チャットGPTで変わる社会 オレオレ詐欺手口も巧妙化か 見直し迫られる教育・大学入試 

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 チャットGPTの音声作成機能を使って作った音声によるオレオレ詐欺の被害が出た。早朝、ラジオ放送で知り、ざっと読んだだけにしていたある調査結果を読み直してみた。選挙権年齢が18歳に引き下げられたのを機に2018年から続いている日本財団の「18歳意識調査」<new_pr_20230901_01.pdf (nippon-foundation.or.jp)>だ。実際の年齢・性別人口比に合うよう日本全国から抽出した17歳から19歳まで計1000人の男女を対象に実施されている。今年8月19、20日に実施した最新の調査(第57回)のテーマが「生成AI」だった。

生成AI使う若者36%

 「生成AIを使ったことがある」と答えた人が、36.1%もいるというのは、ちょっと驚いた。ただし、この人たちに「どのような種類の生成AIを使ったか」を聞いた項に対して「テキスト生成AI」と答えた人が92.8%というのは、理解できる数字だ。「画像生成AI」と答えた人が31.3%というのは、やや驚く。結構、高度な利用をしている若者が多いのだな、と。「音声生成AI」となると、ぐっと少なくなる「動画生成A1」の5.5%よりさらに少ない4.7%でしかない。まあそんなところだろう、と最初に調査結果を見た時には、あまり気にならなかったというわけだ。

 しかし、あらためて調査結果を読み直し、これらの数字についての見方が変わった。「生成AIを使ったことがある」と答えた人は全体の36.1%だから、このうちの「音声生成AI」を使ったことがある4.7%は、調査対象者全体の1.7%に相当する。つまり調査対象者である17~18歳の若者1000人中17人が「音声生成AI」を使ったことがあるということだ。オレオレ詐欺の犯行グループが、狙いをつけた高齢者の息子とそっくりな音声をつくりだすなど、それほど難しくない時代になっている、と気づいた次第だ。

 警察庁によると、オレオレ詐欺は2022年に前年より39%増えて4287件起きており、被害額も前年より42.7%増の129億3000万円に上る。気が動転していると他人の声を息子の声と思い込んでしまう人たちが多いということだろうが、「音声生成AI」を使われたらもはや詐欺と気づく人はさらに少なくなってしまい、被害件数、被害額はさらに増えてしまうのではないか。被害にあった人たちの落胆、後悔の気持ちを想像し、しばし考え込んでしまった。

AI開発者の行動規範作成へ

 チャットGPTが世界に与えた衝撃は広がるばかりで、新聞紙面でも生成AIに関する記事がない日の方が少ないという印象だ。4月に高崎市で開かれた先進7カ国(G7)デジタル大臣会合が閣僚宣言の中で「生成AI技術の持つ機会と課題を早急に把握し、技術が発展する中で、安全性と信頼性を促進し続ける必要性を認識した」ことが明記された。5月のG7広島サミットの首脳宣言では、生成AIの活用や開発、規制に関する国際的なルールづくりを推進する「広島AIプロセス」の創設が盛り込まれている。

 これを受けて9月7日には「G7広島AIプロセス閣僚級会合」がオンライン形式で開催され、AI開発者を対象とする指針と行動規範をG7首脳へ提示することを目指す閣僚声明をまとめている。指針と行動規範は、生成AIを含む高度なAIシステムについて基盤モデルの能力、限界、適切・不適切な利用領域の公表や、政府、市民社会、学界との間での責任ある情報共有など、さまざまな責務をAI開発者に求める内容になるという。

欧州、米国で法整備目指す動き

 こうした一連の国際的会合で明らかになった一つに、欧州諸国と米国、日本の生成AIに対する基本的な考えの差がある。生成AIが社会に及ぼす負の影響に対する法的規制づくりに向けての動きが先行する欧州諸国に対し、過度の規制は生成AIの活用に好ましくないとみる米国、日本との違いだ。ただし、生成AIに関する法整備に向けての動きは最近、米国でも顕著になっている。9月13日には、ワシントンで米連邦議会の超党派議員によるAIに関する法的規制に関する会議が開かれた。

 生成AIについては法的規制が必要という主張は、チャットGPTを開発・公開した企業「オープンAI」のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)自身が、各国の政府関係者たちに伝えている。日経新聞によると13日に開かれた会議にはアルトマン氏をはじめスンダ―・ピチャイ・グーグルCEO、マーク・ザッカーバーグ・メタCEO、イーロン・マスク米テスラCEO、ビル・ゲイツ・マイクロソフト共同創業者ら大物起業家も参加した。国際ルールの議論を米国が主導し、AIの分野で自国のハイテク産業の優位を保ちたいという米議会の狙いに、参加した企業人の多くも賛同する意思を示した、と同紙は伝えている。

 日本はどうか。教育への影響の大きさにいち早く気づいた文部科学省の動きが目立つ。7月4日に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」<初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン (mext.go.jp)>を公表した。生成AIの仕組みを理解し、どのように学びに活かしていくかという視点、さらに使いこなすための力を意識的に育てていく姿勢が重要。同時に生成AIには、個人情報の流出、著作権侵害のリスク、偽情報の拡散、批判的思考力や創造性、学習意欲への影響などさまざまな懸念も指摘されている。教育現場での活用に当たっては児童生徒の発達の段階を十分に考慮する必要がある。こうした基本的な考え方を示した上で、「適切でない」「活用が考えられる」具体例をそれぞれ数多く挙げた指導指針となっている。

