<フジテレビ問題巡る第三者委調査報告書>フジテレビ経営陣の責任厳しく追及 第三者委の存在価値示す メディア・エンタメ業界健全化のための「公共財」に 民放の在り方根本から考え直すとき 

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 元タレント中居正広氏とフジテレビの女性アナウンサー(当時)との間に生じた性的トラブルについて、フジと親会社のフジ・メディア・ホールディングス(HD)が設置した第三者委員会(委員長・竹内朗弁護士)が3月31日に公表した調査報告書は、「中居氏による性暴力による人権侵害はあった」とした上で「業務上の延長線上で被害が起きた」と認定、フジの経営陣の責任を厳しく追及する内容となった。この第三者委員会の独立性・中立性は高く、報告書の内容には説得力があり、その社会的意義は大きい。依頼主である企業側に寄り添い過ぎた内容の薄い報告書で、〃名ばかり委員会〃などとやゆされることもある「第三者委員会」。その存在価値を今回の報告書は広く社会に知らしめた、といいえる。

 国連ビジネスと人権作業部会は、24年5月に人権理事会に報告した訪日調査報告書の中で、日本のメディア・エンタメ業界について「その主要企業は、性的虐待を予防し、人権リスクに対処するためのビジネス関係における影響力を行使することによる人権尊重義務責任を果たしていない」と厳しく指摘した。この指摘に応える意味でも、報告書は今後、フジテレビだけでなく、メディア・エンタメ業界全体の健全化のための「公共財」となりうる優れた内容となっている。報告書の内容に沿って、その委員会の独立性・中立性、事実認定の説得力、フジの経営中枢に長く君臨し〃フジのドン〃といわれる日枝久氏らの経営責任の追及などについて考えた。

DF調査が事実解明に〃大きな武器〃

 正味2カ月という短期間でこれほど緻密で経営側に厳しい報告書を作り上げた今回の第三者委員会には、コンプライアンスなどを専門とする弁護士・学者らから「よくここまで調べ上げた」との賞賛の声が上がっている。というのは、肝心の中居氏が女性に行った性的加害について、その具体的な詳細が明らかにならないまま、すでに示談し、双方に「守秘義務」がかけられていたことが調査の壁になるのではないかとの懸念があったからだ。報告書によると、調査委は双方に「守秘義務の解除」を申し入れたが、女性側は受け入れる姿勢を示したものの、中居氏は拒否した。不祥事のコアの部分が特定できないまま調査をすることは、この種の調査では異例のことだ。そのため専門家の間では「そもそも第三者委調査になじまないのでは」との声もあったほどだ。 それを調査委は3人の委員と23人の調査担当という計26人の弁護士が公表版(別紙6ページを含めて)273ページと要約版など計400ページものボリュームでしかも内容の濃い報告書に仕上げた。

 商法が会社法に変わる2000年代から企業の不祥事が起きるたびに、それを解明する「第三者委員会調査」が注目されてきた。身近なところでは、「学校でのいじめ問題」の第三者委調査も相次いでいる。しかし、この調査には、民間がやるわけだから、法律的な強制力はない。このため、その〃武器〃となる調査手法は①関係者のヒアリング(今回は中居氏、被害女性、日枝久氏や港浩一フジ前社長ら関係者計222人から約300回に及んだ)②パソコンやスマホのメールなどの電子データを復元・解析するデジタルフォレンジック(DF)調査③2回(2月3日と3月3日)にわたる役職員アンケート④主に類似案件の調査をするための社外関係者向けホットラインーなどである。被害女性、港社長、大多亮専務(のちに系列局の関西テレビ社長)ら14人(港、大多氏はすでに辞任、中居氏は応じず)を対象としたDF調査では、特に元編成部長B氏(現在人事局付き)が22年5月から25年1月までの間に有力出演者U氏、中居氏らとやりとりしたショートメールチャットデータ325件を削除していることが判明。その復元などで性被害に女性が遭うまでの具体的な事実をあぶり出した。DF調査は警察や検察も捜査で使うが、第三者委調査の真実解明にとっていまや欠かせない〃大きな武器〃となっている。

