尖閣海域の中国公船航行が年間300日超 日中外相会談は日本の完敗? 「領土問題」の存在認め交渉せよとの意見も

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 沖縄県尖閣諸島周辺の海域の安全保障をめぐり、日中間の激しいつばぜり合いが続いている。尖閣諸島については1972年の沖縄返還以来、日本の実効支配が続いているが、超大国化する中国が正面からそれに挑戦してきている形だ。日本の海上保安庁は2016年から沖縄地区を管轄する第11管区海上保安本部の石垣島海上保安部に600人、巡視船12隻による専従部隊を配置して尖閣警備に当たっているが、物量ともに勝る中国海警局の公船に押されフル稼働の苦しい状態。尖閣諸島の領海(12カイリ)の外側にある接続水域(24カイリ)を中国公船が航行するのは今年300日を超え、既に日常化し、領海侵入も10月中旬に尖閣国有化(2012年9月)以降で最長となる連続57時間39分などと頻発している。

 そんな中で米国のバイデン次期大統領が11月12日、菅義偉首相との初の電話協議で、米国の日本防衛義務を定めた日米安保条約第5条が尖閣諸島にも適用されると表明したと菅政権は大喜びで発表した。だが、第5条は「日本国の施政下にある領域」への武力攻撃への対応を定めたものであり、問題は「尖閣諸島がいま、日本の施政下にあると国際的に胸を張って言えるのか」ということだ。日本の保守派からもこれを危ぶむ声が上がりつつあり、無人島の尖閣諸島への「有効な支配」を確保するために、対中関係を配慮して1998年以来途絶えていた尖閣諸島への上陸調査など強い対策を求める声が出ている。

 一方で、各国の沿岸警備隊並みの対応が可能になるように海上保安庁法を改正するとともに、「尖閣諸島に関する領土問題は存在しない」という従来の方針を変更し、領土問題の存在を認めた上で中国との外交交渉に入るべきだ」と宮本雄二・元駐中国大使が促すという新たなうねりも生じている。そうした微妙な情勢の下でこのほど来日した中国の王毅外相が茂木敏充外相との会談後の記者発表で公然と「釣魚島(尖閣諸島)は中国領だ」と主張したのに対し、茂木外相がその場で反論しなかったことが波紋を広げている。

菅首相との会談後に「日本の偽装漁船」と王毅外相

 11月24日の記者発表で茂木氏は尖閣に関し「日本の立場を説明し、中国側の前向きな行動を強く求める」と述べた。その後に発言した王氏は「最近、一部の正体不明の日本の漁船が釣魚島周辺の敏感な海域に侵入している。中国はそれに対して必要な対応をするしかない。われわれは今後も中国の主権を守っていく」と述べ、中国公船の領海侵入を正当化した。この発言を茂木氏が柔和な表情で聞く映像が流れ、「弱腰だ」「その場で反論すべきだった」とネットなどで批判された。

 コロナ禍の中、日中経済関係の回復をにらんだ融和姿勢を演出したいとする日本側が、駐日大使を務めた日本通の王氏に足元を見透かされていた感は否めない。翌25日、菅首相は官邸を訪れた王氏に「日中の要人往来再開をうれしく思う」と歓迎の意を表し、親中派の二階俊博幹事長も旧知の王氏と親交を温めた。 

 王氏は官邸を立ち去る際に記者団に、尖閣周辺で操業する日本漁船について「偽の漁船」と日本語で形容した。またホテルで記者の取材に応じ、尖閣諸島を巡る日中対立について、公船以外の船を周辺海域に入らせない措置を相互に取れば、事態の改善が図れるのではないかと提案した。日本側にとっては領有権のある尖閣の海域に漁船が入れなくなることを意味し、加藤勝信官房長官は26日、これを拒否した。王氏は尖閣周辺で操業する日本漁船について「実際は単なる漁船ではなく、問題を起こそうと進入している」と主張した。

政府の融和姿勢演出に左右から批判

 王毅発言を対外的には許してしまったことには、日本国内の広範な層から批判が飛んだ。自民党の佐藤正久外交部会長と衛藤征士郎外交調査会長は12月1日、この発言に抗議し、政府に反論を促す決議文を茂木外相に手渡した。決議文は、尖閣周辺の日本領海に中国公船が侵入したのは日本漁船の動きに対応するためだと正当化したことを「断固として受け入れられない」と批判。「強く抗議し、日本政府に強く反論するよう要請する」としている。

