米国では11月上旬に上下両院議会の改選と各州の知事・州政府首脳および州議会改選を同時に行う中間選挙が行われる。トランプ大統領には苦しい選挙になりそうというのが一般的な見方だ。だが、米民主主義を次々と「骨抜き」にして絶対的な強権を手にしているトランプ氏は、この選挙を逆にさらなる権力集中の機会に使おうという「陰謀」に乗り出している。
その柱になっているのが、憲法で州政府に与えられてきた選挙実施権限の連邦政府(実際には大統領である自分)への委譲。裁判所からはすでに憲法違反との判断が出されているが、それであきらめるトランプ氏ではないようだ。
トランプ氏は歴史を体現しているホワイトハウスを、勝手に自分の好みの「トランプ・ホワイトハウス」への改築を進めたり、歴史と伝統を親しまれてきた公の博物館などから、大嫌いな民主党大統領だったケネディ家の施設にまで自分の名を付け加えたりと、何のてらいもなく自己顕示欲丸出しの奇行を積み重ねてきた。こうした言動を含めて共和党支持の著名な評論家が公に精神分裂症の症状と指摘するに至っている(『Watchdog』2026年2月2日拙稿)。
トランプ氏の選挙実施権限を握りたいという執念も、ほどなく建国250年を迎える民主主義の米国を絶対的な権力を持つ「王様」あるいは「君主」が君臨する「トランプの米国」につくりかえたいという、同氏の特殊な言動の一つとみるほかはない。
「盗まれた選挙」の証拠探し
トランプ氏は選挙実施権限を自分が握ることにこだわる理由を隠していない。トランプ氏は2020年大統領選で敗れたが、この結果を受け入れず当選したのは自分だったのに対立候補(バイデン民主党候補)の不正投票・不正開票によって大統領ポストを盗まれたと主張し続け、政権あるいは与党共和党においても支持者に「盗まれた選挙」を信じることを求めてきた。トランプ氏はそれだけでなく、いまだに実際に不正投開票があった証拠をつかみたいと考えている。
トランプ氏は米国の歴史に残る大改革を成し遂げた大統領として名を残したい。だが、このままでは、「無能大統領」と嘲笑し続けてきたバイデン氏に再選を阻まれたという事実が歴史に残される。その2020年大統領選の開票結果に対して、トランプ陣営は最高裁を含め全米各地の裁判所に「不正選挙」を訴えた。60件余りに及ぶこの訴訟は全て却下され、トランプ政権の司法長官も不正はなかったと 捜査結果を公表しているので、法的には決着済みである
しかし、トランプ氏は最近、司法当局および情報機関担当部門に指示して、2020年大統領選で大接戦の末にバイデン候補に多数を奪われた南部ジョージア州フルトン郡の投開票記録の提出を求めている。そのほかの接戦となった州に対しても同様の投開票記録の提供を求めているが、いずれも拒否されている。
自分が選挙実施の権限を握れば、こうした選挙結果にかかわる資料入手はもとより、投票結果を操作することだって思うようにできる。トランプ氏がこう考えているとみておかしくはないことは、これまでの言動から判断できる。
中間選挙に「何が何でも勝つ」
新しい大統領が2年目に直面する中間選挙は「ご祝儀」期間は過ぎて、まだ十分な実績もないというのか、野党が議席を伸ばすのが通例になっている。2期目のこの1年余り、トランプ氏の「米国改造」の長期的評価はまだできないが、内政では主要省庁の再編・縮小・人員整理、大幅再編、経済では世界中を慌てさせ、国内でも関税戦争の仕掛け、国際的な孤立や軍事力行使など自ら創り出した「敵」との戦いがもたらした混迷と波乱の連続が国民を疲れさせ、中間選挙での苦戦予想につながっているとみていいだろう。
しかし歴史に残る「大大統領」を目指すトランプ氏は、中間選挙で傷を負いたくはない。それは守りだけでは難しい。となると攻撃するしかない。それが選挙実施の権限を自分が握って、何があっても勝とうという戦略になった。ズバリ予測すれば、2020年大統領選と同じように、投票結果で負けてもそれを認めないだろう。
トランプ氏がまず取り掛かっているのは、有権者の選挙投票資格の厳格化。米国では選挙に際して有権者は事前に投票登録をして、投票権をもらうことになっている。これにたいして出生証明塩、市民権、、運転免許証など写真付き証明書の提示を求める法改正を下院共和党が成立させた。上院では民主党が審議妨害(フィリバスター)を駆使して抵抗を続けている。この投票資格厳格化が実施されると民主党票が相当数投票不能になるとみられている。
トランプ氏はこの戦略推進の責任者に、直接の担当部門であるボンディ司法長官あるいはパテル連邦捜査局(FBI)長官などではなく、国家情報長官ハバード氏を据えた。同長官は情報の専門家でもないが、トランプ氏の信頼が厚いといわれる。これはトランプ氏が相当に追い込まれていることを示すと受け止められている(ニューヨーク・タイムズ紙)。
「ドンロー主義」と中国
トランプ氏がここまで追いこまれている主な理由は外交の失敗にある。トランプ氏は、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席を「優れた政治家」と高く評価し、話が通じるとみていた。プーチン氏と話し合えばウクライナ戦争はすぐにも解決できると公言していたが、とんだ思い違いだった。
中国に対しては低価格製品の輸出攻勢に対して関税戦争を仕掛けたが、手痛い反撃を食らった。トランプ氏は中国を敵対国扱いのリストから外した。米国の「保護国」の様相を増していた西欧諸国と米国の分断が進行中だ。
トランプ政権が昨年末に明らかにした新たな国家安全保障戦略には米国に対する脅威の分析はなく、米国は1世紀半前の「モンロー主義」に戻って、西半球国家に回帰しようとしている。トランプ氏のファーストネームのドナルドをとって「ドンロー主義」と呼ばれる、米国が世界の指導者を務めていた間に、西半球(ラテンアメリカ)では中国の経済的な進出が根を下ろしていた。新たな米中摩擦が起こるかもしれない。
(2月15日記)