週刊新潮のコラムの「差別」記事にはあきれた。日本国籍を取得している人を含めた韓国人への差別は根が深い。このようなことを書くのは、差別を許容し、あるいは面白がる一定の〃支持層〃がいるからだろう。売れるからと言って大手出版社がそのようなことを許容するのは恥ずかしいことだと思う。今一度、「差別報道」は排外主義につながることを確認したい。読売新聞による石破首相の「退陣へ」報道。号外まで打ったのだから、ここまできたら、間違いを認めたらどうなのか。日本の新聞発行部数が激減しているとはいえ、世界のトップクラスの部数を誇る新聞がなぜこのようなことをするのか。とても理解できない。
戦後80年のいま、なぜ8月15日が「終戦」なのか。そこには「既成事実を作るメディアの姿が浮き彫りにされている」と佐藤卓巳上智大教授は指摘した。マスメディアはいま、「オールドメディア」と揶揄されることもある。しかし、小さなひとつの記事でも徹底的にウラをとり、事実かどうかを何重にもチェックするシステムを持つ新聞を中心としたマスメディアの存在なくして民主主義はあり得ない。だから大手メディアOBとして言いたい。いまこそ「オールドメディア」の復権を!
今回は「原発事故処理水海洋放出から丸2年」を含め、マスメディア関連5本、それに「ひとり親の母子家庭」の支援の必要性に触れた記事計6本をフェイスブックで発信した。
▼「表現の自由は差別の自由ではない」 差別的表現で「変見自在」が終了
「排外主義を助長する」と作家の深沢潮さんが抗議していた高山正之氏の週刊新潮連載コラム「変見自在」が8月20日発売号(28日号)を最後に終了した。最終回のコラムの後、編集部名で「高山氏と編集部で協議の結果、本コラムは今回で終了することになりました。長年のご愛読ありがとうございました」のひとことで、読者になぜコラムをやめるのかについて、何の説明もない。本当にこれだけか。深沢さん側は「コラムの内容が人権侵害に当たるとの認識を持っているかどうか」について再回答を求めている。
元産経新聞記者の高山氏が20年以上続けてきた「変見自在」は、朝日新聞や中国や韓国の批判が多いコラムで、最終号まで1147回。保守系の読者には好評だったようで、よくもこんなにも長く続いたな、と感心してしまう。
7月31号に掲載した「創氏改名2.0」との題で外国人の国籍取得ををめぐり、朝鮮半島にルーツのある深沢さんらを朝日新聞批判を交えながら「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本人名を使うな」と書いた。
深沢さんは8月4日に記者会見し、発行元の新潮社に文書での謝罪と、誌上に反論のための紙幅の確保を求めた。深沢さんは12年、小説「金江(かなえ)のおばさん」が新潮社主催の「女による女のためのRー18文学賞」で大賞を受賞、小説家デビュー。「私の心は打ち砕かれた。屋上でいい景色を見せてくれたと思ったら、背後から突き落とされた感覚」と涙ながらに語った、と朝日新聞は報じている。
新潮社は同日、ホームページに「多大な精神的苦痛を負わせてしまったことを大変申し訳なく思っております」などとする文章を掲載。さらに、8月12日付で「厳しいご批判を受ける事態に至った」と謝罪。深沢さんの代理人によると、深沢様をはじめ多くの『差別である』『人格権を著しく侵害する』との厳しいご批判を受ける事態に至ったことは申し訳ない」とした。これに対して深沢さん側は「批判を受ける事態なったことの謝罪にしか読めない」と反発、改めて文書での回答を求めていた。
これらの対応について、文学界や学術界から「出自を利用したヘイトスピーチ」などの抗議が相次いでいた。新潮社は18年にも、月刊誌「新潮45」で、自民党の杉田水脈衆院議員(当時)が性的少数者のカップルを「生産性がない」とした寄稿文を掲載して批判を浴び、「新潮45」は事実上の廃刊になっている。
