<機密文書持ち出し疑惑>トランプ前米大統領が起訴に猛反発 バイデン政権・民主党に「報復」攻撃開始 民主党も対決辞さずの構えで「選挙戦入り」の様相

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 私邸への機密文書持ち出しを巡って国防情報を不当に保持していたスパイ防止法違反や司法妨害の共謀など七つの罪に問われ、37件の個別事案で起訴されたトランプ前大統領が、起訴事実すべてを事実無根の「政治的迫害」と切り捨て、バイデン政権・与党民主党にたいして「報復」攻撃を開始した。トランプ氏の「盗まれた選挙」という虚偽の世界に引き込まれることは避けてきたように見える民主党も「法の執行」も虚偽化する攻撃には受けて立つ構えだ。1年先と思われていた大統領選の緊張がいきなり始まりそうな雰囲気になってきた。

「起訴」呼び込んで反転攻勢

 世論の「トランプ離れ」がじわじわと進む中で、機密文書持ち出し事件の起訴は不可避、さらに議会襲撃や「投票不正集計」の刑事事件訴追が迫っている―追い込まれたトランプ氏は、政権奪還を賭ける大統領選が近付くのを待つことなく徹底抗戦―反転攻勢に乗り出した。支持勢力の危機感を煽り、組織を固め直し、勢いづけて一気に大統領選挙戦へと持ち込もうと判断したようだ。

 トランプ氏のこの決断を裏付ける報道がある。「機密文書」問題を担当していたトランプ氏の弁護士チームは、起訴回避のためには文書返還しかないと繰り返し進言していた。これをトランプ氏は拒否、3人の弁護士は辞任した(ワシントン・ポスト紙電子版)。トランプ氏は、起訴はいずれ免れないのならばバイデン政権に屈して文書を返還することは拒絶、自ら起訴を呼び込んで対決する道を選んだ。

「影の政府」の陰謀論持ち出す

 トランプ氏は裁判初日に出廷した後、支持者を前にバイデン政権は米国を本当に支配している「影の政府」(DEEP STATE)の手先に過ぎないとする持論の「陰謀説」を公に持ち出して、政権を取り戻したらすぐに特別検察官を任命、腐敗したバイデン一家の捜査を開始し、影の政府を完全に抹殺すると約束した。

 言葉通りに受け取ると、当選すれば「起訴」をはじめバイデン政権の多くの「不当な決定」を取り消すとともに、バイデン政権および主要省庁幹部、民主党議員らに「報復」を加え、現代米国政治を主導してきた「民主党リベラリズム」支配の米国に取って代わる「偉大な米国」を復活させるという意味にとれる(トランプ氏の基本スローガンは「米国を再び偉大に」の頭文字から呼び名が付けられた支持者やその運動を指す「MAGA(マガ)」)。

 トランプ氏に忠実なMAGA派は1月に新議会が発足するとすぐ、中間選挙で僅差ながら多数を奪回した下院の司法委員会を「偉大な米国」復興担当とし、委員長にトランプ氏側近のジョーダン議員を当てた。同委のもとに政府機関乱用(仮訳)特別小委員会を設置、関連する分野の委員会にMAGA派議員の配置を済ませて、早々に活動を開始していた(『Watchdog21』2023年3月8日拙稿「中間選衝撃で新情勢」参照)。

異例の起訴状公開

 捜査を担ったスミス特別検察官には、トランプ氏の「全面否定」は想定内。起訴公表とともに49ページの起訴状をSNSに全面公開し、誰もが読んで欲しいと世論に異例の呼びかけをした。起訴状は機密文書返還を求める連邦捜査局(FBI)および国立公文書館(NARA)と、抵抗するトランプ氏側との2年越しの攻防を写真付きで生々しく詳述した「ドキュメンタリー」。トランプ氏のフロリダ州の別荘「マールアラーゴ」(リゾートホテル、パーティーホール、会議場,プライベート棟などの総合施設)の物置に機密文書が乱雑に放置されていたり、トランプ氏が客人に機密文書をひけらかしながら「中身は見せられない」と得意がったりーといった様子などが記されている。

 トランプ政権で司法長官に据えられたが、「盗まれた選挙」の証拠はないと宣言して事実上解任された法曹界保守派の大物バー氏は、起訴状の半分でも無罪になれば「乾杯もの」とみている。米メディアでは他にも判事や検察官の経験者、学者・研究者たちの多くが、トランプ氏の全面無罪の主張が通るとは考えにくいとコメントしている。

「バイデン弾劾」目指す 

 米メディアによると、下院議会は直ちに、政府省庁、連邦検察、米軍、環境保護などの省庁幹部の人事の議会承認を遅らせる「報復」に乗り出しており、特に米軍は250人の幹部人事が停滞して部隊編成が待ちぼうけを余儀なくされている。