 また、共産党の志位和夫委員長も、王毅発言を「尖閣周辺の緊張と事態の複雑化の原因は、日本が実効支配している領土に対し、力づくで現状変更をしようとしている中国側にある。中国側の覇権主義的な行動が一番の問題だ」とし、「日本側に責任を転嫁する、驚くべき傲岸不遜な暴言だ」と激しく非難。茂木外相については「王氏の発言に何ら反論もしなければ、批判もしない。そういう対応をした」と指摘し、「中国側の不当で一方的な主張だけが残る事態になる。極めてだらしがない」と批判した。

 さらに、中国問題研究家の遠藤誉・筑波大学名誉教授は「日本の外交敗北――中国に反論できない日本を確認しに来た王毅外相」と題してネットに投稿。「中国側が300日以上にわたって尖閣諸島の接続水域や領海に進入を続けた上で王毅外相が来日したのは、ここまでの『侵入』でも日本側が何ら具体的な行動を『できないだろう』ということを確かめに来たのである。その証拠に、会談中にも領海侵犯を続行しており、それに対して日本が『こんなことをするようでは、日中会談は成立しないので、ここまでだ』と言わないということは、『この程度までの侵入を日本は黙認したのだ』というシグナルを中国に発したのに等しい」と断じた。
 
 そうした評価を受けて、中国のネットでは「われらが王毅、よくやった! 」「中国の外交勝利だ! 」「日本は釣魚島が中国の領土だということを黙認したぞ!」といった声にあふれているそうだ。

微妙な歴史問題としての側面も

 とはいえ、中国公船の尖閣接続水域への立ち入りが不法というわけでない。尖閣諸島をめぐる問題は日中間の歴史にさかのぼる奥の深いテーマである。さまざまな歴史的文書が存在し、清国の支配が尖閣諸島に及んでいたか否かについて議論が交わされてきた。こうした問題については『日本の領土問題――北方領土、竹島、尖閣諸島』(保坂正康、東郷和彦共著)が手近な書物として参考になる。

 それによると、日本政府が「無主の地」として、尖閣の領有を認めたのが日清戦争最中の1895年1月14日。元外務省条約局長の東郷氏は次のように説く。

 「無主先占の法理に立って清国が実際に領有を主張するに足る主権行使を行っていないと判断し日本の領有の権利を主張することは可能と思われる(略)
しかし、ここに、実に注意を要する側面が残る。歴史問題としての側面である。かりに欧米列強がつくった国際法上、日本の尖閣領有が合法的と判示されても、中国人の目からみれば、これは、日本帝国の力の拡大の中で、日清戦争、台湾併合という、中国にとって最も思いだしたくない過去の歴史の中で起きたことである。清の関心地域という程のものであったとしても、くずれゆく帝国から日本が力に任せて奪っていったという側面に火がつけば、ナショナリズムの爆発につながりうる」(前掲書、130~131ページ)

現状維持の暗黙の了解に縛られてきた日本

 中国と台湾は1971年から尖閣諸島に対して領有権を主張し始めたが、72年の日中国交回復の際の日本側との会談で周恩来首相が「尖閣列島の問題に触れる必要はありません」と述べたことで、日中関係の正面からいったん退いた。 さらに78年8月、日中平和友好条約署名のため訪中した園田直外相に対し鄧小平副主席が「このような問題について、今は突き詰めるべきではない。次の世代、さらにその次の世代が方法を探すだろう」との立場が伝えられた。

 東郷氏は次のように指摘する。

 「日本側は、この中国の立場をもって『よし』とした。 尖閣諸島を実効支配しているのは日本であり、法的な立場については、自信をもってよい。これに対し、異議を唱え現状変更を求めているのは中国である。その中国が『後の世代に知恵をださせるまで問題を提起しない』というのであれば、それ以上、日本側が要求する必要はない。(略)しかし、実際上このことは、次の世代に知恵をださせるまで、日本側は尖閣諸島に対しては現状を変えないように配慮するということを意味することとなった。現状維持について暗黙の了解が成立したといってもよいと思う」(前掲書、132~133ページ)

 ぐいぐいと押しこんでくる中国に日本が今後、どう対処していくべきかを考える際にも、こうした歴史的経緯を日本国民として押さえておくことが重要である。中国側は鄧小平の遺訓を捨てて実効支配のために少しずつ動き出したが、日本側はその遺訓を守り、尖閣諸島に日本人が立ち入れないようにしてきたと言える。