「ガイドライン」には委員会の「独立性・中立性」で厳しいしばり

 日弁連の「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年7月策定、同年12月改訂、以下、「日弁連ガイドライン」「ガイドライン」という )には「すべてのステークホルダーのために調査を実施し、その結果をステークホルダーに公表することで、最終的には企業の信頼と持続可能性を回復することを目的とする」とし、さらに「第三者委員会は、不祥事を起こした企業等が、企業の社会的責任(CSR)の観点から、ステークホルダーに対する説明責任を果たす目的で設置する委員会である」と書かれている。

 ここでいう「ステークホルダー」とは、「利害関係者・真の依頼者」のことだが、「経営者、従業員、株主、取引先という狭い範囲ではなく、第三者委員会に期待する社会総体ということになる」(日弁連弁護士業務改革委員会編「企業不祥事における第三者ガイドラインの解説」=商事法務刊=の座長、久保利英明弁護士のはしがき)。「第三者委員会」をひと言で言うと、不祥事を起こした企業が再生するために自浄作用として設ける依頼者といっさいの利害関係のない独立性・中立性の高い外部の専門家による委員会のことだ。ただし、報告書に「日弁連ガイドラインに準拠した」と書かれていても、その独立性・中立性が担保されているわけではなく、甘い事実認定に基づくゆるい「原因分析」、また、おざなりの「再発防止策の提言」など、「ガイドライン準拠」が報告書正当化の〃隠れ蓑〃や〃みそぎのツール〃(八田進二青山学院大学名誉教授、第三者報告書格付け委員会委員、会計学者の言葉)として使われていることもあるので要注意だ。

 第三者委員会報告書を評価するに当たっては、特に委員会の「独立性・中立性」が最も重要だ。日弁連ガイドラインでは、依頼された企業から独立した立場で中立・公正な調査を行うため①調査で判明した事実が現在の経営陣に不利となる場合でも、その事実と評価を調査報告書に記載する②報告書の起案権は委員会にある③報告書を依頼企業に提出する前に、その全部または一部をその企業に開示しない④調査の過程で収集した資料等については、原則として委員会が処分権を専有する⑤企業等と利害関係を有する者は委員に就任できないーとの「独立性・中立性」についての厳しい指針がある。例えば、調査を依頼した企業の顧問弁護士は第三者委員になれない。委員会を補助する事務局を設ける場合も、事務局は第三者委員会に直属するもので、事務局担当者と企業の間で、厳格な情報隔壁を設けることとされている。

「法的責任」を追及する委員会ではない

 また、3月31日の報告書公表後の記者会見でも「ここまで性被害が明らかなのに、委員会はなぜ法的責任を追及しないのか」との記者から質問があった。竹内委員長が明確に答えていたが、不祥事に関連して関係者の法的責任を判定・追及するいわゆる「法的責任判定・追及委員会」もあるが、ガイドラインでは、事実調査を主たる任務とする「第三者委員会」とは区別している。前掲の「ガイドラインの解説」によると、第三者委員会の目的に法的責任などを加えると、調査の重点が刑事裁判における犯罪構成要件事実や民事裁判での要件事実の存否に置かれ、かえって、不祥事の全体像や実態が見えにくくなることが多い。従って、ガイドラインでは、第三者委員会の目的に法的責任の判定・追及を加えていない。このことは誤解を招くことが多いので注意してほしい。

