米大統領選に想定外の「異変」 「反乱」による起訴でトランプ氏立候補の資格なし 保守・リベラル両派学者が憲法規定の適用呼びかけ

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 4件の罪名、91件の違法行為を問われて起訴され被告の身となっても、これを逆手にとってバイデン大統領の民主党の「政治的迫害と容疑」はすべてでっち上げと訴えて支持勢力をさらに固め、2024年入りとともに公式に始まる大統領選の共和党候補の指名獲得は確実―その共和党のトランプ前大統領の前途に突然、思わぬハードルが立ちはだかった。トランプ氏は「国家への反乱」を問われているのだから憲法によって大統領選挙出馬の資格はないとする共和党と民主党にまたがる著名な憲法学者の呼びかけが広がり始めたのだ。これがどんな展開になるのかはまだ予測しがたい。だが、共和党内の反トランプ派結集につながる可能性をはらんでおり、大統領選挙を巡る政治状況に「異変」が起こるかもしれない。

「反乱・暴動」の重み

 重罪で起訴され裁判中の被告が選挙に立候補し、自由に選挙運動をすることを制約する法律は米国にはないとされてきた。しかし、トランプ氏の立候補への疑念は民主党ではなく、10人を越える共和党の立候補者の中でくすぶっていた。ペンス前副大統領は「自分は憲法の上にいると思っている人(トランプ氏のこと)は大統領にはふさわしくないから立候補を取りやめるべきだ」と主張、クリスティー前ニュージャージー州知事、ハチンソン前アーカンソー州知事は起訴されたらトランプ氏は撤退すべきとの立場を取っていた。

 こうした動きに理論的根拠を与えたのが、ペンシルべニア大法学レビュー誌8月号に掲載されたシカゴ大のボード、セントトーマス大のポールセン両教授の共同論文。保守派憲法学者の2人は補正憲法(修正憲法とも訳される)14条3項を詳細に考察した結果、憲法に忠誠を誓い連邦および州の公職に就いた者が米国に対する反乱あるいは暴動に加わるか、敵方に援助あるいは便宜を与えたなら再び公職に戻ることは許されないと規定しており、トランプ氏は大統領を務めた後に議会襲撃などに絡み反乱容疑で起訴されているので大統領選挙に出る資格はないと主張した。この失った資格は、連邦議会上院および下院それぞれ3分の2の投票によって回復することができると付記されている。

 この14条は南北戦争終結から3年の1868年発効。南北戦争には何も触れていないが、同戦争で敗北した南部連盟の指導者を対象にしたものだった。しかし、両教授は同憲法の規定はそのまま現代にも生きているとし、トランプ氏は大統領再選を阻まれた選挙が「盗まれた」とする虚偽の主張を広めて選挙結果の転覆をはかり、その結果訴追されたので、同条項が適用されると判断した。

共和党反トランプ派浮上

 トランプ派にとっては「資格剥奪」という痛撃が民主党からではなく、共和党側の反トランプ勢力から突き付けられたことは衝撃度をさらに高めたと言えるだろう。共和党はトランプ氏のもとでウルトラ保守あるいは極右・白人人至上主義・陰謀論グループが影響力を強めて「トランプ党化」を進めてきた。同党員の一部は早い時期に袂を分ったものの、「伝統ある偉大な党」(共和党の別名Grand Old Partyの仮訳)の保守主義は捨てなかった党内外の旧主流派は抑え込まれて傍観を決め込んできたように見えた。だが、彼らは次の大統領選挙でトランプ対バイデンという二者択一の選択を迫られる可能性が強まってきたことに危機感を深めた。トランプ再選の票は投じられないが、民主党バイデン支持にも回れない、どうすればいいのか。両教授の研究はその中から生まれたのではないだろうか。

 米主要メディアはこの論文を大きく取り上げ、民主党系、共和党系を問わず多くの学者、ジャーナリストらの支持発言が報じられた。8月末に開かれた共和党立候補者討論会(トランプ氏は出席せず)で、ハチンソン氏はトランプ氏に立候補資格がないことがはっきりしたと発言、民主、共和両党も年明け早々に公式に始まる党候補指名予備選挙に向けてどう対応するかの検討を始めたという。

