<トランプ米政権の高関税措置>「関税戦争」は強権支配国家への最初のトライアル 「貿易相手国から略奪されてきた」はトランプ流フェイク 長年の貿易赤字解消と国際的指導力の回復を狙う 史上最高の繁栄でも取り残される半分の国民

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 トランプ米大統領は貿易相手国に大規模な関税発動を強行するに際して「米国は長年にわたって友好国および敵国から高い関税を押し付けられ略奪されてきた。これらの国に対して一律関税および相互関税を課して米国の復活を目指す」として4月2日を「米国解放の日」と宣言した。だが、この主張はトランプ流の「フェイク」(でっち上げ)だ。米国経済はいま歴史上最高の繁栄を享受しているものの、社会に格差・分断が広がり深化して、国民の半分がその繁栄から取り残されているという「最大の差別国家」だからだ。その現実を高関税による「略奪」がもたらしたとすり替えて、長年の貿易赤字解消と国際的指導力の回復を狙って関税戦争を仕掛けたのだ。

資産・所得低位層は

 4月3日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(国際版)に「米国はかつてない金持ちになったが国民はそれを感じていない」という大見出しの長い記事が載った。記事の筆者で編集デスク兼調査担当のスミス記者によると、米国はバイデン政権の任期が終わった2024年現在、最少の失業率が3年間続き、国民の資産は負債をはるかに超え、その負債額も記録的に低かった。

 コロナ禍に発したインフレは鎮静しつつあったのに、資産あるいは所得で半分以下の国民はその豊かさを感じていなかった。理由を探ると、資産・所得が上位10 %の家庭(household)が全体の資産・所得の69%を握っているのに対して、50%を占める下位の家庭が持つ資産・所得は全体のわずか6%でしかなかったからだ(データは中立機関の議会予算局調査から)。それにしてもこんな大きな格差が生じた理由は、下位の家庭では家賃の負担が重いこと、株券などの有価証券をほとんど持っていないことにもあるという。

 ミシガン大学の月例の消費者意識調査によると、2008年リーマンショックの後しばらくは、資産・所得低位の国民の間では繁栄を実感できない悲観的な空気が広がったが、その後いったん回復した。だが、2020年コロナ禍でまた「どん底」に落ち込んで今に至った。

民主党のラストベルト地帯の票喪失

 数十年におよぶ新自由主義経済とグローバリズムを率いてきたことによって、米国は巨額の富を蓄積、サービス/文化産業をはじめ新しいIT技術による情報交流サービスやAI(人工頭脳)などのハイテク分野で世界をリードした。億万長者どころか10数兆ドル単位の超金持ちもゴロゴロしている。その一方で国民の半分がその繁栄を感じられないという「最大の格差国家」になったのは、経済政策および政治の失敗がもたらした大失敗と批判されるべきだろう。

 しかし、新自由主義経済の下で、米国および日本その他の先進諸国では大きな工場と多数の労働者を必要とする物つくり産業が、人件費と地価の安価な途上国に工場を移転させるのがはやりとなった。アジアでは韓国や台湾も続いた。日本ではこれによって産業の「空洞化」が進み、経済力の衰退への不安が問題化した。米国は「空洞化」などどこ吹く風と、国境を越えて新しい国際企業の開発をリードした(前述)。長年物つくり工場で栄えた中西部などの工業地帯では、工場の閉鎖・移転で「ラストベルト」(さび付いた地帯)と化して、多数の労働者と家族が放り出された。

 いわゆるブルーカラーと呼ばれる彼らは、1929年の大恐慌で共和党の長期政権に代わって登場した民主党のルーズベルト政権のニューディール(大恐慌対策)の社会主義的政策に救われて以来1世紀近く、ブルーカラー労組は民主党支持組織の中枢を担ってきた。2016年の大統領選挙で共和党のトランプ候補は,民主党のクリントン候補の虚をついて彼らの票に食い込み、思わぬ番狂わせで辛勝した。

 2024年のバイデン氏対トランプ氏の大統領選挙の時期に、経済は実際には史上最高までに回復していた。だが低所得層はコロナから続くインフレに苦しみ、「インフレ攻撃」を強めたトランプ氏の方が経済に強いと見て、経済回復の願いを託した。バイデン氏も民主党も2016年の大統領選から何も学ばないまま、ようやく歴史が大きく転換したことを知った。