当初「ガイドライン準拠の委員会」避けたフジ側

 報告書を読むと、フジ側は当初、「日弁連ガイドライン」に準拠した第三者委員会ではなく、フジの役員を含めた社内の内部調査の延長上の「第三者の調査委員会」(この言い方も何となくうさんくささを感じる)で乗り切りを図った。しかし、1月17日のテレビカメラも入れない〃クローズド会見〃が強く世論の批判を浴びたことに合わせて、海外の大株主や労組からも「ガイドライン準拠の委員会」設置を強く要請されたこともあって、フジ側はようやくこれを受け入れた。あくまで推測だが、嫌々ながら受け入れた、というのがフジの本音ではなかったか。

 今回の竹内委員会の「独立性・中立性」を検討してみる。第一回目の「クローズド会見」という批判について反省の意を表す形でフジが開いた1月27日の10時間を超える記者会見。私はテレビ中継のすべてをメモを取りながら見ていたが、一部のフリー記者から竹内委員長が事前にフジの幹部と会ったことをただす(その「独立性」を疑うような?)質問が出た。報告書はこのことについて、竹内弁護士とフジ側のやり取りを丁寧に以下のように再現している。

 1月14日、フジのコンプライアンス推進室長が今回の問題で対応策を検討してきたR弁護士との打ち合わせの際にR弁護士のアドバイスで竹内弁護士と連絡を取ることを決めた。15日、コンプラ室長が竹内弁護士に連絡した際に竹内氏から「日弁連ガイドラインに基づく第三者委がふさわしい」と言われた。17日、第1回目のクローズド記者会見。18日、竹内氏とフジ側が面談。竹内氏は「ガイドライン準拠」「委員や調査担当弁護士の構成、人選を一任する」など「調査委に関与するに当たっての要望書」を提出。20日、HDの嘉納修治会長 、金光修社長と竹内氏が面談、竹内氏の要望受け入れを表明 。22日のフジとHDの臨時取締役会で竹内氏の説明を受けたあと、それぞれの取締役会は、竹内氏の主張通りにガイドラインに準拠した第三者委員会の設置を承認した。

 この経緯により、竹内氏は一貫して「ガイドライン準拠の第三者委員会」設置を主張していたことが分かる。もうひとつ、3月31日の記者会見で、竹内氏は「事前にフジに調査内容は伝えていない」と強調した上で「ファクトチェックとマスキングで会社にチェックしてもらった。いずれもガイドラインの範囲内」と述べている。また、その際、五味弁護士も「ファクトチェックは報告書の一部(の開示)」と付け加えている。委員会としては、フジの再生のためには、独立性・中立性にこだわっていた、ということだろう。

第三者委の見守り役の格付け委

  委員長の竹内弁護士は、2008年の「NHK職員のインサイダー取引事件」の第三者委の調査担当弁護士、鋭い切り口で不正をあぶり出した昨年8月公表の東京女子医大不正支出事件の第三者委員会では副委員長をつとめ、記者会見で報告書の説明役をやったことはテレビニュースで記憶に新しい。「第三者委員会報告書格付け委員会(以下「格付け委」)事務局長として久保利英明委員長(元第2東京弁護士会会長、元日弁連副会長)を支え、私を含む9人の委員(弁護士5人、学者2人、ジャーナリスト2人)をまとめる。

 格付け委員会は、ガイドライン策定に関わった久保利弁護士らが「公共財としての良い報告書を世の中に送り出すため」に14年に立ち上げた。昨年12月までに、①委員構成の独立性、中立性、専門性②事実認定の正確性、深度、説得力③原因分析の深度④再発防止提言の実効性、説得力⑤企業や組織等の社会的責任、役員の経営責任への適切な言及⑥報告書の社会的意義、公共財としての価値、普遍性-など10項目の「評価における考慮要素」に基づいて計28件の報告書の格付けしている。A、B,C、D4段階評価と不合格の「F」評価がある。委員全員がF評価だった事例もある。また、委員はそれぞれの「個別評価」を出す(詳しくはホームページを見てほしい)。大手弁護士事務所などを中心とした「第三者委員会ビジネス」(これ自体が悪いわけではない)が広がる中で、格付け委が「第三者委員会」の独立性・中立性の〃見守り役〃の役割も果たしている、と私は考えている。

