「番犬録」第2回 「終戦の日」を中心に 石破首相の「戦後80年メッセージ」にこだわりたい 世論調査では8割の国民が望む 安倍派中心に「安倍70年談話の上書き許さない」 参政党が靖国集団参拝 まともな中高生の歴史認識 大川原化工機冤罪事件で「オールドメディア」の健在ぶり示す(8月11日~17日)

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 早ければ、8月末か9月上旬にも出ると報道されている「戦後80年石破メッセージ」。本来ならば、50年村山、60年小泉、70年安倍と10年の節目ごとに続いてきた閣議決定を経ての「戦後首相談話」が80年に出るのは当然の流れだった。

「首相メッセージ必要はない」はわずか15%

 日本世論調査会(共同通信が中心)の「戦後80年世論調査」でも「閣議決定した談話を出すべきだ」が57%と過半数を占めた。「閣議決定はしない形で首相のメッセージを出すべきだ」が23%あったが、「首相のメッセージは出す必要はない」が15%とわずかだった。石破茂首相が当初は出すことに意気込みをみせていた「80年談話」を出せなくなったのは、参院選で少数与党となった責任を問い、石破氏に首相退陣を迫る安倍派を中心とした自民党〃復古主義派〃が10年前の「戦後70年安倍談話で言い尽くされており、その上書きは許せない」と強く反対しているからだ。

 早々に閣議決定を経ての談話を断念せざるを得なかった弱腰の石破氏に「だらしがない」というのは簡単だ。しかし、自民党内で石破氏を支える議員は少数で、残念ながら、その圧力を跳ね返す力は今の石破氏にはない。国民の声を反映する世論調査結果を見ても、本来は閣議決定した首相談話を出すのが筋である。

政治生命かけた首相メッセージを

 このような状況下にあって出てきたのが、閣議決定を経ない「首相メッセージ」だ。朝日や毎日などあくまで社説などで「閣議決定」にこだわるメディアもあるが、アジアへの加害責任など内容のある「首相メッセージ」ならば、それでもいいではないか。「閣議決定」というが、安倍政権下で森友学園問題に絡み、首相夫人の昭恵氏が「私人」であることを2度も閣議決定したことを思い起こそう。石破首相は、15日の戦没者追悼式で「加害」には言及を避けたが、「反省」との言葉を13年ぶりに入れた。6日と9日の「広島」「長崎」の原爆記念日のあいさつも、「核禁条約」に触れないという但し書きが付くものの、おざなりでない、人間味のある独自の話を入れて国民の評判は悪くはなかった。個人のメッセージでも、内容があれば、一国のトップが発信するものなのだから、内外に少なからぬ影響はあるはずである。

 だからこそ、私は石破氏に「政治生命」をかけた、あくまでも内容のある「首相メッセージ」を出してもらうことにこだわりたい。両院議員総会で「総裁選前倒しの検討」が決まるなど自民党内では、「辞めなくてもいい」との国民の声があるにも関わらず〃石破おろし〃の勢いは衰えていないようだ。もしかしたら、石破氏に残された時間はあまりないのかも知れない。

 今回は「首相80年談話」関連記事(4本)を中心に①「シンガポール華僑虐殺事件報道」②「大川原化工機冤罪事件での毎日記者のスクープ」③「参政党の靖国神社集団参拝」の計7本をフェイスブック(FB)で発信し、記事を一部手直しした。

▼見応えがあった報道ステーションの「シンガポール華僑虐殺事件」

 月刊誌「文芸春秋」25年9月号でノンフィクションライターの石戸諭氏は「参政党の日本人ファーストのからくり」との文章の中で、参院選投開票日の「ニコニコ生放送」の特番に出た参政党の神谷宗弊代表が勝因の一つとしてあげたのは、はたして「テレビ出演だった」と書いている。曰く、テレビによって社会的な信用を得られたという。いくらYouTube(ユーチューブ)で再生回数が稼げたとしても、それは多くのファンとアンチを引き付けるに過ぎない、と。

 神谷代表のこの一見、冷静に見える〃自己分析〃には変に納得させられた。いまや「オールドメディア」と揶揄(やゆ)され、時には「マスゴミ」とくさされることもあるマスメディアだが、「日本人ファースト」で勢いに乗った政党代表にこう言わせるほど、まだ、テレビの影響力は大きい。特に、維新の現職だった梅原みずほ氏が参政党に移ったことで、参政党は日本記者クラブの国会議員5人という「政党要件」を満たし、日本記者クラブの記者会見やテレビに出られるようになったことも「参政党躍進」の理由と分析する学者もいる。

