バイデン氏は大量の不正投票で勝ったと主張して、大統領選挙の結果をひっくり返そうとするトランプ氏の試みは、失敗に終わろうとしている。バイデン政権が誕生しても正統性は認めないというのだから、この戦闘からは撤収ということかもしれない。トランプ氏は勝てると思って挑んだ闘いだったのか。勝てないとわかっていてもバイデン政権不信を広げさせ、「米国を変える」という政治的執念を誇示して4年後につなげるのが目的だったのか。どちらにしても自らの権力がまかり通ると過信した結果、深い傷を負うことになった。
トランプ指名の判事も厳しい判決
トランプ氏は接戦の末にバイデン氏に敗れたウィスコンシン、ペンシルベニア、ミシガン、ジョージア、アリゾナ、ネバダの6州で「大量の不正投票」があったとして、バイデン票が多数投じられた地域(黒人やヒスパニック人口が多数の郡)の票を全て無効にするよう訴えた。提訴先は州裁判所ないし連邦地裁。これらは「証拠なし」と次々に却下ないし敗訴となった。再提訴も含めてその数はほぼ40件に上った。
訴えを退けた判事には共和党員もいれば民主党員もいた。連邦裁判所にはトランプ氏が指名した保守派判事も何人もいた。その一人は、数十万から百万にもおよぶ票を無効にするという民主主義にとっては重大な請求を出すにもかかわらず、何の証拠も示していないという厳しい判決を下した。トランプ氏には、指名してやった判事に背かれるとは想定外だったのだろう。
トランプ陣営の提訴が民主主義の土台である選挙を冒とくし、しかもあまりにもずさんだったことに衝撃を受けた首都ワシントン市法曹会(全米の法律家10万人が会員)のトップ経験者25人は、法律家は民主主義を破壊する、このような裁判にかかわってはならないとする意見をまとめて、メディアに明らかにした。
共和党州組織が造反
裁判闘争では勝てないと分かったトランプ氏の次の手もまた、乱暴極まるものだった。選挙を実施する責任者は州務長官とその下にある選挙担当部門。選挙結果は長官が確認して知事に報告する。これで選挙結果が正式に決定され、それをもとに州ごとに両党が選出した大統領選挙人がその州の一般投票で多数票を得た候補に支持票を投じる。その合計が選挙人の過半数(270人)を超えた候補が大統領に選出される。
トランプ氏は6州の共和党組織に、バイデン勝利の選挙結果を承認しないで拒否し、州議会にはトランプ支持の選挙人を選び直す権限を裁判所に求めるよう指令した。どちらも長年積み重ねられてきた選挙制度に違反する行為になる。選挙をきちんと実施するというのは党派を超えて選挙担当者の責任であり、その結果に誇りを持ってきた。
ニューヨーク・タイムズ紙が全米各州の選挙責任に取材したところ、6州を含めてすべての州で、トランプ氏がいう「大量の不正投票」はなく、選挙は適切に実施したと答えていた。6州は全て11月30日までにバイデン勝利の選挙結果をそのまま認定した。
司法長官も「不正投票なし」
「大量の不正投票」があったというトランプ氏の主張は、世論調査によるとトランプ支持層の7 割が信じているという。だが、そこは「トランプの世界」である。選挙の安全保障を担当する機関である国土安全保障省のサイバー・インフラ安全局のクレブス局長はトランプ氏が不正投票を理由に、選挙での敗北を受け入れず、政権移行に応じないと言い出すとすぐ、「大量不正投票はなかった」と発言した。権威ある発言だっただけに、トランプ氏は慌てて、直ちに同局長を解任した。
そして法の番人である司法省のバー長官が12月1日、AP通信に選挙結果を左右するような不正投票はなかったと発言した。この発言はトランプ氏に決定的な打撃を与えた。バー長官はトランプ氏の忠臣ナンバーワンとされてきた。トランプ氏には大統領就任以前のものも含めて、様々な違法行為の疑惑がくすぶっている。バー長官はトランプ氏を守る防波堤となってきた。
