続編「首相と記者のソーシャルディスタンス」 2回目の「グループインタビュー」とパンケーキ懇談欠席記者の心の葛藤 

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  10月7日の「ウオッチドッグ21」に「首相と記者のソーシャルディスタンス」という記事を書き、首相と記者は「もっと距離を」と訴えた。9日には菅義偉首相と内閣記者会加盟3社の第2回目の「グループインタビュー」が行われた。日本学術会議の会員候補6人の任命拒否について、首相は拒否の具体的理由を語らず「除外された6人を含む105人全員分の推薦者名簿は見ていない」という驚くべき発言をし、「総合的・俯瞰的活動」というあいまいな官僚用語を繰り返した。9月16日の首相就任の時の会見以来、菅氏は「学術会議会員候補者の任命拒否」という「学問の自由」に大きく関係する大問題が起きているにもかかわらず、1度も正式な記者会見をしていない。そもそもまだ国会での所信表明ですらしていない。

 このような中で、できるだけ会見をしたくない官邸が打ち出したと見られる「グループインタビュー」。2回目となってその問題点も明らかになってきた。さらに、3日朝、首相が催した「パンケーキ懇談会」。欠席した京都新聞の記者が心の葛藤を示す記事を書いた。また、オフレコのはずだった懇談内容もその一部が週刊誌の取材で明らかになった。

これではまるで「大本営発表」

 10月9日、5日に続き第2回目の菅首相との「グループインタビュー」が行われた。今回は朝日新聞、毎日新聞、時事通信の3社。朝日新聞は「質問したのはこの3社で、全国紙や在京テレビ局などで構成する内閣記者会の常勤幹事社十数社が同席した」とする。

 朝日新聞10日付朝刊「グループインタビュ-の経緯」によると、「朝日新聞は菅首相が選出された9月16日夜、首相側にインタビューを申し入れた。同29日、首相官邸報道室から、時間的制約などを踏まえ、複数社がグループで首相にインタビューする形式で対応するとの回答があった。グループ分けやインタビューの順番は、取材依頼が届いた順番などで割り振りした。(中略)報道室側は、今後も同様の形式でインタビューを続けたいとの意向を示している」と書いている。

 この記事では、「正式な記者会見」との関係が分からない。記者会見はいつ開かれるのか。朝日新聞などは、学術会議会員候補任命拒否問題で記者会見を求めてきたはずである。その説明がない。単独インタビューならば、まだ理解できるが、3社以外の同席の記者は質問できない。ましてや、フリー記者は同席すらできず、「傍聴」のみだという。これで開かれたメディアの在り方といえるのか。しかも、第1回目は約30分という報道があったので2回目もその時間は30分ぐらいらしい。このような短い時間だと、結局、首相の一方的な説明に終わってしまわないか。「グループインタビュー」について、内閣記者会と官邸報道室でどのような交渉があったのか。また、どうしてこのような形のインタビューを受け入れたのかが分からない。

 これではまるで戦時中の「大本営発表」と同じである。
 だから、インタビュー要旨を読んでも、おそらく、疑問点の重ね聞きをする時間もないために、事実関係がよく分からない部分がある。例えば、6人を除外する前の105人の推薦段階の名簿について首相は「見ていない」と驚くような答えをしている。そのときの記者の質問と首相の回答は以下の通りである。(朝日新聞10日付朝刊「菅首相インタビュー要旨」から)

記者 最初に任命案を見たのはいつで、誰からの報告か。その時点では105人が載っていたか。
首相 最終的に決裁を行ったのは9月28日。会員候補のリストを見たのはその直前だったと記憶しており、その時点では、最終的に会員となった方がそのままリストになっていた。
記者 首相が見た段階で99人だったのか。
首相 そういうことです。 

 この一問一答では、首相が見たのは「決裁時の99人の名簿」だったことになる。その時点でまず、1問1答を見る限り、首相が「105人が載っていたか」について、正面から答えていない。だから、「もとの105人の名簿は見ていなかったのか」と再び問う必要があった。さらに、「誰が名簿から落ちているのか知らなかったのか」「誰が6人を除外したのか」との重ね聞きも、是非ものだったのではないか。

 また、10月2日の野党ヒアリングでは、、菅首相が105人の推薦者名簿を見た可能性を問われた内閣府の参事官が、決裁文書として、99人と105人の両方の名簿を首相に渡したことをことを認めている。6日のヒアリングで、政府は9月28日に首相が決裁した99人の名簿と学術会議が出した105人の推薦者名簿(6人分が黒塗り)を公開した。ところが、内閣府の参事官は黒塗りの推薦者名簿について、首相に提出したかどうか明確に回答しなかった(朝日新聞11日付朝刊)。後付けと言われるかもしれないが、この辺が記者側の質問の中心になるべきだったのではないか。

 安倍政権のころは、記者会側が質問を事前に提出してきた経緯があるので、菅氏は質問提出を受け官僚の作った回答をただ読んでいただけではないのか。それにしても「見ていない」発言は後から問題になるに決まっているので、6人の除外は自分がやったわけではないと、口が滑ったか。あるいは、本当に見ていなかったのか。重ね聞きができれば、ニュアンスぐらいはわかったのではないか。同席していた他社の記者の中には、質問したくてうずうずしていた記者もいたはずである。やはりこの方式はおかしい。