 下院ではバイデン大統領を弾劾裁判にかける提案の主導権を握る「功名争い」になっている。トランプ氏は2回、民主党によって弾劾裁判に引き出されたが、上院で3分の2の賛成はなく、有罪にはならなかった。しかし、弾劾裁判で中心的役割を果たした民主党のシフ議員に報復の鉾先が向かった。

 トランプ氏弾劾の理由の一つは、2016年大統領選へのロシア情報機関の干渉にトランプ氏がかかわっていたとの疑惑だった。共和党はトランプ氏が特別検察官による捜査で無罪になっているのにシフ議員が不当に弾劾裁判にかけたと遡っての問責決議を提案、採択させた(現職大統領は訴追しないという司法省ルールにより、疑惑はあるが訴追は回避されたのが事実)。

 MAGA派の中には「われわれには銃保持の憲法がある」と「武装デモ」をほのめかす発言も出ている。民主党には次の選挙まで16カ月にわたる長期戦で何が起こるのか、「報復」のエスカレートに不気味な脅威感を抱く声も出ている。

「トランプ疲れ」

 この「強行突破」作戦はどこまで世論に受け入れられるだろうか。昨年11月の中間選挙が圧勝の予想を裏切る結果となった主な理由は、トランプ氏の「敵」を仕立て徹底的に攻撃を加える緊張の連続が世論の疲労感を生んだ「トランプ離れ」だといわれる。

 トランプ氏の共和党支配力の陰りは中間選挙後、徐々に進行してきた。1月の下院議長選挙が難航して、共和党中間派マッカーシー氏選出に15回も投票を繰り返した。1割に満たないMAGA派20人がマッカーシー氏に「支持約束」を求めたためで、最後に「秘密条件」を押し付けて支持に回ったとされる。

 政府の債務不履行(デフォルト)の危機をはらんだ5月の政府債務の上限引き上げ問題は、バイデン・マッカーシーのトップ会談で合意。MAGA派は断固反対を続けたが効なく、上下両院で両党とも圧倒的多数で承認した。

予備選に反トランプ候補が複数挑む

 トランプ氏の「報復」攻撃が始まるのに合わせるように、2024年大統領選の共和党候補者が出揃い、党候補指名を争う党予備選挙が動き出した。独走していたトランプに挑戦するのは11人。出馬の理由はいろいろだろうが、この数字だけでも「トランプ支配」の緩みを物語っている。

 その候補たちの中で、トランプ氏に代わって自分が大統領になると正面から挑んでいるのは、デサンティス・フロリダ州知事だけだ。大半はまともなトランプ批判は避け、「秘密文書」起訴に対してはトランプ氏の「でっち上げの政治的迫害」を復誦した。だが、起訴状を見て有罪はまぬがれないと見たのだろう、当選したら「恩赦」に身をかわした。

 それでも「トランプ一色」ではなくなっている。「盗まれた選挙の事実はない、嘘で選挙結果を覆そうとするのは憲法が許さない」(ペンス前副大統領)、「刑事事件で起訴されたら選挙から撤退すべきだ」(ハチンソン前アーカンソー州知事)、「トランプ氏は再び大統領になるべき人物ではない、彼の再選を阻止するために出馬した」(クリスティー前ニュージャージー州知事)など、はっきりトランプ批判を立候補の理由に掲げる候補も出てきた。

 予備選キャンペーンを通して、「盗まれた選挙」や「秘密文書起訴」の事実をさらすこともタブーではなくなっていくと期待できるかもしれない。

何が起きるか予想不能

 民主、共和両党とも党候補を決めるのは来年夏の党大会。それまでの長い戦いだが、共和党はトランプ氏に落ち着くとの見方が強い。そのあとの本選挙は、今のところは現職バイデン氏との対決となる予想が有力視され、その場合はバイデン氏が優勢との見方が一般的だ。

 しかし、そんな予想をするのは早すぎる。

 「トランプ対バイデン」の攻め合いがどんな展開になるのか。トランプ氏に対する追加の刑事訴追があるのか。共和党予備選はどう展開するのか。

 民主党にバイデン氏以外の選択はないのか。80歳のバイデン氏よりわずか3歳年下の77歳のトランプ氏には高齢問題はないのか。特別検察官はトランプ氏の裁判を早期に進めるよう裁判所に要請しているが、機密文書が法廷で提示されるため弁護人にも機密保持の特別な対策が必要になるので、裁判の長期化は避けられないとの見方が強まっている。

数々の疑問

 大統領選までにトランプ氏の有罪判決が出た場合、選挙はどうなるのか。判決が出ないまま大統領選が行われ、トランプ氏が刑事被告人として獄中にいて当選するとどんなことが起こるのか。

 トランプ氏は本選で落選してもまた「選挙を盗まれた」といって受け入れないのではないか。これにはどうすればいいのか。

 米メディアにはこんな疑問を取り上げた記事が増えている。(6月25日記)