世界のトヨタ自動車で相次ぐ子会社による「認証不正問題」が深刻化している。 認証試験をめぐる不正が発覚したダイハツ工業と親会社のトヨタ自動車は2月13日、ダイハツの奥平総一郎社長ら取締役6人のうち5人を退任させる人事を発表した。奥平社長の後任にトヨタの井上雅宏・中南米本部長を起用、取締役はダイハツ生え抜きで残留した星加宏昌副社長とトヨタから2人(うち1人は非常勤)の4人体制とするほか、会長ポストは廃止した。奥平社長もトヨタ出身だった。
豊田会長の決意
記者会見で佐藤恒治トヨタ社長は、「経営を刷新し、再発防止の徹底を図る」ことを強調した。日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機で相次いだトヨタ子会社による認証不正問題について、1月30日、久しぶりに記者会見を開いたトヨタトップの豊田章男会長は「絶対にやってはいけないことをやってしまった。信頼を裏切り、(認証)制度の根底を揺るがした」と述べて陳謝。豊田会長が自ら責任者としてグループの変革に乗り出す考えを示して「会社を作り直すぐらいの覚悟でやらざるを得ない」と決意を述べている。
ただし、2月13日の会見でトヨタの佐藤社長は「未来に向けてどういう体制でやっていくべきかを考えた」とし、5人の退任については「引責ではない」ことを強調した。佐藤氏の言う通りならば、ダイハツでは、大きな不祥事が起きても誰も責任を取らないことにならないか。誰が見ても、親会社による〃更迭〃に見える。
翌14日付の在京各紙朝刊の主見出しをみると、「社長更迭」としたのは朝日新聞だけだった。あくまでも推測だが、ダイハツ副社長というダイハツ社内でビッグ3の生え抜きの役員を残したことや「引責」とすると、親会社の責任にも触れざるを得なくなる可能性もあるので佐藤社長はこのような言い方をしたのかも知れない。4月に新体制の下でのダイハツの経営方針を発表するというが、この日の「ダイハツ社長更迭」記者会見をトヨタ子会社による一連の不祥事の〃幕引き〃としてはならない。
トヨタへの厳しい指摘
この問題では、日野自動車(トヨタが株50%を所有)、ダイハツ(100%株所有の「完全子会社」)、〃源流企業〃のトヨタ自動織機(同25%所有)による外部委員による3つの調査委員会の報告書が出ている。いずれも、それぞれの企業の不正の事実関係や原因、責任、再発防止策などについて、ヒアリングなどの調査に基づいた詳細な報告書となっている。
しかし、子会社が依頼した委員会とあってか、肝心な親会社トヨタのガバナンス(企業統治)や責任については、あまり触れられていない。だから、メディアからも「世界的なブランドを掲げ、拡大するグループの統治構造は万全だったのか」(23年12月25日付朝日新聞朝刊社説)、「傘下企業任せの対応は許されない。トヨタを含むグループ全体が立ち止まって足元を見つめ直さなければ、信頼回復は望めない」(2月3日付朝刊毎日新聞社説)などとの厳しい指摘が出るのだ。
豊田会長は1月30日、「次の道を発明しよう」という新たなグループビジョンを提示し「トヨタグループの責任者は私」と明言した上で「現場が自ら考え、動くことができる企業風土を構築したい」とトップ自らが先頭に立って改革を進める覚悟を示した(2月9日、東洋経済オンライン)、という。さらに、今年開かれるグループ17社の株主総会に会長が出席し、株主としてのガバナンスを利かす、という。豊田会長の今回の事態に対する危機感の表れであり、その意気込みは理解できるが、有効な具体的な提案とはとてもいえない。
三つの報告書への提案
これまでの報道ではトヨタが三つの報告書を受けてどうするかは必ずしも明らかになっていない。そこであくまでも提案だが、トヨタ自身が独立性・中立性・透明性の高い「第三者委員会」を立ち上げ、三つの報告書をベースにして、①トヨタによる3つの子会社の不正についてのガバナンス上の問題点②トヨタの親会社としての責任ーなどを改めて調査することを検討したらどうだろうか。
三つの調査委報告書 いずれもクルマの安全にかかわる「認証不正」と認定
まず、これまでに出た三つの調査委員会報告書の内容はどうだったのかー。①22年8月1日公表の日野自動車の特別調査委員会報告書(委員長・榊原一夫弁護士=元大阪高検検事長、調査期間は4カ月強、211㌻)②23年12月20日公表のダイハツ第三者委員会報告書(委員長・貝阿彌〈かいあみ〉誠弁護士=元東京地裁所長、調査期間は約7カ月、125㌻)③24年1月29日公表の豊田自動織機特別調査委員会報告書(委員長・井上宏弁護士=元福岡高検検事長、調査期間は約10カ月、202㌻)。いずれの委員会も報告書でその企業からの「独立性・中立性」を強調しており、ダイハツ報告書は「独立性・中立性」に厳しい条件を科す「日弁連の第三者委員会ガイドライン」に一応、沿っているように書かれている。(ただし、委員会がガイドラインでは依頼した会社側に「事前非開示」とされる報告書の一部を開示したと記述がある)。しかし、いずれの委員会も、その表面上は「独立性・中立性」に特に大きな問題は見られない。
