<鹿児島県警情報漏洩事件>メディアに対する強制捜査を〃アリの一穴〃にしてはならない 「言論・表現の自由」脅かす愚行 記者会見でもスッキリしなかった本部長の「隠蔽疑惑」 「公益通報」認定には高いハードルも

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 鹿児島地検は6月21日、鹿児島県警の内部文書が漏えいした事件で、県警前生活安全部長、本田尚志元警視正(60)を国家公務員法(守秘義務)違反の罪で起訴した。これを受けた形で野川明輝県警本部長らが記者会見。午後3時から始まった会見の模様は、NHKにより全国中継された。筆者はこのテレビ中継とその後のネット中継も視聴した。野川本部長は本田元警視正が主張する県警枕崎署員による盗撮事件の隠蔽(いんぺい)の指示などをあらためて否定した。

早々に本部長処分を発表したのはなぜか

 その説明は、テレビ中継の前には「事件について必要な対応を取った」としていたのに、中継後の記者の質問には捜査が2日間中断していたことを認めるなどスッキリしない答弁が続き「隠蔽疑惑」は残った。本部長が「隠蔽」を全面否定したことから、これを追及する記者の質問が相次ぎ、会見は計3時間以上も続いた。

 警察庁は同日、野川本部長が捜査状況の確認を怠ったなどとして、「長官訓戒」とした。警察庁の首席監察官らが6月24日から特別監察を開始。本部長ら県警職員から事情を聴くなど原因究明に向けて一連の経緯を調べ、7月をめどに「再発防止策」を策定するという。しかし、早々に本部長の〃処分〃を発表したのは、なぜなのか。検察庁による起訴という捜査の区切りであることは事実だが、特別観察前に本部長側の言い分を認めたことになりはしないか。「隠蔽」をめぐり、本部長側と告発側の主張が大きく食い違っているだけに疑問符が付く。

警察の強権的なメディアへの介入

 権威主義国家ではないのだから、民主主義社会の中で、警察による強権的なメディアへの介入は絶対に許されることではない。強制捜査を受けたのが県警の不正摘発報道を続ける福岡の小さなネットメディアだったからなのだろうが、当初、マスメディアの反応は地元メディアを除いて鈍かった。

 しかし、新聞社説などで、県警の「説明責任」の指摘だけにとどめてきた大手メディアもようやくことの重大性を認識し始め、TBSが報道特集で取り上げたり、東京新聞が「鹿児島県警 表現の自由脅かす捜索」との社説を掲げるなど、「言論・表現の自由」の問題から事件を見るメディアの動きもかなり出てきた。

記者の取材の原点である「取材源の秘匿」

 たとえ、小さなネットメディアであれ、記者の取材の原点である「取材源の秘匿」に大きく関係する警察の強制捜査をいったん認めてしまうと、今後は大手のマスメディアも含めてこのことがメディア全体に拡大する根拠を警察側に与えることになり、これが〃アリの一穴〃となる可能性がある。また、メディア側を「萎縮」させる効果もある。メディアへの強制捜査という「言論・表現の自由」にかかわる異例の事態であることを改めて、大手メディアも含めてメディア全体が自覚してほしい。

 この事件は、6月5日、本田元警視正が逮捕後の鹿児島簡裁の勾留理由開示の法廷で、情報漏えいの動機について「本部長が保身のため、県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかった」と「爆弾証言」していることが明らかになって、はじめて全国のメディアが大きく報道し始め、問題が広がった。

 この問題では、①県警の不正追及の福岡のネットメディアへの強制捜査がメディアの「言論・表現の自由」を支える「取材源の秘匿」を脅かしたのか②元警視正の行為は身内の犯罪を隠蔽し、県警の不正を「内部告発」したもので、公益通報者保護法による「公益通報者」に該当するのかーの2つが大きな論点として浮かび上がった。このことを、6月21日の記者会見での県警本部長の答弁を中心に考えてみた。

内部告発文書に「闇をあばいてください」

 札幌市のジャーナリスト、小笠原淳さんが本田元警視正から「内部告発の文書」を受け取り、小笠原さんからこの文書の写しをメールで受け取った福岡のネットメディア「ハンター」が鹿児島県警の家宅捜索を受けた際までの経緯は以下のようなことだった(朝日新聞デジタル6月21日「茶封筒の中に『闇をあばいて』、週刊金曜日6月14日「鹿児島県警が不正追及のメディアに強制捜査」、集英社オンライン、6月10日「本部長が警察官の犯罪を隠蔽しようとした」)などメディア報道からまとめた)。この問題を考える上で、とても重要ないきさつなので改めて確認しておきたい。

