これで十分かノーベル賞報道 近年の研究力低下にも関心を 研究力低下示す数値多々 世界大学ランキング訂正に報道なし

投稿者:

 昔よりはるかに大きな扱いでは!ノーベル生理学・医学賞に坂口志文、同化学賞に北川進両博士の受賞決定以降、授賞式に至るまでの報道ぶりに考えさせられたことは多い。筆者は1987年に利根川進氏が生理学・医学賞を受賞した際、ストックホルムで授賞式を取材した経験がある。授賞式の様子を伝える以外の記事を要請された記憶がない。授賞式の記事と写真を送り終え、晩餐会が行われている頃は、共同通信ストックホルム通信員の高橋功氏と街で飲んでいた。「ノーベル賞の晩さん会に出られるなんてスウェーデンの人間にとって夢のようなことなのに」。あきれたような顔で高橋氏に言われた言葉を思い出す。取材者用の席は用意されていたはずなのに晩餐会をのぞこうともしなかったことに対してだった。

25年ほど前が多い受賞者の成果 

 今年ないし今後、ノーベル賞を受賞する可能性が高い研究者を選び、毎年、ノーベル賞受賞者決定の直前に「引用栄誉賞」を贈る。ノーベル賞受章者発表の直前、国際学術情報サービス会社「クラリベイト」によるこうした発表が恒例となっている。同社が保有する大規模な論文データベースの分析結果が主たる選考法だ。

 「ノーベル生理学・医学賞、物理学賞、化学賞が最近、新しい成果を挙げた研究者に贈られる例が今後増える可能性はある。ただし、これまで受賞対象となった研究成果は25年くらい前に最初の論文が発表された、つまり比較的古い成果が多い」。その記者発表の会場で、同社の安藤聡子アカデミア・ガバメント事業部リード・ ビジネスソリューションコンサルタントから聞いた言葉だ。中国本土の研究者や研究機関の活躍ぶりが近年目覚ましいことを示すデータは数多い。にもかかわらず、中国本土を研究拠点とする研究者に「引用栄誉賞」が贈られるのは今年が初めてという発表に対する説明を求めた筆者への答えであった。

 坂口氏は2015年に、北川氏はさらにその前の2010年にこの「引用栄誉賞」を受賞している。安藤氏が指摘していたようにまさに、最初の重要な論文が公表されたのは25年ほど前というケースに当てはまる。世界に向かって胸を張れるような出来事が少ない昨今だ。成果がいつごろのものかなどを気にせず両氏の受賞を多くの日本人が共に喜び、誇らしく思うのは当然だろう。ただし、報道機関なら日本の研究力や科学技術の実態についてももっと関心を持ってもらいたい。それが今回の坂口、北川両氏のノーベル賞受賞に伴う新聞、テレビの報道に対して抱いた思いだ。

著しい科学技術指標の数値低下 

 安藤氏のいう25年ほど前という数字から、文部科学省科学技術・学術政策研究所が毎年公表している「科学技術指標」に示されている数値を見直してみた。ことし5月に公表された最新の「科学技術指標2025」には、日本の研究機関から生み出された自然科学系論文の質と量を示す表がある。最新の数値として2021~2023年の年平均値とともに、その10年前、20年前の数値も示されている。一方、2020年公表の「科学技術指標2000」には25年前(1996~1998年の年平均値)も示されている。つまり両指標に載っている表から、この25年ほどの間に日本の研究力がどのように変わってきたかが読み取れるということだ。

 自然科学系の論文総数をまず見てみる。25年ほど前に相当する1996~1998年の年平均値で日本は60,704(世界全体の総数の8・7%)。1位米国の202,530(同28・9%)にはだいぶ水をあけられているとはいえ世界2位の多さだ。しかし、その10年後(2006~2008年の年平均値)には、66,460(同6・7%)と米国、中国(香港も含む)に次ぐ3位。その10年後(2016~2018年の年平均値)には64,874(同4・2%)とドイツにも抜かれ4位。さらにその5年後(2021~2023年の年平均値)には70,225(同3・4%)と、インドにも追い越された5位に順位を落としている。

