「カジノ疑惑」混迷するIR誘致合戦 1兆円超える投資うたい文句に

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1月29日、30日の両日、横浜市のパシフィコ横浜で開かれた「統合型リゾート産業展で行われた派手なラスベガスのダンスショー(Photo by Ken Shindo)

 安倍政権が経済政策の目玉にする統合型リゾート施設(IR)の誘致合戦が混迷している。IRなどを担当する内閣府副大臣だった秋元司衆院議員は2019年12月25日、日本のIR事業参入を目論む中国・深圳に本社がある「500ドットコム」(中国政府公認のオンラインスポーツくじ販売会社)からの収賄容疑で逮捕された。私が秋元司の名前を知ったのは2019年の夏だった。7月、内閣府が推進する企業主導型保育園の助成金の申請手続きが杜撰で詐欺事件が発覚、福岡のコンサルタント川崎大資容疑者が逮捕された。事件で内閣府から事業を委託されている公益財団法人「児童育成協会」は川崎容疑者が助成金申請を代行した12施設に対し、計約12億円の返還を命じた。協会の審査を通るとおよそ2億円のカネが出る。また川崎容疑者は当時、内閣府の副大臣だった秋元司議員と親しい関係であることもわかり東京地検が動き、会計検査院も乗り出していた。

大物逮捕に至らなかったIR汚職捜査

 2019年末、東京地検が秋元議員を逮捕したとき特捜部は、事件の関係先として千葉県印西市にある自民党の白須賀貴樹衆院議員の事務所や宮城県石巻市にある自民党の勝沼栄明前衆院議員の事務所を家宅捜索した。白須賀氏は同年12月、秋元容疑者とともに深圳にある500ドットコムを訪問していた。だが2人の接点は別にもある。白須賀議員は2005年7月、千葉県流山市に保育園設立し理事長に就任、また自らの保育園で雇用問題で保育士にマタハラで訴えられたこともある。

 しかし、せっかくの特捜部による議員逮捕も、飛び交うカネは「100万」「300万」と少額で本命はもっと大物とみられる。秋元司議員は二階派でもある。捜索で今年に入り新たに5人の国会議員が現金を受け取っていたことが明らかになり、政界大物が絡んでいるという情報も出ており、カジノ疑獄事件に発展する様相を呈していた。現職議員の逮捕で政府は1月中に予定していたカジノを含む統合型リゾート施設基本法の審議を先送り、野党側はIR整備法を廃止する法案を提出するなどカジノに対する批判が強まっている。

 1兆円を超える投資をうたい文句にした訳のわからないIR法は、政府の説明によると、警察や検察幹部も入る「カジノ規制委員会」でしっかり監視するという。カジノ管理委員会は内閣府に外局として置かれる、カジノ施設の設置及び運営に関する秩序の維持及び安全の確保を図るため、カジノ施設関係者に対する規制を行うという。原子力規制委員会などと同様に独立した権限で、カジノ運営の免許を事業者に与えたり、不正が発覚した場合、免許取り消しの行政処分を行ったりできる。

 1月10日、カジノ管理委員会の初会合が開かれた。会議は非公開で行われ、元福岡高検検事長の北村道夫委員長と5委員が出席、内部規則を審議した。その北村氏は2015年から2018年まで、防衛監察本部防衛監察監を務め、PKOの日報問題では、特別防衛監察を行っている。また非常勤の委員である樋口建史元警視総監は菅官房長官と親しい。その検察官人事でも奇怪な人事が強行された。2月10日、政府は安倍首相と菅官房長官に近い東京高検の黒川弘務検事長(63)の定年を半年延長する閣議決定をした。

 さらに衆院内閣委員会は5月8日、国家公務員の定年を引き上げる国家公務員法改正案の実質審議に入った。検察官の定年を延長する検察庁法の改正部分を含んでいる。立憲民主党などの野党会派と共産党は黒川氏の定年延長問題をただすため森雅子法相の答弁を求めたが、自民党が応じなかったため反発し、審議を欠席した。審議入りへの反発も高まっている。会員制交流サイト(SNS)のツイッター上で9~10日にかけ、検察庁法改正に抗議意思を示す野党議員や著名人とみられるツイートが相次ぎ、約300万以上を記録した。

横浜の説明会に誘致反対の住民ら押しかける

1月29日、30日の両日、横浜市のパシフィコ横浜で開かれた「統合型リゾート産業展」の説明会。会場ではヘルメット姿の男性が、基調講演する平原敏英横浜市副市長に「カジノはいらない」と抗議した(Photo by Ken Shindo)

 IR法の施行を目前にこれまで北海道、千葉、東京、横浜、愛知、大阪、和歌山、長崎の自治体が誘致を検討してきた。こうした中、菅官房長官のおひざ元、横浜市では1月29日、30日の両日、パシフィコ横浜で「統合型リゾート産業展」が開かれた。同展にはマカオやシンガポールなどのIR事業社と鹿島建設、清水建設、大林組など大手ゼネコン、電機メーカーなど約50社が参加した。場外では横浜市へのIR誘致に反対、住民投票の直接請求を目指す「カジノの是非を決める横浜市民の会」が「カジノを産業にするなんて許せない」と声を上げ、抗議した。

 一方、東京地検はこれより前の1月23日、秋元議員逮捕の関係先として、香港に本社を持つカジノ運営企業「メルコリゾーツ&エンタープライズ」の日本支社を捜査したことが明らかになった。メルコは日本でのIR事業参入に熱心で、東京や大阪、横浜に日本法人を設立している。