ウイキペディアによると、高山氏は1942年生まれで、社会部デスクを務めるなど社会部記者として私の少し先輩だ。ただ、取材先での面識もない。週刊新潮は保守色は強いものの、特ダネも多いので、ほとんど毎週買い求める。高山氏のコラムは何が書いてあるか想像ができるので読まない。何よりも「人権」を重んじるはずの社会部記者出身のライターが平然と人の出自を差別することが残念でならない。候補者が「反日」「非国民」などいう言葉を堂々と使う参政党の躍進により、日本でも排外主義が加速しているのではないか。「表現の自由は差別の自由ではない」(フォトジャーナリスト安田菜津紀氏)の言葉をかみしめたい。(8月20日)
▼社長の謝罪巡り読売と文春がバトル 「誤報」ならば検証を
社長が謝罪したかどうかをめぐり、新聞と週刊誌の雄、読売新聞と週刊文春の間で〃バトル〃が起きているー。
読売新聞は8月19日夜、、週刊文春が電子版で配信した「石破首相強気のウラに読売の〃謝罪〃があった」と題する記事に対して、事実無根の記事で名誉が著しく毀損されたとして、抗議書を発行元の文芸春秋に送付。謝罪と記事の取り消しを求めているとオンラインで記事を流した。
読売新聞オンラインによると、週刊文春は、グループ本社の山口寿一社長が8月上旬、石破首相と面会し、首相の退陣報道について「謝罪の意を表明した」と断定した上で、「政治部はアンタッチャブルで、自分(社会部出身の)では制御が利かなかった」と釈明したと報じた。抗議書は、山口社長が記事にある発言、ないし、これに類似した発言は全くなく、謝罪の意を表明した事実はないと主張している。
20日発売の週刊文春8月28日号は「『まだまだやるべき仕事がある』 石破首相強気のウラに読売の謝罪があった!」との見出しで、3㌻にわたり、記事を展開。参院選の敗北でその責任を追及する党内の強い声があるにもかかわらず、来年の政治スケジュールまで描き始めた首相の強気の理由として、7月23日昼「石破首相退陣へ」と号外まで打った読売の社長が石破氏と会い「政治部はアンタッチャブル」と「退陣へ」報道を釈明、「併せて戦後80年をテーマにしたインタビューを持ちかけたようです」(読売関係者)などと書いた。
読売の抗議文には、「謝罪した事実はない」と強く否定しているものの、石破氏と社長が会った事実は認めているようにも読める。では、このとき何が語られたのか。読売は「退陣へ」報道で「月内にも退陣を表明する方向で調整」と書いている。直後に首相は「退陣」を即座に否定しており、「月内」もとっくの昔に過ぎている。読売は強く否定しているが、退陣報道は「誤報」と指摘するジャーナリストは多く、私もそう思う。大手メディアの政治部OBに聞いたところ、「首相退陣へ」と打つには、首相本人か、幹事長への確認が必要との意見。本当に記者はきちんと確認したのか。「退陣へ」報道が政局を動かすこともある。それを狙ったといわれないためにも、読売新聞は「退陣報道」自体の検証が必要ではないのか。毎日も同じ日に同様の報道をしているが、「8月末までに表明 参院選総括を踏まえ」と読売とは微妙に異なる。ネタ元は同じなのか。(8月21日)
▼週刊新潮コラムの差別的表現に抗議の深沢さんが東京新聞に投稿
週刊新潮の高山氏のコラム「変見自在」が20日発売の8月28日号で終了したことについて、「日本名使うな」と名指しされて差別を受けたとして抗議していた作家の深沢潮さんはコメントしなかった。その深沢さんの「玄界灘を越えた父の最期」との文章が8月20日付の東京新聞朝刊に掲載されているので、その一部を要約しながら紹介する。深沢さんのお父さんは6月11日に93歳で亡くなった。
「父は16歳で朝鮮半島の南端から玄界灘を越えて渡日した。日本で韓国の民主化運動や金大中氏の支援を行う闘士だった。だが、家庭の事情で活動を止めて実業に就いた。志半ばだったこと、韓国人への差別、さまざまな鬱屈が家庭での暴挙に繋がったのか、父は怒りっぽく、まるで熱い鉄の玉のようだった。
良好な親子関係ではなかった。家父長制の権化で、支配的でよく殴られた。晩年は朗らかで優しい人になった。〖韓国はいい国になった。日本も暮らしやすくて幸せだ』と心穏やかでいられたことが、父が好々爺に変化したゆえんだろう。父は通称名で暮らしていた。いよいよ、声が出なくなると、メモにサインペンで、自分の民族名を書いた。亡くなる前日、父の耳元でアリランの歌を流すと、大粒の涙を流した」