 最近、目にすることが増えた「top10%論文数」でみると、日本の国際競争力の急激な低下はより明らかだ。「top10%論文」とは価値ある論文がどのくらいあるかを知るための指標で、他の研究者から引用された回数が同じ専門分野の論文の中で上位10%に入る論文を指す。1996~1998年の年平均値は4,237(上位10%論文総数の6・1%)と米国、英国、ドイツに次ぐ4位だったのが、その10年後(2006~2008年の年平均値)には4,461(同4・5%)と米国、英国、中国、ドイツに次ぐ5位。15年後(2011~2013年の年平均値)には4,410(同3・5%)とフランス、カナダにも抜かれ7位、20年後(2016~2018の年平均値)には3,865(同2・5%)とイタリア、オーストラリアにも抜かれ9位。さらに直近の25年後(2021~2023年の年平均値)ではインド、韓国、スペイン、イランよりも下位の13位、と低下は止まらない。本数、シェアとも3,447(同1・7%)と、この25年で最低となっている。

高被引用論文著者わずか88人 

 日本の研究力低下を示す数値は公表されているだけでもこのほかにいくつもあるが、もう一つだけ挙げる。冒頭に紹介したクラリベイト社は国際ノーベル賞を受賞する可能性が高い研究者とは別に「高被引用論文著者リスト」というものを毎年、公表している。11月12日に公表された最新リストでは60カ国・地域、1,300以上の機関に所属する6,868人もの研究者が名を連ねている。他の研究者に引用される論文の多さから「22の分野(大半が理系)でそれぞれ真に世界的な影響力を持つ研究者」と認められた研究者たちだ。最も多かったのは米国の機関を主たる研究拠点とする2,670人で全体の37・4%に相当する。次いで多かったのが中国本土の1,406人(全体の19・7%)、3位が英国で570人(同8・0%)となっている。日本の機関に属する人たちは何人いるか。わずか88人(同1・3%)。国・地域別でも13位とさえない。

 クラリベイト社の発表資料には、これら「高被引用論文著者」が数多く所属する上位52の機関名も示されている。1位の中国科学院(高被引用論文著者数258人)、6位の米国立衛生研究所など7機関以外はすべて大学だ。この資料だけでも研究力の維持・向上に大学が最も大きな役割を担っているのは、どの国・地域でも共通した現実ということが分かる。ハーバード大学(同170人)をはじめ20校が名を連ねる米国、清華大学(同71人)をはじめ7校の中国本土、オックスフォード大学(同59人)をはじめ5校の英国、メルボルン大学(同33人)など4校のオーストラリア、さらにアジアでは香港、シンガポールがそれぞれ2校入っている中で日本の大学の名はない(大学以外の機関も)。

世界ランキング100位内大学も増えず 

 それにしても日本の大学の研究力が国際的に非常に見劣る現実にあまりに多くの日本人が無関心すぎはしまいか。まず、日本政府の近年の取り組みの一つに触れた後、状況の深刻さをあらためて感じさせられた最近の出来事を紹介したい。日本の大学の国際競争力とグローバル人材の育成を目的に日本政府が2014年から実施した「スーパーグローバル大学創生支援事業」という大学テコ入れ策がある。第一の柱といえるのが「世界ランキングトップ100を目指す力のある大学」として13校を指定した有力大学支援策だった。

 世界ランキングと言えば日本の多くの新聞も毎年、一応、記事にしている英国の教育誌「タイムズハイヤーエデュケーション(THE)」と、同じく英国の高等教育評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)の二つが有名だ。「スーパーグローバル大学創生支援事業」が始まった2014年に公表済みのランキング結果をみると、上位100位に入っていたのはQSで東京大学31位、京都大学36位、大阪大学55位、東京工業大学68位、東北大学71位と5校ある。THEはより厳しく東京大学23位、京都大学59位だけだ。上位200位まで広げると、QSは名古屋大学103位、九州大学126位、北海道大学135位、慶応義塾大学197位、筑波大学198位が入っており、THEは東京工業大学141位、大阪大学157位、東北大学165位となっている。

 では10年間のこの事業が終了した翌年、2024年はどうだったか。事業開始前に比べQSは100位内が1校減り、200位内は同数、THEは100位内、200位内とも大学の顔触れは全く変わらない。「世界ランキングトップ100を目指す力のある大学」と銘打った事業も世界大学ランキング結果から見る限り、これといった成果があったようには見えない結果といえよう。(QS:東京大学32位、京都大学50位、東京工業大学84位、大阪大学86位、東北大学107位、名古屋大学152位、九州大学167位、北海道大学173位、早稲田大学181位、慶応義塾大学188位。THE:東京大学28位、京都大学55位、東北大学120位、大阪大学162位、東京工業大学195位)