 小笠原さんによると、ことし4月3日、小笠原さんに、郵便物が届いた。あて先として小笠原さんがつとめる北方ジャーナル編集部の住所と小笠原さんの名前が記されていたが、差出人の名前はなかった。10枚の文書で表紙にはワープロの太いフォントで「闇をあばいてください」と書いてあった。

 小笠原さんは、情報提供者に迷惑がかかるとして、文書の内容を公表していないが、本田元警視正側によると、県警職員の盗撮事件やストーカー事案などが書かれていた。文書を読んだ小笠原さんは、その日、北海道から九州の不祥事を取材することは難しいと感じ、自分が投稿していた福岡の「ハンター」を運営する中願寺純則さんにメールでこの「内部告発」と見られる文書を送った。

 中願寺さんによると、その5日後の4月8日、自宅兼事務所に鹿児島県警の捜査員10人が捜索に入った。捜査員は「ガサ状がありますから」といって、弁護士に電話しようと中願寺さんが手にしたスマホは取り上げられた。「令状を見せろ」という中願寺さんの声を無視し、令状を読み始めたが、令状は見せてもらえなかったという。

「取材源の秘匿」

 同じ日、鹿児島県警は、県警の捜査情報などを「第三者」に流出させた地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで、元県警警備部公安課で曽於署の藤井光樹巡査長(49)=その後、懲戒免職=が逮捕され、その関係先として中願寺さんの「ハンター」が捜索された。藤井巡査長が告訴、告発事件の処理経過を管理する「告訴・告発事件処理簿一覧表」などを漏えいした容疑だった。

 中願寺さんは「参考人」として取り調べを受けた。中願寺さんによると、21年9月に新型コロナウイルス感染者の療養施設で起きた強制性交事件での県警の不審な捜査がある。「ハンター」は何度もこの問題を報じ、その過程で捜査をゆがめられたことを示唆する県警内部資料も入手、報道したことが捜索の背景にあるのではないか、という。

 県警はパソコンを押収。中には取材で集めた情報や取材先とやりとりしたメールなどジャーナリストの生命線である「取材源の秘匿」に関わる情報が入っていた。翌日、パソコンは返された。しかし、パソコン画面のデスクトップに保存していた小笠原さんから送られた内部告発の文書の写しの画面を県警が見つけた。 県警はこの文書の写しを端緒に本田元警視長を割り出し、5月31日に国家公務員法違反容疑で逮捕したとみられる。

県警の捜査方法を疑問視

 これまでの報道によると、藤井巡査長と本田元警視正は親しい間柄ではなく、逮捕容疑はいずれも公務員法の「守秘義務違反」だが、具体的な容疑は全く別の事件だった。本田元警視正は3月に定年退職しており、現職の時に自分がまとめた文書を小笠原さんに送ったと見られる。小笠原さんは北海道警の不祥事問題報道で知られるフリーのジャーナリスト。小笠原さんによると、鹿児島県警にも未発表の不祥事がないか、情報公開請求してきたが、県警は文書の存否さえ回答しなかった。そこで鹿児島県警の閉鎖性を追及する記事を「ハンター」に書いてきたという。

 6月4日、鹿児島県警組織犯罪対策課から電話があり、13日以降、任意で事情聴取し、内部文書の任意提出を求められた。県警による家宅捜索も覚悟したが、県警の申し出を拒絶した。ところが、翌6月5日、本田元警視正の「爆弾証言」があり、立ち消えになった。「(本田警視正の)投書の実物は差出人(本田元警視正)と私しか見ていないはず。県警は投書が実在するのか、実物を一切確認しないまま本田さんを逮捕した」と小笠原さんは今回の捜査手法を疑問視している。

 6月21日の記者会見では、ネットメディアへの捜索によって表現の自由や民主主義の根幹を脅かすおそれがあると懸念する声があがっていることについて、野川本部長は「取材の自由については理解をしているところです。被疑者である巡査長の供述やそれまでに収集されている客観証拠などを踏まえて適切に捜査されているので懸念されるような影響はないのではないかと私は認識している」(6月21日、NHK NEWS WEB「会見詳細」)としている。

「取材源の秘匿」はジャーナリストの守られるべき原点

 この本部長の認識は、とても許容できるものではない。県警の不祥事を暴露する調査報道を続けるメディアに対して、その取材源を突き止めるために裁判所の令状を取った上で、家宅捜索を行うこと自体、メディアへの萎縮を狙った恫喝になるのではないのか。ましてや、その捜索で得られたパソコン内の本田元警視正の内部告発の文書を偶然見つけて別の情報漏えい事件で新たに逮捕するなど言語道断である。
 
