野党やメディアは、臨時国会の開催を要求しているが、安倍首相は週1回の「閉会中審査」で担当大臣が説明していることなどを理由に応じようとしない。「囲み取材」や「ぶら下がり」という官邸から出入りの際の声かけのような簡単な取材には応じているが、正式な記者会見はなかなか実現しない。そんな中でやっと実現した首相記者会見。6日はたった16分余り、9日の「長崎の原爆記念日」の記者会見も約18分だった。それも記者の質問が広島が4問、長崎が2問だった。6日の会見では、朝日新聞の「このところ、正式な会見が開かれていない」との質問に「今回もコロナウイルス感染症について割と時間をとって話した。節目、節目において、会見をしたいと考えている」とした上で、コロナ対策を担う西村康稔経済再生相と菅義偉官房長官が「日々お話をしている」と逃げた。
首相の記者会見は国の最高責任者である、内閣総理大臣が国民にメッセージを発する絶好の機会でもある。コロナの感染が大きく拡大する中にあって、国民の不安を取り除くためにも十分な時間をとって、今どのような状態にあり、今後、具体的にどういう対応をするのかを丁寧な説明をすることは、当たり前ではないのか。おそらく、安倍さんは、「モリ、カケ、サクラ」問題という負の経験がトラウマとなり、時間をかけた記者会見をするのが嫌なのだろう。ことあるごとに「国民に丁寧な説明を」と繰り返してきたが、この言葉がいまはむなしく響くだけである。
現場の記者たちの危機感に期待
私は「ウォッチドッグ21」の「『首相、都知事の記者会見』一体誰のためにあるのか、相手の嫌がる質問しない記者側にも大きな問題」(7月26日)の最後に「いまのところ、特効薬はないが、少なくとも権力にすり寄ることでは解決しなのは確かだ。記者会見は、その在り方を根本的に変える時期にきている。そのためには、まず現場の記者たちが変わる必要がある」と書いた。
6日の会見で「正式な記者会見」を求めて追加質問した朝日新聞記者がいたことに少しほっとした。また、その2日前の4日、毎日新聞政治部の宮原健太記者が安倍首相へのぶら下がり取材で「(臨時国会を)すぐ開く必要あるんじゃないですか。総理、感染者増えていますよ。総理、しっかりと、国会で説明する必要あるんじゃないですか。総理。総理、逃げないでください」と激しく追及した。(宮原記者のYouTube「毎日新聞ブンヤ健太の記者倶楽部」8月5日でその音声を聞くことができる)。朝日記者と宮原記者いずれも大手紙の政治部記者である。東京新聞社会部の望月衣塑子記者だけでなく、まだ少数なのかもしれないが、今のメディアの在り方に危機感を持つ現場の記者たちが声を上げ始めたことに期待したい。おそらく、このような動きは一番、政権が嫌うことなのだろう。
官邸職員が朝日記者の腕をつかんだでトラブル
6日の広島での首相会見で、朝日新聞の記者が、幹事社質問のやりとりの後、座ったまま挙手して「総理、まだ質問があります」と聞き、首相は答えた。記者は質問を続けたが、司会役の広島市職員が会見終了を宣言し、首相は退席した。この際、官邸報道室の職員が「だめだよ。もう終わり終わり」と短時間、記者の右腕をつかんだ。朝日新聞社は同日、「質問機会を奪う行為につながりかねず、容認できない」として官邸報道室に抗議し、再発防止を求めた(朝日新聞8月7日付朝刊)。この問題について菅官房長官は翌7日、「(首相の)広島空港への移動時刻が迫っていた中での出来事で、速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていないとの報告を受けている」と述べた(朝日新聞8月8日付朝刊)。
要するに、朝日記者の腕をつかんだかどうかは、他社の目撃証言や証拠写真などがあれば別だが、朝日側と官邸側の〃水掛け論〃となっている。このこともあるのだろうか、報道したのは当事者の朝日をはじめ、毎日、東京、共同通信、時事通信、TBSなどで、報道しない大手メディアもあった。
問題はきちんとした記者会見をやる気があったのか
問題の本質は、「腕をつかんだ」かどうかではない。49日ぶりの会見だったはずで、どれだけ十分な時間がとれたかが重要である。この日の会見は事前に官邸側から内閣記者会に10分間、それも内閣記者会と地元の記者会の幹事社から2問ずつ質問に答えるとしていた。朝日新聞は3日、広島と長崎の会見でより多くの質問の機会を確保するよう内閣記者会を通じて官邸側に要望していたという。