 もう一人の五味祐子委員はやはり、格付け委副委員長の国広正弁護士事務所のパートナー弁護士。消費者庁の公益通報者保護法に基づく指針などの検討委員をつとめたことがあるなど「公益通報制度」の専門家。山口利昭委員は2021年、三菱電機不正問題で事実認定をする委員会とは別に設けられた経営責任を調査するガバナンスレビュー委員会委員長、昨年9月には兵庫県知事〃パワハラ疑惑〃などを調査する県議会百条委員会で参考人として斎藤元彦知事らによる〃通報者捜し〃について、「公益通報者保護法違反」との厳しい意見を述べている。3人とも独立性・中立性は高く、専門性に優れている。調査弁護士23人のうち2人は「ビジネスと人権」問題の専門家という布陣だ。委員は弁護士ばかりだが、注文を付けるならば、問題の特殊性から見て、委員にメディア・エンタメ業界に詳しいジャーナリストか評論家・学者がいた方がよかったのではないか。また、3月3日付で山口氏の前任の委員が辞任したが、竹内氏は記者会見で「一身上の都合」としただけで具体的な説明はなかった。何が辞任の理由だったのか、余計な詮索を招かないためにも、何か別の言い方はなかったか。2時間以上会見をテレビで見ていた視聴者としては知りたいところではある。

WHOの「性暴力定義」を使い断罪

 では、報告書の「事実認定の正確性、深さ、説得力」はどうか。
 報告書は、23年6月2日に元フジの女性アナウンサーが中居正広氏のマンションの部屋に入ってから退出するまでの間に起きたことについて「女性が中居氏によって性暴力による被害を受けた」と認定した。認定に当たっては世界保健機構(WHO)の性暴力の定義「強制力を用いたあらゆる性的な行為、性的な行為を求める試み、望まない性的な発言や誘い、売春、その他個人の性に向けられた行為をいい、被害者との関係性を問わず、家庭や職場を含むあらゆる環境で起こりうるものである」を採用した。第三者委員会の専門家、郷原信郎弁護士は文藝春秋のユーチューブ番組の中で「これまでの性暴力調査と異なり、今回の報告書は、従来のセクハラに近いイメージの行為をも含む幅広いWHOの定義を使っており、この事案を断罪した。その点で大きな意味がある。ここまで企業としては対応しなければならないことで企業での意識改革が迫られることになる(要旨)」と評価している。

「業務の延長線上」の性暴力と認定

 その上で報告書は、中居氏と女性の関係や権力格差、業務実態などから「業務の延長線上」における性暴力と認めた。中でも、2人の出会いからはじまり、21年7,8月ごろの外資系ホテルのスイートルームでの会合(参加者は「有力出演者U氏」と中居氏。このときこの元フジの女性アナは早く帰り被害を免れた)、23年5月31日の中居氏のマンションでのバーベキュー、その夜の中居氏、被害女性、フジ元編成部長B氏の寿司店での会話。その2日後に女性は同じマンションに中居氏からだまされて呼び出され、性被害に遭った。その事実を具体的なショートメールのやり取りを交えながら事実認定した。

 一方で、フジの港社長、大多亮専務(いずれも当時)、編成制作局長の3人は、この被害事実を知りながら、「プライベートな男女間のトラブル」ととらえ、中居氏について調査も行わず、中居氏の番組を一年半も継続し、女性を会合などに誘った元編成部長らが中居氏を支援することを容認して、被害女性に寄り添わない対応を続けた。元部長は事件後、女性に見舞金名目で中居氏に代わり100万円を渡そうとしたり、弁護士を中居氏に紹介するなど中居氏の利益に徹し、調査委から女性への「2次加害」と批判された。女性の被害が編成制作局長、大多専務を通して港社長に伝わったのは同年8月、港社長は事実が社内に広がることによる「女性の人権侵害」を口実にフジのコンプライアンス部門や、取締役会、親会社に情報を挙げることはなかった。これらの部門がこの問題を認識したのは24年末に週刊誌の取材が入ったときだった。結局、被害女性のことはアナウンス室部長のF氏や産業医に委ねられて放置された。