 インターネットの時代になり、ジャーナリストのパソコンやスマホには、取材先などからの公務員法(守秘義務)違反に当たる情報が含まれている可能性がある。現在では、捜査当局が「デジタルフォレンジック」(電子機器に残る記録を収集・分析し、その法的な証拠性を明らかにする手段や技術。消去された記録を復元する)を使い捜査に役立てているという現実もある。

 そういう意味でも、捜査当局が安易にジャーナリストのパソコンやスマホのメールなどを強制捜査することは民主主義社会にとって、許されるべきではない。国民の「知る権利」を守るため、ジャーナリストには、「権力悪」を暴露し、「権力監視」というジャーナリズムの役割を果たすためには、公務員法の壁を乗り越える必要がある場合もあり得る。「取材源の秘匿」はジャーナリストの取材上、守られるべき原点なのだ。

 だからこそ、日本新聞協会と日本民間放送連盟は2006年に「隠された事実・真実は、記者と情報提供者との間に『取材源を明らかにしない』という信頼関係があって初めてもたらされる。その約束を記者の側から破るのは、情報提供の道を自ら閉ざし、勇気と良識を持つ情報提供者を見殺しにすることにほからなないからである」との声明を出している。

取材源の秘匿で抑制的対応

 一方で、これまで、捜査機関も「取材源の秘匿」について、1999年の盗聴法(通信傍受法)の国会審議で法務省の松尾邦弘刑事局長が「報道の自由、取材源の秘匿の問題は大変重要で、報道機関が取材の過程で行っている通信について、基本的には通信傍受の対象としない」と明言し、捜査当局としては、抑制的な対応をしてきた。また、刑事裁判ではないが、最高裁は06年,米国の健康食品会社の日本法人が所得隠しをしたとのNHKの報道に関してNHK記者が民事訴訟で取材源に関する証言を拒絶した問題で「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」との判断を示している。

 これらの捜査当局の見解や最高裁判例が、今回のネットメディアへの強制捜査にどのように関わるのか、今後の裁判の進行を見守るしかない。新聞労連や日本ペンクラブが6月19日に抗議や非難声明を出したのは当然だが、日本新聞協会の見解はまだ出ていない。協会編集委員会で議論は始めているのか、知りたいところである。

「公益通報には当たらない」との県警の見解

 今回の本田元警視正の「内部告発」の行為が公益通報者保護法に該当するかの問題は、元警視正が鹿児島簡裁での6月5日の勾留理由開示の法廷で〃爆弾証言〃をしたことでメディアでクローズアップされた。

 本田元警視正は意見陳述で①今回、職務上知り得た情報が書かれた書面を、とある記者の方に送ったのは間違いない②私がこのような行動をしたのは、鹿児島県警職員が行った犯罪行為を野川本部長が隠蔽しようとしたことがあり、そのことが、いち警察官としてどうしても許せなかったからだ③23年12月中旬、枕崎のトイレで盗撮事件が発生。容疑者は、枕崎署の捜査車両を使っており、枕崎署の署員が容疑者であると聞いた④われわれ(生活安全部)としては、早期に捜査に着手し、事案の解明をしようと思い、野川本部長に指揮伺いをした。ところが野川本部長は「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言って、本部長指揮の印鑑を押さなかった⑤この時期は、警察の不祥事が相次いで起きていたため、本部長としては新たな不祥事が出ることを恐れたのだと思う。本部長が警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿にがく然とし、また失望した⑥いち警察官として、目の前に犯罪があり、容疑者も分かっているのに、その事実を黙殺しようとする姿勢が理解できず、県民の皆さまの安全より、自己保身を図る組織に絶望した(以上は鹿児島テレビが入手した弁護士提供の文書をさらに、要約した)ーなどと、述べている。

「公益通報」に当たれば違法性はなくなる

 これが本田元警視正の〃情報漏えい〃の動機である。この意見陳述をしたことで、「情報漏えい」ではなく、不正を告発する「公益通報」ではないかとの議論がメディアで起きており、元警視正側も裁判で「公益通報だった」と主張する構えを見せているという。「公益通報に当たれば、不利益な取り扱いが禁止されることになり、本田元警視正の行為は国家公務員法には抵触するが、違法性がなくなり処罰されないということになる」(日刊ゲンダイデジタル6月23日「鹿児島県警の内部告発」で高橋裕樹弁護士)。

 しかし、元警視正の意見陳述は外見上は「内部告発」だが、内部告発をした人を保護する「公益通報者保護法」に該当するかは、そう単純ではなさそうである。

 野川本部長は21日の記者会見で「元生活安全部長が送付した資料には、本部長が隠蔽を指示したとの記載はなく、元刑事部長の名誉を害するような内容が記載されるなど県警としては、公益通報には当たらないものと考えている」と述べ、「公益通報」を強く否定した。(6月21日、NHK NEWS WEB 、「会見詳細」)