 1990年代以降に尖閣諸島はしばしば政治問題化することも増えたが、1997年に署名され2000年に発効した日中漁業協定は「漁船をめぐる紛争で日中間の緊張を防ぐ枠組みが形成されている」(孫崎享氏)といわれる。しかし、大型化した中国海警局局の公船が尖閣諸島の日本領海に入ってきた日本の漁船を追尾しようとし、それに海上保安庁の巡視船が割って入って接近を阻止する現状は、漁業協定が目指した所から遠いと言わざるを得ない。

中国はなぜ尖閣にこだわるのか

 最終的にはこの謎にいきつく。古くは日清戦争来の民族感情の問題から、1968年のECAFE(国連アジア極東経済委員会)リポートが尖閣諸島海域に石油の埋蔵量があることを発表し、中国と台湾に尖閣領有の立場を顕在化させたこともある。豊富な漁業資源をめぐる争いもあるだろう。だが、最近の動きからは軍事的な要素が次第に比重を増しているように思える。

 中国の「核心的利益」としてメディアで最もよく使われてきたのが台湾関係で、チベットやウイグル問題でも用いられているが、最近は南シナ海についても言われている。外洋へ進出しようと中国海軍の増強が続いているが、実際にはほぼ完全に米国に軍事的に封じ込められているという認識が強い。
 
 具体的には、九州―沖縄―台湾―フィリピン―南シナ海―インドネシアにつながる「第1列島線」の内側には米国などの敵を絶対に入れず、中国海軍はそこを突破して外洋へ出ていく。外側に伊豆諸島―小笠原諸島―グアム―サイパン―パプアニューギニアへつながる「第2列島線」を設定して、このラインまで進出したいというのが当面の目標だ。

 2047年まで中国本土とは異なる高度な自治を香港に約束した「1国2制度」を力づくで実質的に終焉させたかに見える習近平主席の次の目標は「台湾」に注がれていると見てよいだろう。ここで中国の人民解放軍にとってトラウマになっているのが1995~96年の台湾海峡ミサイル危機の結末である。96年3月の台湾総統選挙で独立派の李登輝優勢と見た中国は、これを阻止しようと台湾近海にミサイルを発射し、威嚇した。クリントン米大統領はそれに対して空母インディペンデンスとニミッツの2隻を台湾海峡に派遣し、米中間で軍事的緊張が高まったが、圧倒的な米空母の戦力の前に中国側は引き下がらざるを得ないという屈辱を味わった。

台湾有事の再来に備え「空母キラー」を開発

 このトラウマを踏まえ、「第2列島線」まで軍事力を及ぼせるようになれば、台湾有事の際にも米軍の接近をやすやすと許すことはないだろう。こうした中国の軍事戦略を西側では「接近拒否・領域阻止戦略」と言っている。その具体化として中国も空母をもつべきだとして、ウクライナから購入した旧ソ連時代の空母を改装した「遼寧」のほか「山東」も就役しているが、11隻体制の米国とは大きな開きがある。

 だが、台湾海峡危機が再び生じた際にも、米空母が96年3月と同様の行動が可能かどうかには疑問符が付いているようだ。それは「空母キラー」と呼ばれる中国の中距離弾道ミサイルの存在が原因である。

 香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは8月26日、中国軍に近い関係者の話として、中国が同日朝に青海省と浙江省から南シナ海に向けて2発の弾道ミサイルを発射したと報じた。発射されたのは「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」(射程約1800キロ)と、米領グアムに届く中距離弾道ミサイル「東風26B」(射程4千キロ)。中国軍が演習を実施している海南島と南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島の間の海域に向けて発射したという。米空母など洋上艦への攻撃を想定した訓練の一環の可能性がある。

 この「東風21D」について、峯村健司・朝日新聞編集委員は9月13日のBS朝日の討論番組「日曜スクープ」で、普通の弾道ミサイルは弧を描いて着弾するが、「空母キラー」の場合は、まず人工衛星でこの空母の位置を把握しながら飛んで行って、最後の当てる段階では弾頭の先についているセンサーで空母をキャッチして命中させると解説した。

 また、沖縄の嘉手納米軍基地からコブラボールという観測機が同じタイミングで着弾海域に飛来しており、データ収集に当たったと指摘。中国軍関係者によると、むしろアメリカの偵察機に見せることによって、このミサイルの精度の正確さを見せつけ、警告を与えたかったようだと述べた。

 「台湾有事」が万一再来すれば、台湾からわずか170キロの距離にある尖閣諸島も決して無縁ではいられないだろう。