美保神社に鶏と卵食べない習慣 新羅の神話由来か
島根県の島根半島にある松江市美保関町は、近接する鳥取県の境港と並ぶ良港で、美保神社前の海岸には参拝客などを相手にイカを焼く店が何軒かあり、においが漂ってくる。緑豊かな山腹を背にした美保神社は、大国主命の第一子とされる事代主(ことしろぬし)が主祭神である。
かつては新羅や伽耶との交流盛んな「表日本」
社務所でもらい受けた美保神社略記によると、「大国主神がその神業のご協力の神、少彦名命(すくなびこなのみこと)をお迎えになった所であり、また、その地理的位置は島根半島の東端出雲国の関門で、北は隠岐、竹島、鬱陵島を経て朝鮮に至り…」とある。海流の関係もあって昔からこの地は、日本海側の各地域や朝鮮半島の新羅や伽耶とヒトやモノの交流が盛んで、かつては日本海側こそ「表日本」だった。
その美保神社には、鶏と卵は一切食べないという習慣がある。それはニワトリが誤って早く時を告げたために、事代主に困った事態が起きて、それがきっかけで鶏は食べない習慣が生まれたのだとされる。社務所で聞くと、「確かに鶏も卵も食べませんが、アヒルなどの肉や卵はタブーではありません」ということだった。
韓国の慶州に似た建国神話
鶏や卵を食べないと言えば、韓国の慶州にも似た建国神話がある。新羅の神話で、村人が自分たちを治める王をほしいと天に向かって祈った。すると裏の林でニワトリが鳴くので、村人たちが行くと金の糸につるされた卵の入った箱が降りてきた。
村人はこの卵を家に持ち帰り、しばらくすると立派な王子が生まれ、やがてこの王子が初代の新羅王、赫居世(かくきょせい)になったという神話である。このために新羅では国号を鶏林(けいりん)とし、ニワトリを大事にして卵も食べない時期があった。ニワトリが大事な役割をしている点では似たところがある。
そこでその慶州を訪ねた。慶州駅からバスでおよそ10分。新羅の古都、慶州には古墳など遺跡が集中していて、バスからも丸い円形の古墳がいくつも並んでいるのが見える。一角には星座を観測したといわれる望星台があり、すぐ近くにこの鶏林と呼ばれる林があった。
鶏林は日本のどこにでもある普通の林で、簡単な柵があるだけだった。ニワトリが天孫降臨を告げたという場所はその一角が石垣で囲まれ、掲示があるだけといういたって簡素なものだった。散歩している人に出会ったので、「ここに天から降りてきたのですか」、と聞いたら、「それは神話ですよ。神話、神話」と、笑って手を振った。
福井県の村でもニワトリ神聖視し食べず
日本でもニワトリを神聖視して食べない地域がある。福井県敦賀の小さな村だがいまでも鶏も卵も食べない。ここは往古、渡来人がつくった村だとされている。また足利市には鶏足寺、滋賀県の長浜には鶏足寺という鶏がつく古刹がある。これから行く予定にしているが、鶏林の神話とどこかつながりがありそうだ。新潟市西蒲原区には鳥之子神社がある。
奈良県の石上神宮ではニワトリを境内に放し飼いにしている。伊勢神宮の神事にも深夜の夜が明ける直前に、神主さんが鶏の声を発する場面があるが、これは神話の天の岩戸の神話にかかわりがあるとされる。夜が明ける直前が一番暗く、その瞬間に朝を告げるニワトリは、往古から神秘な鳥とされていたようだ。