三つの委員会が調べた結果、判明したのは、①日野自動車が車両用エンジンの排出ガスや燃費の性能を偽っていた認証不正②ダイハツが東南アジアで生産した海外向け車両の安全性を確認する試験での認証不正③豊田自動織機がフォークリフトだけでなく、自動車用エンジンにも排出ガスの認証不正があったーことなど。いずれも「認証申請」(国交省から型式の指定を受けるための申請)での不正であり、クルマの安全にかかわるだけに悪質である。ダイハツについては、この1月に国土交通省から是正命令や3車種について道路運送車両法に基づきその型式指定を取り消す行政処が出されたのは当然である。
「短期開発」と「ものが言いにくい企業風土」が共通点
三つの報告書には不正の原因としての共通点がある。まず、「極端に短い開発日程=短期開発と現場への過度なプレッシャー」、それに「組織内でものが言いにくい企業風土」の2つである。第三者委員会や特別調査委員会の報告書 では、①事実認定②原因論③再発防止策の提言ーが柱だが、事実認定部分が長く、三つの報告書で計500㌻を超えるため、細かいところまで読み込めなかったが、各報告書とも、事実認定には時間をかけただけに、詳細な不正の事実をあぶり出し、説得力のある内容となっている。しかし、原因論については、それぞれの企業風土など企業内の問題にとどめられた内容になっており、親会社トヨタへの言及があまりない。日野自動車は「開発スケジュール」のほかに「上司のパワハラ体質」などを挙げているが、トヨタへの直接の言及はなし。豊田自動織機では、トヨタ関係者へのヒアリングもなかったようだ。
23年12月20日のダイハツ報告書の公表時に記者会見したトヨタの中島裕樹副社長は「認証という事業を進める大前提が根幹から揺らいだ責任はトヨタとしても大きく受け止めている」(朝日新聞12月21日付朝刊)と親会社としての責任は認めている。
親会社としてのガバナンス
しかし、ダイハツ第三者委員会の貝阿彌委員長は「親会社のトヨタの責任を問う声もあるが・・・」との記者の質問に「トヨタうんぬんは関係ない。(ダイハツは)100%子会社だが、(トヨタは)尊重して干渉してこなかったのではないか」(東洋経済オンライン2月9日)と答えている。
ダイハツは2月9日、国交省に対して、再発防止策を提出したが、その中で「(親会社の)トヨタ及び当社双方に遠慮があり、実態やお互いの戦略が十分に共有できていなかった」とトヨタの責任の一端にも触れた。親会社が子会社に対して「子会社への尊重」から一切、干渉しなかったり、親会社と子会社の双方に「遠慮」があったのならば、それはそれで問題で、これでは親会社のガバナンスは成り立たないのではないか。
「トヨタの遠心力」
三つの報告書の中核は、ダイハツ報告書である。ダイハツは16年にトヨタが100%の株を持つ「完全子会社」となり、17年以降、トヨタの小型車の東南アジア戦略を担い、業務も大きく拡大した。いわば、新興国でのトヨタの先兵という位置づけだ。報告書には「本件問題に対するダイハツの対応を支援したトヨタの関係者のヒアリングを行った」と書かれている。これがどういう立場にある人物かは明らかにされていないが、第三者委員会は、親会社のトヨタ関係者にもヒアリングをしたということだろう。ダイハツの担う新興国戦略には当然、トヨタ内部にも担当部署があるはずである。
トヨタとダイハツが連名で16年12月15日に出した文書「トヨタ自動車とダイハツ工業、新興国小型車カンパニーを発足」によると、このカンパニーのCHAIRMANにダイハツ社長が、PRESIDENTはトヨタ常務役員が就任」と書かれている。新興国戦略はトヨタが主導するダイハツとの共同作業ではないのか。
この辺の関わりについて報告書は「16年のトヨタの完全子会社となって以降、トヨタの海外事業体の生産プロジェクトにも関与して事実上、事業を拡大した結果、トヨタからトヨタグループの中で『トヨタの遠心力』とも称される役割を期待されるようになったことも『短期開発』の背景のひとつ」と分析している。
