森雅子法相はなぜ「検察官逃げた」と発言したのか

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 黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題をめぐり、森雅子法相の「東日本 大震災時に検察官が逃げた」との発言が国会で問題となり、3月12日、森氏 は安倍晋三首相による厳重注意を受けた。本人も事実関係の誤りを一応、認 め、発言を謝罪する事態に追い込まれた。森氏はなぜこのような発言をしたの か・・・。  

 誰が聞いても、奇妙な発言であり、〃迷答弁〃と書くメディアもある。しか し、肝心なその真意について、法相は自ら明らかにしていない。野党は首相の 「任命責任」を追及するが、そもそも、検察本流の意見とは異なる黒川氏の定年延長を決めたのは誰なのか。首相が森氏を2度も大臣に任命するなど重用していたのは事実だ。しかし、首相による「任命」の問題よりも、一番の問題 は、このような無理筋の人事を、これまでの81年の「定年延長は検察官には適用されない」との人事院解釈を変えてまでも強行したことにあるのではない のか。  

 森氏は2月の国会で、野党から質問がなかったにもかかわらず「今回の人事 について首相や菅義偉官房長官から指示があったことはない」とわざわざ積極的に強調した。どうみても、前のめりに見えるその主張は、逆に森氏が結果と して、官邸からの指示を認めてしまったように私には思えた。「検察官逃げ た」の森氏の一見、奇妙に見える発言について少し、深読みしてみた。

発言の撤回、謝罪に追い込まれる

 これまでの問題の経緯を簡単におさらいすると、ことし1月31日、唐突に 政府は、検察庁法に国家公務員法の「勤務延長」規定を適用して黒川検事長の定年延長を認める閣議決定。2月10日に野党が81年の人事院答弁がある事実を国会で取り上げる。人事院が81年解釈について「同じ解釈を続けてい る」と答弁したことから、安倍首相は13日、法の解釈を変更したことを表明 した。このあとも人事院が答弁を撤回したり、法務省が省内での検討内容を記 した文書を提出、法相から「口頭での決裁」という言葉が出るなど、政府答弁は二転三転した。2月27日、衆院本会議で野党による森法相の不信任案が与党などの反対多数で否決された。与野党は国会でこの問題をめぐり紛糾した。

  ところが、このあと、「検察官逃げた」の発言が森氏の口から3月9日の参院予算委で飛び出した。森氏はこのとき、法解釈をした理由について「社会情勢の変化」と説明した。これに対して野党から「どんな変化があったのか」との質問があった。すると、森氏は顔を紅潮させながらこう答えた。  

 「例えば、東日本大震災の時、検察官は、いわき市から国民が、市民が避難 していない中で、最初に逃げた。そのときに身柄拘束をしている十数人を理由なく釈放した」。  

 福島選出の参院議員でもある森氏の発言に、委員会室は騒然とした。(自民党の)予算委員長も「的確、適切に」と注意した。11日もこの問題が取り上げられ、野党から「発言内容は事実か」とただされると、森氏は「『理由な く』と『最初に逃げた』というところは個人の見解だ」としつつも、「不適当であり、撤回する」と表明した。翌12 日、首相からの森氏への「厳重注意」、そして、このあと森氏は一応「事実と異なる発言をした」と謝罪した。

官房長官に〃はしご〃を外されても

 森氏が発言をまがりなりにも「撤回・謝罪」した背景には、11日、菅官房長官が記者会見で森氏発言の事実関係について「政府としては承知していない」と答えて、は しごを外したことにある。 法務省はその後、野党の聴取に対して要旨以下のように説明した。  

 東日本大震災が発生後の2011年3月15日、福島地検いわき支部は、震災によって取り調べなどの証拠収集が困難となり、刑事訴訟法に基づく手続き を経て勾留中の容疑者12人を釈放した。さらに、いわき市の庁舎を閉鎖し、 検察官をはじめ職員がいったん地検郡山支部に移ったことは事実である。

 当時、福島県いわき市出身で野党の参院議員だった森氏が11年の国会の参院法務委員会でこの問題を取り上げ、当時の民主党内閣の江田五月法相らを追及している。このような経緯からみて、森氏は自分の発言の中で「理由もな く」と「最初に逃げた」との部分だけが間違っていたといいたいのだろう。だから、野党は「不十分な謝罪」と指摘するのだ。  

 森氏の発言を全体としてみれば、発言は一連のものなので、森氏がいくら 「個人的見解」と弁明してみても、説得力はない。野党から「事実無根」と言われても仕方がない。3月16日の参院予算委でも野党は法相を追及した。

政権を忖度するあまりの発言

 森氏の発言がなぜ「社会情勢の変化」の説明となるのか。「意味不明だ」とするメディアもある。野党などは「検察官を誹謗中傷した」と批判している。 しかし、私は、野党の追及に追い詰められた森氏が政権のことを忖度するあま り、安倍首相が言う「悪夢のような民主党内閣」だったことをこの発言で強調 したかったのではないか、と見ている。

 森氏は3月13日の衆院法務委員会で、閣議決定の8日前の1月23日に内閣人事局とこの問題で協議していたことを新たに明らかにしている。内閣人事局のトップは警察庁出身の杉田和博官房副長官である。少なくとも、このとき に官邸とのすりあわせが行われた可能性がある。今回人事の裏には、これまで 必ずしも「東京地検特捜部」との関係がいいとはいえず、このところ、官邸内での力がますます大きくなっている警察庁出身者の関与の可能性も否定できな い。

13日、政府は国家公務員の定年を60歳から65歳へと段階的に引き上げ る関連法案を閣議決定。これに合わせて検察官の定年も63歳から65歳に上げる検察庁法改正案も国会提出された。今国会の成立を目指す。問題は63歳 以上は、高検検事長や地検検事正という検察の要職につけないが、政府が判断 すれば、特別にそのポストにとどまれる、という規定が新たに盛り込まれたこ とである。これらの法案が通れば、ずばり黒川氏の定年延長問題に直接絡むだ けでなく、今後、すべての幹部検察官人事を事実上、時の政権が握ることになりかねない。新型コロナウイルス感染により国民の不安が増す中で、このよう な法案が実現されようとしている。

 官房長官の〃はしご外し〃にも関わらず、森氏は、無理筋の問題をなぜ、自ら引き受けたのだろうか、それとも誰かから押しつけられたのだろうかー。その真意はやはりわからなかった。オフィシャルWEBなどによると、森氏は若 い頃、連帯保証人となった親の借金から救ってくれた弁護士に憧れて、法曹を 目指したのだという。好きな人はリベラル保守の「伊東正義」氏、好きな言葉 は「最後まであきらめない」としている。法律家として「法の支配」をどのよ うに考えているのだろうか。ぜひご本人にお聞きしてみたい。