柳宗悦の「朝鮮の友に贈る書」を読もう 新型コロナ対策で日韓対立 根底に相互を敬愛する心の欠落

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 新型コロナ感染症の対策は、日本政府が入国制限策を出すと、韓国政府がビザ(査証)の免除停止を発表するなど両国の関係悪化に拍車をかけた。「疫病撲滅」という一点で協力していく方向とは逆だ。この動きの根底には、お互いの国民・文化を敬愛する心の欠落があると言える。こうした今、隣国の文化を愛してやまなかった民芸運動の創始者・柳宗悦(1989-1961年)が100年前に書いた文章「朝鮮の友に贈る書」を読まれることをおすすめしたい。

朝鮮の美に目覚める

 「朝鮮の友に贈る書」は、柳が朝鮮の三・一独立運動の翌年の1920年に発表した論文。先般、「『朝鮮の友に贈る書』を読もう」という短文を書き、朝日新聞2020年2月3日朝刊の投書欄に文末のような形で掲載された。この投書作成の過程でデジタル時代のメディアの在り方などについて考えた3点を紹介したい。きっかけは、朝日新聞1月26日朝刊・オピニオン面の「社説余滴」で、社会担当の中野晃論説委員が「柳宗悦の思いを継ぐ」というタイトルで「朝鮮の友に贈る書」を引用しているのを読んだことだ。柳の論文の直筆原稿を日本民藝館の特別展(2016年)で見たことを思い出しながら書いた。

 日本民藝館には、柳が朝鮮の陶磁器や日常の雑器など工芸品の美に目覚める契機となった白磁・染付秋草文面取壺(朝鮮時代、18世紀)を見るために出かけたのだが、そのそばに直筆原稿が展示してあった。万年筆で書かれた字は、えんじ色のマス目内にきちんと収まる端正な楷書だった。原稿用紙左下に「白樺」の印字があり、柳と白樺派の人たちとの交流が見てとれた。

署名記事に訴える力あり

 第一点は、新聞が生き生きするのは、記者の豊かな取材経験、見識に基づいた記事は読む人に関連した行動を促す、という点だ。「社説余滴」は、匿名の社説=社論ではなく、筆者の名前を出して、筆者の責任で書く欄だ。新聞は眼前の事実の報道が柱だが、それだけでは、100年も前の論文を登場させることはできない。(今回の社説余滴は論に終わらず、後半は、日本の支配下の朝鮮半島北部で生まれ育った実母から聞き取りを続ける京都の人の話=事実を記述している)

 真贋の情報が飛び交うデジタル時代、新聞は、ゲートキーパーとして信頼できるデータを提供する、という役割も大きいが、記者の個性を前面に出した署名記事の拡大が重要と考える。「朝鮮の友に贈る書」は2年前から、数回読み返し、柳の視点から現状の日韓関係を見ていたので、今回の署名記事が“琴線”に触れ、読みっぱなしでなく、即行動(投書執筆)につながった。

投書欄を議論の場に

 第二点は、新聞の投書が、読者の世を嘆く論や個人の身辺雑記でも、読者参加という観点からは意味があるが、掲載されて記事やテーマについて、もっと論議する場になってもいいのではないか、と考える。

 明治初期の新聞は、編集者が論を提起して読者に呼びかけて論争の場とするーということもあった。ニューヨーク・タイムズでは、投書欄が「Letters to the Editor」と表記されているように、掲載記事を素材に読者が感想を述べるという面が特徴となっている。日本の新聞の初期、英米の新聞の例を参考に、誰でもネットで発信できる時代の新聞投書の在り方を考えてもいいのではないか、論説委員の署名原稿、それに関する投書をめぐり、投書が連鎖すると面白いのではないだろうか。公共の広場機能を拡充するという方向だ。

雑誌の欠番に驚いた  

 第三点は、雑誌の保存・公開について。「朝鮮の友に贈る書」が掲載されたのは月刊雑誌『改造』(1920年6月号)で、「大量の伏せ字」と削除(中見真理『柳宗悦』岩波新書、2013年で指摘)があることを確認するため、実物を見ようと、和光大学図書館に出向いた。蔵書検索ではヒットしたのだが、カウンターで聞くと、当該号は欠番だった。歴史の負の証人とも言うべき『改造』が全巻そろっていないことに驚いた。国会図書館にはマイクロフィルムがあるというが、検閲の跡を確認しないまま、「社説余滴」を読んだ翌日、投書の原稿を書き上げてメールで朝日に送った。

 「朝鮮の友に…」は、岩波文庫『民藝四十年』に巻頭論文として収められているが、アマゾンや岩波書店のHPでは、在庫=品切れとなっていた。絶版ではないので、増刷できないか、岩波書店に手紙を書いた。『柳宗悦全集』で読むこともできるが、やはり「携帯に便にして価格の低きを最主とする」(岩波文庫発刊の辞)文庫の出版を続けてほしいものだ。なお、インターネットの図書館・青空文庫(入力者、校正者の名前記載)にも転載されていることが後日分かった。今回、初めての投書だった。紙面には「松野修 東京都 無職 73」とあったが、筆者を小生と識別した人も複数あった。「『民藝四十年』には琉球についての文章もある」というメール、「柳宗悦の墓は小平霊園にある」と写真を添付した人もいた。時折、投稿しよう、という気分になっている。

朝日新聞の投書(2020年2月3日朝刊オピニオン面)

◎「朝鮮の友に贈る書」を読もう

 無職 松野修(東京都 73)

 社説余滴「柳宗悦(やなぎむねよし)の思いを継ぐ」(1月26日)を読んだ。引用されていた「朝鮮の友に贈る書」の論文の直筆を日本民芸館(東京)で見たことがある。端正な楷書で、原稿用紙の左下に「白樺(しらかば)」の印字があった。大正デモクラシーの潮流を背景とした白樺派の文人と柳との交流に思いをはせた。

 日韓関係が史上最悪と言われる今、民芸の思想家、柳を思い起こすことは無駄ではあるまい。柳は朝鮮の陶磁器など工芸に魅了された。論文が書かれた1920年は、朝鮮併合から10年、また3・1独立運動の翌年。そこでは「朝鮮の芸術に対して心からの敬念と親密の情とを抱いている」とし、「一国の芸術、または芸術を産むその心を破壊し抑圧するとは、そもそも罪悪中の罪悪」と日本の同化政策を批判する。さらに朝鮮半島の人々の「民族固有の価値」を認めるよう力強く訴えている。論文は岩波文庫『民芸四十年』に収められている。民族間のヘイトが世界中に広まる今、一読をお勧めしたい。