 民主党系の市民運動組織の一つ「市民のための言論の自由」はいち早く、大統領選挙で接戦が予想されているいくつかの州務長官宛にトランプ氏の大統領選出馬を認めないよう要請する文書を送ったと報じられている。州務長官宛になったのは、米国では公職選挙の候補者の資格審査から実施準備、投開票、その結果の確定までを州務長官(選挙で選出)を責任者とする州行政府が担当しているからだ。トランプ氏が敗北を受け入れずに選挙の結果を引っくり返そうとして州政府幹部に圧力をかけたのも、そこに理由があった。

選挙管理は州長官の責任

 トランプ氏の立候補資格はまず「選挙管理委員会」の判断に委ねられると思われる。だが、大統領選に重大な結果をもたらすので、州議会に判断を持ち込むことも考えられる。住民投票にかける州も出てくるかもしれない。いずれにしてもトランプ氏の「資格審査」をすることになれば、新たな対立と混乱を引き起こすのは間違いない。

 各州には州務長官をトップとする行政担当の事務局の他に州・市・郡議会などの立法部門、検事局や裁判所の司法部門があり、これらの首脳部は選挙で選出される。その結果、民主、共和両党の勢力関係が州レベルにも投影されているからだ。

 トランプ氏を失格とした州では共和トランプ派が、逆にトランプ立候補資格確認となった州では民主党と共和党反トランプ派が、州ないし連邦裁判所に決定取り消しを求める訴訟に出るだろう。最終的には最高裁まで行く訴訟合戦になる可能性大である。いきなり最高裁に跳躍提訴することもありえるだろう。

 現在の最高裁判事は保守派6人(その半分はトランプ大統領指名)、リベラル派3人と共和党の圧倒優位に立っている。トランプ氏は、最後は自分のものと思っているかもしれない。しかし、4件の起訴に加えて、憲法によって大統領選出馬の資格が危うくされる事態は想定外の大きな痛手だ。楽観はできないかもしれない。民主党には「資格審査」を仕掛けるとトランプ氏に最高裁のお墨付きを与える結果になると消極論もあるようだ。

 しかし、手をこまねいているわけにはいかない。いきなり最高裁の出番にされないような巧みな戦略戦術が必要になる。結果はどうなるにしても「トランプ起訴」の理由とされる「選挙結果の転覆」が憲法違反の「反乱または暴動」であり、「トランプ失格」に値することを広く世論に訴え、次の大統領選挙での支持につなげるチャンスにしなければならない。

何が起こるか予測は困難

 この争いがどんな展開になるのか。予測は難しいが、50州と首都の判断がトランプ氏の「容認」か「失格」かのどちらか一色にまとまることはあり得ず、まだら模様にしかならないだろう。そのまま選挙になると、「失格」州のトランプ票は無効票にされるのだろうか。これはあり得ないと思われる。ではどうなるのか。両党の候補者指名を決める予備選挙が年明け早々に始まるので、それまでに両党および最高裁その他の関係機関は何らかの収拾策を見つけなければならない。

 そこで焦点になるのが、まず、14条3項はそのまま現代にも生きているのか。

 近年の銃保持や人工妊娠中絶に関する最高裁判決では、新しい時代への適応よりも条文制定当時のまま忠実に解釈するオリジナル主義が目立ち、リベラル派は不満を強めている。だが、オリジナル主義に立てば補正憲法は削除されていないのだからそのまま有効という両教授の判断を支持しそうに見えるが、予断は避けよう。憲法改定は5分の3の州の同意が必要で、2大政党が分断されている状況では不可能。

「盗まれた選挙」の根拠?

 次にトランプ氏の「起訴の理由になっている「選挙結果の転覆」を狙った言動が、14条3項の米国に対する反乱あるいは暴動に当たるか否か。これは法律論だ。だが、実際にはトランプ氏が選挙結果を「盗まれた」とする、その「根拠」の有無に集約される。ここでトランプ派は決定的に追い込まれる。

 トランプ氏の弁護人は裁判ではその「証拠」の有無は争わず、トランプ氏は選挙結果に異論を唱える自由を「言論の自由」によって保障されているとする弁論で立ち向かおうとしているという。これを聞いた検察側や担当判事は「言論の自由はオールマイティ?」と一蹴したという(ワシントン・ポスト紙電子版など)。

 2024年米大統領選の行方は、14条3項が鍵を握っているのかもしれない。その成り行きを注視したい。
                               (9月10日記)