「検察官の定年延長問題」文春報道で事態急変しても問題は変わらず 黒川検事長辞任でも改正案成立固守する安倍政権 

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 黒川弘務東京高検検事長が産経新聞記者や朝日新聞元記者と賭けマージャンをしていたと週刊文春が報じ、黒川氏は21日、法務省の調査に事実関係を認め、安倍晋三首相に辞表を提出した。安倍晋三政権は5月18日、コロナ禍にも関わらず、成立にこだわってきた検察庁法改正案について、今国会での成立を断念しており、文春の報道により事態は一層、急変したようにみえる。しかし、黒川検事長問題と検察庁法改正は全く別とする安倍政権は、法案を秋の臨時国会への継続審議とする強い意向を示した。内閣の判断で検察幹部の定年延長を可能にする改正案は、黒川氏の定年延長を後付けで正当化しようとするものといえ、黒川氏への違法ともいえる政権による無理筋の定年延長とどうみてもつながっている。黒川氏が退任したとしてもメディアや野党は追及を緩めるべきではない。

不自然な黒川氏の振る舞い

 21日発売の週刊文春のスクープ記事は、コロナ禍で非常事態宣言が出ているさ中の5月1日と13日、黒川氏は産経記者の自宅マンションで産経記者2人や朝日元記者1人と賭け麻雀をしていた、との内容だ。この記事の中で、この情報は「4月下旬、産経関係者からもたらされた」と書いている。なぜ、この時期に、メディアの〃監視下〃にあったはずの黒川氏はこのような振る舞いをしたのか。また、「産経関係者」が文春に情報提供した意図は何か。いずれも不自然だ。元文部科学事務次官の前川喜平氏は「僕のうがった見方」とした上で「黒川氏は辞めたかった。しかし、官邸との関係で辞められない事情があった。彼は辞める理由がほしかった。だから、自分の賭けマージャンを産経の記者にリークさせた」とツイートした。私は前川氏のツイートをフェイスブックで知った。前川氏には、背後に官邸の姿が見え隠れする読売新聞による「出会い系バー」報道という苦い体験からこのような意見をツイートしたのだろう。

 前川氏の言うように、官邸がそこまでやるかどうか、証拠はない。その判断は難しいが、検事の定年延長問題の経緯を見ると、前川氏の言うことは、何となく納得できる説である。定年延長問題の詳細な経緯を明らかにするため、国会で黒川氏をはじめ法務省や検察関係者らを証人喚問し、事実の解明を急ぐべきである。もう一つ、今回の文春のスクープは、メディアの在り方にとって大きな課題を投げかけている。私も40年以上前の現役の時に検察担当記者だったので自戒を込めて言うが、「取材記者と権力機関との癒着」の関係や当局と記者の間の距離について、今回、当事者となった産経と朝日だけでなく、メディアの内部で徹底した自己検証が必要だと考える。

首相発言は本当か

 安倍首相は検察庁法改正案を今国会で断念する3日前の5月15日夜、ジャーナリスト櫻井よしこ氏のインターネット番組に出演して、櫻井氏から「黒川氏の定年延長は法務省が提案したのか」と問われ、「全くその通りだ。検察庁も含め、法務省が『こういう考え方でいきたい』という人事案を持ってこられ、われわれが承認するということだ」と明言した。そして官邸の介入に関して「それはもうあり得ない」と強調した(東京新聞5月18日付朝刊)と報じられている。さらに、黒川氏と官邸は近い関係にあるとの見方について「(負の)イメージを作り上げているのだと思う」と反論した。要するに、首相が言いたいのは「黒川氏の問題と検察庁法の改正は無関係だ」ということにある。

 では、首相発言は本当なのか。「黒川検事長問題」は検事総長ら検察幹部を最長で3年間、内閣や法相の判断でそのポストにとどめられる検察庁法改正案の発端となる問題だ。検察庁法には、その「独立制」を維持するために定年延長の規定はないにもかかわらず、政権は黒川氏の定年を国家公務員法の解釈変更という〃奥の手〃を使って閣議決定により半年間延長させるという違法性の高い荒技で行ったものである。しかし、はっきりしたことは情報がまだ開示されていないので不明な部分はあるものの、黒川氏の定年延長が行われた経緯を詳しく見れば、その関係性は強いと考えられる。どちらにしろ、政権は詳しいその経緯を明らかにしていない。そこで、メディア報道などで分かっている範囲で黒川検事長問題のおさらいをすると、首相の主張のおかしさが浮かび上がってくる。

法治国家とはいえない

 検察庁法は、検事総長の定年を65歳、それ以外の検察官を63歳と規定する。この定年規定と検察官の厚い身分保障の二つが「検察官の独立性・中立性」を担保するものとされてきた。政権はこれを国家公務員法の「勤務延長の規定」を当てはめて、黒川氏が63歳で定年となる直前の1月31日、閣議決定により、黒川氏の定年を8月7日まで半年間延長した。延長の理由は「重大かつ複雑困難事件の捜査・公判に対応するため」としている。具体的には、日産ゴーン事件でゴーン氏が海外逃亡したことを挙げている。しかし、東京高検検事長という検察ナンバー2のポストで、具体的事件の捜査・公判に直接、関与することなどあり得ない。