詳しくは東京新聞を読んでほしい。
「日本人ファースト」を掲げる参政党は7月の参院選で、神谷代表がすぐに否定したものの「チョン」という差別言葉を使って演説した。ネット上では「在日」とか「反日」という差別的な言葉も氾濫している。そういう中で起きた今回の問題。1910年の「韓国併合」以来、100年以上続いてきた差別はけっこう根の深い問題である。深沢さんは日本国籍だが、外国人に対する差別は「排外主義の原点」である。新潮社はどうしたら「再発防止」ができるのかを考えてほしい。そのためにはまず、深沢さんにきちんと謝罪することが先だ。
深沢さんはこの文章の最後にこう書いている。
「日本での排外主義の跋扈の話は、父の心を乱したくなくて、最期まで決して話さなかった。父の死に顔はとても安らかだった」(8月22日)
▼〃処理水〃放出丸2年 冷たいメディアの反応
福島第一原発の〃処理水〃海洋放出が始まって8月24日で丸2年。当初は問題点を追求していた報道も目立ったマスメディアの反応はなぜか、冷たい。その中で「脱原発」の姿勢をはっきりさせている東京新聞はこの日の朝刊の1面トップで「廃炉完了まで続く不安」の見出しで、片山夏子記者が詳しい動きを伝えているのが唯一光る。
東京新聞によると、8月7日から通算14回目の海洋放出が始まった。放出前に敷地内のタンクに貯められた処理水や汚染水は約134万5千トンでこれまでに減ったのは約5万6千トン。汚染水が毎日70トン発生しているので、放出分ほどは減っていない。地下水や雨水が原子炉建屋のデブリに触れるので増える。汚染水がなくならないと海洋放出もなくならない。東電が51年に予定する廃炉完了までにこの状態が解消される保証はない。
放射性物質のトリチウムはいくら浄化処理しても残ってしまう。日本産水産物の輸入を全面停止していた中国が37道府県産を再開したが、福島など10都県は対象外。ただ、魚の価格には大きな変動はなかった。輸入拒否で「風評被害」を心配する漁協は「本心は流してもらいたくねぇ」。一方で、「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」とする約束が破られたまま放出が強行された、とする市民団体のデモが現地で続いている、と地元の放送局は報じている。
中間貯蔵施設に約1410万立方メートルもあるという〃除染土〃の最終処分も問題になっている。県外の自治体などで引き受け手がないからだ。政府は国民向けアピールのため、首相官邸の庭だけでなく、9月から霞ヶ関の約10カ所の中央省庁の花壇や盛り土などで使う方針を示している。
AIPSで処理した汚染水を〃処理水〃と呼び、それを脱原発派が「汚染水」と表記しただけで「中国を利する」などと攻撃される事態が続いた。いまや、「汚染水」表記はタブーのようだ。今度も「汚染土」ではなく「除染土」と表記する東電と政府。それに無批判で乗るメディア。朝日新聞によると、原発を推進する与党からは、再生利用ができる土とそうでない土を区別する名称として「復興再生土」などの名称を環境庁が検討しているという。このような言葉の〃ごまかし〃はなぜか、戦前の大本営発表の「転進」や「玉砕」などを連想させないか。やれやれである。(8月23日)
▼「終戦」か「敗戦」か 「8月15日の神話」
東京新聞朝刊の社説の下にある「ぎろんの森」。論説委員が社説の背景などについて書く面白いコーナーで、見出しに引きつけられて、社説を読まなくともこっちの方を読むこともある。8月23日付の記事の中で「終戦の日を巡って読者からの「『終戦』と『敗戦』をどう使い分けていますか」との質問に筆者は「本紙を含めて各新聞は8月15日を基本的に『終戦の日』と記述しています」とした上でこう書いている。
「戦争の勝敗を指す場合には『敗戦』を使います。一方、『終戦』は『開戦』に対応した戦争の始まりや終わりを指す言葉であり、状況に応じて使い分けています。『終戦の日』と表現しても敗戦の事実や戦争により失われた命、多大な損失から目をそらす意図はありません」(要旨)。おそらく、新聞各紙の見解もそんなところだろう。
