11月に入り、新型コロナウイルス第3波により大幅に感染者が増加。11月9日には政府の感染症対策分科会が全国的な新規感染者の増加を受け、クラスター(感染者集団)対策や水際対策の強化を求める緊急提言をまとめ、医療の専門家らから「GoToキャンペーン」が元凶との指摘が出ていた。それにもかかわらず加藤勝信官房長官は10日、「感染防止対策を徹底して実施することで、感染リスクを低減できる」として、「GoTo元凶説」を強く否定。菅義偉首相も13日、「専門家も現時点で(GoTo見直しをするような)状況にはない」と慎重姿勢を取り続けた。政権の認識は、感染拡大の要因は会食などマスクを外すような行動であり、「人の移動ではない」というものだった。
分科会提言から12日間、政府は一体、何をしていたのか
しかし、この後、全国各地で次々と感染者が過去最多を更新し、18日から20日まで3日間連続で2千人を上回るに及び、20日に政府の分科会が今度は「GoToトラベル」の運用見直しを求める提言を出した。翌21日夕になって、ようやく菅首相はGoToの一時停止を表明、経済重視の方針を転換した。感染防止拡大を止めるには、「その対応が遅すぎたのではないか」との指摘が多くの専門家から出ている。この指摘は重い。2千人超えの感染者数はその後も続いている。
分科会の9日の緊急提言から12日間、政府は一体、何をしていたのか。これは単なる政府の不作為などではない。21日から始まった3連休。京都府の嵐山や神奈川県の箱根湯本などの観光地はGoToを利用した観光客で埋まった。連休初日の人出は、感染拡大が深刻な北海道こそ人出は減少したが、その他の観光地にはどっと観光客が押しかけた。コロナが知られていなかった前年同月の休日平均と比べても嵐山は11・1%増、箱根湯本は48・4%増(朝日新聞11月23日付朝刊)となった。テレビのニュースで嵐山の渡月橋の様子をみたが、交通整理が出るほど、大変な人の波だった。
このところ、以前の若者中心に代わって重症リスクの高い60歳以上の高齢者や感染ルートが不明の「市中感染」が増加している。政府が後押ししたGoToという国民大移動による影響が一気に1週間か10日後に現れないか、心配である。北海道や東京、大阪では重症病症が患者で埋まり「医療崩壊」ぎりぎりの状態の所も出てきた。
そもそも、GoToは、官房長官時代からの菅氏の肝いりの政策だ。感染状況が落ち着いてからとの当初の方針を「経済を回す」との理由で菅氏が前倒しにしたいわく付きのものだ。異論を唱えた局長を左遷したことを自著「政治家の覚悟」で自慢した第1次安倍内閣総務相時代のふるさと納税の成功体験が象徴するように、菅氏は自分の出した政策に固執する悪いくせがある。これを「反骨」とする評伝作家もいるが、私の評価は異なる。自分のやっていることだけが正しいという「偏屈な信念」にしかみえない。それが最高権力者だけに、首相周辺の人たちには脅威と映る。飛ばされるのが怖いから、直言する側近や官邸官僚もいない。これでは悪い情報は首相まで上がらないし、耳障りの良い情報だけに囲まれることになる。
従って、まともな「危機管理」などできるわけはない。恫喝だけで組織は正常に動かない。こんなことは大きな組織を動かすトップリーダーの常識である。このような指摘すれば、キレやすい菅氏は大いに怒るのだろうが、このことを菅氏は謙虚に受け止めて、きちんと認識してほしい。
「GoToが感染者急増のきっかけ」と日本医師会も警告
また、欧州では9月以降、第3波が襲い感染者が激増、フランスでは全土での外出を禁止し、飲食店を閉鎖。英国の一部都市ではロックダウン(都市封鎖)を実施している。コロナ感染は寒さと空気が乾燥する冬が怖いと専門家が以前から警鐘を鳴らし、日本医師会の中川俊男会長は18日、21日からの3連休を前に記者会見して「エビデンスははっきりしないが」と前置きした上で「GoToが感染者急増のきっかけとなった」として「我慢の3連休」を国民に訴えた。
