「共同親権導入ありき」ではなかったか 父母の同意がある場合のみ認めた方がベターだった 不足していた子どもの「意見尊重」の論議 家裁による今後の運用はどうなるのか 残された課題は

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「共同親権の導入」は「子の最善の利益」になるのかー。婚姻中の父母に認められている「共同親権」を離婚後も可能とする改正民法が5月17日、自民・公明の与党と導入推進を公約とする日本維新の会に加え、立憲民主党、国民民主党も賛成する形で参院で可決・成立した。共産党やれいわ新選組などは反対した。2年後の26年には施行される。今後、政府は施行までに共同親権になった場合、子どもに関するどのような場面で両親の同意が必要なのかについての「ガイドライン」を策定し、制度の運用に向けて関係する諸官庁の連絡会議を設け体制整備を検討するという。付則では、施行5年をめどに制度や支援策を再検討するーとしている。また、多発する養育費の不払いに対応し、必ず支払うべき「法定養育費」を創設する。不払い時に差し押さえをしやすくする「先取特権」も定められた。

 この民法改正案については、離婚後、子との面会交流(親子交流)ができない別居親(母親もいるが、そのほとんどが父親)を中心とした面会交流を求める市民団体とそれを支援する自民党を中心とした議員連盟(日本維新の会や立憲民主党議員なども加わる)が支援する共同親権導入「推進派」と「共同親権を強制しないで」とドメスティックバイオレンス(DV=家庭内暴力)の被害に苦しむ母親を中心とした導入「反対派」が激しく、対立。約3年にわたった国会提案前の法制審議会家族法制部会でも今年2月15日、要綱案をまとめるに当たって、委員の意見が対立して、異例の全員一致ではなく、参加した委員の21人が賛成、3人が反対という多数決で決まった経緯がある。

 この要綱案決定では、審議会として「国民意識変化に応じて検討の継続を求める」というこれも異例の付帯決議も可決している。このため、今回の改正民法の成立には、導入を「一歩前進」と評価する声がある一方で、「導入ありきではなかったか」「子どもの意見尊重の論議が不足しているのではないか」などと批判する声もある。

 これにより、親権を原則、父親に与えていた旧民法が戦後の47年に改正され、婚姻中は「共同親権」、離婚後は「単独親権」とされるようになってから77年ぶりにさらに大きく変わることになる。欧米諸国ではそのほとんどで共同親権をとっているとの認識(これには専門家から「諸外国の法制度は多種多様で一概にはそう言えない」との強い批判もある)や日本でも「イクメン」という言葉がメディアで盛んに登場するなど、父親が子の養育に積極的参加するという大きな時代的な変化が起きていることなどを、政府は導入の理由に挙げる。確かに、これまで主に母親任せだった子の監護・養育に父と母が離婚後も共同して関わることは理想であり、反対する人は少ない。筆者も賛成である。しかし、DVが離婚原因の一定の割合を占め(20年度の司法統計では、「精神的虐待」が2位、「暴力を振るう」が4位、1位は「性格不一致」)、夫婦間に高葛藤があり、紛争性が強いからこそ離婚に至ったことを考えると、ことは、そう単純ではない。

 10年間、家庭裁判所の家事調停委員として、「離婚」や「面会交流」調停にかかわってきた乏しい経験から照らしてみても、離婚した親が抱える「子に会えない苦しみ」や「DVに脅える不安」という双方の気持ちは痛いほど理解できる。そこで今後の運用面での問題点や残された課題などを整理してみた。

今回の最大の問題点は家裁での〃真意〃の確認

 今回成立した改正民法では、離婚時に「共同親権」か「単独親権」かは、父母が協議し、合意できない場合は家裁が判断する。DVや子どもへの虐待の恐れがある場合、家裁は「単独親権」としなければならない、としている。

 父母双方が合意した場合は、共同親権でやっていくうちにどちらかが「こんなはずではなかった」と問題点が出てくるようなケースを除いて、特に大きな問題はなさそうだ。また、法務省は父母が話し合うことができない状態となり、共同で子どもの養育を行うことが困難な場合も「単独親権」になる可能性がある、とする。その一方で、「単に紛争性が強いだけでは、単独親権にはできない」との見解も示している。また、衆院では、父母の力関係によって共同親権に一方的に合意させられることへの危惧があることから「協議離婚で共同親権に合意した場合はそれが〃真意〃に基づく合意なのかを確認する措置を設ける」ことを付則に盛り込むことで4党が修正合意している。

 この修正合意が改正反対意見も党内にある立憲民主党の〃落としどころ〃だった。ただ、これでは家裁の判断次第では、父母の一方が拒否しても「共同親権」となる可能性が捨て切れない。さらに、DVとして、「身体的虐待」のほかに「精神的・心理的虐待」なども考えられるが、特に「精神的DV」は密室の家庭内での出来事だけに被害者が証拠を得ることは困難さが伴う。家裁の裁判官が法律的知識だけでは片づかないような問題を見抜くことができるかどうかとの疑問もある。実際、〃真意〃の確認について、どのようなやり方をするのか不明だが、おそらく、裁判官が判断する前に調査は家裁調査官が担うことになるのではないか。短時間の調査で判定できるのか。「真意=本当の気持ち=の確認」で立憲民主党などは妥協したが、これをどのようにして実施できるのか。果たしてその実効性はあるのかなど疑問は尽きない。そもそも論で言うと、家裁の能力を超えていないか。裁判所に丸投げしすぎだろう。