 東京科学大学初の評価対象に

 この事業が終了した後の大学に関する目を引いた出来事に2024年10月1日付で東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して東京科学大学となったことがある。今年6月に公表された最新の「QS世界大学ランキング2026」で、東京工業大学の順位は85位、東京医科歯科大学の順位は697位だった。当然、その後に公表された東京科学大学が初めて評価対象となったTHEの「世界大学ランキング2026」が注目されてしかるべきだと思われた。

 ところが10月9日に公表された最新の「THE世界大学ランキング2026」では、200位内が東京大学26位、京都大学61位、東北大学103位、大阪大学151位。これは前年と比べてもさほど大きな順位変化はない。195位とこれら4校に続き200位内に入っていた東京工業大学が評価対象外となってランキングから名が消えてしまったのは当然だ。ところが代わりに初めて評価対象となった東京科学大学の順位は301-350位。東京工業大学と東京医科歯科大学が統合した効果が見られないばかりか、10年かけた「スーパーグローバル大学創生支援事業」が狙った「世界大学ランキング100位内」に入れそうな大学、ランキングによってはすでに100位内に入っていた大学が1校減ってしまった結果となっている。

英教育誌大学ランキング訂正 

 さらに思わぬ出来事が起きる。THEが東京科学大学の順位を301-350位から166位に訂正したランキングに差し替えたのだ。訂正したという断り書きもなく。筆者はたまたま東京科学大学のホームページに「THE世界大学ランキング2026」順位訂正のお知らせ」と題する表示があるのを見て初めて知った。内容は簡単で「当初『301-350位(国内6位タイ)』とされていた順位が、THEによるデータ訂正により、11月14日付で『166位(国内5位)』に更新された」ことと「今回の訂正は、THEがランキング算出に用いる指標データを再確認したことにより行われた」とする以外の詳しい経緯などは記されていない。

 訂正前のランキング表は消えてしまっているので、訂正後のランキングを見てもなぜ訂正に至ったかも、東京科学大学以外の訂正箇所がどのくらいあるのかも不明だ。東京科学大学広報部に何度か問い合わせたところ、「Reputationスコアが統合により旧2大学分の合算になるため必ず上がるはずと考えていたが、上がっていなかったのでTHEに問い合せをしたことが訂正のきっかけになった」とのことだった。THEの評価法には世界の有力な研究者を対象に「教育(学習環境)」と「研究環境」について評価を求めた「評判調査」結果が含まれている。「評判調査」結果が全体の評価点数に占める比率は、33%と大きく、この点数が大幅に高く訂正されたことが順位向上につながったようだ。

 ただし、東京科学大学によるとTHEからは訂正の連絡はあったものの、他の大学で同様な評価見直しがあったかどうかについての説明はなかったので不明とのこと。当初の発表を香港のメディアが報じていた記事をネットで見つけ、その内容との比較から上位100位内に入っていた香港の2大学の順位がそれぞれわずかに上位に修正されていたことだけは何とか確認できた。一方、最初の発表を筆者が紹介したウェブサイト「サイエンスポータルチャイナ」での記事内容【25-19】40位内に中国本土大学5校 英教育誌世界大学ランキング | Science Portal Chinaと照らし合わせた結果、上位200位内の大学に関する限り東京科学大学以外に大きな順位の訂正はなかったらしいこともなんとか確認できた。

大学の国際評価に薄い関心 

 訂正により日本は上位200位内に入った大学の数は、前回同様5校を維持した。しかし、胸を張れるような結果とは言えない。米国の55校、英国の26校に大きく水をあけられているだけでなく、清華大学12位をはじめとする13校の中国本土、メルボルン大学37位をはじめとする10校のオーストラリア、香港大学33位をはじめとする6校の香港、ソウル大学58位をはじめとする韓国の6校とアジア・太平洋地域だけでも日本より校数が多い国・地域は四つもある。

 さて、こうした状況・経緯を長々と書き連ねてきたのはなぜか。日本の報道機関の無関心ぶりが気になったからだ。そもそも当初のTHE発表を記事にしていた新聞は数紙あったものの東京科学大学の順位に触れた記事も、前年まで200位内の日本の大学数が5校から4校に減ってしまった事実に触れた記事も見たことがない。科学技術、学術を担う中心的機関は大学というのは世界共通の現実だろう。にもかかわらず日本の大学に対する国際的評価について一般の国民はともかく、報道機関の関心が低いのはどうしてなのか。あらためて考えさせられた。

                 (了)