 話題がそれてしまったが、8月11日に放送されたテレビ朝日の「報道ステーション」の「戦後80年特集」=「人間がやることではない」日本軍が東南アジアで行った〃華僑粛正〃その実態=を見た。

 「シンガポール虐殺事件」は旧陸軍第5師団歩兵第11連隊史などによると、太平洋戦争開戦間もない1942年2月、日本軍が「治安粛正」のため警備隊を編成,陥落戦で華僑義勇軍の抵抗に遭ったことなどを理由に、島内の18-50歳の華僑男性に集合を命じ、敵対行為の検証も経ずに処刑した(中国新聞24年1月24日)、とされる。

 特集では、シンガポールで当時、銀行で働いていた父親が、(このとき、日本軍に連れ去られ)、「帰りを待ちわびたが再び家に帰ることはなかった」と89歳の女性が父と一緒に映る唯一の家族写真ををみせながら証言。2カ月という短期間でシンガポールを陥落させた〃マレーの虎〃と呼ばれた山下奉文陸軍第25軍司令官が「敵性を有するものは断固膺懲す(懲らしめる)」と言って、治安維持を任していた少将に「掃討作戦を実施し、抗日分子を一掃すべきである」と命令した。

 その期間3日間、検問の対象となったのは中国出身の華僑約60万人。それをわずか200人の憲兵で選別するという無謀な命令だった。選別は現場任せで、抗日と関係がないと判断されたものは検印済みの印を腕に押され解放されたが、めがねをかけていると言うだけで「インテリ」だとして、抗日と見なされた者は連行され、銃や剣で殺された。当時の陸軍曹長の「人相と服装だけで、パッパッとやっとるからね」との生々しい証言が続いた。特集では「日本側の報告では5000人、シンガポールでは5万人以上が犠牲になったと、両者の言い分は異なります」。写真や生存者の証言でつづった特集は見応えがあった。

 このような番組を通じてテレビは、若者たちに、学校であまり教わることのない日本の過去の「加害の歴史」も伝えてほしい。

 殴った人は忘れているかも知れないが、殴られた人は覚えている。そして、その事実は代々語り継がれていく。「戦後70年安倍首相談話」での「あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」との言葉でおしまいにしたかった人はいるのだろうが、私は戦後直後に生まれた「戦争追体験世代」として、この考えには、とても納得できない。「粛正」はあくまでも日本軍から見た言葉で、テーマにするならばやはり、被害者側に立った「華僑虐殺」ではなかったか。こういうテーマは必ず、クレームがあるのが常だ。「報道ステーション」頑張れ。(8月12日)

▼「戦後80年石破談話」を真っ正面から議論 羽鳥モーニングショー

 今朝のテレビ朝日の「羽鳥モーニングショー」で「戦後80年首相談話」を取り上げ、出演者が約30分議論した。ゲスト出演した有識者会議メンバーだった外交官の宮家邦彦氏以外は談話かメッセージを出すことに積極的だった。

 玉川徹氏は「むしろ談話を出さないというならばその理由が必要」との持論を展開していた。自民党の復古主義派が「石破首相による安倍談話の上書きは許さない」と強い反対を唱える中、石破首相は何らかの形でメッセージを出す決意を固めている。

 テレビの情報番組で真正面からこういう議論をやることは国民の理解を深める上で欠かせない。このような自由な議論がテレビできるのは、石破政権ならではだと思う。少なくとも、メディアに〃忖度〃を求める安倍政権ではやりにくかったのではないか。

 8月11日付東京新聞に掲載された日本世論調査会(共同通信とその加盟社のうちの38社で構成)の「戦後80年世論調査」では、①「閣議決定した談話を出すべきだ」が57% ②「閣議決定はしない形での首相のメッセージを出すべきだ」が23%③「メッセージを出す必要はない」が15%ーと8割の人が何らかの形で石破氏が談話やメッセージを出すことを支持している。少数派の意見も尊重するのが民主主義だが、この結果は「談話反対派」のいうように決して国論を二分しているわけではない。付け加えておくが、マスメディアは「自民党保守派」という言葉を使うのをやめたらどうか。この言葉では、具体的にどのような考えを持つ人かわからない。私は「復古主義派」という言葉を使う。自民党には、右からリベラルまで幅広い考え方の議員がいることは確かだが、もともと「憲法改正」を党是とする保守政党である。(8月13日)