「元配偶者による暴力リスク」も考える必要があるのでは

 また、共同親権導入は決まったが、改めて今後の課題として、これにより、むしろ元配偶者による暴力加害のリスクも高まる、との「反対派」の「子の安全・安心の確保」の主張もきちんと押さえておく必要がある。フランス映画「ジュリアン」(17年制作、アマゾンプライムで視聴できる)は、「子の拒絶」があっても、裁判所命令による面会交流が実施され、父親による11歳の男の子ジュリアンに対する面会交流中のDVの恐怖を描いた作品はこの問題を考える上で参考になる。共同親権が進むといわれる欧米で、その行きすぎが子に深刻な被害をもたらしているという指摘は重要だ。日本でも17年、兵庫県伊丹市で妻へのDVが原因で離婚した元夫が、面会交流中に4歳の娘を殺害し、自殺するという痛ましい事件が起きている。

 共同親権を先進的に取り入れたオーストラリアでは、こうした事件が相次いだことから子どもの安全を中心に、同居親の判断を重視する法改正がなされた。米国では、年間何十人もの子どもが別居親により殺害されているとして、17年、下院が面会交流や監護を検討する際に、子の安全を最優先に裁判所審理の改善を求める決議が出た、との報道もある。だが、法制審議会では「特別な個別事例」としてこの問題については、議論されていない(23年12月30日、共同通信)という。先例として重要な論点ではなかったか。

 「欧米から学ぶべきなのは、むしろ、共同親権推奨の弊害の指摘だろう」というのは、東京都立大教授(憲法学)の木村草太氏だ。その上で、木村氏は 「不適切なネガティブリスト方式では、子の利益は守れない。父母の積極的かつ真摯な合意がある場合に限り共同親権とするポジティブリスト方式の方がはるかに子の利益なるだろう」と主張する(「非婚・離婚後の共同親権と子の利益」現代思想4月号)。東京新聞(5月18日付朝刊)によると、法の骨格を決めた法制審議会の当初の議論では「父母が合意すれば、共同親権を選べるようにする方向だったが、子の養育に関われていない親に配慮する必要がある」として現在の形となった、という。審議会に何かがあったのか。

▼「子どもの意見表明権」の保障を

 改正民法は法改正の大前提として「子どもにとって最善の利益となることが親の責任」とし①子どもの人格を尊重し、子どもを養育する責務があり、親と同程度の生活を維持できるように扶養しなければいけない②婚姻の有無にかかわらず子どもの利益のため、互いに人格を尊重して協力しなければならないーことを明記した。「子どもに対する親責任」を明記したことを評価する専門家も多い。ただ、これも大事な論点であるはずの「子どもの意見尊重」について、議論が深まったとはとてもいえない。

 「今回、父母が協力できないケースにも(共同親権の)対象を広げようとしている。『子どもまんなか』を掲げる岸田内閣だが、子ども目線の検討が不足している」として「子どもの意見表明権を保障してほしい」(5月15日付東京新聞朝刊)と訴えるのは、自民党の野田聖子元総務相。野田氏は民法改正案の衆院本会議採決時に起立せず、反対し、党から処分を受けた。

 「子どもの意見表明」について、毎日新聞5月19日付社説は「親権の選択に当たって、子どもの意見を聞く規定は盛り込まれなかった。意見を尊重するための手立てを講じるべきだ」と書いた。また、琉球新報も20日付社説で「共同親権導入は子の利益の実現が目的とされるが、『子の意見表明権』は見送られた。共同親権の選択に当たっては、子の意思も最大限尊重される形にすべきではなかったか」と書いている。

 「子どもの意見表明権」とは、1989年11月、「子どもの権利条約」が国連で採択され、日本も1994年に批准した。その第12条の「自由に意見をいう権利」で「子どもに関係のあることを決めるときはいつでも、自分の意見を持つ年齢になった子どもには、自分の考えを言う権利があります。おとなは子どもの意見を気にかけなければいけません。国は、子どもに関係のある重要なことが決められるときはいつでも、子どもの意見が気にかけられているか見張らねばなりません」(遠藤ゆかり訳、18年シエーヌ出版社)) 。この精神は23年4月施行の「子ども基本法」第11条(子ども施策に対するこども等の意見の反映)にも盛り込まれている。