このことを押さえた上で、「終戦の日」がなぜ「8月15日」なのかも考えてみたい。メディア史専攻の佐藤卓己上智大教授(京都大学名誉教授)は「8月15日の神話ー終戦記念日のメディア学」(ちくま新書)の中で、こう指摘している。
「日本がポツダム宣言を正式に受諾したのは8月14日で、外交上の終戦は東京湾での戦艦ミズーリ号での調印式のあった9月2日であり、8月15日には昭和天皇の「玉音放送」があった日である。その後も中国の東北地方(満洲)や樺太や千島ではソ連軍との戦闘が続いていた。
なぜ、8月15日が「終戦記念日」となっていったのか。そこには、天皇の放送を拝聴する新聞の「玉音写真」「新聞の終戦報道」「お盆のラジオ放送」「歴史教科書の終戦記述」など、既成事実を作るメディア の姿が浮き彫りにされている」
さらに、佐藤教授によると、「終戦記念日」が「8月15日」と法的に決められたのは、戦後18年も経過した1963年(昭和38年)5月14日であり、第2次池田勇人内閣で閣議決定した「全国戦没者追悼式実施要領」である。この要領に基づいてこの年の8月15日、東京・日比谷公会堂で天皇、皇后を迎えて第1回の政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われた、と書かれている。
保守派の論客、京都大学名誉教授(経済学)で思想家の佐伯啓思氏によると、1945年8月15日からサンフランシスコ講話条約が発効する1952年4月28日までは米軍などの占領時代で、「終戦の日」は1952年だとする考え方もある。
この説は保守派の人々に一定の影響力がある。安倍晋三首相が2013年の4月28日を「主権回復の日」とし、天皇ご夫妻(現上皇、上皇后)を迎えてわざわざ記念式典をやったのは、このような考え方の延長線上にあるのだろうか。このときに「天皇陛下ンザイ」が突然、始まり、上皇陛下が困惑の表情をされたのをよく覚えている。
これは私が10年以上前に文教大学情報学部で作文や時事用語を教えていた際の授業のレジュメの一部を再現した。戦後80年のいま、改めてこの問題も考えたい。(8月25日)
▼まず「ひとり親の母子家庭」の支援から始めるべきだ
子どもに対する政策の中で一番光が当たっていないのが、「ひとり親の母子家庭」だ。8月26日付の朝日新聞埼玉県版に載ったこんな記事を読み、つくづくそう考えた。
埼玉県内で「食料支援を受けるひとり親家庭」の生活実態を調べた明治大・大山典宏教授(社会福祉政策)とNPO法人「埼玉フードパントリーネットワーク(SEPN)」が24年5~8月、SEPNを利用する52団体を対象に、2993世帯にアンケート調査し、1481世帯から回答を得たという調査報告書が出来上がった。「フードパントリー」は、誰もが食に困った時に無償で食の支援が受けられる場所のこと。ちなみに「フードバンク」は寄付を集めて、それを必要とする団体や個人に提供する。「パントリー」はそれを届ける役割だそうだ。
調査結果によると、SEPNの利用世帯の87・1%が母子家庭で父子家庭は1・4%で残りは祖父母らと同居する世帯。子どもが1~2人いる家庭が75・6%で約7割が「生活が苦しい」と回答した。これは県調査の約3倍。「経済的な理由で食料が買えなかった」と回答した世帯は半数以上に上り、これも県調査の4倍以上という。
利用世帯の年収は200万から250万円未満で、調査対象のうち77・2%が離婚経験者だが、養育費を受け取っているのは3人に1人。80・3%が働いているが、派遣やパートなどの不安定な働き方をしている世帯が半数以上、正規は3割だった。
ひとり親家庭の約9割が「母子家庭」ということになる。その半数以上が非正規雇用で年収も著しく低い。カツカツの生活を強いられている母子像がこの調査で浮かび上がったのではないか。「最も厳しい状況にいる子どもたちは声を発することもできない」という大山教授のコメントは深刻だ。
これでは、「子どもまんなか」をスローガンに鳴り物入りで、せっかく立ち上げたはずの「こども家庭庁」とは一体、何だったのか。三原じゅん子担当大臣は、少子化対策に力を入れるだけでなく、何よりもまず、貧困にあえぐ「ひとり親の母子家庭」から救うべきではないのか。(8月26日)
(了)