朝日新聞の6日の「首相動静」によると、広島市内のホテルで記者会見が始まったのは午前10時23分、8分間、首相の発言があり、事前に官邸側が予告した10分間には2分しかなく、結果として質疑応答は8分間だった。朝日の正式会見を求めた追加質問は別にして、「コロナ対策」などいずれも質問内容は記者会側から官邸側に事前に提出されていた。10時39分ごろ、会見終了。11時57分、広島空港発、午後1時11分、羽田着、同50分、官邸着。官邸での執務が始まるのは、午後3時35分。執務は夕方まで続き、午後6時20分、自宅となっている。
首相にやるつもりがあったならば、ある程度時間をとった記者会見はできたのではないか。念のために9日の「首相動静」をみると、長崎市内のホテルでの記者会見は午後1時30分から約18分間。この後、支援者らと空港で写真撮影。帰京後は自宅へ。こちらもきちんとした会見をやろうと思えば、その時間はつくることができたはずである。官房長官が弁解するように「移動時間が迫っていた」からなどではない。そもそも、首相にきちんとした会見などやる気はなかったのだ。このことは首相がよく使う言葉で言えば「しっかりと」確認しておく必要があるだろう。
「産経抄」が提起したものは
8月8日の産経新聞のコラム「産経抄」は、朝日新聞記者への官邸職員による質問続行を中止させるための制止行為について、「これだけ聞くと、官邸側が高圧的に都合の悪い質問をやめさせたような印象を受けるが、実際はどうだったか」と書き、「官邸報道室は質問は4問を受け付けると告知していた。ところが朝日記者は4問目の質問が終わった後にも質問し、それに首相が答えてもさらに質問を重ねようとしていた」と批判した。その上で「第1次安倍政権時のことである。当時は原則として昼と夜との2回、ぶら下がりのインタビューがあった。安倍首相は語っていた。『質問者は各社1人でいいはずだが、朝日は4人も5人も出していろんな角度から次々と質問し、失言を引き出そうとする』」。
私は新聞の論調は多様性が必要だと考える。だから朝日から産経まで必要だ。ただ、歴史認識やジャーナリストとしてのスタンスは違っていても、記者ならば会見で再質問や二の矢、三の矢を出して取材対象からホンネを引き出そうとすることは取材の基本ではないのか。私はそのように考えるが、どうだろうか。いくら「朝日嫌い」でもこれでは「ジャーナリズム論」になっていない。朝日新聞は紙面できちんと反論すべきだ。こういうときにいつも逃げている印象がある。
さらに、同じ「産経抄」は、毎日記者にも目を向ける。「4日には、官邸で記者団の質問5問に答えて退邸しようとした安倍首相に対し、毎日新聞記者が『総理、逃げないでください』との声を浴びせた。この様子を日本共産党がツイッターで取り上げると『この記者が私です』とまるで手柄誇りするように名乗り上げる始末だった」と書いている。
毎日新聞は早速、「産経抄」にきちんと反論した。8月9日の毎日新聞デジタル「安倍首相は誰に向けて語っていたのだろうか わずか16分間の会見を考える」という記事の中で「総理、逃げないでください」と言った宮原健太記者のツイッターを紹介している。
宮原記者のツイッターでは「産経にも良き先輩が多くいるので言いたくないが、産経抄はひどい。総理が現在のコロナ下で官邸会見も国会も開かず、閉会中審査にも出ないことは脇に、私の総理追及を『底が浅すぎて、下心が丸見え』と。産経こそ安倍政権に気に入られたい下心が丸見えだ」
メディアの在り方浮き彫りに
この記事は28歳の宮原記者よりはるかにベテランの40歳代の記者2人が書いたものだが、宮原記者の意気込みを以下のように書く。
「答弁をはぐらかす傾向が顕著な安倍首相の記者会見で、再質問ができないということは致命傷ではないかと思う。何より、現在のような新型コロナの状況でも、政府がセレモニー的な会見のみをしていて済むと思っていたら、それは大間違いです。総理に質問して、答えを引き出すことができるのは、首相番を含む記者しかいない。私たち記者は総理への声かけ、再質問を積極的にやっていく必要がある」
宮原記者は昨年まで首相番記者。現在は政治部の野党担当だが、4日にぶら下がり取材があると聞き、上司の了解を得て官邸の取材に参加した。昨年11月から、記事に至る背景や思いなどをYouTubeで発信している。皮肉なことだが「産経抄」によって、メディアの基本的な在り方が浮き彫りにされたといえるのではないか。この点で「産経抄」が提起した問題は大きい。