2016年の大統領選でトランプ陣営がロシアの情報機関の協力を得ていたとされるロシア疑惑について、特別捜査官の報告書がバー長官に提出された。報告書ははっきりした証拠はつかめなかったが、疑わしい状況(証拠))が多々あると指摘していた。バー長官は内容の公開に先立って「証拠はなかった」と報告を過小評価するする要旨をまとめて発表、世論の反応が燃え上がらないよう、あらかじめ水をかけてトランプ氏を守ったことがある。
選挙で大がかりな不正投票が行われたとすれば、それを捜査する最高の責任者がバー長官のはずだ。だが、なぜか捜査を始めた気配がない。トランプ氏がいら立って、両者の間に隙間風が吹き始めたとの見方が出ていた。バー長官は保守派ではあるが、法曹界の大物。さすがに「なかったものをあった」とは言えなかったのだろう。その発言はトランプ氏にとっては最大の「裏切り」になった。
「権力」への過信
コロナ禍の中での大統領選挙では郵便投票が広く取り入れられることになった5月、トランプ氏は郵便投票は大がかりな不正投票を招くと反対を始めた。だが、潰そうとするまではしなかった。トランプ氏は郵便投票への不信感を広めておいて、選挙で負けても「不正投票」を理由にしてそれを受け入れないのではないかという見方が浮かび上がった。メディアが問い詰めたが、トランプ氏は直接には答えず選挙の状況次第として、否定はしなかった(「Watchdog21」6月3日拙稿「トランプ氏、敗北拒否か」参照)。
そのころ世論調査はバイデン氏がすでに一貫してリードを保っていた。トランプ氏が選挙戦で負けても「不正選挙」を口実に投票結果をひっくり返すという「陰謀」に取り掛かったとみておかしくない。「敗北受入れ拒否」は思い付きではなく、半年も前から進めてきた再選戦略の一つだったとみていい。
それが成功する確信があったかどうか分からない。だが、共和党の連邦議員だけでなく、州組織を指示通りに動かせるという思い込みと、裁判所も共和党系判事が好意的な判断をしてくれるという、これも大統領権力への過大な自信がなければ、実行には移せない。
その両者についてトンプ氏大きな誤算を犯していた。
共和党 に亀裂
トランプ氏は選挙では敗れたとは言え、7400万もの票を獲得した。これも過剰な自信につながったと思われる。だが、バイデン氏は8000万票を得た。有権者の強い関心を集めた選挙で投票率が第2次大戦後の最高を記録したことが両者の得票数を高めた。
両者の得票率51・3%対46・9%の差4・4ポイントと得票数の差600万票は、冷戦終結後選挙では2008年のオバマ(民主)対マケイン(共和)に次ぐ大きな差になった。4年前のトランプ勝利は一般投票の獲得票数では敗れたクリントンが290万票上回っていた。
トランプ氏の固い支持基盤の中核を形成するキリスト教右派の福音派(人口の23%)は高齢者が多く、先細りの組織。トランプ氏の下で活動を活発化させている白人至上主義団体や極右勢力もその数は多数というわけではない。今回の大統領選挙を機に、共和党の穏健派からいくつもの反トランプ組織が生まれて活発な選挙運動を展開したし、女性票が多数バイデン氏に流れた。若い世代ほど反トランプ、民主党支持が多い。
こうした中でトランプ氏の選挙結果をひっくり返そうという異常な戦略の失敗は、共和党の亀裂を浮き彫りにした。トランプ氏が最高裁の補充人事で保守派判事の送り込みに異常な情熱を傾注した裁判頼みも誤った思い込みであることが露呈された。トランプ氏が4年後の再挑戦を目指していることは明らかになってきた。トランプ氏が目指す「偉大な米国の再建」というトランプ氏の挑戦は苦しい再出発になった。
(12月3日記)