「ひと段落ついた感じかな」と中居氏

 事実認定で特にインパクトがあったのは、女性が退社に追い込まれた後の24年9月9日の元部長から中居氏に女性の退社を伝えるメール。退社を知った中居氏は「了解、ありがとう。ひと段落ついた感じかな。いろいろ助かったよ」。これに対して元部長は「例の問題に関しては、ひと段落かなと思います。引き続き、何かお役に立てることがあれば、動きます」と返したとの部分。少しも反省の色を見せない中居氏の姿勢を象徴する場面だ。SNSでもこの事実が拡散され、猛烈な批判を浴びた。 

 フジではセクハラがまん延していたことや接待の際に女性社員を〃喜び組〃と呼ぶ幹部がいたり、中居氏事案の類似案件でも新たな事実が明らかになった。報告書が「重要な類似案件」としたのは①被害者の女性アナも元編成部長によって参加させられた外資系ホテルの会合②10年以上前、フジの別の女性社員が「有力な番組出演者」との飲み会にこれも元編成部長から誘われ、元部長らは女性を〃置き去り〃にした。この番組出演者は2人きりになったとき、下半身を露出。びっくりした女性は逃げ帰った。①のケースは加害側が有力タレントU氏と中居氏②は4月17日号の週刊文春がこの「番組出演者」はお笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明氏だったことを報じている。U氏の実名はメディアでも明らかにされていない。セクハラ事案として2人の取締役の名前も挙げられた。

報告書の匿名表記に疑問も

 報告書は「被害者のプライバシーを含む人権を保護することを優先し、被害者が特定されたり、プライバシーが侵害されたり、2次被害を受けることがないよう、必要な匿名化及び被害内容の抽象化を施した」との前提で①親会社とフジの役職員については、取締役・監査等委員、監査役は実名②執行役員を含むその他の役職員は匿名③タレントらを含むフジの取引先については原則として匿名。ただし、中居正広氏については、中心的な調査対象者で重要な当事者であり、実名報道もなされているために、その説明責任という観点も踏まえて実名で表記したーと書かれている。

 企業トップも含めて全員が匿名の調査報告書(読んでもパズルを解くようで分かりにくい)が多い中で、中心人物や、管理・経営責任の重い人物を実名にしたことは評価できる。ただ、問題でコアとなる「編成ライントップ3」(報告書の表現)の1人の編成制作局長G氏や元編成部長B氏は実名にした方がよかったのではないか。また、一方で一部週刊誌が「フジの3悪人」と書き、実名でその1人にしたアナウンス部部長F氏については「特に、F氏は、自分とのやり取りの後、女性 Aが自死してしまうかもしれないという、具体的な恐怖を抱きながら女性Aとのやり取りを担当していたものであり、F氏の心身への負担は計り知れない。専門性を持たない F氏に『女性である』という理由だけで、このような過重な負担を負わせたことは、フジ によるF氏の安全かつ健康な労働環境という人権の侵害と評価される可能性もある」と指摘している。これは重要な指摘であり、F氏がどう受け止めるかの判断は難しいものの、F氏の名誉回復のためにも実名とすることも検討されたのか。

男性中心の「オールドボーイズクラブ」が問題

 報告書は第8章「原因分析」の中で、フジの役員について以下のようにかなり厳しく指摘している。

 フジの経営陣がどうしてこのような役員としての資質・能力に疑問を呈されるような判断と行動を繰り返すのかと言えば「取締役会による役員指名ガバナンスが機能不全に陥っているからだ」とした。その上で「こうしたずさんな役員指名の背景には、組織の強い同質性・閉鎖性・硬直性と、人材の多様性の欠如がある。年配の男性を中心とする組織運営は『オールドボーイズクラブ』とやゆされる。現場ではセクハラを中心とするハラスメントに寛容な企業体質が形成され、女性の役員や上級管理職への登用が一向に進まず、旧態依然とした昭和的な組織風土が未だに残存している」。フジだけでなく、こうした指摘には耳が痛い人がかなりいると思う。