▼「権力に飼い慣らされてはならない」 冤罪スクープで毎日記者

 大川原化工機冤罪事件で、この報道をリードしてきた毎日新聞が8月14日、またスクープを放った。社長ら3人が東京地検に起訴される5日前の20月3月、公安部の捜査員が警視庁の監査部門に対して、捜査の過程で違法行為があったと「内部通報」していたことが判明。監察は動かず、捜査は止まることなく、起訴された。捜査に問題があることが起訴前に監察部門に伝わっていたことが明らかになったのは初めてで、監察部門が動けば、捜査が見直されて起訴が見送られた可能性もあった。しかし、地検は同3月31日、起訴した、と報じている。

 21年7月、検察は異例の起訴取り消しを行い、その後、裁判所は1、2審とも国家賠償訴訟で「捜査や逮捕は違法」と認定。都と国は上告しなかった。8月7日に、警視庁と最高検は「対応が適切ではなかった」との検証報告書を公表、追田裕治警視総監が謝罪に追い込まれる事態となった。毎日新聞によると、公益通報者保護法に詳しい学者は「内部通報に適切に対応していれば、今回の冤罪はもっと手前で止められた」と話している。

 処分は当時の公安部幹部や捜査員ら19人だけ。警視総監や警察庁幹部への言及はなく、ガバナンスの面でも調査は不十分だった。当然、独立性の高い第三者委員会の設置が望まれる。

 この記事を書いたのは、毎日新聞社会部の遠藤浩二記者。23年12月からこの事件の捜査の問題点を指摘する記事を掲載。それからも関連記事を書き続け、ことし3月には「追跡 公安捜査」という書籍(毎日新聞出版)にまとめた。日本記者クラブ会報8月号で「一線記者の取材リポート」でこの問題を取り上げた。

 遠藤記者は大阪府警は担当したことのある事件記者だ。警視庁担当ではなかった。会報の中で「国内で最も人員を配置している警視庁詰めの記者たちは何をしていたのだろうか。警察がまずいことをした場合、切り込むのか、黙って見ているのか。この事件を思い出し『切り込む』という判断をしてほしい」と、厳しい言葉を記者仲間に投げかけた。その上で「記者の存在意義は、権力の監視にある。飼い慣らされてはならない」と述べている。私も50年以上前のことだが、警視庁捜査1課の担当記者だった。だから、私自身の現役時代の自戒を込めて遠藤記者のこの言葉を紹介しておく。この事件ではNHKも素晴らしいドキュメンタリー番組を作っている。〃オールドメディア〃はまだまだ健在で、頑張っていることを忘れないでほしい。(8月14日)

▼けっこうまっとうな中高生の歴史認識 NHKの「戦後80年調査」

 今日は8月15日。戦後80年の節目の日を迎えた。戦争を体験した世代の人々がどんどんいなくなり、NHKの「戦後80年世論調査」(8月14日放送)でも、(戦争を)「体験した」は6%、「体験していない」が93%。いくら長寿化が進んだといえども、当然の結果である。そんな中で「戦争の記憶の風化」が進む。

 東条内閣が決めた「大東亜戦争」という言葉を平気で使い「核兵器は安上がり」と候補者が発言する〃トンデモ政党〃参政党が参院選で躍進した。この政党は比較的若い人が多く、マスメディアの分析では、支持した人も二十代,三十代,四十代だという。
 
 かく言う私は、戦争の終わった45年9月生まれで、われわれ世代は直接の戦争体験はない。戦争に行かされたり、米軍の空襲にあった肉親や戦地から帰った教師らから、戦争の悲惨さを嫌というほどすり込まれた「戦争追体験世代」だ。私の世代を含めて「団塊世代」ぐらいまでは一応「肌感覚」で戦争を知る世代と言えるだろう。だから私には「戦争は絶対にしてはいけない」という意識が強い。その世代すら、まもなくいなくなる。まして、戦争から遠く離れて生まれた若い人々の意識はどうなっているのか。とても心配であるー。
 