 参院法務委員会では5月7日、日弁連子どもの権利委員会の浜田真樹弁護士が参考人として出席「親権の行使が子のためになされることを踏まえれば、子が自ら意見を述べる機会を保障する必要がある」と指摘。13年に施行された家事事件手続法で導入された調停や審判の手続きに子が関わる際に弁護士がサポートする「子どもの手続き代理人制度」の利用促進を提案した。ただ、その利用状況は20年~22年で年間30~60件台にとどまっているという(毎日新聞WEB版、5月7日)。毎日新聞によると、法制審議会の部会委員をつとめた白鴎大学の水野紀子教授は「子どもに両親を選ばせることになり残酷。一番簡単な結論として裁判官が飛びつくことになり危険だ」と参考人質疑で述べている。このことは法制審議会でも議論されたようだが、見送られた、という。水野氏のような意見は実務家の中にもけっこうあり、それなりの説得力もあると思うが、筆者としては、小学4,5年生ぐらいになれば、十分に自分の意見を言えると考える。ただし、そうなれば、おそらく、裁判官の判断の前に家裁調査官が子どもから意向を聞くことになるだろう。これを臨床心理士がやるべきだとの意見もある。子どもの意向を聞くことは容易ではない。だからこそ、聴取は子どもの人権を配慮して、慎重な上にも慎重なやり方で行われるべきことはいうまでもない。

どんなときに両親の合意が必要かの「ガイドライン」策定へ

 法務省は、今回の改正民法で「共同親権」となった場合、子どもに関するどのような場面で父母の同意が必要なのかについて、必ずしも明確にしていない。「あいまいだ」との明確化を求める国会での付帯決議受けて法施行までにガイドラインを示す、としている。

 法務省が国会で、父母の同意が必要な例として①幼稚園や学校の選択②進学か就職かの選択③居住地や転居先④生命にかかわる手術⑤相続した土地の処分⑥パスポートの取得ーなどを挙げた。そして、父か母が単独で判断できる事項として「日常の行為」と「急迫の事情」を提示。「日常の行為」では①子どもの食事②習い事の選択③通常のワクチン接種を、「急迫の事情」では①緊急の手術②DV・虐待からの避難③期限が迫る入学手続きーを例示している。この中には、「海外渡航」などについて、留学は両親の同意が必要、一方、短期の観光目的の海外旅行ならば「日常の行為」として単独での判断が可能とするなど基準があいまいなものもある。両親の意見が対立した場合は、その都度、家裁が親権を行使できる人を判断する。

 筆者の経験からすると、この中でも一番、争いが厳しくなると予想されるのは「居住地や転居先」の別居親への開示だ。子どもを連れて居所を知らせずに、相手側が知らないうちに家を出てしまう、という事例は調停などでもかなり見られる。このことを、別居親側の市民団体などは、「連れ去りだ」と強く非難する。家を出た子連れの親は、身体的虐待などはない場合でも「絶対に相手側に教えたくない」と主張する。調停案件でも、父母の控え室は別室で、DVを主張する人にはさまざまな配慮をしている。必ずしも、DV事案でなくとも、もしものことを考えて、裁判所はそれほど当事者の安全に配慮する。このような現場の実情は反映されたのだろうか。基準があいまいかどうかの前にこの問題は詰めておく必要があったのではないか。

 さらに、進学や居住地など両親の同意が必要な事項について、意見が対立した場合、いちいち家裁の判断を仰ぐとなれば、慢性的な人手不足に悩む家裁の負担は大変なことにならないか。家裁の裁判官は一番大きい東京家裁(本庁)を例に挙げれば、裁判官は少年事件を含めて36人しかいない。東京家裁の家事担当裁判官は担当件数が1人で500件あまりもあるという。また、今回の改正で、一番、仕事が増えそうなのは、専門的スキルを持ち、実際に調査に当たる家裁調査官だ。その定員は全国で少年事件を含めて1596人で、これではとても対応できないのではないか。全国の家裁が22年に受けた新規の面会交流調停の申立は1万2876件で、面会交流が民法で位置づけられる前年の11年と比べ約1・5倍に増えている(朝日新聞4月24日付朝刊)。人口動態統計によると、22年の離婚は約17万9千組で、離婚したうち、9万組あまりに未成年の子どもがいた。国会審議では、裁判官を増やす方向ではなく、弁護士から選ぶ家事調停官を増やすことを検討しているという。

 もうひとつ、親権問題に詳しい斉藤秀樹弁護士は「(これまで以上に父母が頻繁に関わり合いを持つということは、離婚してもさらに意見の争いが続くことになる。離婚する前よりも関係性が悪くなる可能性がある。間に挟まった子どもは『自分のせいで両親の仲がさらに悪くなる』と考えてしまう可能性もある」(日本経済新聞5月18日付朝刊)と指摘する。

 そもそも論で言うと、共同親権導入により、子どもとなかなか会えない別居親が子どもに速やかに会えるようになるかというと、簡単にそうはいかないだろう。現行の離婚後「単独親権」下でも裁判所は調停や審判で別居親との面会を積極的に促しており、「単独親権」か「共同親権」かは面会交流とは直接関係がない。親権とは親の権利ではなく、子への親の義務という測面が強い。「親権」という言葉が誤解を招いていることも、あるのではないか。だから「親責任」という言葉を使うべきかもしれない。

ベターと思えない今回の改正

 すでに離婚した父母にも共同親権への変更を家裁に申し立てることできることなど、この改正民法は課題も多い。DVもないのに、自分の子どもと会えない親の苦悩は十分に理解できる。だが、「子どもの最善の利益」を考えると、残念ながら、今回の改正がベターだとは思えない。