米貿易赤字は「相手国の高い関税」のせいか

 経済回復への低所得層の期待を担ったトランプ氏が打ち出したのが「関税戦争」だった。世界中がこれを「暴挙」と受け止めているが、トランンプ氏が引き下がる可能性は絶無だろう。多くの米紙の報道によると、トランプ氏が貿易赤字は国家のメンツにかかわると強く嫌った。そして米国が長年、対外貿易で大幅な赤字を続けてきたのは米国製品に対する相手国の不当な高い関税に原因があると固く信じているという。
 言いうまでもないことだが、ある品物を輸入あるいは輸出するかしないかを決める理由の第一は、それを買う顧客がいるかいないかだろう。日米間の貿易では最大の衝突を引き起こしてきた日本車の対米輸出に関して、トランプ氏は米国が日本車を大量に買っているのに日本は米国車を1台も買っていないと怒りをぶつけている。筆者がワシントン特派員をしていた半世紀前と何も変わっていない。

 産油国による石油ショックが世界を大慌てさせた時代で、小型でガソリン燃費効率のいい日本車が米国の街や高速道路で目立つようになっていた。米国車をいくら買ってくれといわれても大型でガソリン消費量はべらぼう、左ハンドルの車を狭い道路の日本がいくら輸入しても買い手はいない。しかし、日本車の米国現地での生産に既に応じているし、米国製品は一切買わないということではない。米国人は今も対日輸出のために小型車をつくる気にはなっていないだけの話だ。

「再び偉大な国に」

 トランプ氏に投票した米有権者の半分、そのうちの相当数はトランプ氏がバイデン時代のインフレを抑えて、自分たちの生活を楽にしてくれると期待して「関税戦争」の行方を見守っていると思う。しかしトランプ2期目政権が始まって間もなく80日に迫るが、一期目および選挙戦期間には隠されていたその本心は既にはっきりと浮かび上がっている。

 トランプ氏は関税戦争を仕掛けた狙いをこう説明している。友好国か敵国かを問わず、貿易赤字を押し付けて米国を略奪(酷い目に遭わせてきたと言うこともある)してきた国からの輸出品に高額の関税を課して、輸出の採算が取れなくする。国外に移転した米国の物つくり企業とその働き口が米国に戻ってくる。これによって米国を「再び偉大な国」に引き戻すというのだ。

 だが、内外の主要な報道に見る限り、企業関係者、エコノミスト、市場関係者、経済学者、議会議員、政治家、ジャーナリストのどこからも、トランプ氏のこの戦略が狙い通りに進むとの見方はほとんど出てこない。高関税の掛け合いはインフレを誘発、いずれ不況につながる可能性が強いとう見方が一般的だ。

トランプ氏が目指す「偉大な米国」

 その大きな背景には、第2次世界大戦後の復興時代の高度成長から冷戦終結後世界を引っ張ってきた新自由主義経済、これと支え合い融合してきた科学技術の急速な進歩を経てきた国際経済の構造は大きく転換を遂げてきた。その中でドイツ、イタリア、日本などの独裁国家側に勝利した米欧などの民主主義は、競争と協調を繰り返しながらリベラリズムの道を歩んできた。法の支配、三権のバランス維持、人種や性別、出生などに基づくあらゆる差別を乗り越えた人権擁護など、定着されつつある価値観に対してトランプ氏とそのグループは極めて否定的で、ときに憎しみさえ隠していないし、虚偽情報や陰謀論の拡散にも抑制を欠いている。

 そのトランプ政権が目指している「偉大な米国」とは、歴史で言えば絶対主義時代に次ぐ専制君主による強権支配の国家である。トランプ氏はかねて現代の専制君主であるプーチン・ロシア大統領や金正恩・北朝鮮主席を優れた指導者と評価してきた。トランプ氏がいま目論んでいるのは、プーチン氏、習近平・中国主席の2人の強権国家と手を組む「トロイカ体制」による世界支配という見方が浮かび上がっている。

 トランプ氏の関税戦争が民主主義の基本ルールである自由貿易の破壊という意味では、トランプ政権が目指す強権支配の世界への最初のトライアルに違いない。
                                   (4月9日記)