 そこで、ことし5月から7月にかけて全国の3600人を対象としたNHKの「戦後80年世論調査」(回答は1989人)で私が注目したのは、「18歳以上(の大人)と中高生とで回答結果に異なる傾向がみられた」という項目だった。

 回答結果によると、①「日本だけでなく、欧米諸国もアジアを植民地支配したのだから、日本は反省する必要はない」との意見について、18歳以上では「そう思う」が28%、「そう思わない」が35%に対して、中高生は「そう思う」が39%、「そう思わない」が31%②「先の戦争で日本が行った行為に関し、戦後に生まれた世代の責任」について、18歳以上では「世代が違うのだから引き継ぐ必要はない」が18%、「世代が違っても引き継ぐべきだ」が35%」、中高生は「引き継ぐ必要はない」が18%」、「引き継ぐべきだ」が52%」。③「戦争を体験していない世代に、戦争の歴史がどの程度継承されていると思うか」について、18歳以上は「十分に継承されている」と「ある程度継承されている」が合わせて29%、「あまり継承されていない」と「まったく継承されていない」が合わせて70%だったのに対して、中高生では、「継承されている」と「継承されていない」がいずれも合わせて50%ほどだった。

 これをどう読むか。①の「植民地支配の反省」については、「反省する必要がない」とした中高生の方が大人より11ポイントも多いのがやや気になる。②の「戦後世代の責任」については、大人よりも中高生の方が「引き継ぐべきだ」が52対35と多い。また、③の「戦争の歴史の継承」について、「継承されている」が50対29、と中高生の方が多かった。予想に反して、いまの中高生の歴史認識、大人よりもまっとうに見えるのは私だけだろうか。 

 安倍晋三首相の「戦後70年談話」は「あの戦争に何の関わりのない私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言った。この調査結果を見ると、すでに子どもたちの多くは、その宿命を背負っており、大人よりもその責任感が強いように思える。どうだろうか。(8月15日)

▼参政党の「靖国神社集団参拝報道」 気を付けて書かないと〃思うツボ〃

 「参政党、靖国集団参拝」の報道。よほど気を付けて報道しないと、神谷代表の思うツボである。まずメディアはやはり、こんなケースでも写真を出したり、書かないわけには、いかないのかなぁー。また、これで世論調査での参政党支持率が伸びるような気がする。時事通信の直近調査では、参政党は野党1位になった。それよりも、マスメディア、フリー記者含めて事前登録制という〃踏み絵付き記者会見〃。何とかしませんか。

 参政党88人の集団参拝は、私には、自分たちは「アンチ中国」であるという国民向けの参政党のプロパガンダに見える。またこれも国民的に受ける可能性がある。国会議員や地方議員は首相や閣僚とは違い、公金支出さえなければ、「信教の自由」の範囲内との憲法上の議論もありうる。どちらにしろ、「やはり、メディアは乗ってきた」と参政党はほくそ笑んでいることだろう。計算済みの振る舞いだと思う。その証拠に今回当選した参院議員の発信した集合写真がフェイスブックで出回っている。少なくとも、多くの国民が必要な情報とは思えない。

 靖国参拝騒ぎは私が現役のときに問題化し、毎年、取材した。私は靖国神社の設立の経緯などからみても、国有化など大反対だが、戦争で「靖国で会おう」といって死んでいった人々もたくさんいたはずだ。だから、私の回りには戦死した親戚もいないが、、個人的には靖国にいけば、一応、参拝する。いつの間にか立ち消えとなったが、亡くなった野中広務さん(元内閣官房長官)が言っていた国立の戦没者追悼施設を別につくることが問題を解決する最善の道だと考えている。A級戦犯合祀が発覚して、怒った昭和天皇が参拝をやめたことから古賀誠さん(元日本遺族会会長、自民党元幹事長)は「戦犯分祀論」を唱えたが、神社側は「分祀などできない」とし、憲法の「政教分離原則」の関係からいっても、とても根本的な解決策とはならないと思う。フィリピンなど海外で亡くなった戦没者の遺骨収集や空襲などの戦争被害者の戦後補償の問題を含めて政治は何をやっているのか。これでは戦没者はいつまでたっても浮かばれない。「戦後」はとても終わる状況にはない。(8月15日)

 追加コメント=参政党の靖国参拝については、每日、産経、東京などがデジタル版で報じている。ただ、紙面には見当たらなかった。テレビは調べなかった。(8月16日)