日枝氏の〃君臨ぶり〃指摘

 また報告書は「日枝氏の経営責任について」の項目で1ページにわたり 日枝氏に触れている。

 報告書によると、「日枝氏がグループ会社の人事権を掌握しているとという見方があるが、どう感じるか」との役職員アンケートの結果は「そう感じる」が約82%。「組織にどのような影響があると感じるか」との質問では「役員が日枝氏の方ばかりを見て行動している」「実力や素養に関係なく、日枝氏に気に入られた人物が出世する」という選択肢を過半数の回答者が選んだ。

 委員会が調査した結果、「日枝氏はフジとHDの代表取締役会長と代表取締役社長というトップ人事を決めていた。それよりも下層の人事は会長と社長が決めていたが、中には会長と社長が日枝氏にお伺いを立てている状況も見受けられた」とした。その上で「1983年に取締役に就任、1988年から代表取締役社長、2001年から代表取締役会長をつとめ、17年から取締役相談役。40年以上にわたる功績と経営中枢への関与から、現在でもフジの経営に強い影響力を及ぼしており、その組織風土の醸成に与えた影響も大きい」と日枝氏の〃君臨ぶり〃を指摘した。この間、1992年7月に鹿内信隆氏の女婿の鹿内宏明氏をクーデターにより追い出した「議長解任事件」から実質33年にわたり日枝氏支配が続いた。このいきさつについては中川一徳氏の「メディアの支配者」(講談社刊)に詳しい。

 報告書はさらに続ける。「セクハラを中心とするハラスメントに寛容な企業体質は、日枝氏だけではなく、役職員全員の日々の言動から形成されたものである」として「取締役会が十分にその機能を果たさなかったことは、日枝氏のみならず取締役会メンバー全員に経営責任が認められる」と結論した。調査の対象範囲が「2016年4月以降」と限定されたこともあり、その具体性にやや欠ける評価となっている。調査期間が短かったことも影響しているのかも知れない。せっかくの別項を立てての言及だが、正直言って、やや物足りない。

安倍元首相の国葬時の日枝氏関与の有無も調査

 また、報告書は第7章の「内部統制、コーポレートガバナンスの状況」の章で安倍晋三元首相の国葬儀特番と日枝氏の関係についても触れた。役職員へのヒアリングで①22年9月27日の安倍元首相の国葬儀の際、日枝氏らの意向で、特別番組の放送時間が急きょ2時間前倒しになった②フジのアナウンサーが司会を務めるなど報道の中立について疑義があり、現場の意向を無視して、トップダウンで放送時間の変更が行われたのは編成権の侵害ーという声があった。このため、ニュース総局報道局長、報道センター室長、編成制作局長やこのときの代取会長、社長であった宮内正喜氏にヒアリング。その結果、①放送時間前倒しは、放送の前日ごろに宮内氏らが決め、日枝氏の指示や関与はなかった②他局も放送時間を5時間にするなどの対応を行っていた③確かに宮内氏から放送の直前に番組時間拡大が提案されたが、それは放送直前に国葬の内容が判明し他局に追従する必要があり、報道の柔軟な対応として不合理とまではいえないーなどとした。最後に「日枝氏の関与も宮内氏のヒアリング等から認定できなかった」と結論付けている。

