「8・15の断章」 どうにもつまらない「社説」 核抑止論に立たない論陣を張れないのか 「核禁条約に署名を」などの主張を 「長生きの秘訣は公憤」(原寿雄氏)の言葉に負けず発言

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  「8・15(8月15日)取材」の最初の記憶は、記者研修時代、地方から出てきた遺族の何人かの談話をとって、地方部に記事を送ったことだ。社会部の遊軍時代の何年かは、8月15日には、二つか三つの集会を回るのが常だった。護憲集会もあったし、「全国憲法研究会」の学者の集会や、キリスト教系の集会もあった。改憲派の集会では「君が代斉唱」があって、取材者席も起立を求められ、もじもじ動いてごまかした。

 当時はまだ、連載はあったにせよ、サイド記事も散発的で、いまのような「8月ジャーナリズム」の感じはなかった。それだけに、8月15日の論説は「何か書かなければ、」という気負いがあったか、原寿雄さん(元共同通信編集局長)がどこかで書いたような「ただの解説」や、共同の論説資料の「そっくりさん」もあったが、それでも各社の社説はそれぞれ、「新聞の原点」を意識して論じ、それなりに特色を出していたような気がする。

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 しかし、ことし、戦後80年の「8・15」は、連載コラムの「当番」に当たっていたこともあって、各社の社説をざっと読む機会があったが、実はどうにもつまらなかった。

 相変わらず防衛費拡大を主張する読売新聞や、「戦後平和主義」否定の産経新聞はとにかく、多くは、もっともな主張をしている。しかしそのほかでは、山形新聞が連載でも書いた地元の出身者が、沈没した旧海軍の軽巡洋艦「ながら」で多数戦死した例を引いて、オーストラリアへの護衛艦輸出に「武器輸出は節度を守れ」との論陣を張っていたのが目立つくらいだった。総じて具体的な主張に乏しいようで、平凡なのだ。  しかし、この8月、「もう、最後に近い。何とか体験者の証言を引き出そう」という意欲から取材した体験者の「証言」はいずれも迫力があった。今年は特に,戦争で精神や心まで壊されてしまった「戦争トラウマ」の話題も多かった。

 「こんなことを繰り返してはならない」。みんなそう言った。しかし、これに続いて求められるのは、「いま日本が進むべき方向」である。「8・15の社説」 に求められるのはそこでのはっきりとした主張だ。だが、やっぱりあまり見られなかった。

 「核禁条約に署名を」「『台湾危機』に巻き込まれるな」といった主張は,おそらく野党も含めて国民大多数の声である。だが、なぜ、それが主張できないのか。いまは自民党員でも言える「常識」だし、言ってもとがめられることはない。いま言うべきことは、そんなことではないか。赤旗日曜版8月24日号「メディアをよむ」を読んでほしい。

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  もうひとつ、この際言いたいのは、共同通信の「特ダネ」だ。

  共同は7月27日、「日米演習、対中国で『核の脅し』」を出稿、翌日の各紙に大きく載った。昨年実施した「台湾有事」想定の統合演習で、中国が核兵器の使用を示唆したとの想定で、日本側の吉田圭秀統幕長が米側のインド太平洋軍のアキリーノ司令官に、何度も「核の脅し」を迫った,という話だ。

 演習ならありそうな話と言えば終わりだが、記事によると、吉田氏は「強い口調で」「何度も迫った」とあり、「アキリーノ氏は最後には諦めたように一言『わかった』と発した」という。記事は、「ある関係者は『日米演習もここまで来たのか』と防衛省・自衛隊内に衝撃が走った」とも伝えている。記者経験がある人なら誰でもわかる話だが、ここまで臨場感がある話は、よほど確実な証言がなければ書けない。政府も「否定」はできない。しかし、どうも各紙が追った形跡は見られない。新聞も放送も,「核の脅し」、つまり「核抑止」論批判,「核廃絶」の主張には、やや腰が引けている。

 共同は、オバマ米大統領の「核兵器の先制不使用宣言」構想のとき、日本政府が反対してできなかったという話をいち早く取材し,私の耳にも入ったが、どうやら生ニュースでは、結局、「米高官が証言」という2021年4月の東京新聞の報道まで新聞の記事にはならなかった。ロシアのプーチン大統領はウクライナ戦争で早々と「核の脅し」の発言をしたが、日本政府もマスメディアも、「演習だと思った」とでもいうのだろうか。

 今年の「8・6」(8月6日の広島への原爆投下の日)では、広島県の湯崎英彦知事が平和記念式典で「核抑止論はフィクション」と指摘し、テレビ朝日の番組「モーニングショー」でも論理的にそれを解説した。そうなのだ。盾と矛を売る商人の故事のように、「核抑止論」は論理的に成り立たない。「わが社は『核抑止論』には立たない」という「宣言」する風変わりな新聞社でも出てこないものだろうか。

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  経済の門外漢にはあまりよくわからない関税問題で、トランプ米大統領が世界を振り回している。もとをただせば、就任直後に始まった100を超す大統領令。ルールも慣習もどうでもいい、「自分だけ」,「仲間だけ」の世界の実現に走っている。どうも、今までの米国とは違う論理が世界を戸惑わせている。

 ずっと不思議でならなかったが、「ようやく出てきた」と思ったのは,8月13日付朝日新聞の「時々刻々」、「トランプ主義亀裂」の大記事。「『暗黒啓蒙』思想家ヤービン氏影響力増す」という見出しで,彼のインタビューを掲載した。中身はよくわからないし、これを読み解く知識もないが、私的に言えば、要するに今の資本主義社会が行き詰まり、学問や社会思想の世界でも,その先が求められている中で出てきた「ものの考え方」の一つだろうということになる。

  「ウィキペディア」によると.、「国家の権力を征服するのではなく,民営化したい」という思想であり、「トランプ大統領が米国憲法を無効化して戒厳令を宣言し、政府をトランプオーガニゼーションに置き換える」という「提案」もあるのだそうだ。「進歩主義の成果」への批判も根底にあるといい、次のようにその内容が指摘されている。

 「女性、人種的少数者、同性愛者がより大きな自由を得たこと、高齢者および失業者のための安全性の向上、貧困層による医療へのアクセスの向上、世界の貧困の大幅な減少、待機室の改善、宗教的寛容と人種的統合の進展、犯罪率の低下、そして1945年以後の世界大戦の不存在」など。

 「エリート支配」を考え、「効率」を追求するこの考え方は、要するに、今の世界が生んだ「鬼っ子」なのだろう。もし彼らの政治が広がり、その風潮が進めば、おそらく人類は滅びてしまうことになる。私としては戦うしかない。そのくらいはっきりしよう。

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  「防空壕」と「隠された地震」の記憶を持つ私は、日本国憲法が施行された後の1948(昭和23)年に小学校1年生。空襲を受けて校舎の土台だけが残り、その跡地に「ソラマメ」 が紫色の花をつけていた。「おはなをかざるみんないいこ」の最後の国定教科書で学び、日本国憲法下で教育を受けた最初の世代だ。

  「長生きの秘訣は、まあ公憤だな」。そういった原さんの言葉に負けず、発言し続けようとおもっている。

                                                

                                    (了)