ただし、これもトヨタ側の問題点を指摘したわけではなく、トヨタ側の具体的な対応については全く記述がない。さらに、報告書には「コーポレート統括本部長らで構成する戦略検討会でトヨタと戦略を共有される事項等が審議される」とあるが、その具体的な内容は書かれていない。
アンケートに「総じてトヨタの期待に応えるため」との声も
もうひとつ、報告書の「第7章 本件問題の発生原因」の中で、くるま開発本部及び法規認証室の役職員計3696人に実施したアンケート調査にもトヨタに触れる箇所がある。自由記載欄の中で1カ所「総じてトヨタの期待に応えるためにダイハツの身の丈に合わない開発をリスクを考えずに推し進めたことが大きな原因だと思います」との回答がトヨタの問題点に具体的に触れた唯一の記載だ。報告書のアンケート紹介は一部なので、まだトヨタの問題点に触れた自由記載もあると考えるのが自然だろう。
また、報告書の「ダイハツの組織運営の状況」の中で「親会社への事前相談・報告」の項目があり、①ダイハツは、トヨタへの事前相談・報告を行うべき事項や報告ルート等を規定した「親会社への事前相談・報告規定」を整備②年度会社方針、翌期事業計画、中長期計画などは作成の都度、事前報告すべき事項とされ、ダイハツ取締役会議事録は、事後報告すべき事項とされているーなどと書かれている。このように当然、「完全子会社」なのだから、ダイハツはトヨタへの報告は欠かせないはずだった。
トヨタとダイハツの間にこのような「事前相談・報告規定」があったことを報告書は指摘しながらも、なぜ、報告書は親会社のガバナンスの問題に言及しなかったのか。このように「ダイハツ報告書」はトヨタへの言及は不十分なものの、トヨタのガバナンス上の問題点を考える上ではヒントとなる内容がけっこうある、と思う。
「トヨタ生産方式」の在り方も問われているのではないか
トヨタのトップ、豊田章男会長は1月30日の記者会見でトヨタのガバナンスについて以下のように答えている。(朝日新聞1月31日付朝刊)
相次ぐ不正と、生産効率を追求してきたトヨタの姿勢との関連を(記者から)質問されると「トヨタ生産方式の目的は効率ではなく、『カイゼン』が進む風土を作ること。問題を大きくする前に潰していく体質を取り戻すことが必要だ」と答えた。
一方、社長時代に完全子会社化したダイハツについて、自らの経営責任を問われると、「(リコール問題や東日本大震災などの)危機の連続で正直、ゆとりがなかった。トヨタを何とか立ち上がらせるだけで精一杯で見ていなかったというより、見られなかった」と弁明した。
危機感抱く豊田会長
トヨタグループの23年の世界での販売は1123万台と4年連続の世界一を記録した。23年度の営業見通しも過去最高で売上高は5兆円増の43兆円、純利益は1兆3700億円増の3兆9500億円。子会社の不祥事にもかかわらず、名実ともにトヨタの経営は順調である。
そういう中で、1月30日の会見で豊田会長が「トヨタ生産方式」に言及したことや、また、このときに09年の社長就任直後に経験した米国での交通死亡事故をきっかけとする世界規模のリコール問題を挙げて「トヨタも創業の原点を見失った時期があった。今は、(グループ各社で)当時とおなじことが起きている」(朝日新聞1月31日付朝刊)」との認識を示したことは豊田会長が今回の事態にかなりの危機感を抱いていることを表している。
今回の一連の不祥事は、トヨタの根幹である単なる効率を求めるのではなく、顧客のために安くて良いクルマを提供するために徹底的にムダを省くという「トヨタ生産方式」の在り方そのものも問われているのかもしれない。(この「トヨタ生産方式」の私の解釈には異論があるかもしれない。名著といわれる元トヨタ副社長、大野耐一氏(故人)の「トヨタ生産方式」(ダイヤモンド社刊)にも目を通したが、ひとことで説明するのは難しい)。
トヨタにとり何が問題か徹底解明を
トヨタ自動車のネットを使ったオウンド(自社)メディア「トヨタイムズ」の21年12月23日号「トヨタが結んだ3つの約束」で豊田会長は、「09年の世界的な大規模リコール問題が起き、米国の公聴会に呼ばれた時、世間に約束したことがあります」とした上で「逃げない」「ウソをつかない」「ごまかさない」の三つを「自分言い聞かせてきました」と言っている。また、豊田会長は今回の危機に対し、先頭に立って改革を進める覚悟を示している。
そうであるならばなおさら、今回の危機を乗り切るためにも、「改革」「刷新」の前提として、第三者委員会によるトヨタのガバナンス調査は検討する価値があると考える。不正をなくすには、トヨタの企業トップのかけ声も必要であろう。それに加えて、トヨタにとって何が問題だったのかを先入観なく、徹底的に解明することが必要なのではないか。
(了)