 役職員のヒアリングでこのような意見が出てくるのは、日枝氏と政権与党との距離の近さや特に日枝氏が安倍元首相とは、安倍氏の別荘などで頻繁にゴルフをする姿の写真が出回るなど、かなり親しい間柄が報道やSNSで知られていたからだ。民間放送は公共の電波を使っており、メディアの中でも公共性が高い。報道機関として、政権トップとの深い付き合いは、放送法上の「不偏不党」「公平」やマスメディアの「権力監視機能」という面で大きな問題がある。報道局長や報道センター長という報道部門の上級幹部にいくらヒアリングしても、公正な答えはあまり期待できない。調査委はもっと下の現場のナマの声をきちんと聞いた方がよかったと思う。これも時間的制約かもしれないし、監督官庁総務省のOBを社外取締役などに就任させることにも健全なジャーナリズムの在り方として問題がある。ただ、調査委が国葬時の日枝氏関与の有無をテーマに調べたことは、「関与は認定できず」との結果はともかく、委員会の前向きな姿勢として評価したい。

報告書公表直前に「経営体制刷新」図る

 フジの記者会見での不手際などにより、日本生命やトヨタ自動車などのテレビCMの公共広告機構への差し替えが相次いだ。4月半ばに入ってサントリーが再開を検討するなど一部でスポンサーは戻り始めてはいる。1月27日の〃やり直し記者会見〃で、嘉納修治HD会長と港フジ社長が辞任。それに続いてHDは報告書公表4日前の3月27日、日枝氏の退任を突然、発表した。フジは取締役を半減し、女性比率を3割、社外取締役を取締役会の過半数にするなどの経営体制の刷新をアピールした。ただ、港氏に代わりフジの社長となった清水賢治社長は続投し、HDの社長も兼任、金光修HD社長は代表権のない会長についた。

 なぜ報告書公表直前にこのようなことになったのか。元々、日枝氏の〃子飼い〃といわれる金光氏による〃クーデター〃との報道もある。本来ならば、報告書公表を待って、責任を取るのが正道のはずである。変則的なことをやるからまた、変な憶測を呼ぶ。6月の株主総会で金光・清水体制を認めない海外大株主もいる。さらに、このところ、05年にフジの筆頭株主だったニッポン放送の経営権をめぐり、堀江貴文氏が率いたライブドアとフジが激しく争った時には、フジの筆頭株主となって、フジを守る形となった総合金融グループの「SBIホールディングス」の北尾𠮷孝社長を米国の投資ファンドが独自の取締役候補として提案するという動きも出てきた。旧・村上ファンドの村上世彰氏の長女らもHDの株式の11%あまりを保有することになったことが報道されている。この問題では、6月の株主総会に向けて、いわゆる、もの言う株主「アクティビスト」の動向も注目される。

視聴率至上主義ではびこる接待文化

 かつて「面白くなければテレビではない」と言って、日枝氏はフジのトップに上り詰め、40年以上も君臨した。免許事業でもある民間放送はエンタメ番組だけがその存在の中心ではないはずである。公共性という意味でも、報道機関の側面の方が、エンタメよりも大きくてもおかしくない。「視聴率至上主義」が報道番組までをもエンタメ化した。その結果、視聴率を取れる有名タレントやお笑い芸人ばかりがもてはやされる体質が醸成された。本来は〃雇い主〃の立場のはずのテレビ局側が視聴率獲得のために、有名タレントを獲得し、継続して出演してもらおうとするあまり役員までがこびへつらい、タレントや取引先への「接待文化」がはびこる。このシステムで潤うのは大手芸能事務所や大物タレントで、児童虐待と言われても仕方がない旧ジャニーズ事務所の問題もそこで起きた。一方で民放キー局社員とは異なり、民放にとってなくてはならない存在となっている番組を下支えする下請けの番組制作会社の従業員は、深夜労働を含む低賃金で働かされ、パワハラやセクハラが横行している、という話をよく聞く。いつの間にか、マスメディアの主流であるテレビ局は〃伏魔殿〃になってしまったようだ。今回の問題の背景には、このようなテレビ産業の闇も隠れていないか。民放の在り方を根本から考え直す時期にきているのかも知れない。
                                 (了)