「保守政治」の変質と衰弱化 旧統一教会と不可解な癒着の深淵 

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 「反社会的な旧統一教会の支援で当選して自民党議員ですと、平然と言えるのはおかしいね。保守精神が地に落ちたようで結党以来の危機ではないですか」と、自民党の長老議員は顔を曇らせた。安倍晋三元首相の殺害事件で明らかになった自民党と、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との不可解な癒着の広がりは、バックボーンである「保守政治」の役割とか「保守の作法」を変質、崩壊させるような勢いである。

バランス感覚で利害を調整

 日本の8月は、ほかの月といささか趣を異にする。広島、長崎の原爆の日、終戦記念日そしてお盆と続く。自民党にはこの時期は、国民だれもが来し方行く末に思いを致す特別な期間だとして、政治日程は避ける不文律があった。ところが今年は内閣改造・党役員人事が突如繰り上がり、ドタバタ騒ぎの中で過ぎてしまった。

振り子を中道に戻す

 政策決定の手法は、これまで官邸が総合調整機能を発揮して、各省庁の施策を下から順に積み上げていくボトムアップ方式だった。この方式は各省庁で順番に調整していくので、時間はかかるがミスは少ないとされる。これに対して安倍政権はトップダウン方式である。司令塔の官邸は気心の知れた官房長官、官房副長官、秘書官などで固め、時には担当大臣の頭越しに指示をして物事を進めた。情報管理は徹底し、担当官庁でさえ関与する機会がない時があったという。この方式は緊急事態などには有効だが、秘密主義、閉鎖的、お仲間主義になり、情報がオープンにされないので疑心暗鬼を生みやすい。また霞が関全体に忖度の風潮を生み、「保守政治」の理念であるバランスとか調整の機能は軽視された。

 外交面では、日米関係を大事に考えるが、宏池会、経世会系はどちらかというと民主党、清和会は共和党や同党系のシンクタンクと関係を持った。日中関係では、経世会と宏池会は、日中国交正常化を牽引した経緯から中国の経済発展に協力的で、天安門事件以後は国際社会への復帰に気を配った。

 一方、清和会は中国、韓国に対して「嫌中論」「嫌韓論」など国内政局をにらんだイデオロギー的な対応が目立つ。日本の外交は「敵か味方か」「勝つか負けるか」という二分論ではなく、バランス、協調外交が大事である。岸田政権には内政外交ともに右に触れた振り子を、中道に戻すことが求められる。

安倍氏が嫌った国会開催は民主政治の原点

 岸田内閣の顔ぶれは、手堅さは感じられるが、何をやるのかメッセージが伝わってこない。課題が多すぎて絞り切れないのかもしれないが、最大派閥の安倍派への遠慮も感じられる。政治は数だといわれるから、岸田派の倍以上の議員を擁する安倍派へのそれなりの気配りは必要だとしても、「隴(ろう、国名)を得て蜀を望む」という故事に従えば、首相に就任した以上、次は国民のために何があってもこれだけはやるぞというテーマを早く示すべきである。

 保守政治は、国民の生命を守ることが第一である。新型コロナウイルスが第7波を迎え、自宅療養で亡くなる人も出て、医療機関の崩壊は深刻だ。ただしコロナ対応も大事だが、消費者物価の幅広い高騰に敏感に対応することも急がれる。
        
 正規、非正規社員、貧富の格差への取り組みも聞きたい。安倍氏は国会の開催を嫌ったが、国会で政治の現状を国民に説明するのは、民主政治の原点である。国会史を紐解くと田中角栄元首相は通年国会を提唱している。年中国会を開会していて課題があればいつでも議論するということだった。実現しなかったが、岸田政権にもこうした積極姿勢が求められる。

旧統一教会との深い関係 

 旧統一教会と自民党の政治家との深い癒着関係は、保守政治とか、保守の論理を破壊するような深刻な事態である。自民党と統一教会の歴史は古く、60年安保の頃、双方は反共主義で関係が生まれ、岸信介元首相や右翼の大物笹川良一氏らがかかわったとされる。共産主義体制が崩壊すると今度は、家父長主義を掲げて自民党議員に接触、選択的な夫婦別姓などの権利否定の立場から安倍氏をはじめ右派議員と交流を広げた。

 旧統一教会は洗脳によって個人の尊厳を否定し、霊感商法などで財産を提出させ、人権侵害なども批判されている。ここで見逃せないことは統一教会との接触で当選した多くの自民党議員が、判で押したように「全く知らなかった」と、言い訳をしていることだ。しかしこれは国政を担う政治家として見苦しい。安倍氏をはじめ自民党政治家が率先して旧統一教会の会合に、挨拶やメッセージを出せば、旧統一教会側の信用が増すだろうから、結果として旧統一教会を盛り上げていることにもなる。

                        
 もう一点は反社会的集団の支援をえて議員になり、平然としていられるのもおかしい。保守政治、保守精神の立場も説明できないのではないか。実は自民党の危機と言われる現象はここにあると思われる。日本の資本主義の父と言われた渋沢栄一は、経済人は何をしなければならないかについて早くから気が付き、論語の一節「君子は本を務む、本立ちて道生ず」を生涯大事にした。それぞれの職業の基本を大事にせよという意味だが、政治家でいえば、何のために政治に志したのか、初心を忘れるべからずということである。

        
 岸田政権は旧統一教会との関係を断つとともに、政治のバックボーンでもあるバランスを取り戻し、自浄機能、責任感を蘇らせるために指導力を発揮しなければならない。

                                 (了)