コロナマネーがはらむ新たな金融危機 バブル化する株式市場と世界規模の債務帳消し案

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 地球を覆った新型コロナウイルス感染症を克服するために、各国政府は、家計や企業に対し財政支援や金融緩和による事実上無制限の資金供給を続ける。ワクチン接種の始動とも相まって、1年余り続くコロナ禍の暗いトンネル出口に光明が見え出している。だが、その一方で、大量の「コロナマネー」が金融システムに新たな波乱要因を誘発しかねない状況が生まれている。日本では、一気に3万円台に乗せバブルの様相を呈してきた株式市場と、コロナ支援で100兆円を超える国債発行が上乗せられ国内総生産(GDP)の2倍超に膨張した政府債務問題だ。火種はコロナ禍同様、世界的にくすぶっている。

活況の裏にコロナマネー


    日本の株式市場は1989年末に日経平均38,915円(終値)を記録、「黄金の90年代到来」ともてはやされたのもつかの間、年明けから次第に値を崩し続け、気が付けば株価はじめ膨張した経済のバブルは破裂。株価は2003年4月に7,600円台まで下落した。その後、リーマンショック時の2008年10月に一時7,000円を割るなど市場は低迷を続けたが、第2次安倍政権下で異次元の金融緩和と財政出動で市場は息を吹き返した。
 2020年3月頃からのコロナウイルス感染拡大で、23,000円前後で推移していた株価はいったん16,000円まで急落したが、その後回復。26,000円台に戻った後は、この2カ月足らずで一挙に3万円台に乗せた。
 相場の現状は日本経済の実力以上の水準で、バブル株価に警戒感が台頭している。短期間に3万円台に乗せた要因として、コロナ支援のために世界規模で続く緩和マネーの存在を抜きにこの状況は考えられない。振り返ってみれば、87年頃からバブル経済化が進行し出したのは、87年のニューヨーク市場が大暴落した「ブラックマンデー」をきっかけに、米国から日本に対し金融緩和の強い外圧が掛かったのが始まりだ。政府が財政出動をためらう代わりに、日銀は低金利政策の継続を余儀なくされ、市場に溢れた緩和マネーが株式市場だけでなく不動産や絵画などの実物資産に向かい、資産インフレというバブル経済の破綻に行き着いた。

「21世紀の資本」の果てに


 バブルとその崩壊は、17世紀のオランダで起きたチューリップ球根価格バブル事件以来繰り返されてきたが、金融の自由化が急進展した1980年代以降多発し、グローバル市場を巻き込むほど大規模化した。90年代の日本経済のバブル崩壊、2000年初頭のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックなどだ。
 それまでモノやサービスなどの実体経済(リアルエコノミー)の裏付けとして認められた金融取引が、日本では84年の「実需原則の撤廃」で自由化され、リアルエコノミーと切り離されたマネーエコノミーが急拡大した。それまでGDPに見合う規模だった金融資産は現在、世界のGDPの数倍に急成長した。投機マネーが投機を呼ぶ連鎖に入ればバブルが生まれ、いずれ破綻して個人投資家はおろか政府でさえ危機に陥ることは、リーマンショックの後遺症で2010年代に欧州各国に連鎖した欧州債務危機でも明らかだ。
 フランスの経済学者トマ・ピケティが著作『21世紀の資本』の中で明らかにしたように、資本収益率は経済成長率を上回る。つまり実体経済の中で労働力を投下して得られる利潤率より、マネーに働かせる利潤率の方が上回っているという資本主義の現実がデータで証明された。マネー経済が実体経済を押しのける基本メカニズムが進展すれば、資産家がますます富み、所得格差が拡大の一途をたどる。

スマホ投資家が危うい


 87年以降のバブル期と似てきた2021年の現在は、ゼロ金利と底が抜けたような財政出動によるコロナ支援マネーが市場に染み出し、大都市の不動産価格の上昇や株価のつり上げ要因になっている。ビットコインが上昇しているのも同様なマネーの仕業に一因があるだろう。簡便なスマホ投資が、素人に近い個人投資家の間で人気を呼んでいることも、バブルのピークが近づいていることを想像させる。株価が上昇している間はいいが、潮目を見るのに長けた外国人投資家が、いったん売りに向かえば、上場投資信託(ETF)の購入を通じて日本企業の筆頭株主なった日銀や、株式運用比率を高めた年金機構は多額の含み損を抱え、日本の信認は失墜する。そして深手を負うのは、いつもバブルの最終局面で相場に参入する素人個人投資家であるのは、忘れてはならない。