それにも関わらず、政府はあくまでもGoToにこだわった。トラベルは、7月下旬の開始以降、のべ4千万人以上が使い、感染が判明した利用者は176人にすぎない」とエビデンスをはっきり示さないで、感染拡大防止に有効な対策を打つどころかGoToを煽った。
21日に首相がGoToの一時停止を表明した内容も、トラベルでは感染拡大地域を目的地とする旅行の新規予約を一時停止することや飲食店支援の「GoTo イート」については都道府県知事に対し、プレミアム付き食事券の新規発行などの検討を求めている。しかし、いずれも「旅行の新規予約」だとか、食事券の新規発行であり、すぐに停止するわけではないらしい。また、拡大地域の東京や大阪から行くのはいいとも読める。西村康稔経済再生相は21日の首相の見直し表明後の記者会見で具体的な対応を答えられなかった(朝日新聞11月22日朝刊)。
国が明確な基準を示していないことに対して、23日、知事会がオンラインで開かれ、自治体からは要望や批判の声が上がった。23日夜の「報道ステーション」によると、小池百合子都知事は「運用停止の詳細がまだ分かっておらず、国に確認しているところだ」と憮然とした表情。大村秀章愛知県知事も「国の事業なので、国に判断を示してもらわないと判断しかねる」と国の姿勢を批判した。連休明けの24日になってようやく国はガイドラインを示すことになった。これは、首相表明がそれほどバタバタと急に決まったことを示している。首相表明は支持率の低下をおそれたということか。これでは、いずれも〃泥縄式〃といわれても仕方がない。
アクセルだけでブレーキなきGoTo
政府にとってGoToの見直しは想定外だったのか、具体的な対応は数日後になるなど、対応の遅れが目立った。政府が鳴り物入りで展開した消費刺激策のGoToキャンペーンにあるのはアクセルだけでブレーキについては具体的な「制度設計」を考えていなかったのでは、と思わせてしまう。
確かに全面停止ならば、対応は比較的シンプルだが、経済的ダメージを考えると、北海道や首都圏、中部圏、関西圏で一時停止の対象となる地域や都市など具体的な細かい部分の検討や調整が必要である。また、予約済みの人のキャンセル料の問題もある。(これは国が負担することで検討中)。ただ、これらも、事前に様々なケースを想定しておけば、時間は十分あったのだから、一応の目安を作っておくことはできるはずだった。まさか、第3波がきても、GoToについては何も対応しなくていいと考えていたわけではないだろう。
「安倍マスク」の時と似てきた「静かなマスク会食」
初めて感染者が2千人を超えた18日午前に記者団の取材に応じた菅首相は、GoTo見直しには直接、答えず、飲食時に会話をするときにはマスクを付けるという「静かなマスク会食」を求めた。これが特に評判が悪い。俳優の石田ゆり子氏は20日、インスタグラムを更新。「そんなことするぐらいなら黙って食べます」と疑問を呈しネットで話題となった。この問題はテレビの情報番組でも大きく取り上げられ、国民の間に否定的な意見が広がった。菅氏はこの言葉がよほど気に入ったのか、21日のGoToの一時停止表明の際にも国民に対して「会食時を含めたマスクの着用」を訴えている。「自分自ら実施する」と宣言もした。「本当に毎日・毎回やっているの」と突っ込みたくなる。
この「マスク会食」はこのところ、菅氏と親しい黒岩祐治神奈川県知事が盛んにテレビに出演してアピールしているものだが、実際にやってみれば分かるが、まどろっこしいし、そこまでして外食などしたくはないというのが、正直なところだろう。安倍晋三首相がコロナ対応でつまずき、辞職への引き金の遠因にもなったのではないかとも言われる〃コロナマスク〃や、ミュージシャンの星野源さんが歌う「うちで踊ろう」の動画に合わせ、 東京・富ケ谷の自宅でくつろぐ様子を首相官邸のインスタグラムに載せたことなどがテレビやネットで批判された一連のコロナ対応と今、似た状況になってきた。こういう分かりやすい話が国民から一番批判を浴びやすい。こんなことを菅氏に注意するまともな側近がいないのではないか。