 さらに、「検察官は国家公務員法の定年延長制は適用されない」との1981年の国家公務員の定年を初めて決めた国会での人事院任用局長答弁を元検察官の山尾志桜里衆院議員(無所属)から2月10日に指摘され、安倍首相は2月13日の衆院本会議で、黒川氏の定年延長を決める際に、国家公務員法の解釈を変更したとの苦しい説明をした。そもそも、法律的には「特別法である検察庁法は一般法である国家公務員法に優先する」との原則がある。黒川氏の定年延長自体が検察庁法違反との指摘をする検察OBを含めた法律家は多数だ。国会での審議もせずに、閣議決定だけで、法改正を伴わないものを解釈変更できるとなると政府は、何でもできることにならないか。これでは法治国家とはいえない。

違法性の高い閣議決定

 黒川氏は法務省の官房長や事務次官を7年間近く続け法務省勤務が長い〃赤レンガ派〃であることは事実だ。黒川氏と司法修習35期の同期で稲田伸夫検事総長ら検察中枢が次期の検事総長に推したとされる林真琴名古屋高検検事長も法務省人事課長や刑事局長を経験するなど、法務省勤務をしている。2人とも、法務省幹部だったのだから、それなりに時の政権に近かったか、あるいは近いことは、客観的に見て事実だろう。ただし、今回の無理筋の定年延長が黒川氏個人に対してなされていることから、黒川氏のその近さは林氏とは比べものにならないということだろう。民主党政権時代の「検察の在り方検討会議」で委員となり、事務局をつとめた黒川氏と仕事をしたジャーナリストの江川紹子氏は「(黒川さんは)たぶん安倍政権にべったり、というのは少し違って、おそらく彼は、上司にとことん仕える能吏なのでしょう」(5月14日付朝日新聞)という。だから、時の政権に重用されるということなのだろう。

 現在の法務・検察に詳しいジャーナリストらの話を総合すると、検察中枢は昨年暮れ、何度か黒川氏の同期ライバルの林氏を次期総長含みで東京高検検事長に推したが、林氏が法務省時代に時の法相とぶつかったことがあり、官邸にこの人事を拒否された。逆に官邸から稲田検事総長は、黒川氏 を後任にする前提で退官するよう圧力を受けたが、稲田総長は拒否し続けた。しかし、最後は稲田氏はこの人事を認めたのではないかということらしい。この説だと、稲田総長も結果として認めたのだから、安倍首相の「法務省から持ってきた人事案」という話は、必ずしも否定できない。もしそうだとしても、その人事案を官邸が法務省に持ってこさせたということも大いにあり得る。また、このような違法性の高い定年延長人事の閣議決定をした責任は安倍首相にある。

安倍ルートか菅ルートか

 この問題について読売新聞(5月19日付朝刊)は「検事総長人事残る火種」で「黒川氏はかねて『首相官邸に近い』と指摘され、菅官房長官や事務方トップの杉田和博官房副長官らが、その手腕を高く評価してきた。(中略)稲田検事総長が7月で就任から2年となることから『黒川氏の定年延長は今夏の検事総長就任含み』との見方がもっぱらだ」と書いている。黒川氏が近かったのは菅ー杉田ラインだったと読める記事である。警察官僚の杉田氏は内閣人事局長でもある。

 一方で、今回スクープした週刊文春は、黒川氏が事務次官当時、共謀罪法案の成立に向けた根回しに動いた当時内閣情報官だった北村滋氏(現国家安全保障局長)と強い絆で結ばれた、と書く。北村氏は警察庁出身で「官邸のアイヒマン」ともいわれ、安倍首相が最も信頼を寄せる「官邸官僚」の一人。首相の腹心の北村氏を通じて首相と黒川氏は深くつながっている。だから黒川氏は「官邸の守護神」といわれるのだという。「官邸に近い」の意味だが、現在、安倍首相との溝があるとされる菅氏ルートでなく、北村氏を通じた安倍ルートだというのだ。官邸が黒川氏にこだわった理由は、桜を見る会疑惑か現在進行中の河井克行前法相の公選法違反なのか、「とことん仕える能吏だから」なのか分からないが、官邸の黒川氏への執着は異様だった。「能吏」は他にもいるので、「やはり・・・」ということになる。しかし、証拠はない。

定年延長の異様さ感じ取った検察OB

 どちらにしろ、黒川氏の定年延長問題が、検察庁法改正案が問題になる発端となったことは事実だ。黒川氏の定年を法的効力のない閣議決定で延長したことで、政権はこれを遡って正当化させるために、昨年秋まで「定年65歳、役職定年あり」と特例のないシンプルだった法務省の定年案をいつの間にか特例付きの法案に変更されたということなのだろう。だから野党は「後付け」と非難するのだ。

 従って、黒川氏の問題と法案は全く関係ないと言い切ることはできない。むしろ、一連の経緯を考えると、黒川氏の定年延長と法案との関係は、国会のドタバタ劇を見ても「無関係だ」とは説明しにくい。さらに、野党質問で明らかにされた「検察官は国家公務員法の定年延長制は適用されない」との人事院の答弁を、法相はじめ法務省幹部が事前に調べていなかった疑いも浮上している。だから、黒川氏の定年1週間前にバタバタと閣議決定という違法な形で定年延長が行われたのではないか。そうすると、国会での森雅子法相の「検察官逃げた」や「口頭決裁」といった迷答弁も理解できる。 

 確かに、このように見てくると、黒川氏の異様な定年延長は、検察トップを巡る人事抗争の面があるようにも見えるが、これに官邸が積極的に絡み、かつ現在形で進行中の事件に影響を与えるとしたら、とんでもないことである。ツイッターで抗議の声をあげた市民や反対意見書を出した検察官OBたちは、そのにおいを敏感に感じ取っていたといえる。