 9日の質問者のもう1社の毎日新聞は、このインタビューについて、10日付朝刊の「インタビュー本記」の末尾に「インタビューは、内閣記者会(常勤19社)に加盟する複数社が個別に申し込んだ。早期に申し込んだ社を対象に、5日に読売新聞、日経新聞、北海道新聞、9日に毎日新聞、朝日新聞、時事通信による合同で実施。両日とも3社以外の常勤社のほか、常勤以外の地方新聞社、外国プレス、フリー記者のうち抽選で選ばれた10人が傍聴した。

 この記事は常勤社とフリー記者らを一緒くたにして「傍聴」と書いているが、フリー記者らは同席すらしていなかったのではないのか。第1回目に傍聴したフリーの記者は、別室で音声を聴いただけだった、としている(10月5日、リテラ)。

欠席した京都新聞記者「みんな悩んでいる」

 9日の京都新聞(電子版)によると、京都新聞の内閣記者会担当記者が3日朝の「パンケーキ懇談会」に欠席した理由を以下のように書いた。欠席したのは、京都のほか、朝日新聞と東京新聞。

 「新型コロナウイルス対策や日本学術会議の会員任命問題を巡る説明が求められている状況にもかかわらず、首相は就任時を除き、広く開かれた形での記者会見を実施していない。国会も開こうとせず、国民に対して所信表明すらない。ゆえに、見聞したことを記事にしない『完全オフレコ』が条件の飲食付き懇談会には参加できない」

 しかし「記者個人としては葛藤もある」という。以下その心の葛藤。

 「記者は取材先に食い込んでネタを取るものと教わってきた。まして本音と建前が交錯する永田町。対象に肉薄しなければとの『本能』がうずく。一国の首相がかみしもを脱いだ時に何を語り、どんな表情をするのか。見てみたい好奇心もある。一方で、メディアに対する社会の視線は大きく変化している。権力との癒着を疑われる行為に自覚的になり、取材プロセスを可視化しないと、メディア不信はさらに深まると思う」

 その上で「物議を醸す首相懇談会。『行くのはどうかと思うんですけど、会社の命令で・・・』と他社の若い記者から言われたが、きれい事でなく、必死に権力に食らいついていく姿勢も、読者の付託に対する一つの答えかもしれない」と書いいている。そして最後に「みんな悩んでいる」。

 記者たちの心の葛藤はジャーナリストならば、理解できる。心の葛藤すらないという記者が問題なのだ。

「国からカネをもらう以上、人事に手を入れてもおかしくない」との本音が

 首相との3日朝の「パンケーキ懇談会」は聞いたことを絶対に記事にしない「完全オフレコ」が首相側の条件だったが、やはり一部が漏れた。8日発売の週刊文春10月15日号。「菅『恐怖人事』と5人の怪ブレーン」との目玉記事。記事の冒頭にこの懇談会での菅首相の発言が紹介されている。ほんのさわりだけなのが残念だ。
 
 週刊文春によると、普段は若い女性で賑わう店内で、宰相はこう語気を強めた。

 「学術会議のメンバーは特別(職国家)公務員。国からカネをもらう以上(人事に)手を入れてもおかしくない。そもそも任命しなくても法的に問題ないんだ」

 「(このパンケーキ店の)原宿店は2回目。懇談するなら、やっぱりパンケーキ屋かな、と。でも(総理になって)動静がオープンになって人に会いにくくなった。だが、話題が日本学術会議の任命拒否に及ぶと、テーブルに緊張感が漂ったという」

 これだけだが、菅氏の本音が現れている。こんなことを公に言ったら、一発でアウトである。学術会議の会員は公務員といっても非常勤であり、「日本学術会議法」では、学術会議の「独立制」を定めている。この独立制は「政府からの独立」ということで、だから83年の中曽根首相の答弁にある「形だけの内閣総理大臣の任命」なのである。「国からカネをもらう以上人事に手を入れてもおかしくない」という言い方の方がおかしい。そもそも、このカネは首相のものではない。国民のものである。学術会議の年間費用「10億円」を強調する首相だからこその発言か。その発想自体が「独裁的」であり、傲慢に見える。選挙で選ばれたからと言って何でもやっても良いわけではない。

週刊誌では、もうひとつ週刊文春と同じ日に発売の「週刊新潮」の報道も紹介しておく。「ガラス張りの秘め事」との見出しのグラビア。「パンケーキ懇談会」のレストランの様子を外側から撮った写真だ。記者たちの中心にいる菅氏の顔がはっきりと写っている。関係者の話として「集まった番記者は約50人。だいたい10人ずつに分かれてテーブルにつき、菅さんがそれぞれのテーブルを回って15分ずつ会話をするスタイルでした」と書く。その上で「内容はオフレコというが、目下、日本学術会議の任命拒否の件でピンチの菅氏。番記者たちへの懐柔策であることは想像に難くない」

 取材する新聞・通信社・テレビの番記者たちが同じメディアの週刊誌の取材のターゲットになる。同じ号で文春は菅氏の「恐怖人事」と「5人の怪ブレーン」を書き、新潮も「菅首相を抱き込む『令和の政商』」として大樹グループの矢島義也会長のことを書いた。この記事では、元共同通信論説副委員長の柿崎明二首相補佐官との関係も書かれている。いまやジャーナリズムの「権力監視の役割」を担っているのは、週刊誌であると言われても仕方がない。

 首相の本音を引き出すのは記者の取材力である。そもそも書くことができない大人数のオフレコ懇談で本音を聞いたからといって、報道できなければ何の意味はない。このままでは「メディア不信」は広がるばかりである。