改めて言う。政府の分科会が9日に緊急提言し、20日にGoTo見直し提言を出すまで政府は何をしていたのか。命か経済か、確かに誰が首相でも難問だ。感染者が激増し、医療崩壊を招く恐れがある事態となれば、速やかに「経済重視」は中断せざるを得ない。両立にこだわると、感染はさらに拡大する。このことは国の最高責任者である首相が専門家の意見をよく聞いて判断するしかない。どうも菅氏は分科会の専門家の提言を真っ正面からとらえていないように見える。
ことは人命に関わる問題である。その責任は重大である。すでに死者も2千人を超えた。欧米に比べれば少ないのかもしれないが、東アジアでは多いし、今後、大幅に増える可能性もある。楽観は許されない状況にあると認識すべきだ。菅氏について、官房長官時代には「迅速な危機対応」とメディアは神話化したが、今回のコロナ対応で、この神話も怪しくなっている。政権発足2カ月強となったが、いま早くも菅氏の「危機管理能力」に疑問符がつき始めた。
菅氏は官房長官時代の危機管理について、11月5日の参院予算委で、立憲民主党の森ゆう子氏の「官房長官のとき、何よりも危機管理に重きを置いてやってきた、とおっしゃいますが、その中で何が記憶に残っていますか」との質問に「アルジェリアの人質事件、北朝鮮のミサイル、熊本地震」などを例示したうえで「私自身、官房長官というのは危機管理の責任者でありまして、夜も時間を問わずに、地震とか発生もあるわけでございますので、まあ緊張しながら、この7年8カ月はすぐに行くことができたというふうに思っています」と胸を張って答えている。
朝日新聞のネットNEWS,WITHNEWS(11月22日)「『スーツを着て寝ている』菅さんの危機管理能力」によると、森氏はこの後、16年7月にバングラデシュの首都ダッカで起きた人質立てこもり事件(日本人7人が殺害された)の対応を尋ねた。森氏は「菅さんは朝に緊急記者会見を開いて『日本人が含まれている可能性がある』と明らかにしましたが、当時の安倍首相らにその対応を任せて、新潟の選挙応援に出発し、国家安全保障会議も欠席しました。新潟に行った判断は正しかったと思われますか」と追及。これに対して菅氏は「安倍首相が陣頭指揮を執ることになったので、私は応援に出かけた。適切だった」と苦しい答弁をしている。この事件は国家的対応が必要な事件であり、7人もの死者を出したのだから危機管理上、政権NO2の官房長官が官邸を離れての選挙応援はいくらなんでも判断ミスだろう。
確かに菅氏はその真偽は明らかではないが「スーツを着て寝ているのではないか」と官邸内でささやかれていたという。それほど、危機管理に集中して仕事をしていたといいたいのだろう。だが、「すぐに行くことができる」だけでは、コロナ対応をきちんとしたことにはならない。感染拡大防止か経済を回すのか、メリハリの利いた決断が国民の命を預かる首相には求められている。菅氏はGoToの持論に固執しすぎて危機管理がうまく回っていないように見える。
記者会見開き国民に丁寧に説明を
もうひとつ産経新聞の「首相、感染拡大でも記者会見開かず」(産経WEB11月21日)との記事がネットで話題になっている。政府に近く、あまり政権批判のないはずの新聞が政府批判をしたからだ。産経が指摘したように、菅首相はコロナ対応についての情報発信がほとんどない。記者団のぶら下がり取材に応じるだけでは、国民の理解を得られない。単なる官僚の書いた紙を読み上げるのではなく、正々堂々と十分に時間を取った上で、記者会見を開き、国民の心を打つような自分の言葉で 今後のコロナ対応についてどうするのか、あるいはどうしたいのかを語り、記者団の質問に丁寧に答えてほしい。危機の時こそ、政治家の言葉は大事である。危機管理に自信があるというのならば、国民の不安を払拭するようなメッセージを発してほしい。いまこそ菅氏の首相としての資質と真価が問われている。