本田元警視正の説明

 野川本部長が「資料には本部長が隠蔽を指示したとの記載はなく、元刑事部長の名誉を害するような内容が記載されていた」と指摘した点について、本田元警視正は6月11日、西日本新聞が弁護士を通じて入手した談話の中で以下のように説明している。

「 隠蔽するよう指示した人物について、本部長ではなく、前刑事部長であると文書に記載した。また、前刑事部長の名前や連絡先を『問い合わせ先』として記載した。今回の枕崎署の盗撮事件に関する本部長の隠蔽を知っているのは、私を含めてごく少数の人間であったため、記者の方が、本部長に直接取材をして、事実を確認してしまうと、この書面を送ったのが自分だと分かってしまうかも知れないと思い、隠蔽を指示した人物の名を他の人に変えることにした。前刑事部長にしたことに深い意味はありません。前刑事部長を陥れようという意図もなく、前刑事部長は盗撮事件の捜査には何も関わっていません。前刑事部長には、ご迷惑をおかけして申し訳ないと思っています」

命がけの告発

 野川本部長の見解と本田元警視正の意見陳述を並べて見て、本部長が「公益通報に当たらない」と記者会見で強調したのは、元警視正の文書の中に「元刑事部長の名誉を害するような内容」があったという主張だが、公益通報者保護法第2条は公益通報を「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的など不正の目的によるものであってはならない」との条項があり、これを意識したものではなかったか。

 ただ、元警視正は逮捕時に自殺を図ろうとしたことが報道されており、〃命がけの告発〃だった、ともいえる。弁護人を通して明らかにした詳細な「談話」にも「私の行動は賞賛には値しない」と書かれるなど、まっすぐな人柄が表れていることも確かである。だからといって、元警視正のいう事実関係が全くその通りだという証拠もいまのところ出ていないのも事実である。

「公益通報かどうかまだ判断できず」と専門家

 「公益通報者保護法」は2004年に制定され、22年6月に改正されている。「公益のために通報を行った人が不利益な取り扱いを受けることがないように、保護を図るための法律」である。また、「内部告発」は法律用語ではない。「公益通報」は単なる内部告発ではなく、すべての内部告発が公益通報に当たるわけではないことも押さえておく必要があるだろう。

 「公益通報」とは、①「公益通報者」に該当する者が②通報対象事実(通報の対象となる法令違反)を③「公益通報を行うことができる窓口」に通報することをいう。①には公務員も含まれ、本田元警視正は退職後1年以内の告発なので形式的には該当する。②は法が定める「犯罪行為」や「過料対象行為」など。③は(1)会社など組織が定めた内部通報窓口(2)行政機関の窓口(鹿児島県警に場合、監察部門か)(3)外部のその他で主に報道機関。今回は当然、(3)に当たる。

 公益通報に該当するかの判断は①告発内容が真実または真実と信じるに足りるかどうか②告発の動機が個人的な恨みなどの不適切な目的ではないか③外部への告発が妥当だったか、がポイント(朝日新聞6月22日付朝刊の公益通報に詳しい光前幸一弁護士)だという。さらに、淑徳大学の日野勝吾教授(労働法、社会保障法)によると、今回のケースは、ジャーナリストに送ったとされる詳細が明らかになっていないため「公益通報」なのかどうかは判断できないとしている。そして警察関係者のケースの場合、内部情報の守秘義務も課されているため、一般人に比べ公益通報のハードルは高いという(6月19日、南日本放送)。

裁判所が公益通報かどうか判断

 通報先がジャーナリストというところもハードルを高くしている可能性がある。元朝日新聞記者で上智大教授の奥山俊宏氏の著書「内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実」によると、「公益通報」と認定される要件は「報道機関への通報」が一番厳しい。22年の改正で「行政機関への通報」のハードルを大幅に下げる一方で、報道機関への通報のハードルは極端に高いままとなっていると指摘する。次の25年に予定される法改正では「報道機関への公益通報のハードルをさらに下げる方向での検討が重要になるだろう」と指摘している。

 「公益通報」かどうかは、裁判所がこの問題でどのような判断を下すかに尽きる。本田元警視正も県警の通報窓口に「内部告発」しても、本部長案件のため握りつぶされると考えたからこそ、札幌のジャーナリストに通報したのだろう。奥山氏の指摘のように、「報道機関への告発が公益通報となるハードルが高いのであれば、当然、法改正すべきである。その信頼性はやや揺らいできているものの、少なくとも、行政機関よりも、報道機関の方が「内部告発」の相手先として国民の信頼を得られるのではないか。どうだろうか。

                              (了)