 会場ではIR有識者による講演会も行われた。初日冒頭、山下ふ頭に誘致を計画する横浜市の平原敏英副市長は「横浜を訪れる外国人観光客の宿泊数の伸び率が低く、日本全体の1%に満たない」、「人口減少にともない税収が減る」、「高齢化社会による医療・介護費の負担増」、「公共施設の老朽化や災害対策費用で2・5兆円が必要」と、市の財政について説明、「誘致が問題解決の一助である」と締めくくった。

突然欠席したマカオのカジノ大手会長

 続いてカジノ大手6社の幹部が各30分間ずつ講演。ギャラクシー・エンターテインメント・ジャパン日本地区総支配人の岡部智氏、ゲンティン・シンガポールのタン・ヒーテック社長がスピーチ。マカオから来日予定だった注目のメルコリゾーツのローレンス・ホー会長は予告なしに突然欠席、横浜の齊藤直人上級副社長が代理で講演した。同社によると、新型コロナウイルスの対応で講演を取りやめたといい、「記者会見などのメディア対応はしない」ということだった。

 秋元司容疑者は3年前の2017年12月、贈賄側の中国企業が用意したプライベートジェットで招待され、マカオなどを視察し、メルコのカジノ施設にも立ち寄っていた。150万円相当の旅費の提供を受けたなどとして収賄の疑いで今年1月 14日、再逮捕された。

 1月29日、安倍晋三首相は参院予算委員会で統合型リゾート(IR)問題をめぐる質疑で2017年2月の訪米時に米大手カジノ事業者と面会した事実を認めた。首相が大手カジノ事業者と面会したのは、ワシントンで開かれた朝食会で14人の米企業幹部が参加、カジノ業界からは「ラスベガス・サンズ」、「MGMリゾーツ・インターナショナル」、「シーザーズ・エンターテインメント」のCEO(最高経営責任者)3人が出席。3社は日本のIR参入に意欲を示していたが、「IRの(参入に関する)要請はなかった」(社民党の福島瑞穂氏の質問に回答)。

「カジノは幻想」

 その一人である、「ラスベガス・サンズ」社長 兼 CEO ラスベガス・サンズ グローバル開発マネージング・ディレクターであるジョージ・タナシェビッチ氏も横浜で講演、「法規制やセーフガードなど多様なリスクに適切に対応することで、シンガポールがいい手本になる。その結果ギャンブル依存症は、カジノ設置後に減少した」とIRの効用を積極的に説いていた。

 またギャラクシー・エンターテインメント・ジャパン最高執行責任者、テッド・チャン氏は「IR汚職があっても計画に遅れがないことを期待し、われわれのアプローチや予定は変えずに進めるべきだ」と意欲を語る。そしてギャラクシーの提携するモナコのカジノ大手、モンテカルロSBM幹部も応援に駆け付け、「伝統的な地中海のイメージを打ち出すギャラクシーグループのIRリゾート建設」をアピールしていた。

 さらに、韓国でIRを経営する日本のセガサミーホールディングスの里見治紀社長は「横浜の宝石箱の中に新しいジュエルを提供したい。 宝石のような設計になっている。 まだインバウンド効果も全然取れていない。 五つ星ホテルもひとつもない。 だからこそ、ものすごい伸びしろがこの横浜にあるのです」と自信たっぷりセガの「夢」を語った。ちなみにセガは現在、東京五輪のメイン会場となる東京湾岸の江東区青海地区に大規模なゲームセンターを運営している。三菱総研の構想よると、もし東京都がカジノ誘致した場合、日本船舶振興会(日本財団)によって設置された「船の科学館」跡地を含め、お台場・青海地区が候補地として取り沙汰されている。

 いずれの講演者たちもおいしい話のオンパレード。だが「リゾートと雇用促進」を錦の御旗にした「賭場」は胴元だけが儲かるのが常識だ。事実、米国ラスベガスではカジノ産業は斜陽化の一途をたどっている。カジノは幻想だ。

 なお、IR展会場になったパシフィコ横浜の目前にある大黒ふ頭では豪華クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」(建造:三菱重工業長崎造船所)が停泊、新型コロナウイルスに感染した乗客の検疫でパニックになった。リゾートを象徴する治外法権のクルーズ船にはもちろんカジノがある。想定外の新型コロナウイルス上陸で横浜市のカジノ誘致作戦は白紙になる可能性が大きくなったと言えそうだ。

 横浜市の林文子市長は4月15日の定例記者会見で、6月に予定していたIRの誘致事業の要件をまとめた実施方針の公表を8月に延期すると正式表明した。「新型コロナウイルス感染拡大の危険が増しており、感染症対策を最優先する」としている。

 だが林市長は、IR誘致担当の業務は継続し、2020年度内に事業者を決定する日程は変えないとしており、一部が延期となっている市民向けの説明会は「ぜひ自分でやりたい」と意欲を示した。

 林市長は、IRの誘致を決してあきらめていないのだ。コロナ禍の中、市民らのIR誘致反対運動がどこまで盛り上がるかがカギを握っている。

【参考】

■出展したカジノ企業 ( )内は本部所在地

ギャラクシー・エンターテインメント(香港)

ゲンティン・シンガポール(マレーシア)

ラスベガス・サンズ(米・ラスベガス)

メルコリゾーツ&エンターテインメント(香港)

セガサミーホールディングス(日本)

ウィン・リゾーツ(米・ラスベガス)