 ちょうど夏休みを直前に控えた時期ということで「長期休業中の課題等について(文章作成に関わるもの)」として、細かな注意も示していた。コンクールの作品やレポートなどについて生成AIによる生成物を生徒・児童がそのまま自己の生成物として応募・提出すると不適切または不正な行為とされる恐れや、学びが得られない懸念についても十分、指導することを小中高校の現場に求めている。ちなみに日本財団の「18歳意識調査」では、今年の夏休みの課題・宿題に生成AIを活用したのはこの項目の回答者となった学生924人中、64人、「これから活用する」を含めても84人という結果が出ている。

AI関連概算要求額44%増

 来年度に向けての政府全体の動きは前向きだ。来年度予算の概算要求の中でAI関連予算は約1640億9000万円になることが、9月8日に開かれた政府のAI戦略会議AI戦略で示された。今年度予算に比べると約44%増で、このうち生成AI関連予算は約728億円となっている。科学研究向け生成AIモデルの開発・共用に84億9000万円。生成AIモデルの透明性・信頼性の確保に向けた研究開発に29億9000万円。国家戦略分野の若手研究者および博士後期課程学生の育成(次世代AI人材育成プログラム) に24億5000万円。生成AI基盤モデル開発(生成AIにかかわる情報処理基盤産業振興事業)に3億7000万円。こうした生成AI基盤モデルの透明性・信頼性の確保などに関する研究開発力と産業競争力の強化を図る予算額が目を引く<shisaku.pdf (cao.go.jp)>。

 このほか、行政に生成AI活用を図るために各府省が要求している調査研究費もある。国家公務員の働き方改革促進のための生成AIなどの利活用にかかわる調査研究(内閣府:5000万円)、生成AI活用のための環境構築および運用(外務省:1億6000万円)、チャットGPTなど新技術の労働法教育への活用などにかかわる調査研究(厚生労働省:4000万円)などだ。

 これら日本政府の動向や民間の調査結果からうかがえるのは、さまざまな懸念は承知しつつ開発・利用に前向きな日本の姿だろう。「AIをどう上手に活用するかを考えるべきではないだろうか。AIは悪魔か救世主かという二元論にはなんの意味もないと思う」。生成AIに関しては多くの識者がさまざまな論考を公表しているが、月刊誌「Voice」9月号で、科学史家・科学哲学者の村上陽一郎氏がこのような見方を示している。「AIが進化することでSNS(ソシャル・ネットワーキング・サービス)上の真偽不明の情報はより増えるだろう」「私たちはいま以上に情報の選択の精度を問われることになる。もちろん、マスメディアなど情報を取り上げる側の責任もいま以上に大きくなる」という注意喚起もした上でだが。

知識より思考力重視の教育へ

 最後に教育に関する生成AIの影響について触れてみたい。9月8日、日本記者クラブで中尾政之東京大学工学部教授がチャットGPTについて語る記者会見が開かれた。生産工学や加工工学が専門で企業の生産活動に伴う事故・失敗の原因を解明する「失敗学」の研究でも知られる中尾氏は、「設計作業で役に立つ。活用すべきだ」と言い切った。「次の『チャットGPT‐5』は、日本語でも多くの技術知識を学習するはず。エンジニアのうち、それを自分の脳の拡大として使えた人は高給取りになり、脳として使えずに盲信するだけの人は失職する。さらに専門知識を教えるだけなら、AIが先生になれば十分なので大学教授も失職する。高校や中学の教師も同様に」とも。

 一方、中尾氏は今の東京大学生について興味深いことを話していた。「自由課題の創造設計の領域となるとパワーを失ってくる。“受験の勝ち組”ばかりで、原体験や多様性がないので、均質・凡庸なアイデアしか創出されない。創作は知識量とは別次元の話」。さらに「大学は知識を覚えさせるだけではなく、創作できる人間、まずは議論して考えさせる人間を大量生産しないと駄目」とも。

 中尾氏の話を聞いて思い起こしたのが、同じ日本記者クラブで5月15日に行われたアンドレアス・シュライヒャー経済協力開発機構(OECD)教育・スキル局長の記者会見。「AIはいずれ必ずほとんどの大学入試問題を解けるようになる」と同局長は言い切り、機械ができるようなスキルを調べるだけになっている現在の大学入試をAIが代替できない意識や概念を理解できる人間の思考力を問い、人間の能力の限界を広げるような入試へ変更するよう提言していた。

 「大学は創作できる人間、まずは議論して考えさせる人間を大量生産する必要があるということだが、例えば東京大学の入試は今のままでよいのか」。中尾氏の記者会見で氏に質問してみたところ、答えは次のようだった。

 「チャットGPTに負けない入試問題をつくらないといけない、と入試問題作成責任者も言っている。一つの考え方としては、答えがいくつもある問題を出して答え方のプロセスを見るやりかたがある。解き方を見る方に変わっていくべきではないか。大学だけでなく、高校の入学試験、さらには教育も」

 東京大学をはじめとする大学入試の在り方、さらには大学や高校以下の教育が急に変わるのは簡単ではなさそうだが、ひょっとすると生成AIにはそれくらいの力もあるのだろうか。

                                     (了)