法制に関する世論調査」の設問の記述に不満を持つ人がいて、さらにそうした人の活動を注意深く見つめる人もまたいる、という現実だ。

 今回の調査で設問・選択肢を大幅に変えた法務省の担当者は、日本記者クラブでの記者会見で質問した人と同じ思いを持っていたのだろうか。設問と選択肢の記述を変えたら、結果も違ってくるはず、と。

継続調査で設問を変える弊害

 同じ目的、同じ間隔で繰り返し実施し続ける世論調査で、設問を変えてしまうことによる弊害はなにか。日本に世論調査を定着させた人々の中でも主導的役割を果たした統計数理学者、林知己夫氏(故人)の著作からふさわしい言葉がないか探してみた。「(日本人は)昭和28年と38年の間でずいぶん変わっているんです。しかし、33年に調査方法を変えてしまって大失敗した。33年がどうであったかということをいまにしてみれば、ほぞをかんでいる。やはり続けなければいけない。続けて変化を見れば、日本人の動きが分かるだろうという気持ちになった」(林知己夫著作集第5巻「心を測る―日本人の国民性」 対談「『日本人論』の中味と問題点」)

 林氏が「世界の日本人観―日本学総解説」の編著者でもある筑紫哲也氏(故人)と1980年に対談したときこの言葉については、少々説明が必要だろう。林氏は統計数理研究所が昭和28年(1953年)に第一回の調査を行って以来、5年ごとに実施している大規模世論調査「日本人の国民性調査」(昨年10月に第14次調査結果が公表されている)を、スタート時から長年にわたって主導した人だ。昭和28年(1953年)の1回目と38年(1963年)の3回目で日本人の行動に大きな変化が見られた。昭和35,6年ごろに経済的に豊かになったことの影響と推測されるものの、いつ変わったかは分からない。33年の調査手法を「すっかり変えてしまった」ことによる。「いまにしてみれば、ほぞをかんでいる」というのは、氏の痛切な反省の弁ということだ。

 「家族の法制に関する世論調査」に、選択的夫婦別姓制度についての問いが設けられたのは1996年の調査からだ。1996年というのは法制審議会が、選択的夫婦別姓制度導入に向けて民法の一部を改正する法律案要綱を法相に答申した年。自民党内の反対者が多く、この答申に基づく民法改正案は、いまだ国会提出ができない。法制審議会の答申としては異例な事態が続く。選択的夫婦別姓制度についての設問は、民法改正案の国会提出を断念せざるを得なかった法務省の意向で入った。1996年に続き、2006年、2012年、2017年に実施された前4回の調査で、同じ設問と選択肢の記述が続いていた。

単順に比較できない数字?

 野田男女共同参画担当相が批判したのは、前4回の調査では同じだった問いの記述と選択肢の記述・順番が今回変わったうえに、問いの前に二つの表が新たに挿入されるという大幅な変更がなされていることだ。前回2017年の調査では、2番目の選択肢「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない」を選んだ人がそれまでの3回の調査に比べ大幅に増え、42.5%と初めて4割を超えた。今回の調査では記述が簡潔になったことに加え3番目の選択肢となった「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」を選んだ人は、28.9%。一見、選択的夫婦別姓制度を望む日本人が大きく減ったように見える。

 一方、前回、1番目の選択肢「婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり、現在の法律を改める必要はない」を選んだ人は、29.3%。今回、記述はだいぶ簡潔になったものの順番は1番目と変わらなかった「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」を選んだ人は27.0%だった。この二つの数字から現行の夫婦同姓制度の維持を望む人の比率に大きな変化はない、とみる人は多いのではないか。

 では、今回の調査結果から、選択的夫婦別姓制度を望む日本人だけが5年間で大幅に減って3割以下になったと言えるのだろうか。「これではきちんとした統計が取れない」という野田男女共同参画担当相の批判に、今のところ法務省が真剣に応えるようにはみえない。古川法相は記者会見であっさり認めてしまっているからだ。「個々の設問の回答割合の増加・減少といった観点で、両者を単純に比較して論じることは必ずしも相当ではないと考えています」と。選択的夫婦別姓制度を望む人が本当に減ったのかがあやふやでは困る。そもそも継続調査の意味をどう考えるのか、と不満を感じる人も少なくないだろう。

前4回と今回調査の変更点

 最後に、設問と選択肢がどのように変えられたかを示す。今回の調査で設問の冒頭に「資料1」とあるのは、設問の前に新たに挿入された二つの表を指す。今回の調査では、この資料の挿入以外に、前4回の設問にあった「選択的夫婦別姓を導入したほうがよいという意見がある」という説明が省かれている違いが見て取れる。さらに、三つの選択肢が簡潔な記述に変えられただけでなく、選択肢2と選択肢3の順番が入れ替えられているという変更も。

 ▽2021年調査(選択肢1,2,3の前の数字は、その選択肢に〇を付けた人の比率%)

 「資料1に記載のある現在の制度である夫婦同姓制度を維持すること、選択的夫婦別姓制度を導入すること及び旧姓の通称使用についての法制度を設けることについて、あなたはどのように思いますか。(〇は1つ)」

 (27.0)1.現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい 

 (42.2)2.現在の制度である夫婦同姓制度を維持したうえで、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい

 (28.9)3.選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい

  ▽1996年、2006年、2012年、2017年の調査(選択肢ア、イ、ウの前の数字は、前回2017年の調査でその選択肢に〇をつけた人の比率%)

 「現在は、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗らなければならないことになっていますが『現行制度と同じように夫婦が同じ名字(姓)を名乗ることのほか、夫婦が希望する場合には、同じ名字(姓)ではなく、それぞれの婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めた方がよい。』という意見があります。このような意見について、あなたはどのように思いますか。次の中から1つだけお答えください」

 (29.3)(ア)婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり、現在の法律を改める必要はない

 (42.5)(イ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない

 (24.4)(ウ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが、婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては、かまわない