デンマークの自治領グリーンランドを米国が領有する。反対しても軍事力を使ってでも実現する―。こう一方的に言い出して、反対するデンマークなど西欧8カ国に対して特別関税を課すると宣言していたトランプ米大統領。世界中が注視する中、トランプ氏はルッツNATO事務総長との会談で「グリーンランド領有」を取り下げた。トランプ氏は相変わらず、その後も同盟国に関税を課したり、暴言を投げつけたりして反辰を買っている。しかし、米欧メディアの関心は、不可侵・主権尊重という国際秩序の土台を破壊しようとしたトランプ氏に対する信頼感がどこまで揺らいで、その影響力がどう衰退するかに移っている。
反トランプ・スクラムと「ささやき」説得
トランプ氏はルッツ氏との会談で、グリーンランドを含む北極圏に関する枠組みを構築することで合意したと公表しただけで、その具体的内容は明かにしないままになっていた。それから1週間の8日、ルッツ氏は欧州議会で、米国抜きでは欧州を防衛することはできない、防衛力を強化する必要があると発言した。
これがトランプ氏に力ずくのグリーンランド領有を取り下げさせた合意だったとみられる。トランプ氏が西欧諸国は米国頼みで、自らの防衛力強化を軽視してきたので、西欧防衛は米国が勝手にやるというのがグリーンランド領有だった。ルッツ氏がトランプ氏の頑なな思い込みを解きほぐした。
ルッテ氏はリベラルから右翼まで多様な政党を抱えるオランダで、各勢力のバランスを測りながら14年間も中道右派政権の首相を務めた。激論を戦わせるのではなく、ささやき魔」の異名を持つ静かな説得が特技で、居丈高なトランプ氏を見事に翻意させた(ロイター通信)。だが、西欧諸国はNATO強化に何もしなかったわけではなく、トランプ氏が高々と振り上げたこぶしを下ろす手がかりを欲しがっていたとも受け取れる。
もちろんルッツ氏の背後にはトランプ氏の圧力に対しては「宥和策」はつけ込まれるとみて、スクラムを組んで抵抗・反撃を選んだ西欧諸国の決断もあった。ニューヨーク・タイムズ紙の有力ラムニスト、N・クリストフ記者は各国指導者に対して「トランプ氏を宥和的(appease)に扱わないようにして欲しい」と訴えている」(2026年1月24、25日付国際版)。
トランプ氏は狂気? 与党リーダーも懸念
米国の憲法にもどんな法律にも、戦争や非戦闘員養護に関する国際法にもお構いなしにトランプ氏が重ねてきた「暴挙」に対して、米主要メディアは昔ながらの植民地主義、あるいは帝国主義などと非難、世界を「狂気の時代」に追い込んだなどと厳しく批判してきた。しかし、トランプ氏の精神状態については「正気かな?」といったささやきや軽口批判にとどまっていた。2年前の大統領選テレビ討論会で相手のバイデン大統領の高齢によるもたつきを嘲笑したトランプ氏だったが、自分も当時のバイデン氏の年齢に迫ってきたことから「気を付けている」といった記事が流されるようになっていた。
グリーンランドの「強奪も辞さず」はこうした微妙な雰囲気を吹き飛ばした。日ごろからトランプ批判をしてきた主要な新聞やテレビは公然と「トランプ氏はおかしくなった」というコラムニストの論評を報じるようになった。これは重要な状況の変化ではある。だが、共和党支持でトランプ氏を直接批判するのは避けていた穏健保守主義を代表するⅮ・ブルック氏がトランプ氏を真っ向から批判したニューヨーク・タイムズ紙意見欄へ寄稿(2026年1月24、25日付)が、トランプ氏とその支持層に大きな衝撃を与えたことは間違いないだろう。
この寄稿は、トランプ氏が繰り広げる次の場面として「トランプ氏の精神分裂症」(いわゆる高齢化による認知症を指していると思われる)の主見出しに、「世界の出来事が一人の男の傷ついた精神によって引き回されている」との脇見出しが添えられている。以下に同紙国際版からその要点を引用させてもらった。
自己陶酔型大統領
▽われわれは今、以下の4つの「分解現象」に直面している。①第2次世界大戦後の国際秩序、②「不法移民」国外追放にあたる移民・捜査局(ICE)捜査官の過剰な実力行使による米国内の平穏、③トランプ氏の介入による米連邦準備制度理事会(FDR)の独立性、④トランプ大統領の精神分裂。このうち最優先の課題は④のトランプ氏の精神分裂。
▽自分が知る歴代大統領の中で、自己陶酔型の大統領は任期が進んで高齢化するにつれて自制力が弱まり、高慢になり、名誉を欲しがり、感情を失ってちょっとしたことに過剰反応するようになる。
▽トランプ氏の場合もベネズエラ、イラン、ナイジェリア、ソマリアと軍事力行使の間隔がどんどん短くなり、爆撃の回数は622回、死者の数も増えてきた。国内のミネアポリスの(ICE実力行使によって市民2人殺害)もその一つ。
専制政治がたどる道
ブルック氏の寄稿は2段、200行を超えていて、初めの3分の1でありのままにトランプ氏を厳しく批判。残り3分の2ではギリシャ、ローマの歴史を例にとって専制政治は自らの権力におぼれて孤立し、腐敗の道をたどると警告するとともに「米建国の祖」と呼ばれる独立戦争のリーダーたちが築いた「米国の理念」、さらに第2次世界大戦から冷戦を経て現在に至る米国の歩みをたどっている。
トランプ氏およびトランプ支持層に対する警告と歴史教育とともに、米世論に広く訴えなければならないという、党派を超えた現状への危機感がうかがえる。
西欧極右諸党から絶縁状
トランプ氏は思わぬ痛手も負った。フランス、英国、オランダ、ドイツ、イタリアなどの西欧諸国では極右政党がじわじわと議会浸透してきた。しかし、政権をにぎったのはイタリアだけ。超大国の政権に就いたトランプ氏らは西欧諸国の極右政党に対して指導者の立場をとっていた。
しかし、「ドイツのための選択肢(AfD、ドイツ)」、「リフォームUK」(英国)、国民連合(RN、ドイツ)など西欧諸国の極右政党は、トランプ氏のベネズエラに対する国際法無視の軍事攻撃・侵攻および力ずくのグリンーンランド領有要求に対しては反対してきた。トランプ氏がグリーンランド領有は断念したものの、西欧極右政党がそれぞれトランプ氏がやってきたことは自分たちの保守・右翼主義とは全く関係ないとの声明を明かにした(ニューヨーク・タイムズ国際版2026年1月28日付国際版)。
トランプ氏に対する国際的な批判の高まりで、極右とされる自分たちが同じに扱われることを避けるための絶縁声明と言えるだろう。トランプ政権はトランプ主義党で共和党保守派が中心。西欧の極右政党と同じ扱いはできないが、広い意味で見れば、この絶縁声明はトランプ政権の国際的な孤立が進んでいることを鮮明にしている。
(1月30日記)