ピケティが債務帳消し案


 コロナ支援による政府債務膨張という深刻な問題を抱えた欧州で、債務帳消しという究極の解決案が急浮上した。打ち上げたのはピケティら100人超の学者たちだ。ユーロ圏諸国の債務総額は直近でGDP比97.3%に上昇、コロナ後の復興を成し遂げるには、債務問題がボトルネックになるとして、欧州中央銀行(ECB)が各国から購入した国債の債権放棄による債務の帳消し案を表明したのだ。政府と中央銀行を一体とみなし、政府の抱える借金と中銀の保有する債権を相殺すれば解決するとの理屈からだろう。ECBは直ちに拒否したが、コロナ禍が呼び込んだ政府債務危機の深刻さがあらためて鮮明になった形だ。
 コロナ支援で背負い込んだ財政赤字の処理は、欧州に限らず各国共通の悩みの種になっている。国際通貨基金(IMF)によると、この1年間のコロナ禍に対する財政支援は、世界全体で1,445兆円に達し、世界の債務残高は、GDP総額に匹敵する規模に膨らんだ。政府債務の帳消し論が想起されても不思議ではない状況だ。

日本は敗戦当時と同じ深刻度


 日本の支援額は、世界最悪の被害を受けた米国の386兆円(IMF推計)には及ばないものの、230兆円と世界で2番目となり、この支援を含めた累積債務残高は、GDP比258%と世界で突出した深刻な事態に陥っている。欧州に比べても、GDP比の債務残高がはるかに深刻な日本にとって、借金帳消し論はあながち荒唐無稽とは片付けられない。何よりも日本は、軍事費に充てるため戦時国債で国民から吸い上げた膨大な借金を、終戦直後にインフレと預金封鎖、新円切り換えでチャラにした前科があるからだ。当時の政府は、戦争で国民を死に追いやった後に、国民の財産を事実上没収する重罪を犯したことを記憶に留めておく必要がある。GDP比で2倍を超える政府債務の現状は、終戦当時とほぼ同じ深刻度だ。

終戦後、政府は国民の預金を没収


 現在政府周辺で側聞される中に「政府債務の処理は日銀保有の国債と相殺すれば済む話」との流言があるが、ことはそれでは済まない。その先が重要なポイントだ。
 財務省が借金のために発行する国債(証文)は、いったん金融機関が購入する。それを日銀が買いオペレーション(国債買いオペ)という金融緩和政策の一環で、金融機関が日銀に預託する準備預金と交換する形で購入しているのが現実だ。日銀が新たに刷ったお札で購入しているわけではない。このため政府債務の帳消しは、準備預金が相殺されるということになり、その元手になっている国民の預金がその分消滅することを意味する(詳細は、元財務官僚で現法政大教授の小黒一正著「預金封鎖に備えよ」に)。
 マスコミ関係者や一部学者の中にもその理解に至らず、「日銀が刷っているお金が相殺されるだけ」との誤った認識を有する向きが多いのは残念なことだ。

調整インフレは禁じ手


 また安倍政権で内閣参与だった学者の浜田宏一氏は、ノーベル経済学賞を受賞した米国のクリストファー・シムズ教授の理論にならって、積極財政を続けることによるインフレ効果で政府債務は目減りし、帳消しになると主張した。しかし、調整インフレによる債務問題の解決は、国民の預金の目減りという代償で達成する禁じ手だ。
 では、債務帳消しや調整インフレのように国民の痛みの伴うやり方ではない解決策はないのだろうか。理論上はあり得る。高度経済成長を続けることで得られる税収増効果で、債務を返済していくやり方だが、それは半世紀以上も前の「古き良き時代」のことだ。少子化の進展や最先端技術力の劣化などで潜在成長力が低下している日本の現状では、全く現実的ではない。
 しかしその現実離れした愚策を選択したのが安倍政権とそれを継承する管政権だ。「成長なくして財政再建なし」をスローガンに、実力以上の高い成長目標を掲げて歳出拡大路線をまい進。国民の痛みを避け、「やってる感」満載のポピュリズムの果てに、国民1人当たり1千万円以上に借金が積み上がった現在の惨状がある。コロナ禍以前に財政は借金の山となり、既に破綻状態にあったのは明白ではないか。

安倍—菅政権の暗愚路線から脱却を


 国民の痛みを伴わない債務解消策は現実にはない。その中で、最も妥当な道は、歳出抑制を図りながら、消費税増税だけに頼らず富裕層や企業に対する段階的増税を組み合わせて進めていく以外にないのではないか。「成長なくして財政再建なし」という勇ましい空論を捨て、「小国日本」を自覚した地道な財政のあり方を早急に求める時であろう。暗愚な政治リーダーが跋扈(ばっこ)すれば国は破れる。75年以上前に味わった苦い教訓だ。当時と違って主権は国民にある今日、歴史の繰り返しは御免被りたい。