▼「加害責任」に言及せず 「石破メッセージ」期待できない可能性

 かつて上皇ご夫妻は退位の前に「忘れてはならない4つの日」を挙げて、戦争の悲惨な体験を風化させないため、毎年、平和を祈り続けた。今も続けられている、と思う。

1,沖縄戦終結の日 
2,広島原爆の日
3、長崎原爆の日
4,終戦記念日 
 80年を迎えたその一連の祈りの日が8月15日にすべて終わった。

 現天皇もその考えを受け継ぎ、15日の戦没者追悼式の「おことば」で上皇が「戦後70年」に初めて盛り込んだ「深い反省」に触れつつ、「戦中、戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」と次世代への継承に思いを込めた。一方、石破首相は式辞で、第2次安倍政権以来途絶えていた「反省」という言葉を13年ぶりに復活させた。だが、アジア諸国への加害責任には残念ながら言及しなかった。

 おそらく、早ければ今月末か9月上旬にも出る、との報道もある閣議決定を経た「80年首相談話」に代わる首相メッセージ に「アジア諸国への加害責任」に触れることはないのではないか。新聞報道では、石破氏がこの「反省」の言葉を入れたことにすら「自民党保守派などの反発を招く可能性がある」と書く。前にも触れたがマスメディアのいう「保守派」とは誰なのか。こういう使い方はやめよう。

 私はアジア太平洋戦争での「加害」の問題を抜きにした首相メッセージはあり得ない、と考えている。こういう状況では「石破80年メッセージ」の内容はあまり期待できないかもしれない。(8月16日)

 追加コメント= 東京新聞は、上皇ご夫妻は15日、終戦の日に当たり、東京、元赤坂の仙洞御所で戦没者追悼式のテレビ中継を見ながら会場に合わせて黙とうした、と報じている。

▼「安倍戦後70年談話」巡る「産経抄」 ワイツゼッカー演説を都合よく切り取っていないか

 「終戦の日」の翌日8月16日付産経新聞朝刊の「産経抄」を読んでいて、石破茂首相の「戦後80年メッセージ」を考える上でも、面白いエピソードが載っている。以下その部分を紹介する。

 「10年前の8月14日夕、当時の安倍晋三首相が戦後70年談話を発表する記者会見に臨む40~50分前だったか。抄子(産経抄の筆者)は突然、首相官邸5階にある首相執務室に呼び出された。2人きりになると、安倍氏は安倍談話の全文を抄子に手渡し、切り出した。『戦後の謝罪外交に、終止符を打ちたい』▼そして、西独(当時)のワイツゼッカー大統領が敗戦40年の1985年に行った有名な演説『荒れ野の40年』の次の抜粋部分を示した。『自らが手を下していない行為について自らの罪を告白することはできません』。安倍氏は、真剣な面持ちでこう説明した。『談話はこの演説を下敷きにした』▼当時、左派文化人らが『ドイツは過去を誠実に謝罪したが、日本は過去と向き合っていない』と批判する際に、お手本のように引用したのがワイツゼッカー演説だった。安倍氏はそれを逆手に取って利用したのである▼演説の抜粋部分は、実際の安倍談話ではこう記されている。『あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません』。安倍氏は後に周囲にこう語った。『もう80年、90年談話は必要ない』」。

 やや長い引用となったが、安倍氏を支持していた産経新聞は、朝日新聞など批判的なメディアとは異なり、安倍氏の〃大切な相談相手〃だったのだろう。だから、こんな秘密も聞くことができた。もちろん、この記者はかなり安倍氏に食い込んでいたのだろう。

 ワイツゼッカー演説は「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります」という部分が有名だ。かつて全文を読んだことがあるが、この抜粋部分は記憶に残ってなかった。改めて演説のこの部分を読むと、安倍氏が説明したとされる抜粋部分の前後はこのようになっている。

 「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません」と述べている。ただし、この後に一言開けて「しかしながら、先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります」と続いている。さらに、その後に「過去に目を閉ざす者・・・」との言葉がくる。

 こうしてみると、記事はこれまで知られていない特ダネ的な面白いエピソードではあるが、ならば、失礼ながら、安倍氏は抜粋部分を都合良く切り取ったことにならないか。私は、安倍談話の核心はこの「くだり」にあると考えている。(8月17日)