「米大統領選」正常に実施できるのか不安広がる 少数権力によるクーデターの様相 トランプ氏駆り立てる白人至上主義

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 約2週間後に迫った米大統領選が正常に実施できないのではないかとの不安が広がっている。ニューヨーク・タイムズ紙の社説(19日付国際版)は米国民主主義は第2次世界大戦以来の脅威に直面していると、危機感を込めて警告している。

極右や白人至上主義団体に選挙監視の行動呼びかけ

 バイデン民主党候補に世論調査の支持率で大きくリードされている現職のトランプ大統領は「不正選挙」で負けても政権は引き渡さないと公言して、極右や白人至上主義団体に「選挙監視」のための行動を呼びかけている。

 激戦が予想される州には早くも武装グループが姿を現していると報じられている。民主党州知事2人の拉致未遂事件が起こった。右翼系のメディアやネットでは「劣勢の民主党」がクーデタ―を計画しているとの根拠なき情報が飛び交い、トランプ支持派勢力の行動を煽っている。

 トランプ氏の権力欲がいかに強いとしても、民主主義の模範とされるべき米国では考えられない混乱を引き起こしてまで、大統領の権力を手放すまいとしているのはなぜだろうか。

 その理由は、選挙戦の中で改めてあからさまになったトランプ氏の白人至上主義にあると考えられる。少数派権力を握ったトランプ氏が白人至上主義と極右グループを動員、米社会に残る根深い人種差別意識を刺激して、上からのクーデタ―を試みているという様相である。 

「トランプ型クーデター」の背景

 この「トランプ型クーデター」の背景になっているのが、欧州からの様々な白人と中南米、アジア、アフリカなどからの非白人の移民たちによる移民国家として超大国化したユニークな歴史がある。その間にアフリカ大陸から拉致されてきた数百万人の黒人奴隷が解放された。

 この多民族国家のモットーが、「多くの民族が一つに」(One, out of many)である。元々は13の英国植民地から米国が独立したことを意味して生まれた。この言葉はドル貨幣に彫り込まれるようになり、1873年に法律ができて、以来すべての貨幣に彫り込まれている。

 英国の植民地として米大陸を開拓し、独立したのは主としてアングロサクソンと呼ばれる英国系白人だった。その後、ラテン系、スラブ系などの白人(国別ではドイツ、アイルランド、スコットランド、フランス、イタリア、ロシア、ポーランド、チェコなど)、中東系(ユダヤ人など)、アジア系(中国、日本、フィリピンなど)、アフリカ系(多様)と民族も宗教も違う移民が大勢やってきた。

 後発組の移民は、開拓・建国に当たった英国系白人(アングロサクソン、キリスト教プロテスタント、WASPと呼ばれる)からは、少なくとも数世代は二級市民として差別されたのちに、米国に同化されていった。例えばカトリックのアイルランド移民は、ケネディが1960 年大統領に当選してようやく一人前の地位を得たとされている。

 こうして米国はあらゆる移民を鍋に入れ溶かして味付けをして米国人にしてしまう「メルティングポット」(Melting Pot)と呼ばれるようになった。この言葉を1845年に最初に使ったのは詩人R.W.エマーソンで、異人種間の結婚も意味していた。だが、この作品が発表されたのは1912 年。その前の1908年にユダヤ系劇作家イズレイル・ザングウィルの「ロメオとジュリエット」を題材にした「Melting Pot」がニューヨークで上演され,成功を収めた。

 これをきっかけに「メルティングポット」論はアングロサクソンの特権階級の同一性を押し付ける専制主義との批判が生まれた。そこから異なった音色を出す様々な楽器が集まって、ひとつの音楽を生み出す「オーケストラ」論が起こり、議論が続いている。

白人に募る危機感

 欧州からの移民はやがて頭打ちになり、第2次世界大戦後にはアメリカンドリームを求めて中南米、中東、アジア、アフリカなどからの移民が押し寄せてくるようになった。政府は1952年移民・国籍法、1965年同法改正による移民・帰化法を整備、非白人移民の受け入れ条件や人数枠などを設定した。新しい移民たちは米国人にはなりたいが、同化されようとはしない。

 移民の増加に合わせて、奴隷制度からは解放されたものの「隔離」という新たな差別に閉じ込められてきた黒人が公民権獲得運動に立ち上がり、公民権法と投票権法(1965~66年)を獲得、発言権を強めてきた。トランプ政権に対して差別反対の「黒人の命は大切」(BLM)運動に立ち上がっている。

 移民人口は年々増える一方で、白人人口は着実に減少しており、2040年代半ばには半数を割り込む見通しだ。白人の間では、このままでは米国は違う国になってしまうのではという危機感が募っている。だが、米国の経済発展のためには多数の移民が必要とされているのだ。

 米国はこうして多民族からなる文化の多元主義国への道を進んできた。「オーケストラ」論に代わって、身近で分かりやすい「サダラボウル」論が登場している。著名なジャーナリスト、T.L.フリードマン氏はモットーの「One, out of many」を「We, out of many」へ改めようと提言している。訳せば「多くの民族からなる我々の国」となるのだろう。

白人支配の「メルティングポットの国」

 トランプ氏は2016年の選挙戦以来、そのスローガンとして、「米国を再び偉大な国」にすることを掲げてきた。この「偉大な国」がいつの時代の米国を指すのかは明らかにしていない。だが、再選を目指す選挙戦の中で分かったことは、多様な民族とその文化が自由かつ対等に混ざり合う「サラダボウル」国家ではないと、はっきりした。では、どんな国なのか。米国の歴史を振り返ると、トランプ氏は多分白人が支配する「メルティングポットの国」をイメージしているのではないかと思われる。

 トランプ大統領の白人至上主義者ぶりを示す言動をいくつかたどってみる。

 ▽初の黒人大統領オバマ氏に対して、当時ホストを務めていたTVリアリティー番組を使ってオバマ氏は米国生まれではないとのフェイク情報を執拗に広めた。大統領になってからは医療保険や環境保護などオバマ政権の残した政策をすべてひっくり返すことに執念を燃やしてきた。

 ▽トランプ氏は最初の政権で白人至上主義者S・バノン氏を首席戦略官という要職に据えた。バージニア州シャ-ロッツビルで秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)やネオナチなど白人至上主義団体の集会があり、これに抗議する地元民との衝突が起こって1人が死亡する事件が起きた。トランプ氏は「責任は双方にある」「どちらにもいい人がいる」とコメントし、批判を受けた。

 ▽南北戦争で敗退、降伏した南部連合のリーダーの記念像・碑を撤去したり、あるいは名前を外し、南軍旗の掲揚禁止を求める動きに、トランプ氏は強硬に反対している。民主党や「黒人の命は大切」運動もひっくるめて過激な左翼アナーキスト、ファシスト、暴徒などと呼び、建国の英雄に矛先を向けて米国の歴史すべてを書き換える「文化革命」と決めつけて、対決姿勢を打ち出している。

 ▽6月末にコロナ感染の中で延び延びになっていた支持者を集める選挙運動の集会を開く場所に、1921年に黒人住民の大虐殺が起こったオクラホマ州タルサの町を選んだ。独立記念日の前日、先住民族(アメリカインディアン)の聖地だった南ダコタ州ラッシュモア山の岩肌に巨大な4人の歴代大統領胸像が彫り込まれている観光地を選んで、選挙戦向けの集会を開いた。(10月20日記)